PR
キーワードサーチ
フリーページ
カレンダー
コメント新着
てな場合だったのでありませうね。
しかも1番侮蔑する”金”に関わる問題がわが身に降りかかってきた。
しかも、身内の者がわたしに嘘を吐き騙し続けていたことを他人から
知らされた。
まあ、わたしとしてはさほど生命に執着はしてない方ですが
謂れなき罵詈讒謗を浴びていのちを絶つほどのお人好しでもない。
しかし、あの者が何故そのような大金を必要としていたのかまったく
わからない。
謎であります。
性格が変わったとは感じていたが、それも嘘を吐くことの罪の意識
によるものとすれば哀れである。
1度ならず2度もこの様なことがあろうとは思い及ばぬことでしたね。
3度目はおそらく堪忍袋の緒も切れると思うが。
浮世離れした暮らしをしていた身がまさかこの様な生臭い冥土の飛脚
のような話に巻き込まれるとはなあ。
出家して清貧に甘んじた山の庵暮らしを思い立った男が衣食住から
逃れられずに残酷な現実を突きつけられる話と似すぎているわね。
確かこの話は太宰だったと思うが。
まあ、なるようになるだろうが、呑気なブログもお終いになるかも、ね。
借りたものは返さなければならないのだから。
すべてを処分して、借家住まいも、人生としては面白いかも知れぬ。
本などには少し未練はあるけどそんなものは読めただけで幸せさ。
1度、丸裸、素っ裸になって浮世を眺めるのも好いことかも、ね。
それこそ、周五郎先生の言われた作家の最高の幸せでしょう。
”貧しさこそ最高の幸せと思え”と言う言葉が耳元で聴こえてくる。
今の生活が身分不相応だったのでしょう、雨漏りする家に住んだ
こともあるのだから決して耐えられないことはないでしょう。
誰だかも今、雨漏りする家に住んでると聞いたばかりです。
決して、貧して貪する事はないと思う。
手放した本が心の支えとなってくれるでしょう。