41歳ニートと俺とおかんと親父の話

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2025.11.16
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カテゴリ: 俺の哲学

まいど、俺や!

朝起きてまずスマホ見る。それが“朝の勤行”になってもうてる。

昔の人は仏壇に手ぇ合わせたけど、今の人はタイムラインに祈っとる。

神は仏壇からフィードに引っ越したんや。

「いいね」は現代の数珠

SNSって不思議やな。

投稿一つで、

「今日も生きてる」って誰かに証明してる気になる。

“いいね”がつけば救われる。

“コメント”がつけば祝福される。

“バズれば”もう奇跡や。

つまり、SNSは信仰や。

ただ神様の代わりに、アルゴリズムが祈りを聞いとるだけやけどな。

現代の神父=インフルエンサー

昔の神父は教会で説教してた。

今の神父はリングライトの前でしゃべってる。

「ポジティブでいこう」

「あなたはあなたのままでいい」

……まぁ、言ってることは悪くない。

けど、その裏で広告案件のリンク貼っとるのが現代のリアルや。

つまり、布教の代わりにアフィリエイト。

信者の代わりにフォロワー。

そして献金の代わりにスパチャ。

信仰の形が変わっただけで、構造は昔と変わってへんのや。

タイムラインは巡礼路

昔の巡礼は、

何日もかけて寺や神社を回った。

今の巡礼は、

起きてから寝るまでフィードをスクロール。

「バズった投稿を拝み、炎上を叩き、猫動画で浄化する」

――それが令和の修行や。

けどな、どんだけ祈っても、

アルゴリズムは慈悲も罰も与えへん。

ただ“滞在時間”と“エンゲージメント率”だけを見とる。

SNS教の教義

  • 自撮りは布教である
  • バズりは奇跡である
  • 炎上は地獄である
  • 通報は懺悔である
  • ミュートは悟りである

……そしてフォロワー数は“信仰の深さ”を測るメーターや。

親父の言葉が刺さる

防大卒の親父が言うてた。

「本当の祈りは、誰にも見られないところでするもんや。」

SNSで“共感”を求める俺ら、

たぶん誰かに見てもらわんと、もう祈れへんのやろな。

おかんのひとことが現実的

おかんは俺がスマホいじってるの見て、

「神様にお願いするより、電波通して何してんねん」って笑ってた。

ほんまやな、

Wi-Fiのありがたみ、もう“御利益”レベルやわ。



まとめ

SNSは神殿や。

でも、神様はおらん。

そこにあるのは、人の承認欲求と孤独だけや。

けどな、誰かの投稿に「ええやん」って押すこと、

それ自体がちょっとした“お参り”なんやと思う。

誰かの一日を軽く救ってるかもしれへんからな。



俳句で締め

光る画面

心の中に

神はなし







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最終更新日  2025.11.16 09:00:06
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