2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全6件 (6件中 1-6件目)
1
お陰様で、明日兄が退院することになりました。ご心配して下さった皆さん、本当にありがとうございました。今回は皆さんの支えがとても大きな力となって、兄の退院の日を無事迎えることが出来ました。本当にありがとうございました!私も子供達も皆喜んでいます。 先日お姉ちゃんがアルファベットらしき文字を30字くらい書いていたので、「ABC書いたの?上手だね」と言ったら「違うよ。これは『お兄ちゃん早く元気になって帰って来てね』って書いたんだよ」と言われました。お姉ちゃんの言葉にぐっときてしまいました。
2008年10月28日
コメント(2)
以前北海道で酪農をやっている友人が「牛乳は紙パックだと紙の臭いがしておいしくない」と言っていましたが、今回の帰国でやっと納得出来ました。タイに住んで以来、牛乳はプラスチックのボトルで飲んでいるので、今回久しぶりに紙パックの牛乳を飲んだら、確かに紙パックの臭いがしました。「これ(この臭い)だったのか~」とやっと分かりました。でも日本で紙パック以外の牛乳を探すのって難しいし、見つけても値段が通常の倍くらいするからなかなか手が出せませんよね~
2008年10月27日
コメント(2)
兄が昨日から集中治療室から一般病棟の個室に移ったので、今日の夕方から子供達を連れてお見舞いに行ってきました。お姉ちゃんはずっと「お兄ちゃんに会いたいよ~」と言っていたのですが、生憎以前いた集中治療室は子供は入れなかったので、毎回「子供は中に入れないんだよ」と言っていました。なので私が「今日はお兄ちゃんに会えるよ」と言っても「でも子供はダメでしょ?」とちょっと諦め交じりの返事をしていましたが、それでも会えると聞いたら嬉しそうでした。ただ、お姉ちゃんが嬉しさのあまり、兄に飛びついて行ったら大変なので、「お兄ちゃんは手術してここ(胸)を切ってるから、ここがまだ痛いの。だからお兄ちゃんに触ったらだめだよ。そ~っとね。優しく触るんだよ」と何度も言って聞かせましたが、果たしてどこまで分かっているんだか...そしていざ病室に入ると、久しぶりの兄が笑顔で迎えたので、お姉ちゃんは本当はすぐにでも飛び付いて行きたかったのでしょうが、私に言われた通り、最初はベッドの横にある長椅子に座り、段々兄に近づいていき、最後は兄のベッドに上がり込んで、兄の胸に付いている色んな管(心電図用)や腕の点滴用の管に興味をそそられ、すぐに触ろうとするから慌てて止めましたお姉ちゃんの記憶力は鶏と同じで三歩歩くと忘れるのですでも兄が「これを見てごらん」と手術の傷跡を見せると、神妙な顔になり、それから少しだけ兄から離れて遊んでいました。術後二日目の晩は体調が悪くなり、心臓が痛くて苦しくて寝られず、付き添っていた母はとても心配したそうですが、翌日から体調は好転し、今日は私達が行く前に自分で売店まで行ってスパゲティの小さいパックを買ってきたそうです。顔色も良く、ベッドから立ち上がってもしばらくは平気そうだったので、このまま順調に回復するのだと安心して帰路につきました。携帯電話も心臓から20cm(だったかな?)以上離していれば使えると言われ、右手でなら通話も出来るので、病室で使っています。なので今までは届いたメールは私がプリントアウトして病院まで持って行かないと読めませんでしたが、今では携帯電話に転送すればすぐに読むことが出来ます。これで気分的にかなり良くなった筈!退院まで待ち遠しいです
2008年10月18日
コメント(3)
当初3時間の予定だった兄の手術は結局4時間弱かかりましたが、無事成功しました。まだまだ痛みが強く、身体を動かす度に痛さに顔を歪めていますが、今日の午後から病室内を歩いてトイレに行く許可が下り、恐る恐る立ち上がって一歩ずつ歩いていました。本人や周りが思っていたよりも手術は大変だったようで、術後すぐに面会した時はとてもしんどそうでしただけど術後一日でもう動いて良いなんてびっくりですねそして今日の夕方には集中治療室から一般病棟の個室に移っているので、明日からは私の子供達も一緒に面会が出来ます。でも久しぶりの再会で子供達が興奮して兄に飛びついて行くかもしれないので、それだけは気をつけなければっ前回のブログに書きましたが、集中治療室は15歳未満は入室禁止なので、ほぼ毎日病院には行っていますが、面会しないで帰ることが半分あります。私が面会している間誰かに子供達を見ていてもらわないといけなくて、お姉ちゃんは右に、妹は左に、と、縦横無尽に動き回って大変だし、何時間も待つ場合、一旦子供達をどこか遊べる場所へ連れ出さないといけなくて、どうしてももたついてしまい、なかなか思うように動けないのが時々もどかしいですお姉ちゃんは病院に行くのに付いて来ても、伯父さん(私の兄)には会えないので、「私も会いに行きたい!」とお姉ちゃんにせがまれることもしばしばありましたが、これからは一緒に病室まで連れて行かれると思うので一安心です。でもまだ痛むししんどいようなので、子供達との面会はもう少し回復してからの方が良さそうですね
2008年10月16日
コメント(4)
今回は3週間程度の一時帰国の予定でしたが、不測の事態が生じ、当初13日にタイに戻る予定でしたが、31日に延期しました。実は私の兄は10年以上前から心臓を患っています。5日の夕方から不整脈が出始め、それが夜になっても治まらず、深夜に救急で診てもらい、そのまま入院となりました。今まで薬で抑えられていた症状が薬では抑えられなくなり、ペースメーカーの力を借りることになりました。ペースメーカーを埋め込む手術は15日。術後10日程で退院できるそうなので、退院後の体調を見て、順調に回復していたら31日にタイに戻りますが、場合によっては来月初めにずらすことにします。シラチャのお友達、突然帰国してご迷惑をお掛けして、更に滞在期間を延長してしまい、申し訳ありませんタイに戻ったらまたよろしくお願いします。
2008年10月11日
コメント(4)
実は今回帰国する日の夕方、お姉ちゃんがロビンソンで迷子になって大騒ぎしたんです!急いで荷造りを終え、何とか時間ができたので、夕方お土産を買いに「すばる」へ行き、お友達に頼まれていたローヤルゼリー石鹸を買い、その後もう少しお土産を買いにロビンソンへ。丁度薬局「Boots」の前でお姉ちゃんがいなくなり、あちこち探し回ったけど、どこを探してもどうしても見つからないので、「これはヤバイ!」と焦ってきて、そばにいた化粧品売り場のオカマのお兄さんに「娘がいなくなった。どうすればいい?」と聞くと、上りエスカレーターのすぐ近くにあるインフォメーションまで連れてってくれたので、そこで迷子の呼び出しをお願いしました。「4歳の娘で、名前は○○、髪型はこれくらいで、服装は何色のTシャツと何柄のズボンを履いている」と伝えるとすぐにタイ語で放送してくれて、最後に「インフォメーションまで来て下さい」と言いました。でも私ですらインフォメーションがどこにあるのか、目の前まで連れてってもらわないと分からなかったんだから、お姉ちゃんが一人で来られる筈がない!アナウンスが終わって待っている間、まず旦那に電話しましたが、旦那は「今会社を出たばかりだから、早くても45分後じゃないとシラチャに着かない」と言われ、次にアパートに「お姉ちゃんがいなくなったの!どうすればいい?」と電話しました。すぐ帰るつもりで赤ちゃんはアパートのスタッフに預けていたので、赤ちゃんの事も心配でしたが、時間が経つにつれ、必死で冷静を保とうとするも、段々焦りが隠せなくなって、いても経ってもいられなくて、もう一度お姉ちゃんがいなくなった階をぐるっと探してみることに。アパートのスタッフから電話が有り、「今手が空いてるスタッフがそっちにお姉ちゃんを探しに行きました」と言われ、一筋の希望の光が差し込んできたその時、インフォメーション付近で私が最初に話しかけたオカマのお兄さんがお姉ちゃんの手を引いて歩いているのを発見!この間実際は何分間の出来事だったのか分かりませんが、私にはとても長く感じられ、「もしかしたらもうダメかも...」等、最悪の結果が一瞬頭をよぎりました。お姉ちゃんの無事な姿を目の当たりにして、安堵で涙が溢れそうでしたが、涙をぐっと堪えて、まずお姉ちゃんに雷を落とし、その後オカマのお兄さんに「娘はどこにいましたか?」と聞くと、「化粧品売り場を一人で歩いていましたよ」と言われ、お姉ちゃんは自分が迷子になっていることに全く気がついていなかったようですいつでもどこでもすぐ勝手にフラフラいなくなってしまうお姉ちゃん。毎回「お父さんとお母さんが見える所にいなさい!見えない所に行ったら怖いおじちゃんに連れて行かれるんだよ!」と言い聞かせるも、すぐにいなくなってしまうので、いつもひやひやしていました本当に無事に見つかって良かったです!こんなことがあったので、結局お土産を買わずにアパートに戻りました。アパートに戻るとスタッフが数人駆け寄り、「お姉ちゃん!もう、ダメじゃない!お母さんも私達も心配したのよ!お母さんから離れたら危ないよ!一人で行っちゃダメ!分かった?」と泣きながら怒りました。スタッフが子供をこんなに怒った姿は初めて見ました。お姉ちゃんは何で怒られているのか分からないまま、ただ驚いていました。それだけお姉ちゃんのことを心配してくれたんだ、と思い、スタッフには本当に感謝しました。どうもお騒がせしてすみませんでした
2008年10月10日
コメント(3)
全6件 (6件中 1-6件目)
1