最近読んだ本。
著者は、1935年生まれで元国立環境研究所所長。臨床医としての立場から、終末期医療全般に取り組んでる方。
ブッシュ前大統領を例に出したり、仏教の唯識「アーラヤ識」の考え方を取りいれたりしてわかりやすく書こうとしてはるんやけど、それでよけいわかりにくくなってるような気がした。
読みにくかったけど、おすすめの本。
まず、自分や家族が痴呆状態になるのが、それほどこわくはなくなった。
それとともに、「私」とは何かということも考えさせてくれる。
著者は「認知症」という用語は不適切で、せめて「認知失調症」がまだ近いとし、「痴呆」という言葉をあえて使。うてはる。
また、記憶と認知の働きが衰えた人の世界を解釈するうえでの「原則」を挙げてる。
そのまま引用すると、
環境世界
ヒトはまったく同じ環境に住んでいるように見えて、それぞれに別の意味を見出し自分なりの「環境世界」に住んでいる。
最小苦痛
ヒトは与えられた環境で、本人にとってもっとも苦痛が少ない状態で生きようとする。もし、現在苦痛が多い状態にいるなら、より苦痛が少ない状態へ自分を変化させるよう努力する「適応」への力が働く。逆に苦痛なく生きていけるかぎり、ヒトは勉強せず、働きもしない。
根本煩悩
ヒトには自分を中心にして世界があるという思いこみがあり、どうしてもそれに気づかないらしい。大乗仏教の深層心理学である唯識では、マナ識の根本煩悩を「無明」と呼ぶが、認知能力が衰えると、ある段階まではこれが亢進するように見える。
自分の人格は一つやなくて、極端にいえば相手の数だけ人格がありそれを統合した物が「全人格」であるとか、「いのち」は生命維持のためには人格を換え、自我意識を換えることさえいとわないという考えは、とってもおもしろかった。
記憶や見当識や物事と計画する機能が失われて、自己が置かれた世界との隔絶、つながりの消滅により「不安」を感じるのが「認知症」だとすると、認知能力の低下がないのに、世界とつながりとしてもつながることができないのが「ひきこもり」だと解釈できるとして、そのことについても書かれている。
「つながりの自己観(相互強調的自己観)」と「アトム的自己観(相互独立的自己観)」にまで言及してはって、最後には江戸時代の先祖たちの思想や生存戦略に込められた知恵を学びなおす必要があるのではないかとも書いてはった。
書いてはることには、疑問を感じることもあるけど、考える参考になる本やった。
今日のラッキーくじは、ラッキーサーチが5ポイント、Infoseekga1ポイントアタリやった。
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