星の髪飾り

星の髪飾り

2007/02/21
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フロア―の千尋が倉田の向こうで皿を洗い始めた。

「何が足りないの? 」

「ライス皿です! 」

 ご飯があっても皿がなくてはしょうがない。

「香川さん、すみません! スープも足りません。 日替わりランチが出せません! 」

 矢沢がカウンターの向こうで、すまなそうに言った。

裕子は千尋にありがとうと言って、ライス皿ばかりをシンクから取り出しラッカーに並べる。

コックコートの袖は三つ折。 作業し易いように肘の辺りまで捲くってあるが、シンクの

底に沈んだ皿を取り出すうちに、袖がすっかり濡れた。

ラッカーにたてて、ウォッシャーの取っ手を下ろす。

(ガタン! シュー!)

バックヤードから定量の水をいれてスープ鍋を抱えてくると、倉田がチキンの焦げ目を

確かめながら言った。

「ここは俺がオムライスの卵を焼くんだよ。 こんなでかい鍋を置かれたら困るんだ」

「いいですか香川さん! デザートが途中です。 クリームが溶けますから、オーダー
を優先して下さい」

(昨日と逆のことを言っている! )



 洋介がやってきた。

「どうしたの? スープ、急ぎの時はこっちの小さい鍋で作って」

「水は通常の三分の一だよ。 卵は三個」

「はい」

 乾いたライス皿を千尋が取りにきてくれた。

洋介が小林の休みを知るや否や、マグネットで何枚も張られたオーダーに

とりかかった。 

「皿が熱いままだとマズイからデザート皿冷やしておいた方がいい、今のうちに」

 洋介の言うことはもっともだった。 小花が散った大きなデザート皿を氷水に漬けた

倉田はいくつものオムライスを淡々と拵えていた。 西田はパスタを盛り付けていった。

午後入りの洋介がきて、ランチタイムの混乱は何とかおさまった。


 時計は既に2時半をまわっていた。

嵐が過去った戦場は少しずつ落ち着きを取り戻した。

ある時間帯に集中する嵐と、オープンと共に雪崩れ込む嵐と、一日を通して穏やかに

吹く風と、それは誰にも予測がつかない。 

「お先に失礼します」

 裕子はゴミをまとめ、メンバーにキャップをとって頭を下げた。

「え? ナイトの分の米、といである? 」

「いえ、さっき炊いて前のジャーに入れたばかりですし」

「じゃあ、シンクに残っている皿くらいは洗って帰れば」

(私はあなたの別れた女房じゃない! 同世代だからってやつ当たり? )

「それは、それは遅刻してきた方がやって下さい」

 洋介が、またか? という顔でふてぶてしく西田を見ていた。

「あんた、その言葉十年早いよ! 」

 倉田が作業台を拭きながら、尖った顎を突き出して言った。

「帰って下さい、香川さん。 もう定時を過ぎていますから、お疲れ様」

 西田は凹凸のない文章を読んでいるようだった。 顔は僅かに歪んでいた。

裕子が心を萎ませながら突っ立っていると、西田は意味不明に足の屈伸をしたり、

腕をくるくる回しはじめた。

「チーフさあ、募集かけてるんでよ? まだ決まらないのかい? 」

「ええ、まだ」

「この人使えないっしょ! 」



 駐車場のコンクリートの照り返しは、これでもか! というほど攻めてきた。

溜め込んだ熱で、車内もひどい暑さだった。

「最低! 」

それは自分に向けて言葉だったかもしれない。

裕子は休憩室まで一気に走り、タイムカードを押すのも、厨房用の靴を履きかえるのも忘れ

何をどう着替えたかわからないで店を出た。 出際に矢沢とすれ違った時、いいようの無い

虚しさがこみ上げた。 矢沢が振り返り「あれ? もう帰るんですか? 」と訊ねた。

真冬から無我夢中でやってきたこと、使えないのに言う事だけは黙っていられない自分。

心のタンクが許容量を超えた。 



 エンジンをかけた車に、裏口から矢沢が走りよってきた。

汗で滲んだ制服、眼鏡の向こうの小さな目、ギターが宝だというのにマメができた手。

矢沢はコンコンと窓を叩いて何かを言っている。

裕子は鼻水と涙を右手の甲で慌てて拭いて、窓をあけた。

何を喋ったかわからない。 あるいはまともな言葉など無かったのだろう。

ただ、照りつける午後の太陽をものともせず、「うん、うん」と包み込むような

眼差しで裕子に頷く青年の顔だけがあった。

 最後に矢沢が言った。

「待っているからね! 待っているよ・・・・・・」




              撮影 しっぽ2さん





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最終更新日  2007/02/21 11:33:18 AM コメント(10) | コメントを書く


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