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2004年06月29日
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高慢な人は、自分が誇っていることを認めず、自分が誇っているという事実を直視するのを避けるために自分の行動を他の原因のせいにすることがある。人は各々自分自身と自分の動機を徹底的に吟味して、この悪い特性を持っていないかどうかを確かめるべき。使徒パウロは正しい動機の必要性と、この点で人が自分自身に関して持つべき知識を示して、次のように述べた。「ほかの人たちに食物を与えるために自分のすべての持ち物を施しても、また、自分の体を渡して自分を誇れる[カウケーソーマイ]ようにしたとしても、愛がなければ、わたしには何の益にもなりません」―1Co 13:3.

したがって、人は自分自身の益のために自分の人格から誇りを根こぎにしなければならない。さらに重要なこととして、神を喜ばせたいのならこのことを行なわなければならない。人はそれ[誇り]を憎むようにさえならなければならない。神の言葉は次のように述べている。「神[“Jehovah”“Yahweh”]への恐れは悪を憎むことを意味する。自分を高めること、誇り、悪い道、ゆがんだ口をわたしは憎んだ」―Pr 8:13.

自分の誇りを除かない人は苦しむことになる。『誇りは崩壊に先立ち、ごう慢な霊はつまずきに先立ち』(Pr 16:18)、『Jehovahは自分を高める者たちの家を打ち壊される』のである。(Pr 15:25)個々の人や王朝や国民が高慢であったために崩壊を被った例は数多くある。―Le 26:18、19; 2Ch 26:16; Isa 13:19; Jer 13:9; Eze 30:6、18; 32:12; Da 5:22、23、30.

誇りは人を欺きやすいもの。使徒パウロは、「取るに足りない者であるのに、自分は相当な者であると考える人がいるなら、その人は自分の思いを欺いているのです」と助言している。(Ga 6:3)高慢な人は自分にとって最も有益な、もしくは有利な方法を取っているように思えるが、神のことを無視している。聖書はこのように述べている。「柔和な者たちと共にいてへりくだった霊を抱くのは、自分を高める者たちと共にいて分捕り物を分けるのに勝る」―Pr 16:19.





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最終更新日  2004年09月06日 22時00分31秒
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