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2004年03月19日
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進化論者の主張に反して、人間には霊的な特性があり、その点で人間は下等動物と異なっており、それよりも勝っている。人間には生まれつき、知られていないものを探求しようとする衝動がある。そして、人生にはどんな意味があるのか、人間は死後どうなるのか、人間は物質界と、いや、実際のところ、宇宙とどんな関係を持っているのかなどという疑問と絶えず取り組んでいる。また、少しでも自らの境遇や人生を制御しようとして、自分自身よりも高度な、もしくはより強力な存在に到達したいという欲求によって動かされている。

アイバル・リスナーはこのことについて、自著、「人間、神、および魔術」の中でこう述べている。「人間が自らの歴史を通じて、自分自身以外の存在に達するため不屈の努力を傾けて奮闘してきたことを考えると、ただただ驚嘆させられるばかりである。人間は決して専ら生きるのに必要なもののためだけに自分のエネルギーを振り向けたりはしなかった。人間は到達し難いものにあこがれて、絶えず探し求め、さらに模索してきた。人間固有のこの不思議な衝動が人間の霊性なのである」。

もちろん、神を信じない人たちは物事をそのように考えるわけではない。そのような人々は、普通、人間の心理的、あるいはそれ以外の必要のゆえに人間にはこの傾向があるのだと言う。しかし、普通の経験からすれば、大抵の人々は危険や絶望的な事態に直面すると、まず最初に神、あるいは何らかのより高度な力に助けを求めるのではないだろうか。このことは今日でも昔の時代と全く同様である。

リスナーはさらにこう述べている。「最古の未開民族の中で研究を行なってきた人で、未開民族がすべて神のことを考えていること、つまり至上の存在に対する鋭敏な意識を持っていることを理解できない人は一人もいない」。

人間が未知のものに到達したいという、持って生まれた欲求を充足させるため、どのように努力したかは、全く別の問題である。遊牧民の狩猟者や牧夫は野獣の力におののいたし、農民は特に天候や季節の変化に順応した。密林の住人は砂漠や山地に住む人々とは全く異なった仕方で反応した。人々はそのような様々な恐れや必要に直面して、当惑させられるほどの様々な宗教的慣行を発達させ、そのような慣行によって慈悲深い神々に訴えたり、恐ろしい神々をなだめたりしたいと考えた。

しかし、それらの宗教的な慣行はたいへん多種多様であるにもかかわらず、ある共通の特色が認められる。その中には、神聖な霊や超自然的な力に対する崇敬や恐怖の念、魔術の使用、しるしや兆しによって将来を占うこと、占星術、その他様々な吉凶判断の方法がある。それらの特色を調べてみると、それが今日の人々をさえ含めて、あらゆる時代の世界中の人々の宗教思想を形成する上で重要な役割を果たしてきたことが分かる。





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最終更新日  2004年03月20日 03時01分00秒
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