中高年の生涯学習

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2018.06.24
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​京都大原といえば貴族の隠れ里として有名である。しかしここが有名になったのは、亡くなった永六輔さん作詞の 「女ひとり」 (1963)の大ヒット以後である。
京都 大原 三千院
恋に破れた 女がひとり
結城に塩瀬の素描(すがき)の帯が
池の水面に ゆれていた
(略、歌を聞きたい方は「ユーチューブ」で検索)

​デューク・エイセスが歌った、この歌は当時あちこちで聞かれた。それまで 知る人ぞ知るといった状態 であった大原に観光客が押し寄せた。三千院の庭にはラッシュの電車の中のように人ごみがあふれた。しかし多くの人は三千院の庭を見て、門前の店で柴漬けを購入して、京都市内へ戻ってしまう。「大原の里」に何があるか、歴史的に、文学的に「大原の里」はどういう風に位置づけられているか、という情報が発せられていなかった。旅行案内書には大原の寺が4~5か所紹介されているが、多くの人は名もない寺に興味はない。その上、拝観料は結構なものだ。京都の街中のほうが見るべきものがあると思うのが普通だ。
​幸運にも「大原フリーク」とも言うべく フリー編集者の佐々木ゆう子さん に出会った。40代のバリバリ独身ウーマンである。なんと外国人旅行者に頼まれて英語でガイドすることもあるという。「でもお聞きしたような大原のディープな話を理解できる外人ているんですか」と突っ込むと「人を見て法を説けで、寺の名前だけで満足されている方もいます。それはそれでいいのではないでしょうか」
この人の大きさを感じたが、では、ゆう子さん語る「ディープ大原」とは。 カスカスの頭から、聞いたことを絞り出すと
​​京都駅からバスで1時間くらいで大原に着きます。大原は、 その昔、「小野」という名称 でした。大原に宿泊しないと無理ですが、未明に「小野霞(かすみ)」という現象が見られます。山から湧き出た霞が筋状に里にかかります。昼間になると消えてしまいます。 小野霞には伝説 があります。 おつう という里の女が若狭の殿様に見初められて結ばれるが、しばらくすると忘れ去られる。おつうは女郎が淵に身を投げて大蛇になる。若狭の殿様がここを通ったのは若桜街道があり、朝鮮半島の文物を京都に伝えるルートになっていたのです。殿様の行列が通った時、大蛇が出て襲ってきたが、お付きの侍に退治され、胴と首は乙が森に、尾は花尻の森に埋められた。大原の手前に「花尻の森」というバス停があり、徒歩1分で森に行けます。ここは落ち椿の名所になっています。女性の方にはロマンチックな場所かもしれません。里人は細く横たわる小野霞に大蛇となったおつうの姿を見るという。
​​
​若狭街道は近年は「鯖(さば)街道」と呼ばれている。鯖を売る商人が多く行きかいました。平安中期、比叡山が俗化して、仏道修行に熱心な僧侶は山を諦め、大原で念仏修行をしました。貴族が還俗と称して比叡山に上がってきたのです。その場所が三千院の境内にある往生極楽院です。久安3年、藤原実衡(さねひろ)の妻、真如房が建立した。念仏を唱える常行三昧のためのお堂でした。後から三千院が移ってきて取り込まれたのです。三千院が移ってきたのは明治以降です。往生極楽院は天井の中央を高くした船底型です。光背がここに入るように設計され、 狭い堂内で阿弥陀仏が参拝者を圧倒するような印象 を与えるような作りになってます。
三千院を出て呂川(りょせん)沿いに歩くと来迎院に着く。来迎院は円仁が声明の道場として開き、天仁2年(1109)良忍が再興した。良忍は仏名を口で唱える口称念仏を重視した。声明はインドから伝えられた仏教声楽。来迎院の奥に音無の滝があり、この滝の水が分かれて呂川と律川(りつせん)という名前が付けられている。呂と律は「ろれつが回らない」という「ろれつ(呂律)」の語源であり、古代音階の名称である。音楽に興味ある人はぜひ訪れたい。近くの勝林院では録音された声明を聞くことができる。声の出し方をお坊さんに指導してもらう所まで突っ込んでみよう。

​​次は「野村別れ」というバス停で途中下車。野村町と反対側、山の方に入って行くと、長い石段があり、樹林の中に五輪塔が出現する。 「惟喬(これたか)親王」の墓 である。惟喬親王は文徳天皇の第一皇子であったが、皇位継承のランクから外れた。権力のパワーゲームは清和天皇の2歳の皇子に奪われた。惟喬親王は 高校の古文の教科書に出てくる「伊勢物語」 に著者の業平との交流が描かれている。高校生が、こんな話を聞かされても「縁なき話」である。ところが、この五輪塔の前に立つと、この話はグッと身に迫ってくる。業平は紀有常の娘を妻にしており、 親王の母静子と有常は兄弟 で、惟喬親王とは姻戚関係である。業平は平城天皇の孫という高貴な出自だが「藤原氏関係以外は人間でない」という風潮から、こぼれ落ち、和歌文芸に救いを求めた。「伊勢物語」83段、交野へ鷹狩に行くものの、惟喬親王の離宮「渚の院」で酒を飲んで和歌作りに耽溺。ここで有名な歌を作る。
​​
世の中にたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし

「桜のなかりせば」と言いながら、逆説で桜を賛美する。

​次の84段「小野の里(これは先に記したように大原の古称であることを意識すると意味関連が見えてくる)」の段では、 舞台は暗転 。惟喬親王は29歳で出家。大原に隠棲する。大原の冬、雪の降り積もり庵に業平は親王を訪問する。桜→雪への転換がある。親王はすることもなくぼんやり過ごしている。業平は、
忘れては夢かとぞおもひきや
雪ふみわけて君を見むとは

これは夢でしょうか。雪を踏み分けて、あなたに会いに来ることになろうとは。

業平は涙を流しながら都へ帰っていった。高貴な人の話であるが、落ちぶれたといえど、友情の思いが伝わってくる。高校の教科書や受験参考書が残っている人は、ここを読み返すと若い時読んだ感情とは違った思いを感じるであろう。ここで出てくる右馬頭(うまのかみ)は業平のことである。

惟喬親王は「古今集」にも歌が残っているので、権力争奪ゲームに敗れたが、和歌の世界では王者の風格を今に伝える。

大原は「源氏物語」で二つの段で舞台に設定される。一つは「夕霧」、もう一つは「物語」の後半の「宇治十帖」に出てくる。「宇治十帖」は「橋姫の巻」の没落した八の宮の数奇な物語から始まる。

光源氏 没後の話 である。柏木と女三の宮の不義の子として生まれた薫と、光源氏の孫の匂宮という貴公子の間に挟まった浮舟は宇治川で入水自殺を図る。韓国ドラマ型おなじみの三角関係である。この辺りの行ったり来たりが読みどころであるが、川の淵で気絶したところを修業中の僧に助けられ、大原の草庵で療養することになる。浮舟は男に振り回された半生を反省し出家するという行動をとる。この草庵、文章の風景描写から来迎院の雰囲気であるが、物語では特定していない。源氏の血を引いたか、プレイボーイの薫は浮舟が大原に隠れているという情報をつかむ。さあ、どうなるか。紫式部の悪文と格闘して、この先の展開を読者それぞれ追ってほしい。

「平家物語」では清盛の娘である建礼門院は壇ノ浦で息子の入水に伴なって身を投げたが、源氏方に救助されて、大原の寂光院の近くの草庵に住んだ。平家を滅亡へ追い込んだ悪の権化、後白河法皇がこの草庵を訪ねる場面がある。清盛が悪党として描かれているが、実はそれ以上に、人格的に悪なのが後白河である。花駕籠をさげて戻ってきた建礼門院は後白河がいるのに気づき、まずい男が来たと引き返そうとするが、侍女の阿波の内侍(あわのないし)は、「ちょっと会って、さっさと帰ってもらいましょう」と助け船を出す。そして地獄の日々を後白河に語りだす。最終の「灌頂の巻」の「大原御幸」が、この大長編の山である。「建礼門院ご庵室跡」という石碑が立っている。阿波の内侍の柴を刈っていた姿を真似したのが大原女(おはらめ)のファッションになったと言われている。これを知ると一挙に雅(みやび)のイメージになる。

​浄土真宗の親鸞が師とした法然の大原に関連する話に次のようなものがある。
俗人の巣になった比叡山から逃げ出した 法然は浄土宗を開く 。阿弥陀仏の名を唱えることが本願になると唱えた。聖道門の僧(既成仏教派)は面白くない。文治2年(1186)三千院(以前は龍禅院)の顕真は念仏往生の真偽を明らかにするため、大原勝林院に法然を招き、公開シンポジウムを行った。世にいう「大原問答」である。法然のテーブルスピーチは一座の人たちに深い感動を与えた。勝林院の柱に「大原問答」の札がかかり、問答を行った高座が置かれている。比叡山の堕落僧たちは「法然に言い負かされた」といって浄土宗への弾圧を強めていった。勝林院では声明と、この話を頭に入れておくと 重層的な大原の歴史を身をもって感じることができると思います。
もう一人、文学の上で重要な人物がいる。鴨長明その人である。中世のルポライターといわれるこの人も大原で5年、隠棲の真似事を体験した。ある知り合いの男が「誰だか分からないほど、やせた長明に出会った」という噂を流す。大原の自然の厳しさに堪えられなかったのだろう。京都南の日野に方丈というバンガローを作って、移り住んでしまう。

大原は生活するのに決して快適なところではない、と判断したのだろう。機を見るに敏、腰の軽い男はさっさと逃げ出してしまう。男は「方丈記」というバンガロー文学を日野で生み出す。単なるホームレスでないことは、方丈哲学を持っている、この男の人生観でわかる。

ゆう子さんの話はすばらしかった。ありがとうございます。お時間のあるとき、小野の里(大原)をライブで案内していただけるのを楽しみにしています。ガイド料は格安でお願いします。





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最終更新日  2018.06.24 13:48:27
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Re:京都大原歴史文学散歩(06/24)  
 大原問答 さん

  世の中にたえて桜のなかりせば
  春の心はのどけからまし
                …≫から、[桜]を数の言葉ヒフミヨ(1234)に置き換えると、

  久方の光のどけきながしかく静心なく四角なるらむ

  と・・・

 数を数えるコトは、ながしかくを真四角にする行為(コト)と観える。

 このナラティブは、絵本の力で・・・

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