まいど、俺や!
朝起きてまずスマホ見る。それが“朝の勤行”になってもうてる。
昔の人は仏壇に手ぇ合わせたけど、今の人はタイムラインに祈っとる。
神は仏壇からフィードに引っ越したんや。
「いいね」は現代の数珠
SNSって不思議やな。
投稿一つで、
「今日も生きてる」って誰かに証明してる気になる。
“いいね”がつけば救われる。
“コメント”がつけば祝福される。
“バズれば”もう奇跡や。
つまり、SNSは信仰や。
ただ神様の代わりに、アルゴリズムが祈りを聞いとるだけやけどな。
現代の神父=インフルエンサー
昔の神父は教会で説教してた。
今の神父はリングライトの前でしゃべってる。
「ポジティブでいこう」
「あなたはあなたのままでいい」
……まぁ、言ってることは悪くない。
けど、その裏で広告案件のリンク貼っとるのが現代のリアルや。
つまり、布教の代わりにアフィリエイト。
信者の代わりにフォロワー。
そして献金の代わりにスパチャ。
信仰の形が変わっただけで、構造は昔と変わってへんのや。
タイムラインは巡礼路
昔の巡礼は、
何日もかけて寺や神社を回った。
今の巡礼は、
起きてから寝るまでフィードをスクロール。
「バズった投稿を拝み、炎上を叩き、猫動画で浄化する」
――それが令和の修行や。
けどな、どんだけ祈っても、
アルゴリズムは慈悲も罰も与えへん。
ただ“滞在時間”と“エンゲージメント率”だけを見とる。
SNS教の教義
……そしてフォロワー数は“信仰の深さ”を測るメーターや。
親父の言葉が刺さる
防大卒の親父が言うてた。
「本当の祈りは、誰にも見られないところでするもんや。」
SNSで“共感”を求める俺ら、
たぶん誰かに見てもらわんと、もう祈れへんのやろな。
おかんのひとことが現実的
おかんは俺がスマホいじってるの見て、
「神様にお願いするより、電波通して何してんねん」って笑ってた。
ほんまやな、
Wi-Fiのありがたみ、もう“御利益”レベルやわ。
まとめ
SNSは神殿や。
でも、神様はおらん。
そこにあるのは、人の承認欲求と孤独だけや。
けどな、誰かの投稿に「ええやん」って押すこと、
それ自体がちょっとした“お参り”なんやと思う。
誰かの一日を軽く救ってるかもしれへんからな。
俳句で締め
光る画面
心の中に
神はなし
陽キャって実は気ぃ遣いなんちゃう? 2026.07.15
空気読むって、誰の空気なん? 2026.07.07
コスパって値段だけの話ちゃうよな 2026.07.06