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2003年04月30日
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宗教と革命
 教会の指導者たちは、国家間の戦争のみならず、国内における革命さえも支援する。1937年、スペインのカトリック教徒たちは、彼らの司祭の多くから、第二スペイン共和国に反対するフランコ将軍の国民運動を支持するように勧められた。しかし後には、司教や司祭は、フランコ政権をおもしろく思わず、フランコの国民運動に対する教会の支持を「容赦」するよう要請した。

 ルーテル派の神学者カローリー・プロールは「クリスチャンは革命に参加できるという事実にかんして、神学者の間にはこのように注目に価する意見の一致が見られる」。 また、英国のローマ・カトリック司教たちは「権威に反対して暴力をふるうことを非とするだけではだめだ。なぜなら、権力の座にある者たちは、さらにひどい暴力行為を犯した罪があるかもしれないからである」と言った。

 では、今日教会員が政治革命に参加するのは不思議だろうか。アメリカ、テキサス州、オースチンのセント・エドワード大学の神学の講師ジョージ・クレスチンはこう述べていた。「クリスチャンは、できるかぎり早急に不正な機構を変革すべく決意しつつある。これは場合によっては教会が暴力を説かざるをえなくなるかもしれないことを意味する」。

 このように、戦争と暴力にかんする世界宗教の経歴は明らかであり、それは身の毛のよだつような恐ろしいものである。世界宗教は、啓示 18章24節に述べられているように、「すべて地の上に殺されし者の血」に対して、いちばん大きな罪を負っている。

では、世界に広まっている不道徳に対する罪についてはどうだろうか。この点で世界宗教はどんな立場にあるのか。
2003/04/30 22:20:43

ヒトラーを支援
 1933年、ドイツとバチカンの間に政教条約が結ばれた。同条約の第16条の規定によると、カトリック教会の各司教は、就任にさいしてナチ政権に対する「忠誠の誓い」をしなければならないことになっていた。また、第30条、正式ミサを行なうたびに「ドイツ国とその国民の繁栄」を祈ることを要求していた。



 それで教会はドイツ国民をどこに導いていたのだろうか。ウィーン大学の歴史学の教授でローマ・カトリック教徒でもあるフリードリッヒ・ヘールはこう説明している。「かぎ十字がドイツ各地の大聖堂の塔から勝利を告げ、かぎ十字の旗が半円形の祭壇に現われ、カトリックとプロテスタントの神学者、牧師、教会人、政治家などがヒトラーへの協力を歓迎するまでに十字架とかぎ十字は接近した、というのがドイツの歴史の冷厳な事実である」。

 1939年の9月17日、ドイツがポーランドに侵入してから2週間余りのち、ドイツの司教たちは次のような内容の共同牧会書簡を出した。「この決定的時期において、われわれはカトリック教徒の兵士たちに対し、総統に服従してその任務を果たし、自己のすべてを犠牲にする覚悟を持つよう勧告する。また、この戦争が、全能の神の摂理によって祝福に満ちた勝利に導かれ、われらが祖国と国民に平和が訪れるよう、信仰者が熱烈な祈りに参加することを訴える」。

 1940年の夏、カトリックの司教フランズ・ジョセフ・ラルコフスキーは次のように述べた。「ドイツ国民は…良心のかしゃくを感じてはいない。…ドイツ国民は、これが正義の戦い、一国民の自衛の必要から生まれた戦いであることを知っている」。

 1939年のニューヨーク・タイムズ紙は次のように伝えている。「ドイツのプロテスタントとカトリック教会の定期刊行物は、多くの奨励記事を掲載して、自国の防衛のために戦う兵士の任務を説明し、またドイツの勝利と公正な平和のために、聖ミカエルの精神をもって戦え、とドイツの兵士たちを訓戒している」。

 教会がドイツ国民をどこに導いていたかは明らかではないだろうか。ゴードン・ザーン教授は書いている。「ヒトラーの戦争支持にかんして宗教指導者たちに霊的導きと指示を求めたドイツのカトリック教徒たちは、ナチの支配者から得たであろう答えと事実上同様の答えを与えられた」。

 教会がどんな指導を行なったかは、教会員が全面的に戦争を支持したことにはっきり表われている。ヘール教授はこう説明している。「ドイツの約3,200万のカトリック教徒―うち1,550万は男だった―のうち、兵役を公然と拒否したのはわずか7人にすぎなかった。このうちの6人はオーストラリア人であった」。ドイツのプロテスタントの場合も状態は同じであった。

 こういうわけで、どの国においても、教会は教会員を戦争に導いた。戦場では、カトリック教徒がカトリック教徒を殺し、プロテスタントがプロテスタントを殺した。しかも双方の教会指導者たちは、神に勝利を祈り求めたのである!

 これがキリスト教世界の実態、邪悪さそのものとしか言いようがない。その節操のない行ないは売春婦として例えられる。聖書の真理を完全に闇へと葬り去っている。これは明らかに神への甚だしい不敬にあたる。もはやこれらキリスト教世界は流血の罪において神に言い開きをしなくてはならない。そして完全に滅ぼされるだろう。
2003/04/30 0:30:24





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最終更新日  2003年04月30日 22時20分43秒
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