星の髪飾り

星の髪飾り

2007/02/03
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 車内で店の鍵が開くのを待つ。

やがて太陽の陽を浴びながら一台の車がやって来た。 

リクライニングシートを戻した裕子は、今朝の鍵開け当番が小林太郎だとわかった。

小林は車からゆっくり降りると、裕子の軽自動車をちらり見てから意味もなく空を見渡し

アクビをしている。 

手にはいつもの缶コーヒーのBOSSを持って、羨ましいほどおっとりとした歩調で裏口へ

向かった。



 裕子が着替えを済ませ休憩室に出ると、小林はタバコの火を消して「どうも」と言った。

「おはようございます。 私は30分前にキッチンへ入らないといけないので」

 裕子は眉毛もまつ毛も濃い立体的な小林の顔を見た。 そして軽く頭を下げて厨房へ

向かった。

その日タイムカードの前で立ち往生している裕子に、優しく声をかけてきたのは矢沢だった。

23歳。 小林と洋介の丁度間の年齢らしい。 

 はじめてダンスサークルの面々とこの店に客としてやってきた時、ほど良い接客対応と

久々に見る爽やかな青年に関心したものだ。 それが今、彼の声をすぐ後ろで聞いている。

(ドキ!)

「ごめんなさい。 なかなか覚えられなくて」

 矢沢の指は長くて綺麗だった。 ギターを弾いていると誰かの話の中で知った。

「自分も最初は同じでした。 何度かやれば覚えますよ」

「ありがとうございます」

 矢沢は広いフロア―に向かっていった。


 厨房へ入り、丁寧に手を洗う。

温度チェック、元栓チェック、換気扇、暖房、チーフに教えられたことを指先確認しながら

ひとつひとつ行う。 

順番は11時オープンには必ず準備されていなければいけないことから始める。

つまり、そういうことなのだ。

不慣れな手つきで米をとぎ、同時にスープの準備をして、シンクに水をはる。

レタス、水菜、サニーレタス、ロメインレタス、レッドキャベツ、を切る。

大根とたまねぎは千切りとスライス。 ブロッコリーも忘れずに・・・・・・。


 10時になると、小林がゆっくりと自分のポジションのラインに立った。

(さすが、ベテランは慌てない。 貫禄だわ、あのアクビも余裕の呼吸としておこう。 
ゆとり教育か、弛み教育か、受験戦争かgoing my way(わが道を行く)か
彼は世代の流れなど、まるでどうでもいいかのように、歩き、話し、黙々と働く)

「ウォッシャーいつ立ち上げるの!」

 聞きなれない太い声がした。

死角になっているオーブンの向こうから、裕子より10歳位年配の男性が現れた。

コックコートが馴染んでいた。 ネームプレートの「倉田」の文字に目が行くと

「はじめまして」 と思わず頭を下げた。 

「聞いてないとか、チーフから? ランチのピークにどれだけの皿やグラスを洗うか、
早くスイッチ入れて! 」

 立ち上げる・・・・・・そういうことかと裕子は気づく。 

その投げやりな口調と、てんてこ舞いの裕子のやりとりを、淡々と準備をしながら

小林は聞いている。 見ない振りをして意識が見ている。 先日の洋介と同じように

そうやって何人かの新米が、辞めるか伸びていくかを見てきたのだろう。

小林は、点火の遅いガスのスイッチをカチカチと何度も押し始めた。

「大丈夫ですか? 元栓は開けたのですが」

「人のことはいいんだよ! ほら、ブロッコリーがしなっちまう! 」

 倉田が大きな声を出した。

「あ、はい」

「食材をホテルパンに準備してくれないと、ラインがオーダーに迅速に応えられないんだぞ」

「ホテルパン? 」

(ホテル用のパンに、ブロッコリーを突っ込む? そんな物があるわけない)

裕子が緊迫していると、後ろを通りかかった小林が、銀色の容器を裕子の横に置いていった。

言葉もなく、極自然に、彼は裕子に「ホテルパン」を教えてくれた。

(ありがとう。 これがホテルパン、ここに食材を入れておく。 ラインに並んでいるアレ)



 小林や矢沢のような若者の恩着せがましくない優しさ、ダンスサークルのオバサンパワー、

倉田のような直線的な厳しい視線。 これらがひとつの鍋に入れば、きっと美味しいスープが

できるだろう。 たぶん世の中も・・・・・・


                  次回の世代 「少しは成長したじゃん! 」



   撮影 kitakitune05さん





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最終更新日  2007/02/03 04:06:22 PM コメント(10) | コメントを書く


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