星の髪飾り

星の髪飾り

2007/02/05
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 タイムカードが一人で押せた。 

「進歩じゃーん! 」と洋介が笑った。 茶色の前髪をキャップからちょっと出して

チーフや店長の視線のスレスレを楽しむかのように立ち回っている。

 裕子は昨夜夢にまでみたシフト表の前に張り付いた。 

{キッチン}  オープン~ 10時 小林太郎、宮沢洋介、香川裕子   
ランチ~  12時 大沢竜也、倉田茂夫   ナイト~  18時 西田チーフ、・・・・・


 やはり倉田の名前があった。 

「ああ・・・・・・まるで受験の不合格発表を見たようだ」

 裕子の胸は漬物石がのったように重くなった。

「急がないと! 」

 キッチンへの入り口脇に下げ台がある。 通るついでにラッカーを並べる。

お冷グラス、ジュースグラス、ジョッキー、ワイングラス、デザートカップ用。

深さが微妙に違う、が順番通りに何とか並べた。

次にシルバーと呼ばれるナイフやフォ―ク、スプーンを漬け込む洗剤入りのかご、灰皿用

生ゴミ用のザルを配置する。 真ん中はパスタやピザの皿用に広いスペースを確保しておく。

とりあえず、フロア―には迷惑をかけない最低のことをやった。

自分がどの流れに通じる作業をしているのか、掴めるようになったら仕事も楽しくなる

のだろう。 そんなことを思いながら昨夜キッチン全体の平面図を書いたりもした。

朝一番の機能を作動させてから6箇所のゴミを出して帰る最後までの手順、内容、

注意事項、を書き止め、カラフルなマーカーを使って冷蔵庫、冷凍庫の食材の置き場も

整理してみた。

ただ、宅配便や材料の納品、ゴミ収集車が来た時に裏口を開けに走るのも裕子の仕事と

なると、マニュアルより実践、つまり場数がものをいう。 

「何があっても、休まず行くこと」

 結局最後はこう結論つけてノートを伏せてしまう。 

そしてその通り、こうして時計の針と競争しながら、スタンバイ表と睨めっこ。 

済んだもから鉛筆でチェックをしていく。

新米の様子をうかがう視線に、僅かに血圧があがる。

感情がストレートで、イエスかノーでわかり易い洋介、キッチンに立たせたら下手な

主婦(裕子)よりはるかに使える静かなるベテラン小林太郎。 8年のキャリアに

誰もが一目置いている。



 「朝礼でーす!」

 誰かの一声があると、皆は駐車場に素早く向かう。

通りの面した駐車場での朝の集い。 接客基本用語の唱和、街路樹の七つの心得、

30期スローガン、引継ぎなどを行う。 一種のパフォーマンスとも思える朝礼は

気持ちが引き締まり、チームワークという勘違いを与えられる。

 11時、オープンと共に客が入って来た。

日曜日は出足が遅いと思ったが、朝食と昼食を一緒に摂る家族連れが多い。

1時間もすると、早くもライスチェンジ、スープチェンジの指示が出された。

「後ろ、通ります」

 裕子は両手で重たい鍋を持って、大きな声をかけていく。

その掛け声は、大火傷や怪我を防ぐ大切な一言なのだ。 

1日何度も交わされる言葉「後ろ、通ります! 」

機敏な動作を必要とされるフロア―のメンバーもトレンチ(トレー、おぼん)に触れて

料理を落としたり、食器を割ったりしない為に欠かかせない。

 活気があった。 彼がくるまでは・・・・・・。

ひとりで戦う孤独な兵士に、仲間は透明の翼で包んでくれていた。 



「こんにちは」

 小林がその声に少し反応した。 12時入りの倉田が入って来た。

裕子まな板の上にコロコロ置かれたレッドオニオンを切っていた。

「これは何だ? 」

「レッドオニオンです」

「見りゃわかるよ、そんなもの」

 倉田は緊張した裕子の脇に来て、オニオンの欠片をつまんだ。

「スライスになっていないな。 透けていないじゃないか! 」

 キッチンの空気が重くなった。 小林は黙々とパスタを作っている。

シフト表を見て覚悟はしていたものの、倉田には五感が特別な化学反応を示すらしい。

たぶん血液なんかも逆流する。 

「主婦を何年やっているんだ・・・・・・」

 倉田がそう言ってラインに向かった。



 裕子の包丁の音が止まったその時だった。

「チワ―っす! 」

 空間がすーっと軽くなるような声とともに、大沢竜也がやってきた。

(なーんだ、オバサンじゃん!) 

裕子にあの一撃をくらわせた声、おまけの顔がそこにあった。

「どもー! はじめまして、大沢っす! 」

(はじめましてじゃないだろう!)

 竜也の緊張感のない声、まるで素のままありのまま。

「ああ、オニオンスライスね。 ってか香川さん泣いているの? 」

「おまえ! いいから早く前にきて手伝えよ。 めっちゃ混んでるんだぞ」

 洋介が竜也を呼んだ。

「玉ねぎが目に沁みただけです! 」

 誰も聞いていない。



 その夜裕子は、ス―パーで大量に買ったレッドオニオン(赤玉ねぎ)をシンクに

転がしていた。

夫の秀明がいつものように不景気な顔で帰宅した。

「おまえ・・・・・・大丈夫か? 」

 裕子はひたすら切った。 まな板の上でストン、ストンと玉ねぎが透明になるまで

切り続けた。

「今に見てろよ、倉田のオッサン! 嘗めるなよ高校生!・・・・・・」

 夜が静かに更けていった。


                      次回 ブレイクタイム。いつかどこかで





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最終更新日  2007/02/05 06:00:20 PM コメント(7) | コメントを書く


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