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2003年06月21日
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結婚というものを考える
 人生の苦楽を共にする配偶者がいることは、確かに祝福。結婚は孤独感や絶望感からくる空しさを埋めてくれる。また、人が生まれつき持っている、愛や友情や親しい交わりに対する渇望を満たしてくれる。神がアダムを創造した後にこう言われたのももっともなこと。「人が独りのままでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼を補うものとなる助け手を造ろう」。―Genesis 2:18; 24:67.1Corinthians 7:9.

 結婚すると、幾つかの問題が解決されることは確か。しかし、新たな問題も生じる。なぜなら、結婚とは二つの別個の人格が溶け合うことであり、それらは相性が良いとしても、全く同じということはあり得ないからである。とても気の合う夫婦でさえ、時には衝突するもの。クリスチャンの使徒パウロは、結婚する人は「肉身に患難を」招くと書いている。つまり、「新英訳聖書」の訳によると、「この肉体の生活に苦しみや悲嘆」を招くというのである。―1Corinthians 7:28.

 パウロは悲観的な見方をしていたのだろうか。決してそうではない。結婚を考えている人に現実的な見方をするよう勧めていたにすぎない。だれかに心を引かれ、幸福感に満たされているからといって、結婚式の何か月あるいは何年か後も幸福な結婚生活を送っているとは限らない。結婚生活にはそれぞれ固有の難問や課題がある。問題は、それらが生じるかどうかではなく、生じた時にどのように対処するかということなのである。

 問題が生じた時は、夫と妻が互いに対する愛の純粋さを示す機会となる。例えば、埠頭にのんびり停泊している大型客船は堂々としているように見えるかもしれない。しかし、その船が本当の意味で航海に適するかどうかは、海に出た時、嵐に遭って波にもまれるような時に初めて証明される。同様に、結婚のきずなの強さも、ロマンティックで平穏な時だけでは分からない。時には、試練となる状況下で夫婦が逆境という嵐を乗り切って初めて証明される。

 そのために、夫婦は誓約を交わす必要がある。神は男が「自分の妻に堅く付き」、二人が「一体となる」ことを意図されたからである。(Genesis 2:24)今日、誓約を交わすという考えに恐れをなす人は少なくない。しかし、心から愛し合っている二人が、ずっと連れ添う厳粛な約束をしたいと思うのは、全く筋の通ったこと。誓約によって結婚は威厳のあるものとなる。誓約は、どんなことがあっても夫と妻が互いに支え合うことを信じるよりどころになる。 そのような誓約を交わす心の準備ができていないなら、実際には結婚する準備ができていないということになるだろう。すでに結婚している人でさえ、結婚を永続させる上で誓約がいかに大切かということをさらに認識する必要があるかもしれない。
2003/06/21 22:27:41

結婚生活を成功させるには何が必要か
 泳ぎ方を習わないうちに川に飛び込む人などいるだろうか。そんな愚かなことをすれば危険である。命を失うことさえある。にもかかわらず、結婚に伴う責任をどのように担うかをほとんど知らずに結婚生活に飛び込む人がいかに多いか、考えてみてほしい。


2003/06/21 18:07:04





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最終更新日  2003年06月21日 22時27分41秒
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