PR
キーワードサーチ
フリーページ
カレンダー
コメント新着
わたしはイスラエルにも行ったことがありません。
勿論、クリスチャンで無いのでチャーチにも行った事はない。
イメージとしては熱い太陽と乾いた荒地に住む民族の信じた
宗教の神とされる人物に興味がありました、いつの頃からか。
わたしなりのイエスが生まれました、でもそれが真実とは思い
切れませんでした。
同じ人間が神として崇められるには、いろんな条件が求められ
るでしょうから。
でも、太陽(光)、塩が生命を脅かす風土に生きていた民族の
大いなる幻影、錯覚、言い伝えから彼は神となった。
シンボルの十字架が用いられたかも定かでないのに神として
仰ぐシンボルとなった。
彼が母を憎んでいたのは何故だったのだろうか。
寡黙だった大工の父は余計なことは何も喋らなかったであろう。
彼1人がきょうだいの中で父親を知らなかった。
勿論、彼が石打の刑で死んだのなら神とはなれなかったろう。
歴史的観点から見れば十字架刑ではなく棒杭に縛られて殺され
たのが真実のようですが、それも神としてはそぐわないことで。
だから、事実を離れたあのような巨大で高い十字架が絵画に
残されたのだろう。
ホームレスの伝道者の集団のヘッドとして彼は国土を経巡った。
時に飢え、時に渇きながら汗と塵埃に汚れた衣服を着て。
大工としての腕で食を得たこともあるだろう、今で言うなら
日本の記憶にある乞食同然の姿であったろう。
ただ違うのは伝道者としての誇りと確信があったと言うことで。
絵のような弱々しい、女性的なイエス像はもう消えて久しい。
灼熱の太陽の下をサンダル履きで歩くイエスは、大工として
使った腕は筋肉豊かなもので、濃い眉毛の下の眼もギラギラと
して強い意志を露わに見せていたでしょう。
時には、人間的な感情を爆発させて親しい人の心を痛めたで
ありましょう。
自分はおろか母まで神格化されようとは思いもしなかったろう。
、、、、、、、。