マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2010.09.29
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 忘れた風景 

 朝の7時には7度だった道路脇の気温表示が、8時過ぎには10度になっていた。気持ち良い青空の下、爽やかな朝風を受けて走るランナー達。それを道端で熱心に応援する地元の方々。秋田内陸部を縦断する国道105号線。そしてほぼ平行に走っている第3セクターの「秋田内陸鉄道」の電車が時々通る。わずか1輌だけの車内から手を振る人が見える。

 西木温泉ふれあいプラザ「クリオン」は1度泊ったことがあったので覚えていた。ここは旧西木村。今は合併して仙北市になっている。小学生が並んで手を差し出していたのは、どこの集落だったろう。私は女の子達とハイタッチした。家々の庭先には色とりどりの花々。きっとお年寄り達が丹精を込めて育てているのだろう。

 秋田内陸部は典型的な過疎地帯で、お年寄りが多いところ。だから道端の応援も大抵はお年寄り達だ。年に1度のウルトラマラソンを楽しみにしているお爺さんやお婆さん。その笑顔に応えて手を振りながら走る選手達。「花街道」は長い1日、選手と地元の方との交流の場に変わる。お年寄り達は、元気に走り去る選手達からパワーをもらうらしいが、恐らく選手も同様のはずだ。

 15km辺りまでに抜いた何人かの仲間を含め、30km辺りではほとんどの仲間に抜かれてしまった。初参加のS村さんは途中でトイレを済ませたら元気を回復したようで、そのまま前へ行った。坂道では走る筋肉を休ませ、歩く筋肉を多用したとか。結局彼は初ウルトラを11時間台でゴールした由。いやはやもの凄い新人が現れたものだ。

 昨年500km超級の「川の道」を走破したDさんは、実力通り前へ行った。多分道端で立ち小便をしている時にM井さんに抜かれたと思う 。彼の姿はあっと言う間に見えなくなった。Kさんは「ギリギリでもゴール出来ると良いね」と言い残して走り去った。スピードランナーの彼女にしてはおかしいなと思ったのだが、あれは私に対する激励だったことに後で気づいた。

 わざわざ愛知から参加したY川さんは、「今回は予定を変更して50kmで止めるかも」と言いつつ前へ行った。秋田空港発の飛行機にどうしても間に合わせる必要があるのだ。70歳同級コンビのF田さん、H多さんにも相次いで抜かれた。2人は元気良く走り去った。



 彼が言った通り、確かに坂道は直ぐに終わった。だが、このコースは峠に差し掛かる前から徐々に高度を上げて行く。序盤無理してスピードを出した「つけ」が、脚の痛みとなって出だす。多分軽いシューズを暫く履いてなかったため、筋肉が着地の衝撃に耐えられなかったのだろう。でも今はそんなことは言ってられない。

 36.9km地点の第7AS(エイドステーション:以下ASと表記)で休んでいたところ、Y田さんが追い着いて来た。ここは最初の関門。何とか完走を果たすため、私は腕時計に関門の制限時間を書いたメモを貼り付けていたのだが、さすがにここはパス。書いたのは64km地点の第3関門以降だ。休んでいるY田さんに声を掛けて先行する。登りに強い彼だが、結局80km地点で時間切れになったことを後で知った。

 いよいよ峠への本格的な登りが始まった。この辺りの風景は良く覚えていた。毎回苦しめられているため、自然と記憶に残るのだろう。大勢のランナーが黙って坂道を歩いている。私も何とか頑張っていたが、ついに脚が止まり走れなくなった。これじゃ完走は無理と考え直し、大きく手を振り、極力歩幅を広げ歩いて登る。<続く>





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Last updated  2010.09.30 04:20:58 コメント(4) | コメントを書く


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