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ドタバタがあってもうかれこれ一年以上が過ぎました。結論から言えば現在はちゃんと家族円満、みんな元気に過ごしています。継続して閲覧いただいていた方々には大変申し訳なく思っております。これからは更新していなかった理由(放棄していたわけではありません)ドタバタの内容などを気の向いたときにだけですが、つづりたいと思います。
December 25, 2006
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幸せいっぱいの我が家に嵐が舞い込みまして・・・しばらく、書き込んでいませんでした。またぼちぼち書き込んでいきますのでときどき見てくれるとありがたいです。いざこざはこのブログが妻に見つかった事から始まりました・・・・詳細は後日更新していきます。
June 10, 2005
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只今某事務所の移転のお手伝いをしています。当然パソコンのネットワークもやり直し、ブログにしっかりかけるようになるまでまだかかりそうです。
March 9, 2005
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私はこれまでのいろんな方とのコミュニーケションで鬱などの精神的なものと連動していることをいくつか、聞いてきました。私自身は精神的な病は経験が無いのですが、嫁の母・その弟がどうやら鬱病のようです。酒を飲むと暴発しています、当然家族にも影響していますが私は義理の母と弟の病気で勝手に(遺伝的なもの?)と思っていたのですが、先日のお客様にこのようなメールを頂きました。『私他人の傷(過去であれ)も負っちゃうから、自分の感情に取り込んでしまうから』と。ふと、思うことがありまして、そういえば義理の母も収入には決して見合わない、簡単に解決できない『生活と暮らしのアドバイザー』を何年もしています。これには共通点があって『自分の範疇以外・具体的には自己解決できない問題など』を抱え込んでしまうということです。義理の母の弟さんはあまりよく知らないので分かりませんが、ひょっとしてこの共通点があるような気がします。どなたか意見をいただけると嬉しいのですが・・・そんな自分はタバコをぜんぜんやめられません。そんなことより身近な目標はこれかも知れませんが・・・・
March 4, 2005
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やがて私は独立し、経営を始めました。暮らしは貧しいかもしれませんが、二人の子どもと愛妻に囲まれ、食べ物がおいしく週末にはできる限りの家族サービスをしています。家族サービスというよりは自分も本気で楽しんでますが!あの頃には想像もつかない人生を今は楽しんでいます。いま、このブログを読んであなたの悩みの一部での取り除けるのなら、役に立つのなら、あえてこのブログを書くことができるようになった私の人生の使命かもしれません。私はこのブログを始めると決めてから現在で10日ほどですが、先日私はなんとも不思議な出来事に遭遇しました。いつものようにパソコンを納品(販売もしているので)しに行ったお宅で、そのお客様がふと、誰にも言えない悩みを打ち明けてくれたんです。 本当に偶然なのでしょうか???? 私はこれといって何も言っていなかった(面識のある人には言えませんから)のですが、そのお客様は『私は摂食障害で、鬱もあり7年間も苦しんでいます。』とのこと。正直私は言葉を失いました、その後私の病気の克服の話をしてみると、いろんな悩みや苦しみを切々と語ってくれました。 私は専門医でもなければ、その人にあった治療法を知っているわけでもないのに『ただ聞いてほしい』、聞いた後で『ありがとう』を繰り返し私に言ってくれました。私にはその人に何もしてあげれることはありませんが、『聞いてもらう』ただこれだけで悩んでいることの一部は解決できるんですね。そういえば、私もずっと孤独で、身内にも打ち明けられなく、周りが心配してくれても『他人ごとのくせに・・・』と思っていました。 私はそんな悩みを自分の経験をもとに聞いてあげることしかできませんが、それだけでも人の役に立つ自分が『もう、ここにいるんだ』ふと、そんなことを考える日でした。
March 3, 2005
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私には楽しいとか嬉しいという感情は今の半分以下でした。そのパソコン教室では出張でのサポート業務があり、私はその部門で仕事を生かされることになったんです。ある日、お客様に『あんた、いっぺんこれ飲んでみ。』と差し出されたのは一杯のジュースのような不思議な飲み物でした。味は・・・粉っぽいジュース?のような感じでしたが、不思議と食欲が収まり麻痺していた満腹感が復活したんです。聞いてみると、どうやら健康食品のようで、私は摂食障害で絶えず唇が青かったので『きっと気を使って差し出してくれたんだ。』と思っていました。後になって尋ねてみたんですが、そうではなく『口が臭かったとのこと』お客様と接する仕事で致命的な言葉でした。原因は過食・嘔吐の繰り返しで胃と歯が障害を起こしていました・・・。そのお客様は私の胃の状態を悟っていたんですね。そのお客様も長い間、胃潰瘍で苦しまれていたそうですがその健康食品で治ったそうです。そのとき、『少しでも健康になれるなら・・・』とサンプル的に小分けしてもらいました。ところが、その健康食品は私にとって意外な局面をもたらしたんです。半信半疑で4日ほど過食・嘔吐で吐きつかれて寝る前にそれを飲み続けたんです。不思議でよく憶えていますが、次の日のこと、寝起きの悪い私がさっと起きれる・唇が青くない・異様な食欲が納まることに気づいたんです。これで治るかもしれない、最後のチャンスにも思えました。結局購入して試してみることに・・・・・他力本願でその健康食品にたよってみたものの直接病気はなおりませんでしたが体調が変わりました。その後、自分に条件(今日嘔吐を何回してもその健康食品を一回必ず消化する・日増しに消化する量を増やしていくというように)を増やしながら生活を続けると、『過食したくなったら、それを摂る』と自分に言い聞かせて3週間ほど続けてみたんです。気がつけば過食嘔吐の回数は明らかに減っていきました、全く吐かない日も何度かあったんです。それから半年で完全に過食嘔吐はなくなりました!!!!!ただ、今なおその健康食品を摂り続けている(健康増進のため)ので、やめてしまうと再発するかもしれませんが・・・・ただ、私はそのお客様とその健康食品に出会えたことは偶然ではないような気がします。そして、今なお感謝しております。
March 2, 2005
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自暴自棄になっていました。もう、 いいや。 できないことはできない。なんで俺だけ・・・・ 男の俺が病院なんて・・・いいや。結局、仕事は続かないなんにもない・・・どうやって生きていこう・・・・食べ物関係で自営でもするかな?食べ物はもうダメだ!!でも何の経験も知識もない・・・あるのは事務の経験とちょっとだけパソコンができるだけ・・・パソコン教室のアルバイトぐらいしか・・・また、アルバイトの生活になりました。
March 1, 2005
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しばらく仕事が忙しく、日記をサボっておりました。回復できそうだった生活を記載しますね、といっても参考にならないでしょうが・・・。そんな肩身の狭い生活を改善すべく私は自らをムチ打って、多忙な業務の仕事(アルバイト)を探すようになりました。身の周りに食べ物がないもので且つ食べるヒマもあまりないものをあえて選んでいきました、食べ物がなければ、また食べるヒマもなければおのずと改善すると思っていましたから。そこで行き着いたのがトラックの運転手でした、女性にはなかなか難しいでしょうが・・・。思惑通り?仕事中(運転中)に食べることもできないし、一度トラックに乗れば大体9時間はまともな食事は取れませんでした。この生活は結果、健康を害することになるのですが、腰痛が今度はひどく、それでもまだ不健康な食生活のため慢性的な栄養障害(具体的には冷え性)に悩まされました。生活の流れは・・・・・朝6時起床朝食→嘔吐結果摂るのは牛乳程度昼食は時間は定まらずコンビニでその時のもの嘔吐はときどき晩は晩10時帰宅ビール2本先に飲んで・・・疲れからそのまま睡眠このような生活を平日休日一日のみで2年続けました。過食・嘔吐する時間もない生活に自分を追い込むことで、次第に回数が減っていったんです。休日もほとんど静養にあてて、寝ることが中心でした。この生活を続ければ治るかも!実際、その翌年には過食・嘔吐はなくなったんです!!!!!そんな矢先にこの不況で会社が倒産し、私はまた職を探すことになりました。就職できたのはアミューズメントショップ(レンタルビデオ)などの中小企業の事務職でした。全ては順調で普通の生活が送れるようになりましたがその翌年・・・独身で身が軽い私は転勤を数回余儀なくされたんです、これが非常にまずかった。給料は増えずに仕事は増えるばかりでストレスがたまり、一人暮らしで周りに友達もいない。過食・嘔吐の条件が全て揃ってしまったんです。ある日、酒の飲みすぎで思いっきり吐いてしまいました。同時に思い出しました。再発です。
February 27, 2005
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私にとって青春時代で高校の三年間だけがすばらしいものでした。特に部活は最高の同輩・先輩と後輩に恵まれました。ただ、生活そのものは何の改善もせず、悪習慣が増えるんですが・・・相変わらずの摂食障害に加え、バイトを本格的に始めたんですが、ほとんど飲食関連のアルバイトで当然のごとく過食が加速(ダジャレではありません)し、食材の窃盗なんて毎日のようにしていました。お金が入るとバイトの帰りにカラオケ、居酒屋と生活のリズムは深夜方にシフトします。当然体には負担になることばかりで、勉強の成績は一気に急降下をします、高校受験のあの情熱はこれっぽちも無かったですね。ただただ新しい遊びと自由になるお金・遊び仲間、とにかく遊ぶことで今までの生活からは一変しました。でも、楽しい時間というのは印象は短く、苦しい辛い印象は残酷なまでに長く感じますね。私の青春は数学0点のテストが何枚かと大学の不合格通知が数枚手元に残りいつの間にか卒業アルバムに綴じてあります。『落ち込む』という言葉を軽々しく使う今ですが、本当に使うべき時が訪れていました。浪人生活・過度の摂食障害・悲惨な恋愛・欲望のジレンマこれらが一斉に私の19歳に来てくれました(呼んだ覚えがないのに)。大学に現役で入学できませんでしたが、得意教科が英語だったため、(英語だけは偏差値が異様に高かったんです、他は全くのアホですが)あきらめられず、というよりは就職がイヤだった(今、こんな贅沢なワガママを言ってみたい・・・・本音)ので親に甘えて浪人生活をはじめました。予備校に通い、中途半端に金銭面で親への負担が気になり、深夜にバイトをしましたが、このバイトがすべてにおいてマイナスになりました。バイト先で恋人が出来、勉強そっちのけ、朝起きられない、予備校で通学する電車の定期を持っている=繁華街で遊ぶ、変な友達が出来る。書いていて恥ずかしいです。若いとはいえなんと情けない話です。もっと詳しく書ければいいのですが、割愛させていただきます。大学は志望校ではないものの私立に入学、その後生活の規律が全くなく中退。恋愛は私が浮気して、彼女がリストカットして終了。摂食障害は良くも悪くもなく続いています。バイトの給料→衝動買い&食べ物。そんな具合で大学までやめてしまい、といっても就職はできず、バイト生活になり、すべてを無駄にしたことで親に勘当されました。本当に今は立ち直っているのか皆さん疑問でしょ?
February 26, 2005
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補足になりますが、その後の治療で斜視が残り、視力はほとんどありませんが失明を免れたことを記載します。過食・嘔吐はその後エスカレートするばかり、肉体的な障害は全く意識できないながらも水面下で蝕まれていたようです。やがてこの病気は生活習慣・日常生活となってしまいました。学校生活の規律の中では耐えられますが、家に帰ると・・・『食べたい』ではなく普通に息を吸い込むように食べたら吐く。食べる感覚よりも『胃袋に詰め込む作業』と『吐き出す作業』の繰り返しです。当時知人がパン屋さんでいまして、期限切れの菓子パンを大量にもらっていました。私は味わうこともなくただ食べる、そして吐く。胃液が口の中に出て、ともに胃痛が始まるだから胃薬を飲む。終わるのは吐きつかれたときだけ。でも、空腹だから・・・また。もう胃薬がない・牛乳で胃酸をおさえて・・・つかれた。寝よう。こんな毎日でした。この段階になると『食べ物が胃の中にあることが許せない感覚』に陥ります。さらに深刻な方向へ進みます。知らない間に指や道具を使わずとも吐けるようになります。口から金魚を出す奇人変人をご存知でしょうか?いわゆる人間ポンプです。今思えばこの段階は非常に厄介でした。吐く場所を選ばないんです、トイレで指を口に入れているところを見られることもなく一瞬でその辺のドブや公園の隅で吐けるんです。若干15歳で人間ポンプでテレビに出れたでしょうね。先にはまだあります、歯が一気に悪くなる原因です。(下記を実際私が頻発したのは18歳前後からですが)ただ吐き捨てるのがもったいなくなって(特においしいものケーキや焼き肉など)いったん口の中で戻して味わう。これを何回か繰り返してあじわえなくなったら吐き捨てる。これは胃酸に混じった食物を何度も噛むことで歯はボロボロになります。しかも一日に何回も繰り返し、私の場合は吐きつかれてそのままねてしまうので一気に虫歯だらけになります。時期はもうすぐ高校入学へ、こんな生活が不安でしたが心機一転高校デビューを狙いました。そして見事成功したと思います。あえなく親友と同じ高校にはいけませんでしたが、すくなくともいじめからの開放と新しい親友・先輩・後輩に恵まれました。ただ、病気は上記のようにさらに悪化の一途でしたが。
February 25, 2005
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気がつけば小学校低学年にして体重が50kgになっていました、自分のおかれた状況を把握できる年ではないので左目が見えないこと意外は何の危機感もありませんでしたが、やがていろんな形で私に災いとして襲ってきました。『おまえ、めぇ見えへんの?なんで?え~そんなんささったん、どんくさ~』こんな一言から始まったいじめは日々エスカレートしていきます。『おまえ足遅いな~』『そらブタやもん!』『そっかカチクや!』『カチクはなんでもゆうこときかなあかんぞ!』ランドセルを持ちきれない数を何回も往復しながら帰ったり、それがイヤでワザと帰る時間を遅く学校を出ると待ち伏せされてたり、運動会は無論のこと体育や休み時間はイヤな思い出ばかりが増えていきました、当時いじめにを深刻問題する考えがあまりなかったようで、担任まで(おそらく悟っていたと思います)が『みんなとよく遊ぶいい子です』と通知表に書いていました。私には小学生にして居場所はなかったんです、ただ夢中になれたのはアニメとTVゲームだけでした。ドラクエや好きなアニメの主人公になれることが唯一の楽しみだったんです。小学生に当時のゲームソフトは非常に高価でおいそれと購入できず、親兄弟の財布や店(母経営)のレジから毎日お金を盗って好きなものを買い・食べてゲームセンターに通っていました。ひどいときは日に5万円とか。その時の友達はお金がやはり目当てで、今は何をしているのかもわかりません。そんな生活の中で誰でも財布の中身の異変に当然気がつき、叱られて・怒られて。でも、それしか楽しくないんです、やはり何度も盗みを繰り返しました、時には万引きも。親は共稼ぎで日々忙しく、私には友達もいじめの悩みを聞いてくれる人もいない。それが私の小学校の生活の思い出です。そんな生活は中学生活にも影響しました。いじめがいやで中途半端に不良とかかわりだしたんですが、バイクの窃盗・ケンカの強要などとにかく人生で思い出したくない生活のひとつです。その当時救いだったのは一人だけ親友ができました、彼は特にいじめられていたわけでも不良でもなかったんですが、友達のいない私には心の支えでした、『勉強ができないのを目のコンプレックスのせいにしたくない』実際は片目の生活は肩こりや頭痛で苦しかったのですが、彼以上に頑張ろうと、できるだけ同じ高校に入りたくて懸命に勉強しました。そして、本気でダイエットに取り組み、こんにゃくしか食べない生活・粉ミルクで過ごす生活・水だけしか飲まない生活(時にはアリナミンの瓶全部飲もうかなというぐらい空腹)、こんな無茶なダイエットをして当時80kg以上あった体重が67kgぐらいまで落としたんです。リバウンドは必ずつきもので、70kgぐらいにすぐに戻りました。『このままではいけない・・・・・』そう思った次の日はじめて自分の意思で『嘔吐』をしました。
February 24, 2005
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記事は一日一回しかかけないんですね・・・・涙私は普通よりも少し裕福な家庭に末っ子長男で生まれました。周りの人は口をそろえて『かわいい赤ちゃん』と言っていたそうです。そんな私は元気で近所でも評判の悪ガキになっていきました。無論当時は将来いじめることはあってもいじめられることになるなんてこれっぽちも思っていませんでした。今でも憶えています(ものすごく嬉しかったので)が小学校2年生のときにクラスで一番バレンタインデーにチョコレートが集まりました。次に学生生活で身内以外からバレンタインデーにチョコレートを貰ったのは浪人生活にできた恋人からのものでした。その間は全くありませんでしたよ。さて、私は見かけはもともと男前なんでしょうが、ある事件から一変しました。バレンタインデーにチョコレートが集まった次の年その事件は起きました。事の発端はプラモデル(ガンダムの)に夢中になっていた事ですが、ある日の夕方パーツに穴を開けるべく、母の裁縫道具の中から千枚通しを取り出し、渾身の力を入れて穴をあけました。その瞬間運悪くまぶたを貫通して左目に刺さったんです。そのときに着ていたシャツは白いのですが、真っ赤に染まっていたことをはっきり憶えています。救急車で一旦総合病院に搬送されたのですが、あいにくその病院では処置ができず隣の県の病院まで救急者で搬送されました、と同時に緊急手術を行い(このとき点眼麻酔だったので手術の一部始終も覚えています)ました。その後自宅に帰ると事の重大さを理解していなかったので妙に冷静な自分とうらはらに皆が泣いている事がとても不思議でした、どうやら失明の告知を受けていたようです。その後、手術を受けた病院で入院することになりましたが、私にはこの眼が回復できないと知ることありませんでした。ケガの場合、長期にわたる入院生活は食事の制限もなく、また運動することもなく結果私の体は肥満児と呼ばれるようになりました。
February 23, 2005
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幼いながらも病気知らずで二人の子供と妻と平凡な暮らしをしています。いま振り返ると『平凡』が私にとってものすごく遠い存在に感じていました。いま、はっきりと言える事は過食・拒食・嘔吐を繰り返すことは『立派な病気』であったと思います。この病気は決して特別なものではなく誰にでも十分起こりうる病気です。人間は誰しも潜在的にこのような欲求があると思います。それが生活に出てくるきっかけがあるかないかです。私の場合は容姿のコンプレックスがきっかけとなりました。あなたも十分可能性はあると考えてください。たった今あなたに無関係でもあなたの大切な人や子供さんが本当に些細なきっかけで摂食障害になることはあります。もし、そんなことになったら・・・・どうしますか?これから私の半生をふまえてどうやって現在の生活を手に入れたのかをお伝えしようと思います、治療の参考になれば幸いです。同じ悩みの方はメール・掲示板へ書き込んでください。私の範疇でよければお答えいたします。
February 22, 2005
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