マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2010.02.08
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カテゴリ: 生活雑記


 意見を求められた私は、まだ松の内だから「明けまして」でも良いんじゃない?と返事した。ところで私の大先輩に天邪鬼の人がいた。決して年賀状は出さず、お正月が過ぎてからようやく「寒中見舞い」を出すのが毎年の恒例になっていた。

 喪中はがきをどんなタイミングで出すかも神経を使う。普通は相手が年賀状を書く前に出すのが礼儀だと思うだろう。だが、喪中だと知らないで年賀状を出す人がいてもおかしくないし、喪中の通知は「こちらからは新年の挨拶を申し上げることが出来ない状態」であるとお断りするわけだから、相手が年賀状を出そうが出すまいが、本来は関係ないと思うのだがどうだろう。

 一体全体、前年の暮れに年賀状を書く人がほとんどだろう。だから本来は「今年もよろしく」とか「旧年中はお世話になりました」なんてのも変な話で、むしろ天邪鬼な大先輩の「寒中見舞い」の方が理屈に適っているのかも知れない。

 「松の内」だって地方によっては期間が違うみたいだ。昔、貧しかった地方だとお正月は3が日だけだったり、7日間というところもあったと聞いている。そして形式的には寒中見舞いが使えるのも節分までで、どんなに寒くても翌日の立春からはもう使えない由。似たようなのが「暑中見舞い」と「残暑見舞い」の区切りだ。

 私が最も形骸化したと考えるのが「喪中」。本来は近親者の死を悼み、一定の期間「喪」に服するのが喪中のはず。それが忘年会で酒は飲むは、カラオケで歌うは。異性を見てニヤけてる喪中がどこの世界にあるかと言いたくもなる。その点北朝鮮は凄いよ。父上が亡くなった後、今の将軍様は確か数年間マスコミに出なかったはず。ただし、その間に好きな映画を絶ったり、美女軍団を遠ざけたとは聞いてないが。

 話は変わって、節分の「恵方巻き」やバレンタインデーの「義理チョコ」、はたまたホワイトデーのお返しなどの風習が流行っている。いや、商魂逞しい業界のPRに上手く乗せられていると言うのが本当だろうか。昔からの伝統行事にはそれなりの「謂われ」があったが、近年の「行事」は手前勝手な理屈だけだもんなあ。

 甘いものと言えば、先日マラソンに行った際のお土産を現場に持参した。箱を開けた小母ちゃん達が喜び、「美味い美味い」と一斉に食べ始めた。「おお~っ、こんなに喜んでもらえるなら、持って来た甲斐があった」。と嬉しくなったのだが、何時まで経っても私の手元へは届かない。食べ終わっても誰も気づかないため、私曰く。「あの~。誰か忘れていませんか?」。小母ちゃんパワーは、業者の商魂よりも逞しいのだ。





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Last updated  2010.02.08 19:23:13 コメント(12) | コメントを書く
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