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7月が終わる。月並みな感想だけど、いよいよ2005年も半分以上終わったのか。とても不思議。昨日は通院日で、いろいろ今の状況を話してきた。特に有効なアドバイスをもらったわけではないけれど(自分が話していたら制限時間が尽きた)話せてよかったと思う。それにしても、心理士さんとは波長が合うのに、ドクターとはイマイチだ。前々からそう思っていたけれど・・昨日は特に顕著にそう思った。過食の話をしても、「我慢していただくしかありませんねぇ」というお返事。体重増加を防ぐため、食事はほとんどせずに、反動でお菓子ばっかり食べている、という話をしても「まあそれで維持していただくしかありませんねぇ」。・・・。正論過ぎて反駁の余地もない。転院を本気で考えたけど、心理士さんとのカウンセリングは止めたくないのでそれもできない。しかし過食が止む気配はない・・・昨日も部屋の隅っこでたんすに挟まるように眠り、夜中に目覚めて延々何か食べていた記憶がある。腕を切らなかった代わりに、足の甲にできた虫刺されを血が出るまで掻き毟ってしまった。見もせずに掻いていて、ふと指先に嫌な感触を覚え、確かめてみると案の定血が出ていた。あーあ・・また配偶者くんに怒られる。***今日は比較的涼しかったので過ごしやすかった・・・が、なんだか自分が落ち着きがなくて、ゆったりした時間とは言えなかった。夕方頃、自閉症の特集をテレビで見た。自閉症は「躾がなってない」と判断されがちで偏見に苦しむ、という話だった。他人事じゃないな。鬱と同じ状況だ。いや、鬱の方が知名度が高い気がする。・・・。現実は辛い。こんなに厳しい。自分は甘い・・・。悩みの内容も深さも、甘すぎる。気持ちが落ち着かなくて、皆さんの日記を拝見に行けない。長い文章を読むだけの集中力が続かない。不甲斐ないな。自分。
2005/07/31
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腕は切らなかった。誘惑に負けなかった。意外にも、あの男のことを思い出している間は切る気にならなかった。思い出を追い払って落ち着こうとすると、そこに暗いモノが滑り込んでくる。カミソリあるし、切ってしまえば?と唆そうとする。業腹なことだけれど、あの男への悪感情に助けられた。それがいいのか悪いのか・・。今日は通院日。ここ数日で突然落ち込んでしまったことを話してこよう。***暑かった。尋常じゃなかった。人間のすごせる暑さじゃなかった。通院結果を書こうにも、語彙が減って「暑い」しか考えられない。とにかく一休み・・・。途中、コンビニに寄って買った「黒豆茶」が冷たくて美味しかった。
2005/07/30
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ここ数日、いただいたコメントに返事を書かせていただくこともできず、ただ悶々としておりました。今も尚、重苦しいものが心の中に凝っています。コメントをくださった皆様。ありがとうございます。そして、ほんとうに、ごめんなさい。「自分を傷つけても得るものはない」「今、側にいて自分を愛してくれる人を大切にしよう」「あの男のことは時間が必ず忘れさせてくれる」「あの男への感情は、もはや正統な恨みでさえなく、ただの執着心である」「恨むことに依存してはいけない、それは鬱が見せる幻だから」皆様のコメントから学んだことです。ひとつひとつが胸に重く響きました。理性がそれを消化して、自分のものにしようとします。でも、荒れ狂う感情が、ほんの一瞬で理性を覆します。自分はどうしたいのでしょう。自分を縛る記憶から抜け出したい?それともまだ過去に浸っていたい?昨日見つけてしまった、あの男からのメール。そんなものをなぜ自分は残しておいたのでしょう。どうしてあの時捨ててしまわなかったのでしょう。もしかしたらそれは、いつかこんな日が・・あの辛い日々を思い出して苦しみたいと願うときが来るかもしれないと思っていたからなのでしょうか。自分はそんなことを願っていたのでしょうか・・・。過去は変えられない。時間は戻せない。歩き疲れたら休むことはできるけれど、戻ることはできないのです。それなのにどうして自分は過去にこだわるのでしょう。わかりません。でも、もうずっと、わたしは過去にばかり縛られて生きてきた気がします。中学生のとき、親友だと思っていた人たちと喧嘩別れしました。そのことが以後10年以上、わだかまりを残しました。あの男とのイザコザは、さらに長い時間、心の中に滞留するのでしょうか。そんな人生なら要らない。でもそれでもわたしは死にたくないのです。わたしを気にかけてくださった皆様に謝辞を。両手いっぱいの感謝と誠意を送りたいです。立て直したい。自分を。さっき、ないと思っていたカミソリをみつけてしまいました。腕を切りたい誘惑と戦っています。皆様の声を支えに、・・・配偶者くんの存在を頼りに、この暗闇をやり過ごせるよう頑張ってみます。
2005/07/29
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重い気持ちは続いてる。腕は切らなかった。でもそれは手近にかみそりがなかったから。コンビニに寄って買おう、なんて考えている自分をどうにか止めなければ。それでも会社に行ってきます。週末で月末だから。忙しいってほどじゃないけど、することはいっぱいあるんだ。***コンビニに寄ったけどかみそりは買わなかった。まだ踏みとどまれる、たぶん。思い出はわたしを害せないし、・・・わたしももうあの男を害せない。諦めなさい。執着は捨ててしまいなさい。今大切にしなければならないのは何か、考えなさい。でも、今日は一日、過去の気配に苦しめられている。そこここに嫌な思い出が待ち構えている。立ち向かえ。あの時、あの男に、あれだけ憎しみを向けられたでしょう?そのエネルギーで今は過去と戦えばいい。立ち向かえ。大丈夫。きっと大丈夫。***今日は配偶者くんが遅くなる。そう聞いていたせいかどうかわからないけど、会社帰りに実家に寄った。たまたま父が出張中で、母はひとりでビールを飲んでいた。なんとなく寄ったわりに長居をしてしまって、さっき帰宅。自分の逃げ込む場所はまだ実家なんだろうか・・。配偶者くんが帰ってきた。こんな時間だけど今日は生姜焼き。もやしを炒めなきゃ・・・
2005/07/29
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夕方、会社のデスク周りを片付けていたら、1冊のクリアファイルをみつけた。見覚えのあるようなないような、薄っぺらいファイル。中にあった数枚の紙は、あの男からのメールだった。当時自分がプリントアウトして引き出しの奥にしまったのだった。もういい加減罵り合って疲れ果て、ぼろぼろになった我々の姿がそこにあった。あの男は、もう一切メールはしない、送られても返事はしない、それがお互いのためだと書いていた。そのメールを読んだとき、関係を切られるのが怖かったのを覚えてる。どんなに壊れていても、ただストレスと心痛の原因でしかなくても、それも繋がっていたかった。切れてしまうのは悔しすぎた。今まで幸せだった日々と、憎みあって苦しんだ日々の分。そして今日、それを読んだとき、その気持ちが当然のように蘇ってきた。まるでそのメールやり取りがつい昨日の事ででもあるかのように。悔しさと焦りと怒りと寂しさと悲しさと・・・全部一緒になっていた。久しぶりの激しい感情だった。辛い。悲しい。そして苦しい。頭の後ろ、延髄のあたりが疼く。あの時。本気で死のうと思った。薬をあるだけ飲んだ。近所のビルの屋上から飛び降りようと思った。でも果たせなかった。今はべつに死にたいとは思わない。でも・・・あの時死んでいればよかった。そうすれば、こんなに何年も苦しまなくて済んだのに。今、何もできずジタバタもがくだけの人生を、それでも生きていたいだなんて思わずに済んだのに。「死ねば楽になる」その思いは常に心の中にある。でも、死のうとは思わない。やれるだけやろう、生きていようと思う。人生は苦しい。わたしはまだ、つまらない思い出に縛られている。今日、帰宅する道々考えたのは、どうやってあの男に嫌がらせをしようかということだった。いたずら電話? 嫌がらせ葉書?直接押しかけて火でも点ける?待ち伏せてナイフで刺す?そんなこと考えている自分を、もうひとりの自分が嘲う。嘲う声が自分の胸に突き刺さる。痛い。心というより肉体の痛みとしてそれを感じた。それでも尚、生きていたいと思う。生き恥を晒すようにしてでも。だから・・あの時死んでいればよかった。そうすれば今、こんな理不尽に苦しむことはなかったのに。
2005/07/28
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気づけば通信教育の提出日が明日だった。これを出さないと、ちょっと上の心象が悪くなる。別に出世は望んじゃいないけど、役立たずな社員として、せめてやる気ぐらいは見せないと申し訳ない。と言うわけで昨日の夜、お風呂も入って寝るばかりにしてからテキストを開いた。やるだけやればいいや、とも思ったけれど、90%の正答率を維持しないと修了認定してもらえない。仕方がないので何度も何度も問題文を読んだ。気づくと同じ行を何度も読んでいて、それに気づいてもまだ先に進めず、焦りばかりが募っていった。ふと答えがわかった気になっても、今度はそれを表す言葉がみつからない。ようやく出てきた言葉を書いても、文字が間違っている。なんだこれ。何やってるの、自分?不甲斐なさに泣きそうになりながらも、どうにかこうにか問題を終える。ものすごい時間をかけて。でもどうしても、1問だけわからなかった。時計を見たら4時半になっていた。・・・ああ。もうダメだ。これ以上考えたって、自分の脳髄は働いてくれない。それよりは、今からでも少し寝て、会社の昼休みにあと1問、やろう。明日提出だから今日中なら間に合うさ。そう思うのに、昨日からでしゃばっているもうひとりの自分が、「いや、甘えるな、今片付けろ。保留にしたら絶対やらないでしょう。今片付けろ。今すぐ」そういう意味の思念を送ってくる。抵抗できずに、わたしはそれからしばらく、解答用紙を広げたまま無為にぼんやり過ごしてしまった。結局今になっても問題は解けていない。会社に持っていかなきゃ。昼休みに絶対やらなきゃ。自分が自分をあざ笑う声が聞こえる気がした。***昼休みに残りの1問終了。かなり投げやりな回答ではあるけれど、とにかくやったんだ。9割の正答率は怪しいものだけど。期日に出さないよりは罪が軽いだろう。ああ、モチベーションが低いなぁ・・どっちが罪が軽いかで考えるなんて。通信教育も最初の2回の課題は内容的におもしろかったから、苦にならずにできたのに。昼休みはいつも事務席で盛大に居眠りしているのだけれど、今日は眠ってる時間がなかった。おまけに頭脳をいつもより多めに回転させたせいか、虚脱感にすっぽり包まれている。それでなくてもここ数日はろくに働けていないのに、今日もまた、早くも疲れ果てている。***自分の中に異物があるみたいだ・・なんだろう。久しぶりの重苦しさ。夏の夕暮れが息苦しい。肺の中に湿った空気と一緒に良くないものが満ちる。今日は会社で昨日よりよくしゃべった。チームの上の人と、冗談を言い合って笑った。やぶれかぶれのような投げやりなわたしの言葉たちは、幸いにも上の人を不愉快にはさせなかったみたいだ。毒舌ジョークとでも思ってくれたらしい。でも自分でもわかる。発音が不明瞭で、声のトーンも低い。笑顔の反応は鈍く、皮肉っぽくしか笑えない。とげとげした自分。そりゃあ、もともと円満な人間性ではなかったけど。それでもずっと、円満を目指してやってきたのに・・
2005/07/28
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自分の中の自分の声に惑わされている。何がなんだか知らないけれど、自分の中から湧き上がる声がある。その声にやられている。今日は昨日より少しマシに仕事をした。作業を与えられている間は眠らなかった。昨日は文字のひとつも書けなかったことを思えば、ほんのちょっとでも快復。でもぼんやりしている時間が長い。ふと気付くと自分の中の声に耳を傾けている。ううん、それは正確じゃない。べつに幻聴が聞こえるわけじゃない。明確な言葉をもって迫ってくるわけではなく、ただ漠とした「思い」が心の中を占領しようとしている感じだ。そんなの無視。ともだちはそう言った。カラリと明るく。無視できないんだけどなぁ、と思ったけど反論はしなかった。どうにも頭の回転が鈍い。ひとつのことを理解するのに普段の3倍かかる気がする。過大評価かな。普段からべつに頭の回転の速いほうじゃないからね。今日は家を出てから殆んど一言も口を聞いてない。朝の挨拶と今日の予定「外出はありません」のみだ。電話すら取ってない。人間、しゃべらなくても生きていけるものだ。こうしている今も、自分の中の自分は何事か訴えている。でももう大丈夫。あと数時間で夜が来る。夜は味方だ。***やっぱり夜は味方。意外に安らぐのが電車だった。ここに乗っている人は誰も彼も、それぞれの人生抱えて働いたり遊んだりしてるんだな。家に帰る途中なんだろうけれど、それでも尚、誰も皆同じように孤独なんだな。そう思ったら不思議と元気が出た。・・・・嫌な性格。逆に辛かったのが会社の休憩室。見知った先輩が、友達と2人でフリー情報誌をめくりながら笑っていた。同期の子が、部署の先輩らしい人とお茶を飲みながら仕事の話をしていた。わたし、取り残されてる?でもとにかく今は帰宅したことだし。ここはまだ住んでようやく2ヵ月になる場所だけど、それでもわたしの家だ。レタスを剥いていたら青虫が出てきたので、レタスを放り出して台所から逃げた。目を離したらどこへ潜り込むかわからない。ムシの類は大嫌いだから見たくもないのに、見張ってないといけない。配偶者くんが帰ってきて、やっつけてくれるまで。だって、ほったらかして寝てしまって、寝ている間に顔を横断されたりしたら?わたしも一応、霊長類の長たる種族だ。なのにこんな青虫に負けている。そういえば今朝はセミに驚いて階段から落ちかけたっけ。あんな小さな生き物の方が、わたしよりよっぽど強いということ?
2005/07/27
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昨日の日記にたくさんのコメントをいただいて、夜、涙を流しながら拝見しました。ありがとうございます。こんな・・・こんな人間を、友達だと言ってくれて。必要だよって言ってくれて・・・。なのに苦しい気持ちが続くのはなぜなんでしょう。昨日の夜、なんとなく不審な様子のわたしを見て、配偶者くんはぎゅっと抱きしめてくれました。でもわたしは「暑い!」と言ってそれを振り払い、台所へ駆け込みました。「何でそんなとこ行くんだよ」と言う配偶者くんに、「ここが一番風が抜けて涼しいの。特等席だよ」と精一杯おどけて返事をしてそのまま床に転がりました。よく、眠剤の朦朧状態の中、自分が台所に転がっていたわけが少しわかりました。台所はわたしの逃げ場なんですね。そのまま台所で夜を明かし、起きたら窓から気持ちの良い青空が・・見えませんでした。まだ3時だったから。でもやがて空は明るんで、今はもうすっかり夏の早朝です。配偶者くんはまだ寝ています。寝顔はすっかり無防備で、安らかです。昨日どうして彼の腕を振り切ったのか・・・。素直に抱きしめてもらうことがどうしてできなかったのか。ごめんね。あなたのこと大好きだし頼りにしてるの。あなたがいなかったら生きていかれないかも。・・でもたぶん、そう思うのが嫌なんだ、わたし。あなたに依存し過ぎたくない。甘えたいのに、過去の記憶が邪魔をする。彼とあの男は全然別の人間だってわかってるのに、どうしても逃げられない思い出がある・・
2005/07/27
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昨日から続く、不穏な空気。それが心の中の不安と共鳴する。寝る前に眠剤と抗鬱剤を久々にフルセットで飲んだら、なぜか中途覚醒し放題、過食し放題。おまけにそのまま台所で2度寝、配偶者くんに発見されて、半ば切れられながら布団へ強制送還。なにやってんだろう。わたし。本当のところ、自分の中の鬱はもう、たいした威力をもっていないと思ってた。今の自分は鬱病じゃなく単なる抑うつ状態の連続なんだ、と。「鬱病と診断され、境界性人格障害と言われても、ちゃんと快復し、 社会人を続け結婚までして、働きながら主婦もしている自分」それを自他ともに認められるぐらい確かなものにして、鬱やボーダーに悩む人たちに希望を投げかけることができれば。そんな不遜な思い上がりも、自分の中にあったかもしれない。それが睡眠障害に過食に自傷?全然治ってないじゃん。何年病んでる?原因たる人物から離れて何年になる?今の一番の悩みは何だ?・・・どうして自分は病んでいるの?生まれ持った性格が、心の病にどうしようもなく惹かれるのは知っている。でも今はこんなに幸せじゃないか。どうしてだろう。どうして自分は病んでいるの?台風が来る。嵐が来る。嵐と一緒に何かが来る。***眠い。辛い。5分と起きていられない。そのくせネット接続を(こっそり)するときだけ、目が醒める。完全に不良社員。朝からまたもやほとんど働いてない。何かしたくても眠くて身体が動かない。ごめんなさい。会社へ、世の中へ、謝って回りたい。ごめんなさい。こんな人間がのさばっていることに利益はあるのでしょうか。***台風にかこつけて早く帰ってしまおう。なんだかわざと悲壮な感じで考えて、ひたすら時間が過ぎるのを待った。途中で耐え切れず、超音波様に書置きを残して休憩室で居眠りしてきたりした。時間は進まない。遅々として進まない。わたしは閉じ込められている。時間さえ壁になって閉塞感を募らせるばかり・・そんなことを考えて、ふと窓の外を見たら、夕日が射していた。ああ、嵐は過ぎたんだ。わたしの心の中に生まれた嵐の種も、連れて行ってくれればよかったのに。思えば、今朝。別に何も言っていないのに、着替え終わってぼんやり座るわたしを見て、配偶者くんは言ったんだった。「どうした? 会社行きたくないの?」そんなに行きたくない顔していたかなあ。していたんだろうなぁ・・・何が不安だ。何が不満だ。何を求めているんだ。・・・どうすればいい?楽になりたい?それともまだ病んでいたい?
2005/07/26
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台風が近づいている。夜は雨になるっていう予報だったのに、傘を忘れて出てしまった。会社に置き傘の折りたたみでなんとかするかぁ。今日も暑い。電車は高校生がいなくなった効果で空いている。夏の風物詩だな。社会人生活ももう長い。配偶者くんは今朝、自作の歌を歌ったり踊ったりしながら、いそいそとゴルフに出かけていった。衣装を決めるまでが大変だった。「どっちがいいと思う? 黒い方がカッコよくない? でもタイガーは赤なんだよ。タイガーレッド~。これこれ。 あー、でもこれはしわくちゃだな。あ、これは? これ涼しげで良くない?」「昨日のうちに決めといたんじゃなかったの?」「ああ。でもやっぱタイガー・ウッズの色が・・」「・・・アイロンかけてあげようか?」「いや、いいよ。黒だな、黒。男は黒!」「タイガー・ウッズはいいの?」「ん~・・じゃあやっぱりこっちに・・」初めてのデートの前の女子中学生か、あなたは。普段、外では取り澄ましているようなので、この状況を見たら皆驚くのに違いない。いいなぁ。楽しそう。わたしも遊びに行きたいよ・・とりあえず、晴れ女の妻は、プレー中は台風が来ないように祈っておいてあげましょう。***今日は仕事がなーんにも手につかなかった。本当にやる気がなくて、少しも会社に貢献している気がしなかった。こんなんじゃ、病気云々以前に、社会人として「なってない」。人件費泥棒?ファイルのページをめくるのもだるくて、ちょっとはなれた場所にあるものを取りに行くのも億劫だった。心の中は変な不安でいっぱいだった。何かが起こる、何かが起こる、台風と一緒に何かがやってくる。何が?いつ、どんなふうに?問い返しても答えは来ない。ただ、不安が叫ぶ。何かが起こる・・なんだろう。悪いことじゃなければいいのだけれど。こういうカンは当たるんだよなぁ・・悪いことに。明日も穏やかに生きられるだろうか?
2005/07/25
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昨夜、居眠りから覚めた配偶者くんは、遅くまで何事か勉強していた。ノートと計算機、定規まで持ち出して、PCに向かって何か調べては書き付けていた。それならばとわたしも後ろで自分の勉強をしていたが、内容があまり面白くなかった上に不機嫌だったため、ほとんど頭に入らなかった。それでなくても、鬱発症以来、理解力が減っている気がするのに。通信教育3部作の最後、「マネジメント」は自分にあんまり合わない。「マーケティング」「アカウンティング」は結構面白かったんだけど。そんなわけで自分は早々に切り上げて寝る体勢。でも、古新聞を出しておかなければ・・と思いついて片付け始め、そのついでに配偶者くんの手元を覗き込んだ。居眠り後に勉強なんて。自分はできないなぁ。さすが勤勉な人だ。と思って見直して、さっきの不機嫌を謝ろうかなと殊勝に考えたとたん、彼の「勉強」の内容を理解した。・・・月曜日のゴルフコースの戦略だし。PCでコースを調べて、どこはどう打つのがいいのかをノートに書き付けていた・・定規で距離まで調べて・・勤勉なのはいいけど、ベランダで虫干し中のゴルフクラブ、早く片付けてよね・・***食器棚を組み立てた。疲れた・・・。でもこれで台所の混沌が片付く。人間らしい生活へ第一歩。ちょっと安心。これから夕食の買い物に行く、主婦だなぁ。自分。***所詮安い家具なんだけど、食器棚が気に入って、台所で眺めていた。配偶者くんにはもれなく呆れられたけれど、いいんだ。食器棚の登場で、今まで引越し荷物の中から出せなかったお気に入りのカップ&ソーサーも出せる。配偶者くんと2人で使おうと思って結婚前に買った、バラの柄の綺麗なカップ。今はまだ並べてあるけど・・結婚から2ヶ月、ようやく「家」らしくなってきたかもしれない。
2005/07/24
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昭和2年7月24日。この日、明治が生んだ文豪はこの世を去った。「只ぼんやりとした不安」のために。致死量の睡眠薬を飲んで。芥川龍之介は、わたしが最も尊敬する作家である。平易な文章と理知的な構成、破綻のない展開。時に洒脱で時に陰鬱で、そしてその根底には常に「ぼんやりとした不安」があった。そのアンバランスが若かったわたしの心を鷲掴みにした。貪るように作品を読んだ。関連書物、というやつまで読んだ。いわゆる「芥川本」、芥川龍之介の作品や人生について、後世の人間がアレコレ語った本だ。彼が「敗北」の言葉を遺して亡くなった時、たしかまだ35歳だった。35歳・・・。若すぎる天才は、苛烈すぎる人生を早々に退場してしまった。しかしそれが彼の天寿だったのだろう。高校生の頃、保健体育の授業で、ライフプランを作れ、と言われたことがある。面倒だったので「1999年に世界は滅亡。終わり」と書いて出したらえらく怒られた。仕方がないので真面目に考えた結果、「大学は学部まででその後は就職し、26歳で結婚、子供はなく、35歳で早逝」というものが出来上がった。意識したわけじゃなかったのに。後から見てぞっとした。35歳。その年齢を、自分は無意識に選んでいた。幸いにしてわたしはまだ35歳まで間がある。わたしの天寿は尽きていないはずだと、今は思える。早逝は・・たぶん、しないだろう。35歳までの間に、わたしは何かを成すことができるだろうか。彼の天才ほどではなくても、もっとささやかな何かでいいから。成すところなく人生を終え、一塊の土に成り果てる。それを芥川は賛美したのではなかったか?ただ「生きる」ことの美しさを。でもわたしは、成すところなく人生を終えるのが嫌なんだ・・・一塊の土に成り果てるのは構わないけど。
2005/07/24
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髪を切った。けっこう、バッサリと。肩に触れないぐらい切った。美容院の床に自分の髪が山になっていた。結婚式の半年前ぐらいから、ショートヘア禁止令が出ていたので、短くするのは久しぶりだ。美容院っていうのはなかなかに消耗する場所で、幼い頃から苦手なところのひとつなのだけれど、前髪がのび過ぎてもう我慢ができなくなったので仕方がない。前髪ぐらい、と思って自分で切って、えらい目に遭った記憶があるので、自分で切ろうとは思えない。というわけで、眠れぬ夜明けのテニススクール後、(4時ごろに寝て、6時起きでスクールに行った。えらい、自分)洗濯を済ませてから美容院へ行ってきた。寝る間がない・・。美容院では爆睡かと思いきや、なぜか眠れず、血液型占いについて美容師さんと語り合っていた。これから昼寝かなぁ。でもその前に楽天散歩。懲りない自分。髪を短くしたついでに色も少し明るくした。長髪黒髪好きの配偶者くんからは異論が出るだろう・・・おまけに今日も彼は出勤で、美容院へ行くという話はしていない。帰ってきたらびっくりするだろうな。イメージチェンジで気分も軽くなるといいのだけれど。***ネットニュースで、某食品メーカーが「深く眠れる健康食品」を開発した、というのを見た。アミノ酸がどうとか、クエン酸がどうとか。深い眠りの状態を導くのに良い成分らしい。・・・なんか、複雑。眠剤でも眠れないんだから、健康食品じゃ効かないよ、と思っている自分と、それでもいいから試してみたいって思う自分。単なるサプリメント好き?新し物好き?健康食品やサプリメントにも、薬にも、配偶者くんは難色を示す。もちろんはっきりとは言わない。それが(少なくとも薬は)必要なんだと、理屈は理解してくれているから。言葉の端々からなんとなく否定的なものがうかがえる、っていう程度だ。わたしがビタミン剤や栄養補助食品を買っているのを見ると、なんとなく不機嫌そうだったりするし、寝る前や食後の薬を飲む姿からも微妙に目を逸らしている気がする。眠剤と健康食品。天秤にかけるほどのことはないのだけれど・・なんとなく複雑な気持ちでニュースを読んだ。***「今日は休日出だから時間の制約はないんだ。5時に終わって帰るよ。6時には家に着く」と、配偶者くんは言い残して家を出た。が、わたしは信じていなかった。今までの経験上、ね。6時と言うなら、7時を想定しておけば充分だ。と思って夕飯の準備をしていたのに、さっぱり帰ってきやしない。やっぱりね・・7時でもまだ甘かったか。結局8時過ぎに当たり前のように帰宅した。毎度毎度そうなるのだったら、どうして最初から「8時になるよ」と言えないんだろう。街で待ち合わせて、2時間半待ったこともある。どうしてできない約束や守れない目標を平気で口にできるんだろう。わたしなら、かなり余裕を見て「9時には帰る」とか言ってしまいそうだ。帰宅して、あさってのゴルフの準備を始めようとするので「先にごはん食べようよ」と説き伏せて机に並べ、飲むかなぁと思って缶ビールも出してみた。ありがとう、と言って食べ始める。それはいいんだけど、何か忘れてやしないかい?・・・・。10分後、もういいや、と諦めかけた頃ようやく配偶者くんが言った。「あれっ、髪切った?」というわけで不機嫌。その後、超無言。茄子と鶏肉の煮物は我ながら上出来で美味しかった。カボチャのサラダも上手い具合だ。レタスと卵のスープ。これはちょっと、火が通り過ぎたかな。こんにゃくの金平は思いつきのわりにはいい感じ。これらを無言で食べる。思いがけず冷静に自分の料理を味わえた。居眠りしている人は放っておいて、楽天散歩しよっと・・・ああ、ぐったり。
2005/07/23
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明日は土曜だけれど、8時からテニススクールなので早起きだ。ってわかってるのに、眠れない・・・既に3時半を回ってしまった。あと1時間もすると外は白々と薄明に満ち、鳥の声やセミの声なんかも聞こえてくるだろう。眠れない。だったらPCやってないで寝る努力をすればいいのに・・・。エアコンが効きすぎて寒い。最近、配偶者くんと意見の合わない第一のネタがこれかもしれない。わたしはエアコンが好きじゃないのに、彼は寒いほどエアコンをかけた上に、扇風機に当たりながら寝ている。冗談じゃないよなぁ・・
2005/07/22
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夕方飲んだレボトミンのせいだろうか。昨日の夜は日付が変わるころには現実からもぎ取られるように眠りに落ちていた。かろうじて布団は敷いて、その上に転がっていたのでよしとしよう。夜中に3回ぐらい目覚めてゴソゴソとお菓子を食べた記憶がある。やれやれ・・・。この性癖をどうにかしないと、自己嫌悪と内臓肥満で死んでしまいそうだ。昨日の健康診断、問診表を見たら体脂肪率を書く欄があり、「これが公に記録に残るのか」と思うとウンザリしたけれど、結局その測定はなかった。会社に来て健康診断をしてくれる病院は、実は藪なんじゃないかと数年前から疑っている。風邪をひいて通院したとき、もう熱も下がりかけているのに、5種類もの薬を2週間分出されたのでそう思った。ついでに、自律神経失調症が判明する前、起立性低血圧の症状を抱えて通院したときも、「血圧を下げる薬はあるけど上げる薬はないので、眩暈に効く頓服を出します」と言われた。その後通ったクリニックでは、どこでも普通に昇圧剤を出してくれる。レボトミンの効果もいい加減薄れているのだろうに、まだまぶたのあたりに眠さの塊が凝っている気がする。気を抜くと目が閉じそうだ。まだ金曜日。会社に行かなきゃいけないのになぁ・・配偶者くんは今日はお休みで(お盆休みとは別に夏休みのある不思議な会社・・)、今も平和に寝言を言っている。たまにはゆっくりお眠りなさい、配偶者くん。ここしばらく、いわゆる午前様が続いていたしね。***通勤の電車は顕著に空いていた。夏休み効果。自分は休みじゃなくっても、こういうささやかないいことはある。今日はチームメンバーがお出かけばかりで、事務席にはほとんど自分と「ヤマさん」しかいない。ヤマさんは超音波様とほぼ同等の役職で、今年の5月ぐらいからチームに加わった女性だ。ハッキリしていてなかなか厳しい、それでもフレンドリーな人である。その人と話をしていたら、なんとなく、自分が入社以来今までずっと超音波様の下でやってきたことの「狭さ」を知った。超音波様が絶対ではないし、彼女だって完璧ではない。それは頭ではわかっていたけれど、結局のところ困ったとき頼るのは超音波様であり、有事に報告する相手も超音波様であり、方針を決めるのにも最終決定権は超音波様が握っていた。だからいつしか、彼女の言うことに従っておけばいいや、みたいな甘えが自分の中にできていた。でもわたしももう、2年めや3年目の小娘ではない。自分で考え、責任を持って動くことが必要なのだ。超音波様を振り切ってでも。そうしなければ、何年経っても、超音波様の影響下から抜け出せない。ふとそれを実感した。この先何年働くか知らないけれど、その間に少しでも見識を広げたいと思った。仕事に対してこんな前向きな気持ちになったのは久しぶりだ。***気分にむらがある。昼間あんなに前向きだったのに・・・夜はまたダメみたい。なんだろうな。PMSはとっくに終わってるのに。低迷期、なのかな。おとなしくしていようかな・・
2005/07/22
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今日は早朝覚醒&そのまま過食、お定まりのコース。おまけにこんな時間(4時半)に日記記入。昼間眠くなるとわかりきっているのに、懲りない自分が腹立たしい。こんな意志の弱いことでは何一つ成し遂げられないぞ。せっかく昨日はいい調子だったのに・・またもや逆戻りだ。だいたい、楽な方へ楽な方へと逃げようとする。そのくせ潜在的に自分に課すものは酷く大きい。結果、自己満足は得られずに、常に自己嫌悪に駆られている。「自分に対して良いイメージを持つことは成長する上で有効だ」・・・と、高校生のとき先生に言われた。意味が解らなかった。あの当時は今より更に苛烈な自己愛と自己嫌悪の葛藤に苛まれていたから。しかしその言葉に従うならば、逆に、良いイメージを持てない自分は自ら己の成長を妨げていることになる。・・・当たり。ご明察。自分の敵は自分の中、ってことかな。自分ごと滅ぼしてしまうのがいちばん楽かもしれない。***朝からどうにも暗い思考が去ってくれないので、久々に頓服を投入した。レボトミン。わたしにとっては、強烈に眠くなる薬。しかしどういうわけか仕事中は眠くならなかった。そんなに気を張った作業のある日でもなかったのだけれど、久々といえば、今日は久々にコンビニでおにぎりを買った。最近、たまにともだちと食べに出るとき以外、お昼ご飯はお菓子だった。健康食品的お菓子のときもあるし、単なるチョコレートのときもある。拒食なんだか過食なんだかわからない感じだった。それがもう2年か3年・・ひとりでお昼を食べるようになってからずっと続いている。でも今日は、久しぶりに、コンビニおにぎり。あのパックを開けるのさえ、なんだか懐かしかった。今日は会社で健康診断があった。一通り終わって最後の問診のとき、「治療中の病気や気になることはありますか」と訊かれた。毎年恒例のことだ。いつも、ありませんと短く答えていた。しかし今日は、なんとなく破壊的欲求(?)が働いて、全部しゃべってしまえという気持ちに駆られた。「子宮内膜症の治療は一応終わって、定期的検診に行けばよいレベルです。アトピーは投薬治療中、自律神経失調症から来る低血圧も投薬治療中です。あとは、若年性糖尿病の傾向があると言われたことがあります」「・・・他には?」「鬱病と境界性人格障害と、自律神経失調症・・はさっき言いましたね」「わかりました」問診が終わって去るとき、横目で見てみたカルテには「アトピー、及びメンタル系疾患」とのみ書かれていた。さて。どういう診断を下されるものか。
2005/07/21
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昨夜はハルシオンを飲んで尚、2時間ほど寝付けなかった。そのかわり朝まで中途覚醒はなし(3時間だから中途も何もないと言えば言える)。5時半ごろに目覚めて、ずるずるとお風呂まで這っていく。いつもなら途中で力尽きて転がるか、なぜか台所へ向かってアレコレ片付けた挙句、そこらへんにあるお菓子を食べてしまうのだけれど、それもなかった。寝不足に変わりはないけど、過食がなかった分、気分は良い。うん、過食のない日が2・3日続いてくれると、前向きな自信が取り戻せる気がしてきた。突然、布団の中から配偶者くんが声を挙げたので、驚いて振り返る。配偶者くんは激しい身振りつきの寝言を言っていた。うーむ。あれで目覚めないあたり、健やかな人である。***案の定、会社での午前中はほとんど夢の中だった。眠さとだるさで、立ち上がることさえままならない。お昼休みに銀行に行きたかったけれど、暑さと眠さとだるさのため断念した。この調子じゃ夏はダメダメだなぁ・・***夕方、お客さんと久々に会議があった。ここしばらく、電話のやり取りすら少なくて安寧だったのだけど、やはりお客さんと対面するのは緊張する。初めての人ではないし、会議の内容もそれほど重いものではなかったけれど、なんだかげっそりと疲労した。おまけに新しく仕事をもらってしまって、ますます緊張。でもこのご時世、仕事があることを喜ばなければなるまい。・・と言い聞かせて自分を激励する。働こう。大丈夫、手に余る内容じゃない。働こう。暇を持て余して眠気と戦うよりずっと楽なはずだから。***疲れた・・・。帰宅したものの、もう一歩も動きたくない。この文章もいったい何分かかって打っているんだか・・(じゃあ止めて寝てればいいのに)何でこんなに疲れたんだろう。わからないけど、とにかく疲れた。配偶者くんはまだまだまだまだ帰ってこない・・帰ってくるまで起きていられないだろうな。ああ、背中も痛い。ダメダメだ。愚痴ばっかりじゃん、自分。もう少し建設的な思考は持てないものか・・いつからこんなろくでもない人間になったんだろう?あれ、もしかして生まれつき?・・まあいいや。
2005/07/20
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例えば自分のことを一心不乱に愛してくれる人がいて、自分もその人を嫌いじゃないけど想いに応えるほどではなかったら。おまけに自分には他に相手がいるとしたら。そしてそれを全て承知で、それでもその人が自分を心底愛してくれているとしたら?自分もその人のことが気になるだろうか。なると思う。わたしなら。わたしには、昔・・あの男とどうにかなるよりも更に昔、ものすごく好きな人がいた。「クレイジーさん」だ。新人研修の、わたしのチームのチーフで、6つ年上の線の細い人だった。ボードがすごく上手くて、初心者のくせにテニスも無難にこなす運動神経の持ち主で、タバコと香水の香りがした。入社してすぐ、わたしはクレイジーさんを滅多やたらと好きになり、以後2年半・・あの男との関係が始まってもしばらくの間、心底から愛を注いだ。(その2年半の間に配偶者くんに出会って付き合うようになったわけだけれど、わたしがクレイジーさんへの想いを諦め切れなかったため、別れてしまった)とにかくクレイジーさんのことしか考えられなかった。彼がビリヤードを好きだというので、いつか一緒にやりたいその一心で、わたしも無理矢理ビリヤードを始めてしまった。彼と一緒の機種を持ちたいがために、セカンド携帯を持つようになった。チーム飲み会を定着させ、誕生日を聞き出してお祝いメールを送り、彼が入っている会社の野球チームの試合を見に行った。友達に協力してもらってありとあらゆる策を弄した。その行動は明らかに彼にバレていたと思う。わたしは彼を手に入れたいわけじゃなかった。彼には奥さんがいたので(そんなんばっかだな・・)。でも、好きだった。周りが見えなくなるぐらい好きだった。振り向いてもらえるとは思っていなかった。ただ、数多の新人の中のひとりじゃなく、名前を持った個人として、クレイジーさんに認識してほしかった。今よりもう少しだけ彼に近づければ充分。そう思っていた。2年半。簡単に言うけれど、それは結構長い間だ。それだけの間、全く望みの無い恋愛に首まで漬かっていた自分はすごいと思う。それが本当に「恋愛」だったかと言われると、今では躊躇ってしまうけれど。その時はもう、ひたすら、彼のことが好きだった。クレイジーさんはわたしのことを嫌ってはいなかったはずだ。だって、携帯の番号も、誕生日も教えてくれた。血液型とか好きなアーティストとか、他愛ないプロフィールを語るのを拒む人だったのに、わたしには教えてくれた。ある日チーム飲み会でカラオケに行った時、わたしが常日頃から主張していた「愛するアーティストの曲中で最も好き」な曲を歌ってくれた。リクエストもしていないのに。彼の方からメールをくれたこともある。でも彼は慎重な人だった。わたしの気持ちに気づいていたからこそだと思うのだけれど、それ以上には絶対に近寄らせてくれなかった。二人で遊びに行ったりしたことはなかったし(わたしの同期〈♀〉とは映画に行ったりしていた・・というか、今でも行ってるらしい)、家庭に関わることは何一つ語ってくれなかった。そんなわけで、激しい愛情を注いだわけだけれども、何一つ得るものもなく、わたしは幸福と憂鬱の入り混じった不思議な日々を過ごしていた。・・・そしてそこへあの男が現れて・・・後のことはここでは語らない。あの男とのいざこざもひと段落し、配偶者くんと復縁して結婚を決意するまでの間、クレイジーさんへの想いは再燃しなかった。理由はわからない・・まあ、妻帯者との恋愛が懲り懲りだ、っていうことはあったかもしれない。その後、クレイジーさんの部署の隣に自分も異動したりして、新人時代以来久しぶりに毎日顔を見られるようになったりもした。けれども懐かしい想いに駆られるばかりで、あの圧倒的な愛情は再び湧いては来なかった。わたしの方から変なアクションを起こすことはもちろんなくなった。ただ去年の年末、クレイジーさんとの四方山話の果てに、一緒に映画観に行こうか?という話になったのだけど、結局実現しなかった。そしてそれから間もなくわたしは結婚の予定を発表した。クレイジーさんはどう思ったかな。わたしが死ぬほど恋焦がれていたことを、彼はきっと知っている。そしてもしかすると、去年の年末の時点でまだ、気持ちが残っていると思われていたかもしれない。でもわたしは唐突に、結婚発表という形でそれを否定した。クレイジーさんはどんな感想を持ったかな。「ふーん」って思っただけ?「なんだ、拍子抜け」って思ってくれたかな?聞いてみたって彼は絶対に答えてくれない自信がある。だからそれは永遠に謎だ。蒸し暑い空気に閉じ込められた夏の夜。ふとした拍子に風が涼しくて、気の早い蚊取り線香の香りが運ばれてくる。こんな夜は昔のことを思い出す。思い出したくない過去に取り付かれる前に、楽しく懐かしがれる過去を引っ張り出してしまうのも手かもしれない。
2005/07/19
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熱帯夜の中、4時半頃に目が醒めて、それから延々2時間ばかり夢うつつの状態でいたら、見事に寝過ごした。7時ごろに本格的に覚醒し、慌ててゴミを捨て(先週の金曜に捨てそこなったので何が何でも捨てたかった)身支度をして家を出る。配偶者くんは同じ時間に目覚めても悠々と支度をしているのはなんでだろう。ところで昨日は本当に暑かった。背中が痛いということもあってだらだらと昼寝をしていたら、エアコンもかけないままに眠ってしまい、危うく部屋の中にいながらにして熱中症を起こすところだった。夕方目が醒めたら気分が悪く、食欲もなければ動く気力もなく、電話も出られないしトイレにも行けないし・・慣れ親しんだはずの暑さでも、しんどいことに変わりはなかった。それでも夕飯を作るわたし。魚を焼いて、米を炊く。お味噌汁を作り、野菜を炒め、納豆をかき混ぜる。うーん。自分ではどれひとつ食べたくない。買い物に出ていた配偶者くんが帰ってきたところで食卓に並べ、自分はお味噌汁だけを食す。よくないなぁ・・・規則正しい生活が、気分の落ち込みにも有効だと聞いているのに。これじゃ夏の倦怠に拍車がかかってしまいそうだ。配偶者くんは天気予報を見ながら缶ビールで晩酌していた。来週の月曜日はゴルフで、晴れてくれないと雨男の烙印を押されるのだそうだ。・・・とっくに雨男だと思ってるよ、わたしは。結婚式が5月末なのに快晴だったのは、ひとえにわたしのおかげなのだ!!***午後はまるごと・・重労働だった。弊社別ビルへ出かけていって、納品物の搬入。60箱もある納品物を、超音波様とふたりで黙々と検品し、運ぶ。1箱、5キロ以上はあったよなぁ・・タフで勤勉な超音波様は、ちょっと目を離すとどんどん作業を進めてゆく。下っ端でしかも「若者」のわたしがサボっているわけにはいかなくて、慌てて超音波様から荷物を受け取る。背中が痛いなんて言っていられなかった。しかし、超音波様。わたしより身体も小さいし、年齢も一回りほど上なのに・・力仕事は下っ端に任せてくれればいいのに・・その勤勉さには本当に畏れ入る。さっき作業を終えていつものビルに帰ってきた。さすがに疲れた。でもまあ、気分は悪くない。3連休明けリハビリには良かったかもしれない。この疲れに任せて夜は良く眠れるといいんだけれど・・深夜の過食が治まらなくて、その分正常な食欲が湧かなくて、それを続けていたらなんだか身体の調子が悪い。何がどういけない、と明言できないけれど、なんとなく低調、という感じ。背中の痛みもそのせいかもしれない。これが明確な不調になる前になんとかしなくては。
2005/07/19
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・・・暑い。語彙も減り放題、口を開けば「暑い・・」。もう20年近くこの土地に住んでいるけれど、夏の暑さは本当に毎年困ったものである。実家じゃ、愛犬が相当ダレてるだろうなぁ。でも快晴。梅雨明け宣言が出たそうで、さすがの空は高くて青い。きれいだな。窓辺に寝っ転がりながら空を見る。まぶしくてちょっと目を細めた。寝っ転がっているのにはわけがある。どういうわけだか、背中、左の肩甲骨の下あたりがエラく痛い。筋肉痛のような捻挫のような、酷い肩こりのような、そんなタイプの痛さである。背中を丸めて屈むと痛い。背もたれの無い状態で座っていても痛い。そればかりか深呼吸すると痛い。なんだこれ・・し、四十肩?配偶者くんに話したら「俺が昨日技をかけたのがいけなかったか?」と言っていた。そういえば昨日の夜、いい加減に酔っ払った配偶者くんが、タイガーウッズがどうとか(全英オープン見てたので)言いながら、突然プロレス技をかけてきたので、ムキになって応戦したのだった。禁じ手の「噛み付き」と「蹴り上げ」を駆使して撃退したけれど、あの時肩と背中を痛めたか・・・。なまじあり得るので冗談にならない。そんなわけで、暑い中、エアコンもいれずに転がっている。会社が休みっていいなぁ・・行かなくていいというだけで、背中が痛かろうが暑かろうが、まあよし、という気になる。しかしそれと同時に、もし仕事をやめて次の職をみつけられなかったら、この生活が毎日になるのか・・と考えて、すこし神妙な気持ちになった。それは気楽だろうけど、急激に世界が狭くなってしまうということだ。それは嫌だな。それでもいいじゃん。両方の気持ちが自分の中にある。どっちが強いか、どっちがより切実か、自分でもわからないけど。***まあよし、ではなく、背中が痛くなってきた。困ったなぁ・・特に不自由があるほどではないけれど、痛いのは気に障る。休み明けの火曜日、気分がどーんと落ちる要素満載なのに、幸先が悪い。しかしまあ、こんなことで負けてられない。明日は仕事的に一山あるから、気合を入れ直さなくては。
2005/07/18
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自分の管理ページを見て、今日でブログ開設200日目であることを知った。もうそんなになるんだ。あれは年末だった。ある人の日記にコメントを付けたくて、でも楽天登録していないとコメントは付けられないと誤解していて、それで大急ぎで会員登録し、勢いで立ち上げたHP。最初はただ、日記形式で毎日綴ることの面白さに喜んでいた。でもだんだん、ここに書くことで気持ちを整理できることがあるのに気づいていった。コメントをいただけるようになって、励まされたり、全然違う視点を教えていただいてはっとしたり、或いはただ雑談を交わして心が暖かくなったり、そういう「交流」の大切さも知った。人との関係を極力切り縮めて、狭い世界で生きていた自分の人生の危うさを知った。得るものは多かったな。とてもとても、多かった。自分の中の、大切な世界。 いただいたコメントにお返事の出来ないときもあるけれど、 もちろんコメントは全て拝見して、胸に留めています。 本当に本当にありがとうございます。***夕方、万博に出かけて留守の両親に代わって、実家に行って愛犬の散歩をしてきた。小動物の苦手な(怖いらしい。身の丈6尺の大男なのに・・)配偶者くんと共に。もっと懐かしがってくれるかと思ったけれど、愛犬くんは結構普通に迎えてくれた。ま、実家にいるときだって、朝早く帰りは遅く、土日はお出かけだったからなぁ。今、隔週ぐらいで実家に顔を出すのと、実際に接する時間は変わらないのかも。だから愛犬くんはわたしが出て行ったことに気づいてないのかも?そう思うとおもしろくなった。配偶者くんは「散歩中は綱を持ってる人間に対して犬は飛び掛ってこないから平気」と言って、リードを持って結構嬉しそうに歩いていた。ときには全力でダッシュして、愛犬くんと駆けっこしていた。平和な夕暮れ。でも、ふと思い出してしまう。今日はサトコちゃんの二次会だったんだ。断ってしまった。身体は元気なのに。夕方、二次会に参加する友達から電話があって、「お店の場所がわからないの! Meteorは出席だよね? まだ着いてないなら一緒に行こう」と言われてしまった。「ごめん、欠席なんだ」それだけ言って、声に笑顔を含ませる。なるべく不審に聞こえないように。そっか、じゃあね。その言葉を残して電話は切れた。ごめんね。・・・みんな。サトコちゃん。幹事さん。わたしが来ると思ってた友達。ごめんね。不甲斐ない自分を反省してるよ・・
2005/07/17
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今日は、テニスに行けた。先週届いた新しい自転車に乗って、高校生のときみたいにぐんぐん飛ばした。変速の昨日もしっかり使って、上り坂も下り坂もぐんぐん。陽射しが強くなって、でもまだ朝のうちは風が涼しくて、時間にしたら10分あるかないかの道のりが、いつもと違った風景に見えた。テニススクールでは最近、1クラスのスクール生が増えて、10人以上いる。その中のひとり、よく顔を見かけるけれども名前は覚えていなかった初老の男性が、「あれ、お久しぶりですね」と声をかけてくれた。覚えててくれたんだ・・とかく目立たない存在で、学校時代には、クラスでも卒業したら真っ先に忘れられる筆頭だった。(優等生のクラス委員だったにもかかわらず!)義務教育9年と高校3年の間、よくクラス文集などで書く「××な人・ベスト3」みたいな企画で、Meteorの名前が挙がったことはほとんど皆無だった。Meteorがしでかしたイタズラさえ、同窓会では別な子の仕業として語り継がれていた。子供の頃は悲しかったけど。今はもうそれを受け入れている。会社の同期の中でももともと目立たない存在だった。それを不満に思ったことはなかった。そんなわたしを、10人以上の中から、覚えててくれた人がいたんだな。多くても週1回しか会わないのに。ほとんど会話もしたこと無いのに。わたしはその男性に、心から笑顔で返事が出来た。これだけ笑顔になれたのは久しぶりかもしれなかった。スクールからの帰り道、晴れた空の下を自転車で飛ばしながら、なんとなく鬱が和らいだような気になった。今日は帰ったら洗濯をして、そのあとはひとりで公園でも行こう。配偶者くんは出勤。彼には申し訳ないけれど、ひとりの時間が今日はありがたかった。***公園まで自転車を飛ばして、サイクリング。ちょっと距離を甘く見ていて、というか坂道があったのを忘れていて、汗だくになってしまった。ヒート・シティの暑さはただ事ではない。あずまやの下でしばらく風に吹かれてみたけれど、なかなか身体が冷めなかった。それでもどうにか落ち着いて、目を閉じてみる。連休初日は意外に人が少なくて、遠くの方から男の子の歓声がまばらに聞こえた。そういえば免許取りたての頃、この公園の駐車場で、延々車庫入れの練習したっけ。あれももう7年も8年も昔のことだ。あの頃はのんきな学生で・・いや、そうでもなかったな。学校のこと、寮での人間関係、将来のこと・・あれはあれで悩みは尽きなかったものね。学生時代、のつながりで、ある友達のことを思い出す。同じゼミだった彼女は、いくつかの心の病に苦しんでいた。学部を卒業してから院に行って、そこで休学してしまった。でも今は病気と闘いつつバイトをしながらお金をためて、復学する日を目指していた。その彼女が、入院することになったという。某ブログの日記で知った。先週ぐらいから「入院するかも」という記述がちらほらあって、2・3日前から突然日記の更新が途絶えた。少し心配になったけど、やはり入院しているのだと聞いて、ひとまず安心したのだった。思えば彼女はもう長いこと、ひょっとすると20年近く、自分の中の病的傾向と戦っていたのだろう。学生時代にもよく、強迫神経症とか希死念慮とかその手の言葉を聞いた。鬱発症こそしていなかったけれど、決して健全な魂の持ち主とはいえなかったわたしにとって、それらの言葉は耳に痛すぎて辛かった。だから時には彼女に冷たく当たってしまったこともある。けれども結局のところ、自分が追い詰められたときには彼女に頼っていた。穏やかな笑顔で聞いてくれる、それが救いだった。それなのにわたしは自分に余裕があるときには、彼女の中の「自分と共鳴する部分」が怖くて直視できなかった。今、心の病というものを目の当たりに知って、ようやく彼女の大きさがわかった。自分の中の病的傾向を受け止めて、それと戦うことの難しさ。それを穏やかな笑顔の中に包み込んだ、彼女はとても、芯のある人だったんだ。今なにをしてるんだろう。病院に、PCはもちこめなかったみたいだ。退屈してるかな。それとも、何かセミナーのようなものでもあるのかな。彼女にリアルの手段で連絡をとることは、できなくは無い。でもそれはしない。待ってるよ。退院したら、また日記を更新してね。読んだらすぐに連絡するよ。そして今度は、リアルで会おう。
2005/07/16
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ブログ仲間の流川朔羅さんから、「調味料バトン」が回ってきました!☆さくらさん、ごめんなさい。さっきまで「料理バトン」って書いてました・・☆この内容を鬱カテゴリに書くのはなァ、って思いましたが、鬱カテゴリ以外のお友達、少ないのです。なのでここで書かせてください。**************************あなたは何派?【Q1】次のメニューにどんな調味料をかけますか? 薬味は含みません。・目玉焼き→塩・荒挽き胡椒・納豆→納豆のタレと芥子。たま~に、うずらの卵。更にたま~に、おかかとマヨネーズ。 ・冷奴→食べれません・・(泣)・餃子→醤油&ラー油&酢、もしくはなにもかけない。・カレーライス→荒挽き黒胡椒・ナポリタン→半熟タマゴ・・・調味料じゃありませんが。・ピザ→パラペーニョ粉末!・生キャベツ→マヨネーズ、もしくはなにもかけない ・トマト→な~んにもかけないのが一番!・サラダ→サラダの雰囲気に合ったドレッシング。でもトマトにはかけないようにします。・カキフライ→食べられません・・(泣)・メンチカツ→ソース・コロッケ→ソース+ケチャップ ・天ぷら→天つゆ。天つゆだけでも飲めるぐらい薄めのが好きです。 ・とんかつ→ソース! 尾張人だけど味噌は選ばない!!・ご飯(おかず無しの時)→麦茶。冷温どっちでもいけます。あ、また調味料じゃありませんね。 【Q2】周囲に意外だと驚かれる、好きな組み合わせはありますか? うどんに胡椒。 とくに、寄せ鍋のあとのうどんに胡椒は絶品ですよん。【Q3】それが一般的なのだとは知っているが、苦手な組み合わせはありますか? スイカに塩。 アレは勘弁してください・・ ところてんに黒蜜。 コレも駄目です。。 【Q4】バトンをまわしたい5名は誰ですか?isocchiさん HIMEさん MOGUさん けんぴさん kojiroさん いずれ個人的に御願いにうかがいます。よろしくお願いいたします。 これ、主婦じゃなくても、男性でもいいんですよね??
2005/07/16
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眠れない・起きられない・食事が出来ずお菓子ばかり・人の多い場所を避けるこれらのことを毎日書いておきながら、あんまり意識してなかったけど・・鬱に捕まったかもしれない。昨夜も結局、PCの前で行き倒れ。数回目覚めたものの布団の部屋に行く気になれず、PCに向かって座ってみる。けど、どういうわけか画面を変えるのが怖くて、マウスに手を乗せたまま、何もクリックせずただ1画面を眺めていた。現れる文字を目で追うけれども、それは一瞬しか脳髄に滞留せずに消えてゆく。しばらくするとまた眠りに落ちて床に転がり、また目覚め・・それを繰り返して朝になった。エアコンが効きすぎてる。寒い・・。しかし超絶暑がりの配偶者くんは、その上扇風機をかけて熟睡している。お腹を冷やさないようにと思ってこっそりタオルケットをかけたら、数分後には跳ね除けられていた。むむ・・何がそんなに暑いんだろう。さて。週末の一日。何とか乗り切ろう。さっきから休む口実ばかり考えてしまう。でも実際、ここ2・3日は、仕事内容が負担ない程度の忙しさで、おまけにお客さんと折衝する必要もなく、眠いのとだるいのを我慢すればそれなりに心地よい環境なのだ。こんなときに休んでいるようでは・・そのまま働けなくなってしまいそうだ。休職するならするで、きちんと自分の中で折り合いをつけたいから、なし崩し的に休職への道を歩き始めたくはない。というわけで、身支度を始めよう・・***18時半頃退社。おぉ、早い。せっかくだから買い物でも・・・・という気にはならず、黙々と歩いて帰る。かろうじて最寄り駅のスーパーに寄ったけれど、何がほしかったかも思い出せず、枝豆とおせんべいのみ買って出る。・・・酒飲みの買い物のようだ。配偶者くんは「今日はゴルフフィットネスだ!」と浮かれながら出かけていった。何かというと、会社のレクリエーションとして、ゴルフのレッスンを受けられるのだそうである。普通のゴルフスクールから人を招いて、有料で週1のレッスンを開催。有料と言っても会社から補助が出ているので、受講生は月額2000円ぐらいしか払わない。それに申し込んで、当たったのだそうだ。4月から毎週喜んで通っている。仕事が押し詰まっているときはさすがに行けなかったらしいけど。摩訶不思議な会社である。だいたい、社内のどこにゴルフのレッスンなんてする場所があるんだろう。やはり財閥系の会社は弊社とは違うな・・居間のカレンダーには、我々の予定がそれぞれ書き込んである。「配偶者くん飲み会(専ら金曜日)」「配偶者くん出勤(これは土日)」「Meteorテニス」など。そこに、「GF」と書いてある。ゴルフフィットネスの略だそうである。本当に好きなんだな・・・カレンダーを見ていたら突然気分が落ちた。この習慣は実家にもあったけれど、5年ほど前はカレンダーが埋まるぐらい予定を書き込んだものだった。飲み会だのドライブだのショッピングだの・・・予定は明らかに減っている。・・・いや、自分の鬱のことは書かないようにしよう。2・3日前、なるべく客観的なことをつらつらと書いていたら、何だか癒されたことがある。今はその効果を狙おう。消極的かもしれないけれど。
2005/07/15
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昨夜~今朝にかけて、2回ほど中途覚醒。そして激しい過食。なのに今朝は罪悪感の嵐がない。虚しさと「やれやれ・・」って気持ちがあるばかり。なんだろう、あんなに気に病んでたのに。どうしたんだろ?慣れちゃった? 諦めちゃった?でも、罪悪感が全くなくただ前向きな気持ちってわけでもない。過食の二文字は常に自分の中で存在を主張している。どうしたんだろ?過食は自分の「不治の病」だって認識しちゃったのかな。「八方美人」と同じで。「八方美人」に対しても、最初の頃は激しい罪悪感を持っていたけれど、最近では自分にウンザリするのみで、鮮やかな自己嫌悪は感じない気がする。不治の病が増えていく。少しずつ自分の中によろしくないものが鬱積していく。その積み重ねがいつか自分を乗っ取らないように、目を光らせていなくては。自分と戦うのは、正直、疲れる。エンドレス・ホープレスだから。それでも自分は自分を見失いたくない。***中途覚醒の後、台所で力尽きたらしく、今朝方トイレに起きた配偶者くんによって行き倒れMeteorは発見された。「なんでそんなところで寝てるんだ」「あなたが真ん中に寝てるからでしょ!!」(配偶者くんはよく、二人分の布団のど真ん中に寝ていて、 わたしの寝る場所をふさいでいる)というような会話があって、布団の部屋へ強制送還された・・・・らしいのだけど、記憶がない。配偶者くんももう慣れたもので、驚きもせず冷静だ。初めて記憶をなくしたときは衝撃的で、もう自分が自分の制御を外れて暴走しちゃうんじゃないだろうかと恐れたけれど、今じゃ夜の記憶はないのが普通、ぐらいに思っている。これも慣れ? 諦め?それとも、あるがままの自分を受け止めているということ?何にしろ、今日は台所で発見されないように、ちゃんと布団で寝よう。今日は何時に帰れるかなぁ・・
2005/07/14
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朝から左足が激しく攣った。こむらがえりはよくあることなのだけど、今日のは特に痛かった。薬局でよく見かける「夜尿症」「足のつる人」ご相談ください、というやつに相談してこようかと本気で思った。前に、朝、両足ともが交互に攣ったとき、配偶者くんがマッサージをしてくれた。スポーツを長くやっていた彼はマッサージが上手い。運動後にきちんとマッサージをしておくと、疲れの取れ具合が格段に違うのだそうだ。さすがにこんな時間(朝5時)なので起こさないけれど、・・・またやってくれないかなあ。なんだかんだとテニスには行けていないけれど、通勤退社には15分強のウオーキング、社宅から最寄り駅までも10分強のウオーキング、社内でのフロア移動は全て階段、駅も地下街も全て階段、そしてなにより、4階にある自宅まではもちろん階段を自力で昇降。砂糖1kとヨーグルトと白菜半分と料理酒とキャベツと食パン。そんなような荷物を抱えて毎日歩いている。隔週の通院日には50分のウオーキング。運動不足は心配していなかったけど・・ここ数日、しばしば足が攣る。寝てるときだからいいけれど、運転中にこれが起きたらどうなるんだ?ああ、原因は何なんだろ。わたしにはパキシルが効くらしい。昨夜、少しだけ多目に飲んでみたら、今朝目覚めてからなんとなく気分がハイだ。パキシルの副作用か、なんだか必要以上にハイな気持ちが心の中に発生するのだ。これはこれで疲れるし、効き目が切れてくると辛いのだけど、まだ水曜日。会社行きたくない病を発病する前に気分を上げておかなければ。実は行きたくない病は既に頭をもたげている。会社じゃなく、17日のともだちのニ次回だ。その子のことは好きなんだけど・・人の集まる場所へ行くことが、最近また辛くなってきた。4月の二次回や自分のニ次回、配偶者くん同期家族との集いなど、疲れたけど楽しめたし、行く前にそれほど「嫌だ!」って思わなかった。なのに今回は、出席で出した返事を取り下げようか、本気で迷っている。もう日が無いし、二次会を欠席なんて申し訳なくて言い出せないけど・・・当日、熱を出したといってでも休みそうな気がする。それぐらいなら前もって欠席連絡をすべきだろう。ああ・・自分の鬱は治ってきてたはずなのにな。知り合いがいっぱい集う場所にどうしても行きたくないなんて・・これじゃまるで、鬱の時に逆戻りしたみたいだ。ごめんね、サトコちゃん。サトコちゃんの晴れ姿は見たいのに・・・友達と呼べないほどの半端な知り合いがいっぱい来るかと思うと、辛いんだ・・・許してくれる?ああ、でも。サトコちゃんはわたしの二次会に来てくれたのに・・やっぱ行かなきゃ。行きたいんだけど、・・辛いんだ。でも、行かなきゃ・・・***おまけに、二次会幹事の子から、「チェキ係」を頼まれてしまった。入口で来客を待ち構え、2・3人ずつ「チェキ」で写真を撮って、メッセージを書いてもらうという役。断るなら今しかない。けど、それを言い出せない自分がいる。どうしよう。無理はできない、けど言い出せない・・でも決断しなきゃな。決めなきゃいけないんだ。あと1時間だけ迷って、返事をしよう。***迷った結果、やはり欠席することにした。寂しい気持ちが無くはないけど・・サトコちゃんには、個別でお祝いを言おう。式場で撮ってもらったアルバムが出来たら見せてもらおう。幹事の子に欠席ごめんなさいメールを書いて、送信ボタンを押したとたん、寂しさがせり上がってきてクラクラした。だけどこれでよかったんだ。少なくとも自分で選んだんだ、わたしは。そのメール送信後(幹事の子も同期なので、これは社内メールでのやり取り)タイミングよく部署の上の人からメールが来た。申し込んでいた研修に参加が決まったよ、というお知らせだった。人事部からの決定メールの転送だったので、宛先をよく見ると、研修参加者とその上司の名前が全部書いてある。ただしローマ字表記で。その何十人分のローマ字名前を何とはなしに追っていて、ある文字列にわたしは思わず目を留めた。あの男の奥さんと同姓同名だった。奥さんも元々は社内の人だった。何度も会ったことがある。あの男とそういう関係になる前も、なった後も。わたしは奥さんに敵意を持ったことがなかった。奥さんからあの男を奪い取ろうと思ったことが一度もなかったからだと思う。あの男を愛していたけど、結婚したくはなかった。一緒にいたかったけど、それが生涯続けばいいとは思わなかった。奥さんは、我々の関係が明るみに出る(わたしが明るみに出す)少し前に、妊娠を理由に退社していた。もう3年も4年も昔の話だ。だからその名前は彼女の名前であるはずがなかった。でも、ふと、思い出してしまった。あの男はいずれ奥さんのもとへ帰る。それをわたしはちゃんと知っていた。最初から。そのせいか、奥さんに対して罪悪感はあまりなかった。大丈夫、わたしはあなたを脅かす存在にはならないですから。そう思ってた。そしてその一方で、あの男を酷く愛し、嫉妬に駆られては、日々自分を内へ内へと追い詰めた。大いなる矛盾。でもわたしにとってはそれが真実だった。真実。厄介な言葉。人それぞれで、人の数だけ存在する、誰にも侵されない世界。多かれ少なかれ、誰もが自分だけの真実を抱えて生きているんだと思う。それが孤高であればあるほど、人は脆くなってゆく気がする。
2005/07/13
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今日も曇天だ。梅雨は明けない。西日本では大洪水で胸の痛むような状況になっている。そのくせ四国のダムでは貯水率があんまり回復していないという。望むようにはならないんだなぁ・・昨日の日記を、意図的に「雑記」で始めてみた。情緒的なことをなるべく含ませず、こんなことがあった、あんなことがあった、というのを中立の気持ちで書き綴った。書くという作業に癒された気がした。でも後半は、相当取り乱した日記になってしまった。文章もめちゃくちゃだし、何を訴えたいのかも解らないし。米をとぐのが怖かったんだ、わたし。料理は嫌いじゃなかったはずなのに、なぜか追い詰められているみたい。手を抜く勇気、手伝ってもらう勇気。それが必要だって、ここしばらく、皆さんにいただいたコメントから学んだのにな。なかなか気持ちを切り替えられないけれど、諦めずに頑張っていこうと思う。曇天。夏の曇天。静かな朝には、いろんなことを思い出す。学生時代のこと。高校生のときのこと。中学校の様子。・・・あの男。愛息子は7月生まれだったね・・配偶者くんと初めて付き合うことになったのも夏だった。全ての季節に、思い出はある。心を暖めてくれるものもあるし、わたしを乗っ取ろうと待ち構えているものもある。思い出に縛られて一歩も踏み出せなかった高校時代、わたしは幸せじゃなかった。もうあんなことは繰り返したくないんだ。今を大切に生きていければ、それは幸せなことだと思う。思い出は大切だけれど、それに自分を明け渡してはいけない。一陣の風、懐かしい曲、陽射しの具合、誰かの言葉。思い出の蘇るきっかけはいくらでもある。良い思い出だけを拾い集めて生きていられたら楽なのにな・・・***最近、前にも増して注意力が散漫になった気がする。お風呂の水を入れすぎるのはしょっちゅうだし、お味噌汁を煮え詰まらせることも何度かやってしまった。葉書を出し忘れ、買った食材の存在を忘れて更に買い足し(おかげでニンジンが6本もある・・)逆に買おうと思っていたものは忘れる。待ってたはずの雑誌の発売日も思い出せないし、仕事中に席を立って、何のために立ち上がったかわからなくなる。そそっかしいのは昔からだけど、最近の酷さには我ながら少し怖くなる。いつか惨事にならなければいいのだけれど・・・注意力散漫と共に、熱中する気持ちも少し散漫になってしまった気がする。それがすごく寂しいし怖い。鬱は感情の起伏を奪うことがあると聞く。鬱がぶり返しているの? と思うとなんだか空恐ろしい。そうでないにしても、熱を失うということは自分にとって恐ろしいことだ。人を、ものを、愛することが出来なくなっていくのだとしたら・・それは人生の色をひとつずつ掻き消していくようなものだろう。無色の世界は冷たすぎて、自分はまだそこに入って行ける勇気を持っていない。そんな時、愛するアーティストを思い出してみる。雑誌。ライブ。新曲。うん、大丈夫。全部楽しみだ。明日の朝は愛するアーティストのアルバムからMDを選ぼう。そして元気をもらおう。きっと大丈夫。
2005/07/12
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ここのところ日課になっている「梅シロップかき混ぜ」を今朝も行った。自作梅シロップの氷砂糖が溶け残らないように、シロップの濃度にむらができないように、毎朝瓶ごと転がしたり軽くふったりしてかき混ぜるのだ。ただ難点は、瓶の密閉性が意外に低く、あまり乱暴に転がすと、じんわりと漏れてしまうことである。それに注意して慎重にかき混ぜる。来月には出来上がるだろう。家を出る前、MDウォークマンの中身を変えた。最近毎日通勤のお供の曲を変えている。今日は、昨日部屋の片づけをしたら出てきたJudy and MaryのBESTを聴こう。そう思ってセットして家を出て、曲を電車の中でスタートさせたら、それが違うMDであることに気付いた。「勝手にしやがれ」。いずれにしろ自分のライブラリの中のMDなのだから、嫌いな曲であるはずがないのだけれど。YUKIの甘い声を予想しつつ聞いたので、激しく躓いてしまった。通勤路の途中にお菓子やさんができた。洋菓子店。いつからかわからないけど、結構最近だ。何か高級そうなお店で、フリーの情報誌でも紹介を見かけた気がする。しかしわたしの出社・退社の時間にはお菓子屋さんが開いているはずもなく、一度も店内を見たことがない。先週、一緒にランチをしていた同期の子は、今日から常駐先に行ってしまった。これでまた1人のお昼休みに戻ったわけだ。予定が誰にもかきまわされないのは心安らかなことだけど、なんだか寂しいって思ってしまった。そう思えたことがちょっと嬉しかった。出社早々またトラブル!本当に仕事ネタというとトラブルか超音波様だ。仕方がないので対応体勢に入る。今日も時間との戦いだ。***トラブルは案外すぐ片付いて、午後からは地味な作業を延々とやっていた。ふと、今日の夕飯何にしよう?と考えてしまったら、なぜかそこで突然、気持ちが落ち着かなくなり、どれだけ読んでも文字が理解できなくなって、ほんの数行の文章を入力するのに10分ぐらいかかるようになった。夕飯は肉じゃがにしよう。ジャガイモがたくさんあったから。トマトを買ってトマトスライスにして、ミモザ風サラダを作ろう。白菜のお味噌汁と、エンドウの胡麻和え。で、ご飯と納豆。よし。そこまで考えたら、次はそれを作っている場面が浮かんできた。ジャガイモをむいて・・トマトを湯剥きして・・卵をゆでてエンドウをゆでて・・うわぁぁぁっ・・!勘弁してください。ネギも刻んで・・・ダメです。ごめんなさい。納豆をかき回すのさえ、怖くなってしまいました。なにより、ごはん。お米を洗うのが辛い。なぜだか辛い。辛いんです。ゴメンナサイ。でも今日は比較的早く帰れそうだから、作らないわけに行かない・・。ダメだ!手を抜く勇気が必要だ。手を抜く?コンビニで買ってく?配偶者くんが嫌って止まないコンビニ弁当?だ・・ダメだ。ダメです。でもお米を洗いたくないんだ。実家に逃げちゃおうか・・・でもどうして?何の理由もないじゃん・・***逃げずに夕飯作成。米とぎがほんとにプレッシャーだ。なぜかは判らない。でも配偶者くんはいついかなるときでも米をほしがるので、それだけは端折れない。おかずは何も作らなくて良いから米だけは炊いてね、とは、結婚前から言われている言葉だ。(うどんでも素麺でもお好み焼きでも、彼にとっては主食に代わり得ないらしい。甚だしきは「チャーハン+ライス」だそうだ。ラーメンライスだって自分的には有り得ないのに)肉じゃがを煮て。えんどう豆を茹でて胡麻和え。キャベツを刻んでサラダを作る。白菜と揚げのお味噌汁。一昨日漬けたきゅうりが漬かっていたのでそれも出す。このへんのものを作るのは、確かに大変だけど、怖くはない。米とぎ・・・。そんなものに恐怖を感じることは今までなかったのに。どうしてこんな変なことで苦労するだろう、自分。もうたいして若くないので、苦労は「買ってでも」したくなんかないのに。
2005/07/11
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今日はあいにくのお天気だけど、何が何でも家事を片付けようと思う。昨日、勢いで、配偶者くん同期夫婦(同じ社宅にお住まい)の家に遊びに行った。すごく片付いていて、全く同じ間取りなのに、広々として見えた。ショックを受けた。うちのあの混沌の状態は何?ものすごい腹痛に襲われながら、おまけに知らない人ばっかり全部で8人も集まる集いと聞いて、心底嫌な気持ちになっていたけれど、それさえ一時的に吹っ飛ぶほどのショックだった。俄然、自分の家の惨状が嫌になった。散らかっているのが嫌で嫌でしょうがなくなった。配偶者くんが、わたしがせっかくアイロンをかけたシャツやハンカチをそこらの床に積んで、結局ぐしゃぐしゃになっているのも。今までは「たんすもないし・・」で大目に見ていたけれど、ダメだ。床に積むなら積むで、もっと秩序があるだろう。そしてそもそも、いつまで経ってもたんすどころか衣装ケースも買わないことがそもそもダメだ。布団も、ひきっぱなしの日が多い(上げ下ろしは配偶者くんの仕事だ)掃除機もかけられない・・。何もかも嫌で、とにかく洗濯を始めた。布団を上げて、掃除機をかけ、お風呂を洗って洗面所を磨いた。ここで中休み。ふと思い出す。昨日は4時寝、今朝は6時半起き。起きて、激しい過食。明らかに太ったな、と鏡を見て思い、死にたいほど嫌になったのだった。お腹の贅肉を切り落としたい衝動に駆られた。その気持ちを無理矢理押し込めてごまかすように、これからトイレと台所の掃除をしようと思う。その頃には一回目の洗濯が終わるだろう。そしたらアイロンもかけて、2回目の洗濯をして・・・今日は力が尽きるまで家事をしよう。少しは贅肉にも効くかしら。太る、という言葉がわたしには何よりの恐怖であり忌まわしい言葉だ。拒食症と過食症をやって以来、そうなった。必要以上に「食べること」「太ること」を罪に感じる。配偶者くんに「最近太ったんじゃない?」と言われ、無言でぺットボトルを投げつけたことがある。でもこうしていても、手が空いたらお菓子を食べるんだろうな・・・予感とも確信ともつかず、そう思う。お菓子が無いと生きていけない配偶者くんのために、「家に置かない」という方法は取れない。「わたしの手の届かないところに」って思っても、社宅は狭すぎて無理だ。配偶者くんに協力を仰げれば・・・いいんだろうけど。出来ない。彼はわたしがそれにどんなに危機感をもっているか、どんなに辛いことなのか、解ってくれないから。正直言って、辛い。今すぐ入院したいぐらいだ。過食症での入院・・・。今のドクターは耳も貸してくれないだろう。貸してくれなかった実績が2回ほどある。内科で相談したときも、身長と体重を訊かれ、「それなら入院とか治療は必要ない」と突っぱねられてしまった。助けてほしいのに。心底、助けてほしいのに。過食が治まれば・・・もう少し、ストレスが減るのに。ストレスがいつか自分を殺すかもしれないのに。どうして誰も助けてくれないの?・・・それは、自分で克服するしかないことだからだよ。本当はわかってる。***午後になったら、思いがけず晴れ間が覗いた。洗濯物が気持ちよく乾いた、それだけで、少し嬉しくなった。それから配偶者くんに連れられてホームセンターに行ったら、ペットコーナーにパピヨンの仔犬がいた。広いケージの中を駆け回って、飛び跳ねて、外から見ている人間にじゃれつこうと必死だった。実家の愛犬がもちろん一番かわいいけれど、仔犬というのはやっぱり無条件に愛らしい。また少し救われた気分になった。でも、わたしは子供と動物に好かれない。仔犬はすぐに、配偶者くんにばかり飛びつくようになった。通りすがりのベビーカーに微笑みかけてみても、配偶者くんには笑い返してくれる子供が、わたしには笑顔をくれない。昔からそうだ。スキー場でリフトに乗り合わせた子供に愛想を振って、泣かれた記憶は忘れない。心の汚さが、子供や動物には伝わるのかなぁ・・・汚さというか、本当は自分しか愛していない、子供や小動物をかわいいと思うことさえうわべの気持ちであるという、わたしの性質が。配偶者くんは小動物が怖いらしい。愛犬にもともだち宅の愛猫にも、恐る恐る手を出しては「ああ怖い・・」と呟いていた。愛犬があくびでもすれば、「これ大丈夫? 噛まない?」と大騒ぎだった。ちいさなこどもも、「壊れそうで怖いから苦手」と言っていた。なのに彼は子供と小動物にモテる。心が清いんだな、きっと。ごめんね。Meteorはこんな人間だけど、それでも妻にして良かったと思う?あなたのこと好きだよって思うけど、それもまやかしなのかな・・本当はわたしはわたししか愛していないの?・・・だったらあの男への愛も憎しみもまやかしだった?いや。配偶者くん。わたしは彼のことが好きだ。それは、譲らない。誰に・・自分自身に否定されても。それでしか自分と世界との繋がりを確信できない・・・
2005/07/10
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昨日の夜は結構前向きに考えられたのに、今朝になったらまたダメだ。中途覚醒、早朝覚醒、酷い過食、テニススクールも行けず。自転車やさんにも行けるかどうか。雨は降ってないのに洗濯もする気が無い。配偶者くんに、ゴミを片付けてくれないってことで文句を延々言ってしまった。ついでに、痒いとか肩がこったとか、謎の文句まで。なんだろう、何かが狂っている。PMS?そうかもしれない。でもこんなに乱れたのは初めてかもしれない。更年期障害かもよ、と冗談を言ってみる元気は、なぜかある。狂ってる。八方美人もいいかげんにしたら?空元気は見苦しいだけだよ。狂ってる。何かが狂ってる。もう、首を吊ろうとは思わない。4階に住んでいるけど、飛び降りようとも思わない。でも、逃げ出したいよ。わたしのこと誰も知らない場所へ。そうやって逃げ出してきた人たちの楽園があったらどんなだろう。現状に追い詰められて、打開の道を求めてきた人たちが、一からHOMEを作るとしたら。きっといろんな専門知識をもった人がいるだろう。建築に明るいひとがいるかもしれない。経営のプロもいるかもしれない。料理や掃除に秀でた人がいるかもしれない。専門知識は無くっても、ムードメーカーになる人がいて、中心人物になってくれる人がいて。そうやって作った楽園では、みんな、心の痛みを知っている。人を傷つけることの怖さを知っている。そうしたらみんな、自分にも他人にも優しくなれるだろうか?この想像はまっとうじゃない。そうやって作った国も、いずれは束縛に感じられるだろう。最初は楽園でも。そうしてそこからも逃げ出すことになったら、本当に行き場を失ってしまう・・・。でも人間はひとりじゃ生きられない。どうしたらいいんだろう。答えは出ないんだ。配偶者くんは歯医者のため外出中。この隙に腕を切ってしまうと・・・帰宅した彼に殺されるかもしれない。薬を飲んで寝てしまおうかな。その方が安心かもしれない。メデポリン9錠飲んで、翌朝普通に・・ではなくても、まあとにかく出社したわたしだもの。多少過剰気味に飲んだって大丈夫だろう。そして眠ってしまおうか。夢の中では、せめて、本当の楽園にいけるかな。
2005/07/09
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昨日は七夕だった。配偶者くんの会社の社食では、七夕の日は毎年特別メニューらしい。七夕コロッケ(星型コロッケ)とか、天の川そうめん(星型ニンジン入り)とか。そういうの、考える仕事は楽しそうだ。「情報」なんてものじゃなく、もっと目に見える手ごたえのあるものを相手にしている方が、物事はやりがいがあるのになと思ってしまう。***先ほど、ある方の日記を拝見して、とても心配している。いつも日記を拝見する一方で、コメントをつけさせていただいたことも無く、したがって交流は全くゼロだったのだけど。それでも、とても心配になった。楽天で名前を見かける人。それは、学校に例えたら、隣のクラスの誰かのような感覚だ。顔は知ってる。名前も知ってる。ある程度どういう人かも知っている。直接話したことはなくても。そんな人が大変なとき、心配になってしまうだろう。やはり。***昨日は星に願いがかけられなかった。あいにくの曇り空。織姫と彦星は今年は会えなかったのかな。最近の子供たちにはわからない感覚なんだろうか。「ケータイとかでメールすりゃいいじゃん」なんてね。星に願いをかけられるなら・・・何を願おうかな。病気平癒?嫌な思い出を消してください?人類平和?ううん。短冊に書く言葉は、一言でいい。今はまだ。「ありがとう」お願い事じゃないけどね。***19時半。今のところ極端な過食はしていない。多少お菓子を食べ過ぎじゃない?という程度で済んでいる。チョコレートを買ったけど、一箱はまだ空いていない。このまま今日一日、過食を踏みとどまって過ごせると、この週末の幸先がよいという気がする。のびのびになっていた自転車の納品が明日だ。晴れたら配偶者くんと二人で歩いていって、そのままちょっと散歩に行こう。お気に入りのオレンジ色の自転車。あ、それ以前に朝はテニススクールだ。無理矢理にでも良いことばかり考えていれば、自然、気持ちが上向きになるよ。友達が言った。その言葉を信頼してる。だから明日は自転車とテニス。それであと2時間の残業を乗りきろう・・***家に蚊がいる。あちこち刺されて、ついでにアトピーも出てきて、体が痒い。気づいたら腕も足も背中もみみず腫れになっていた。皮膚のやわらかい部分からは血が出てた。満身創痍ふとそれが頭に浮かんだ。包丁で切った傷、火傷、掻き傷、湿疹、子供の頃の怪我の後、・・・腕の傷。満身創痍。お風呂に入るの痛そうだなぁ。わたしが身体を掻いていると、配偶者くんが力づくで止める。とたんにものすごく不幸な気持ちになる。痒いところを掻く自由ぐらいちょうだいよそう言ったら怒られた。心配してるのに、って。わかってるよ・・。わかってるけど、止められない衝動ってあるでしょ?どんなに些細なことでも。何が大事か、決めるのは自分なんだよ。身体が痒い。顔も痒い。痒いぐらいなんだ、って言われるかもしれないけれど。アトピーの辛さは、それを持っている人間にしかわかんないよ。鬱も一緒だと思うけど。心身の健康なあなたには、どちらの経験もないものね・・・
2005/07/08
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3時前に目が醒めた。・・・お菓子をたらふく食べた。もう知らない。眠剤があるとかないとか、関係ないのね。首でもつったら何かかわるかもね?***目が醒めても動かなければいいのに、なぜか4時までお風呂に入ったりした。そしてうたた寝してしまい、次は起きられなかった。会社に行く時間リミットになっても。なし崩し的に午前中を休んでしまった。生理痛で、と電話で言いながら、毎度のことだから超音波様も気付いてるだろうな、と思った。いつも頭痛だの生理痛だのと言って休み、出社してから、電話ではああ言ったけど実は・・と訂正を入れていた。首は吊らないけど、久々に腕を切ってしまった。配偶者くんにみつからないようにしなければ。(「腕を切るぐらいなら俺が殺す」と物騒なクギを刺されているので)なんでかなぁ。抗鬱剤を飲んだ翌日の方が辛いなんて。飲まなきゃ飲まないで落ちるのに。***出社するなりトラブルに巻き込まれた。どうも仕事の話となると、超音波様のことかトラブル対応のことしか書いていない気がする。そんなにうだつの上がらない部署なのか・・・。ひとつ下の後輩さんと共に、延々対応をした。午後はそればっかり。後輩さんは頭も口も回転の速い子で、惚れ惚れするほどのびやかに嫌味なく傍若無人だった。こんなふうになれたらなぁ。自分も周囲も、幸せにできる気がするのに。でもまあ羨んでも仕方がないので、自分は自分を受け止めながら生きてゆこうと、普通に思った。悲壮な覚悟とかではなく。
2005/07/07
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1時ごろ就寝、3時覚醒。覚醒習慣逆戻り。さて。次は朝まで眠れるか。眠剤無しの夜が安らかだったのは2日だけだった・・***結果、5時ごろまで寝られた。睡眠時間、計4時間。まあよし。しばらくぼんやりした後、シャワーを浴びる。暑い。おもむろにキャベツを刻み(今度は指は切らなかった)、ウインナーと一緒に炒める。配偶者くんを起こして朝ごはんを食べさせる。食べさせるなんて言うと偉そうだけど、彼は朝はおおむね寝ぼけているので、実際「食べさせる」という感じだ。眠剤ナシの眠りはあまり安らかではないけれど、頭が朦朧としないので、過食にも歯止めがかかる。眠剤を中断中の3日間、深夜や早朝にお菓子を食べる量が減った。無じゃないけど、激減してた。眠剤とは関係なく、偶然かもしれないけど。睡眠不足だけど過食率減。眠れるけれど過食率増。さてどちらがマシだろう。***午前中は今日も激しく眠かった。しかし今日も遅くなる・・19時だけど、これから始まる仕事がふたつ。昨日・今日と、同期の友達と二人でランチに行っている。これは自分的には驚異的なことだ。もう3年ぐらい、お昼ご飯は更衣室や給湯室で一人隠れて食べていたからだ。2週間に一度だけ、同期ランチ会があったけど、それもサボリがちだった。なのにたぶん明日も明後日も、同じ子とランチに行くだろう。昨日から他社常駐に出ている彼女が、今週だけ同じビルに帰ってた。臨時で。久々の再会を兼ねてランチに行った。そこからなんとなく、一緒に行くものという認識ができた。彼女は今週いっぱい同じビルにいるというから、今週はずっと一緒だろう。それが結構複雑な心境だ。ひとりの気ままな予定を縛られるのは苦しいけれど、実際、彼女と一緒にお昼を食べている間は辛くない。毎日、午前中ずっと「今日はどうやって断ろうか」とばかり考えているのに、行ってしまえば結構普通におしゃべりしている。このランチ週間が吉と出るか凶と出るか。今はまだわからない。
2005/07/06
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先日。過食の辛さを、親友のTAKにメールでこぼした。TAKは鬱に対する知識や理解は持っていないけれど、わたしの病名や状態は知っているし、なによりわたしという人間自体を了解してくれている。わたしが幼い頃から不安定な人間であること、すぐ楽をしたがるくせに自己評価ばかりはやたらに厳しいこと、わけもなく落ち込むことがあること、等等。そういうひとつひとつの事柄を、彼女は知ってくれている。だからわたしが落ち込んでいたりすると、それと「鬱」との関連を飛び越えて、「Meteorは落ち込んでいる。理由は特にない」ということを受け止めてくれる。夜中に目が覚めてお菓子を食べてしまう、記憶のある時もあるしない時もある。昼間に食べてしまうこともある。辛い、苦しい・・そういうことをTAKへのメールに書いてしまった。普段はあんまり書かないんだけど。そうしたら返事があった。「食べるのはべつにいいじゃん~。わたしだってたまにやるさぁ。体重とお肌にだけは気をつけなね。しかしクッキー一袋はいかんねぇ。ンなことしてると、『妖怪ひとふくろう』が出るぞw」妖怪「ひとふくろう」。笑ってしまった。笑い終わってふと気づいたら、すこしだけど気持ちが軽くなっていた。TAKが過食のわたしを認めてくれた気がした。明るく笑い飛ばすことの偉大さを知った。周囲の人間にあまりにも能天気な言葉を言われると、わたしはよく腹を立てていたけれど、一緒になって悩んでくれるばかりが「励まし」じゃない。そうやって笑いにしてしまえる強さと、それでも受け入れてくれる深さ、そしてそう思える信頼感を自分が抱けるということ。大切なんだな。ありがとう、TAK。いつもいつも、助けられてばっかりだね。TAKが辛い時にはわたしが支えになれるように、強いMeteorを目指すよ!ありがとう。***仕事でミスをした。つまらないミスだった。お客さんは笑って許してくれたけれど、もちろんそれでは済まされない。やれ障害報告を出せの、再発防止策をまとめろのと騒ぎになる。当然だ。これはビジネスなんだから。失敗は許されないし、同じ失敗を二度することは更に許されない。でも困るのはミスの理由。問われれば、わたしの不注意ですとしか答えられない。しかしそれは通らないらしい。そこんとこだけ、理不尽に思えてならない。不注意だった理由まで掘り下げろと規則は言う。不注意だった理由・・・?鬱等々による、眠さです。そんなこと更に通らないだろう。真実が通らないなら、掘り下げる必要性がどこにあるんだろう。でもまあミスはわたしの責任だ。大事に至らなかったのが幸いだ。でもそのかわり、今日も帰りは遅くなりそう・・何時に帰れるかなぁ。***昨日の包丁に続いて、今日は左腕を鍋で火傷してしまった。家事は危険だ。
2005/07/05
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昨夜、ハルシオンもアモバンも飲まずに寝てみた。いや、そればかりか抗鬱剤の類も一切服用せずに寝てみた。案外眠れた。3時ごろ一回目覚め、でも特に起き出さず再度眠る。朝目覚めたら6時半だった。普段より1時間半遅い。会社に間に合わないかと焦ったけれど、意外に間に合うものだ。ただし、眠い。今にもまぶたが閉じそうに眠い。電車の中ではもれなく居眠りしていた。満員だから立っていても眠れる。いつも歩く区間も地下鉄。そこでまた居眠り。会社に着いても、階段を踏み外しそうにふらふらだった。こうしている今も眠い。意思とは別にまぶたが落ちてくる。眠い。***眠さが高じて倦怠感にも苦しんでいる。不用意に立ち上がるとぶっ倒れそうだ。早退したいなぁと思いながら、言い出せず、とりあえずこの作業が終わるまで、終わったら次はまたこの作業が終わるまで、あとちょっと頑張れ!と自分に言い聞かせる繰り返しで午前を凌いだ。午後もこれでいけるかな?「眠い」「だるい」というのは早退理由として弱いしなぁ・・月曜日は誰でも眠いしだるいものだろうから。にしても眠いなぁ・・***結局終日眠かった。もちろん早退などできるはずもなく、でもほとんど定時で帰ってきた。眠気覚ましにと思って奥の手のタバコを吸ったら、気持ち悪くなって吐きそうだった。血圧が急に上がってふらふらした。眠さは飛んだけど、ダルさには拍車がかかってしまった。それでも帰ってから食事を作る。あんまり食べたくないんだけど・・まあでも、食材があるから。腐らせちゃいけないから。ほんの1年前まで、こんな事気にして生きてはいなかった。境遇って変わるんだな・・。それが幸せでもあるし、なんだか寂しいことでもある。そんなことを思いながらキャベツを切っていたら、左手の人差し指をものすごく深く切ってしまった。血がいっぱい出てびっくりした。痛かった。おかしいや。自分で腕を切るときは傷みも怖くないのに、思いがけず切ってしまった小さな傷がこんなにも痛いなんて。腕を刻むとき方が、ずっと多くの血が流れるって言うのに。
2005/07/04
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今日は配偶者くんと母方の親戚に行く。早くも気が重い。そちらの親戚の家に行けば、必ず子供がどうのこうのと突っ込まれるからだ。大学を卒業するや否や、結婚の二文字を急かされたことをわたしは忘れない。余計なお世話。要らない干渉。こどもは・・薬を飲んでるから作れません。それでなくても過去のアレコレのためにできにくいんです。そう言ってしまえたら楽なのに。でもそう言ってしまったら、たちまち「狂人」扱いだろう・・彼らには心の病気は理解できないだろうから。母方の叔父について、精神病院に入院してるのよ、人に言っちゃダメよ、嫌ねぇ・・と言ったことも、もちろんわたしは忘れない。どうしてかなぁ・・・親戚中、他の人たちは、結構心の病に理解があるのに。彼らだけは。こどもがどうの、と言われて怒らないために、頓服をいくつか持っていかなきゃ。
2005/07/03
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7月。昨日、病院で、心理士さんと話していて突然思い出した。2002年の7月。あの男は異動になったのだった。他社常駐という形で、弊社から消えてしまった。仕事が厳しい・・環境が辛いことで、当課では有名な他社常駐だった。その年の4月。わたしは我々の関係を、直上司の超音波様に暴露した。既に鬱発症していて、2週間の病欠中だった。わざわざ同期とお昼ご飯を食べるためこっそり会社に出てきたついでに、携帯から会社メールにメッセージを送って超音波様を呼び出した。そしてあの男との関係を話した。ただひたすら、あの男を貶めるために。自分の名誉も誇りもそんなの何も関係なかった。ただあの男を追い詰めることをしたかった。超音波様は驚いた。そしていくつかの言葉の応酬があって、彼女はその件を公に上司報告はしないと言った。というか、しないでほしいというわたしの言葉に「わかったわ。わかったから・・」と言ったのだった。半端かもしれないけれど、わたしは心理的にあの男に傷ついてほしかっただけで、現実問題の「左遷」「退職」等を望んだわけじゃなかった。寧ろそれは避けたかった。まだどこかであの男を愛していたのかもしれないし、自分がそこまで悪者になりたくなかっただけかもしれない。まあとにかく、わたしはその秘密を超音波様の胸にとどめておいてほしいと言った。実際、彼女が黙っていてくれるとは思っていなかった。立場的にも、感情的にも。案の定その件はあっというまに課長から部長、本部長にまで広まっていた。わたしから話を聞いた翌日、あの男を問い詰めた超音波様は、「ばかばかしい・・そんなことだったのね。課長には自分で報告してね」と言ったのだそうである。あの男から後日聞いた。超音波様は泣いていたそうだ。そりゃ泣くだろうな・・・そんなわけであの男は常駐で出て行った。そして4ヵ月後、11月に、退職した。常駐に出てすぐ、あの男が休職したと聞いた。事情を知る誰もが意識的にわたしからあの男を切り離そうとしていて、情報は乏しかったから詳しくは解らない。ただ、事情を良く知らない先輩が心配そうに、昨日あの人に会ったけれどすごく疲れてた、笑顔がなかった、心配だとわたしに言った。それでわたしは、あの男も心を病んで病欠か、と解釈した。溜飲は下がらなかったけど。より一層、自分が苦しくなっただけだったけど。あの男は復職することはなく、11月に退職した。冷静になって考えてみれば、たぶん就職活動をしていたんだろう。最後の1ヶ月ぐらいは。実際、心を病んでもいたのだと思う。わたしとの問題も、常駐先の嫌さも、自己中心的で根拠のない自信に溢れたあの男には辛かったんだろう。あの時・・・わたしはしょっちゅうメールに書き送っていた。悪口雑言罵詈讒謗を書き散らしたメールの最後はたいてい、その内容だった。「あなたにわたしと同じだけ傷ついてもらうまで、攻撃の手は緩めません。知り合いという知り合いに、全部暴露したって構わない。許さないから、謝らなくていいです。そんなことより傷ついてください」何を言っても何をしても、全然足りない気がしてた。だから友達レベルじゃなくて公にバラしてやろうと思って、超音波様に暴露した。それを、あの男が一番嫌がると知っていたから。その時あの男の奥さんは妊娠中だった。2度めの妊娠。1度目は流産してしまったから尚更嬉しい、大事な妊娠。奥さんを傷つけるつもりはなかった。ただ、あの男を傷つけることで間接的に当然奥さんも傷つくのだということには、敢えて気づかないふりをしていた。あの男は超音波様に言われたとおり、自ら課長たちに報告したらしい。そしてその日、・・・奥さんにも全てを話して謝ったらしい。昔、「浮気したら即離婚ね」と言われたと言っていたから、相当の覚悟を持って告白したのだろう。わたしから言わせれば、奥さんは絶対に離婚なんてしないだろうということは明白だったけれど。見ていれば解った(奥さんにも何度も会ったことがあった)。奥さんは、あの男を死ぬほど愛していた。傍目にもわかるぐらいに。奥さんに話した、と聞いた時、わたしは初めて驚いて、泣いた。人非人、と時代錯誤な言葉であの男を罵って、泣いた。死んでしまえばいいって思った。あの男もわたしも、今すぐ死んでしまえばいいって。裏切られた気した。奥さんに自ら話すなんて思ってもいなかった。あの男は言った。「相方はすごく動揺してる。お前のことは許せないし顔も見たくないし声も聞きたくないって。だから、謝りの電話なんて絶対しないでほしい。今、相方は大事な時期なんだ。このままじゃ子供の身も危ないんだ・・」混乱したわたしは、死ぬまで話すつもりのなかった秘密を、あの男にうちあけてしまった。「よくそんなことが言えますね」これは絶対に、言うまいと思ってたのに。「奥さんの最初の妊娠のとき、奥さんに嘘ついてわたしとずるずる関係してたくせに」でも言葉は止められなかった。「教えてあげる。わたしも、あなたの子供を・・流産してる、かもしれないんです。子宮内膜症で通院してたとき、お医者さんが冗談っぽくだけど言ってました。受精して、着床したかどうかぐらいで流れてしまうことがある、って。人間として発育しないうちのことだから、流産と呼べるのか解らないけど、って。そんな可能性があなたにはある、って・・・・・・」ああ、わたしは、何をしたかったんだろう。何を望んでいたのだろう・・・。どうしたら気が済んで、あの男と自分を、解放してあげられたんだろう。そのとき答えがみつかっていれば、わたしは今、こんなにも思い出に苦しめられることはなかっただろうか?あの男の笑顔を覚えてる。小柄なくせにでかい態度を。意外にたくましい腕を。子供みたいな頑固さを。愛するアーティストの歌を熱唱する声を。不細工な顔に溢れる、人懐っこい微笑と・・・それが暗い目つきに変わり、眉間に皺を寄せるばかりになっていった様子を。思い出したくない記憶と、忘れたくない記憶。それは同義なのかもしれない。忘れないことは、思い出しもしないから。常に心の中にあるから、思い出す必要がないんだ。あの男は今、幸せだろうか?久々にイタズラ電話をかけてやりたくなった。嫌がらせの暑中見舞いを送ってやりたくなった。愛息子のお誕生日祝いカードでもいい。もちろん、しないけどね・・・眠剤で朦朧とした状態のとき、それをやってしまわない自信が、わたしには、ない。
2005/07/03
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今日は今までで最高に過食してしまった。ありえないほどの量のお菓子を消費。苦しい。もうダメだ。止めたいのに、止められない。病院で相談するけれど「まあガマンしてください」としか言われない。摂食障害ってことで入院したい・・常時監視の下でまっとうな生活をしたい。できるのかなぁ。そんなこと。今日は通院日、相談してみてもきっとまた「ガマンしてください」で終わるんだろうな・・・***やはり病院ではたいした収穫が得られなかった。心理士さんと話はできた。それはよし。しかしドクターとの会話はこんなふう。「この2週間いかがでしたか」「良くないです。自分史上初ぐらいに最悪に過食です。丑三つ時にお菓子を漁ります」(こういう返事がいけないんだろうなとは思うけれども)「そうですか。夜中に目が覚めますか?」「覚めます。3時ごろ。で、食べます」「それはいけませんねぇ。過食が酷くなったのにきっかけがありますか?」「・・・自分ではわかりません」「ご主人とは上手くやれていますか?」「・・・・。や、やってますよ」「子供の場合、家族が上手くいっていないと、過食などの行動に走ることが多いのですが」「・・・・・・・・。子供じゃないですし」「そうですね」会話が上滑りしている。結局、中途覚醒しなければ食べないでしょう、という話になり、眠剤の量を変えられる。昼間でも食べるんです、と言ってみたけれど「会社にいる間ぐらいは我慢してみてください」と言われて終わった。それでも今日は長く会話したなぁ・・いつもは薬の話しかしないもんなぁ。
2005/07/02
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昨日、通勤中に配偶者くんと口論になってしまった。内容はまた例によってつまらないことだった。しかしもちろん、その一件はわたしの心に打撃を与える。会社について、午前中ずっと、苦しかった。仕事が忙しかったのに救われた。彼との些細な口論がこんなに大打撃だなんて。口論という言葉に、4年前・・5年前の辛かった日々を思い出した。言葉の刃はいつだってわたしの心に深く深く突き刺さる。11時ごろ、配偶者くんにメールを送った。「気まずいまま会社にきたので、気持ちが落ち着かなくてダメダメです。朝はゴメンね。言い過ぎました。お昼休み、一言でもメールをくれれば嬉しいです」・・・こんなふうに気持ちを素直に書き送ったこと、ほとんどない・・・・。送信ボタンを押したら、虚脱してしまった。でも心は少し軽かった。そうか。最初からこうすればよかったんだ。お昼休みを待たずして、配偶者くんからメールが来た。「こちらこそゴメン。できるだけ早く帰るよ。そっちも頑張れ」ありがとう。不思議だな。たったそれだけの文字列で、苦しかった心のしこりが溶けていく。素直になるってこういうことかぁ・・。いったん落ちてしまった気持ちは、たちどころに全快ってわけにいかず、昨日は一日、ぐずぐずと悲しくなったり心拍数が上がったりしていた。けど、あのメールやり取りのおかげで、わたしはとても救われた。素直になる道、一歩だけ、進歩。昨日のことばっかりだ。1日の日記じゃないなぁ・・***今日、1日のこと。雨だ。梅雨を思い出したような雨。思わず、朝の通勤に地下鉄を使ってしまった。いつもは一駅分歩くのだけど。昨日の「進歩」以来、配偶者くんとはなんとなくいい感じで・・などと言うとまるで普段はいい感じじゃないかのようだけど、まあとにかくいい感じで、一緒にいて黙っていても不安にならないので、逆に会話が減った気さえする。黙っていて不安になるんじゃ、不安定なカップルみたいだものね。それでいいや。今日は納期。納品して、終わり!のはずが、納品すべきものが手元にこない・・弊社印刷部門から送られてくるはずなのに、こない。ヒヤヒヤだ。担当者さんとは連絡が取れず。不安と言うのは、些細なことでも、自分にとって危険要素なんだから・・早くあがってきて、帳票。***結局帳票はあがってこなかった・・自分のミスで出力に失敗していたと判明。どうしても今日中に発送しなければならなかったので、印刷部門のある師勝という土地(隣の市・・というか郡)まで取りに行くことに。夕方、雨の中、自分の失敗の穴埋めのため、ひとり電車に乗っていく。突然侘しくなった。自業自得だから仕方ないんだけど。でも不思議と泣けてこなかった。悔しいし憂鬱になるけれど、泣けてこなかった。なんでなんだろう?最近、涙腺も緩んでいるのに。自分が仕事というものにプライドも愛着もないからだろうか??それも寂しい気がするけれど。
2005/07/01
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