フリーページ

2005年02月25日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 自分を他の人と比較することがあるのはなぜだろうか。比較は自尊心を保ったり高めたりする助けになる、というのが一つの見方である。人は他の人と同じ程度の成功を収めると満足感を覚えることが少なくない。別の見方は、他の人と比較することは、自分の能力で何ができるかや自分の限界がどの程度かを知り、自分に対する不安を和らげようとする試みである、というものである。わたしたちは他の人が成し遂げた事柄を目にする。いろいろな点で自分と似ている人が何かの目標を達成したなら、自分も同じような目標を達成できると思うかもしれない。

 比較の対象となるのは大抵、同性の人、年齢の近い人、社会的地位が同程度の人、知り合いなど、自分と立場が似ている人である。自分と明らかに差がある人とはあまり比較しないだろう。言い換えると、十代の普通の少女が自分を学校の友達と比べることはあっても、一流のファッションモデルと比べることはあまりないし、ファッションモデルが自分を普通の少女と比べることはまずない。

 比較はどんな点で行なわれるのだろうか。知性、容姿、富、服装など、地域社会で大切なものとされている所有物や特性であればどんな点でも、比較がなされることがある。とはいえ、自分が関心のある事柄に対して比較しやすいものである。例えば、切手収集に特に関心がない人であれば、知人の切手コレクションをねたんだりはしないだろう。

 比較は人の内に、満足から落胆まで、あこがれや見倣いたいという気持ちから不安や敵愾心まで、実にさまざまな反応を生じさせる。そうした感情の中には、有害でクリスチャンの特質と相いれないものもある。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年02月27日 22時05分12秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

Elnathan

Elnathan

お気に入りブログ

まだ登録されていません

コメント新着

湖南@ 金・乳香・没薬 金・乳香・没薬を異教徒から贈り物として受…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: