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2月が終わるなんて、なんだか不思議な感じ。何の理由も根拠もないけれど、2月はもう少し続くんだと思っていた。二十歳の誕生日みたい。自分は永遠に10代であるはずだったのに、なぜか無理矢理、20歳の世界に押し出されてしまった感じ。昨日、コンヤクユビワなるものが完成したので、受け取りに行った。何度かはめさせてもらった後、内側に刻印をするため、再度おあずけ。どうせ結納式代わりの「時計指輪交換会」まで自分の手元にはやってこないんだけど、きれいだったので、おあずけが悔しかった。ああ、早くはめたいな。ふと思い出す。あの男は結婚指輪をしてたっけなぁ。覚えてる。してた。小柄身体に比例して小さく、おまけに子共みたいにぷくぷくの手をしていたあの男。似合いもしないのに、結構きれいな指輪をつけていたっけ。わたし会っているときでも一度もはずしたことが無かった。はずしてくれなんて思ったことも、一度たりともなかったけれど。「クレイジーさん」も、そのほっそりと優美な手に、銀色の華奢な指輪が似合ってた。そんな指輪も含めてわたしは「クレイジーさん」を好きになったんだったなぁ。もうすぐわたしは、配偶者〈仮〉とおそろいの、オーダーメイドの指輪を毎日はめることになる。その度にあの男や「クレイジーさん」を思い出すなんて癪だから。配偶者〈仮〉の肉厚の大きな手に、慣れない指輪がおさまっている光景だけ見ているようにしよう。***今日、インフルエンザに倒れていた超音波声の主任が復帰した。彼女が倒れる前には自分が代休だったりして、よく考えると2週間近く顔を見ていなかった。・・・できればもうしばらく見ないで済ませたかった。出てきて早々、1週間彼女がお休みした時差を取り戻すべき、会議の嵐。で、会議は論争の嵐。なぜそんなことにこだわるの?という内容を、時にはウンザリするほど細かく、時には呆れ返るほどいい加減に、とにかく揚げ足を取っていく。こんな人だった? 主任。多少厳しくて超音波声ではあっても、安っぽく理不尽なこと言うタイプじゃないと思ってたのに。主任との論争には、もちろんわたしも巻き込まれた。わたしの話を少しでも聞いているのか、と疑いたくなるほど話が通じない。その隣で、わたしと同じ苗字であるためこっそり「兄」と呼んでいるもう一人の主任が、我関せずとばかりにぼんやりあさってのほうを向いている。え、待って。何? この空間。この時間。あなたたち何やってるの?インフルエンザの時差の分、焦っていたりイライラしたり、実際まだ身体が辛いであろう超音波主任は仕方ない(って言っても腹は立つけど)兄主任はなぜそんな他人事の顔をしているの?「主任」なんて肩書き持ってるくせに、責任感はどこに置き忘れてきたの?話が通じない。彼らが何を話し合っているのか理解できない。突然何かがズレてしまったんじゃないだろうか。上手く回ってた歯車が、1個だけ零れ落ちて、致命的でない分やっかいな軋みを挙げているような。・・・それともわたしが異邦人なの?わたしの方が、思考回路に異常を来たしているの?夕方思わず配偶者(仮)にメールで助けを求める。しかし彼からの返事はこんなふう。「いちいち腹を立てないでよ。自分が損するだけだよ。責任を取らされるのは上の人間なんだから、そういう時はぶつぶつ言いながらも従っときゃいいんだよ」・・・・。そうだね。そのとおりだね。うん。わかってる。わたしはすごく悲しくなって、今日はもう疲れたから早退するわ、帰って寝ます、と嘘の返事を送ってしまった。メール入力中はただ悲しくて哀しくて、ひたすらに文章を綴ったけれど、送信ボタンを押した瞬間にもう後悔していた。なんで嘘なんてついたんだろう。そういうつまらない嘘こそが、わたしの致命傷だっていうことは、過去の数々の失敗でわかりすぎるほどわかっているのに。これじゃ、昔と一緒じゃん。ってことは、配偶者(仮)も、いずれはわたしを捨てて去っていくのかな?あんなに好きだった友達だって、あんなに愛してくれたあの男だって、わたしを捨てて行ってしまったんだもんね。いいよ、慣れてるよ。だから大丈夫とは言わないけれど。いいんだ。慣れてるから。嘘ばっかりのメールに書きたくて書けなかった一言がある。「助けて」何から? どうやって?それがわからないから、彼を困らせるだけなのに間違いないから、・・・そしてそういう「重たい」人間に、彼が愛想を尽かすのを見たくないから、わたしはその一言をどうしても書けない。誰かを好きになるのは辛いことかもしれない。相手に嫌われたくなくて、自分を殺して矯めて歪ませてしまいそうだ。そしてわたしはそんな自分をどんどん嫌いになっていく。自分自身が愛せないような人間を、他の誰が愛してくれるって言うんだろう?そんな悪循環に囚われてゆく。蜘蛛の糸が絡み付いて離れないように。
2005/02/28
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以前、ある方の日記へのカキコミにも書かせていただいたけれど、わたしは「損保24で見直そう~」のあのコアラに似ていると家族が言う。配偶者(仮)に話しても、「あっ! ほんとだ!」と言う。ポイントはもちろん鼻だ。・・・どんなにでかくても、わたしの鼻は携帯にはなりませんよ、家族たち。かわいらしいところが似てるというなら喜んだのに・・。今日も懲りずにテニスに行く。全身が倦怠感で支配されて動けなくても、テニスとスキーのお誘いなら動ける気がする。そして、そう思える間は、鬱なんかには負けない気がする。もう長いお付き合いの鬱。おとなしくなったふりをして、本当はじっと機会を窺ってたの?何かを判断するほんの一瞬、あなたの声に耳を傾けてしまうほど、わたしが不安定になってくるのを。そしてわたしをねじ伏せようっていう計画かな。でも、暴れるなら暴れればいいさ。猛威を振るえばいい。いくらでも。諸行無常って習ったじゃない?常勝将軍もいずれは没落するんだ。スペインの無敵艦隊だって世界を取れなかったんだから。最後に笑うのはわたしだ。あなたにこころは明け渡さない。今はどんなに負けそうでも、最後に笑うのは、わたしだ。あなたのいない安らかな世界でわたしは生きる。それがどんなに短い期間であっても。***夕飯に、激辛鍋を食べた。本気で辛い・・・。辛すぎて、痛い。味覚というより触覚に触れる気がする。すごく汗をかいた。辛い辛い!!と一口ごとにこぼしながら、それでも次々食べてしまうのはなぜなんだろ。人間って変わってる。でもまあ、わたしの場合は、激辛ぐらい味がついていないと食べられないものが多いので、極端な味付けは結構重宝(わたしは超絶偏食人間である)。甘いものの過剰摂取が鬱に良くない、って聞いたことがあるけれど、辛いものは大丈夫なんだろうか。ここ2・3日落ち気味なのに、いいのかな、こんな食生活で。今日の食事朝:イチゴとりんごとチョコケーキ昼:たこ焼き2個とチョコレート、落花生15さやぐらい夜:網焼き数種と激辛鍋、デコポンああ「健康」の文字が逃げていく。
2005/02/27
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2月26日、晴れ。今日はあの男の誕生日だ。どういうわけか、わたしには2月26日生まれの知り合いが5人もいる。大学の友達が2人、後輩が1人、高校の先輩が1人、そしてあの男。会社に入って、あの男と少し親しくなって、誕生日を聞いた。そのとき我々はまだ何の関係も持っていなくて、わたしはただ驚いた。5人目の2月26日生まれ。おまけに「友達ふたり」とは卒業間際に酷い喧嘩別れをしていて、「高校の先輩」には告白もしないうちに婉曲に振られてしまったという思い出があった。2月26日は、わたしにとって大事な(はずだった)人の誕生日であると共に、苦い思い出を想起させる日でもあった。その後間もなくあの男とわたしはろくでもない関係に突入することになる。2月26日、はあの男に送った「おめでとう」のメールにわたしは書き添えた。今日は昔好きだった人の誕生日なんです。その人は結局振り向いてくれなくて、お誕生祝いを堂々と言えることなんてなかったけれど、今あなたには心から言える、そのことが嬉しいです。あの男は喜んでくれた。でも、次の2月26日が来るころ、我々は既に壊れていた。この日付はまたひとつ、悲しい・・・というより忌まわしい思い出を抱え込むことになった。ところで高校生時代。わたしはその2月26日生まれの先輩にすっかりのぼせ上がっていた。今から思うと胸の痛むほど一途な思いで、彼の誕生日や血液型を調べたりした。そればかりか、大学選びの理由にさえ、彼を追いかけるためという要素を入れていた。念願かなって彼を追いかけて関西地方へは行ったものの、あんまり会う機会もないままに20歳の時にアッサリ振られてしまうまで、惰性のように彼を思い続けていた。で、パスワード。学生時代、例えば学校のPCログインとか、ロッカーとか、果ては何かの口座まで、パスワードというとこの日付を採用していた。4桁でも8桁でも応用可能だし、忘れない上に自分や家族の誕生日とは関係がなかったから、とても使い勝手がよかった。先輩に振られたときには、悲しいというより寧ろ長年の思い込みから解放された気分になって、それはそれで心地よかったから、その後もその数字を使い続けた。今でも残っているものがある。当時から使っているカードの類。携帯の設定。パスワードを入力するたび、先輩の顔より先に嫌でもあの男を思い出すことになる。誕生日。心から送ったお祝いの言葉。馬鹿みたいに幸せだった日々と、自分でも止められない泥濘のような怒りと破壊衝動の日々。もちろんパスワードは変更できる。多少手続きは面倒だったとしても。敢えてそれをしない理由はひとつも思いつけないのに、わたしは自分の首を締めるのを愉しむように、その数字を使い続けている。***テニスをした。4人で4時間。たっぷり走った。足が悲鳴を挙げている。天気もよく、多少風が強かったけれど、気持ちよい日だった。久しぶりに日光を浴びた。日光を浴びると、そこから何かが浄化されてゆく気がする。自分自身が陰性の、冷たい衛星を経由した反射光にこそ馴染む存在だからだろうか。無いものねだりのように、明るく暖かい日光を求めるのかもしれない。浄化。日光は膚から入って身体を正す。目から入って脳に至り、疲れて歪んだ思考を糺す。そうか、昨日の突然の鬱の原因は、今日が2月26日であることだったんだ。あの男の誕生日。「堂々とお祝いできて嬉しい」なんて言いながら、それは結局日陰のものでしかなかった。陽光の下をふたりで歩いたことなんてなかった。日光がその思い出を浄化してくれるものなら、日焼けなんて気にせずに、いつまでもあたっていたかった。
2005/02/26
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捕まってしまった。鬱に。きっかけは? わからない。思い出せない。薬の飲み忘れ、過剰はなかった。昨日からどうも下降気味だなと思ってはいた。けど、鬱にハマる理由が思いつけなかったので無視していた。それが今はもう無視できない。鬱っていう強大なベールが、自分の可視範囲内をゆったりと覆ってしまった気がする。真っ暗闇ではない。喩えるなら雨の朝、カーテンを開けたときに感じる寒さと閉塞感、そんな感じ。でもそれは、長年親しんだ感覚であるせいか、辛い苦しいばかりじゃない。この「覆い」に導かれて歩いていけば、孤高の内閉世界に帰れるという気がする。陰鬱で、でも創造主であるわたしには親切で、時の流れさえ歪んで見える、孤高の内閉世界。逃げ込むために門はいつでも開いている。この鬱気分が、ゆったりとわたしをその世界へ運んでくれる。そうしてわたしはわたしを軟禁する。自分の心が変なところを彷徨わないように。鬱気分。早くも身体に表れている。自分でも視線が落ち着かないのがわかる。特に悲しくもないのに、片目だけ涙が出る。身体が重くて腕をあげるのも辛い。キータッチもボロボロだ。ほんの短い文であっても、まともに日本語が綴れない。BACKSPとDELのキーを1文に10回ぐらい駆使して、ようやく意味の通る文章になる。辛い。今日は・・・何か処理があったかな?会社には行くのか?薬の加減を間違えたときと違って、全く身体が動かないわけじゃないのに。それでも休むのか、自分?会社じゃインフルエンザ大流行で、人がどんどん倒れているのに。そんなときに・・・鬱に負けて、休んでしまうのか?いや・・着替えよう。出て行こう。仕事的に、わたしはそれほど必要とされていないけれど、そこに居ることを望まれている。武装して・・・香水でもつければ完璧だ。誰もわたしを害せない。さあ急いで身支度しよう。出て行こう。出て行こう。仕方ないんだ。***あんなに覚悟を決めたわりに、結局欠勤してしまった。そしてPC立ち上げっぱなしで、寝たりお風呂に入ったり、好きな本を読んだり・・そしたら、少し浮上した。(書き込みくださったみなさんのおかげです。本当に!!ありがとうございました)が、夕方になるとまた落ち着かない感じがし始める。手元に、ないと思っていたチョコレートがあった。ああ、なんで発見してしまったんだろう。案の定それを空になるまで食べる。チョコは、最近4本ずつの子袋小分けになって再登場した、大手メーカーの名作(まわりくどいなあ)。それを1箱・・12袋。×4本で、48本!?その計算でどっと疲れが出る。運動、しなきゃな・・内臓が悲鳴をあげていそうだ。過食はおさまらない。これが治るだけでも、気分がずいぶん変わると思うのに治せない。薬で抑えられるものでもないし・・本当に、やめたいんだ。おなかが減っていないのに食べる。それも、ひっきりなしに。例えばケーキバイキングに行ったとか、そういうイベントなわけでもないのに。やめたいんだ。過食なんて。何もいいことがない。たまになら、ストレス発散になる。美味しいと思えるものをおなかいっぱい食べられたら、それは単純に純粋に幸せだと思う。でも今のわたしは違う。おなかはへってない。寧ろ気分が悪い。でも、食べる・・。何が欠けているの?何を満たそうとしているの?わたしの生活に不足はないはずでしょ?仕事ができないとか、容姿に自信がないとか、人付き合いが苦手だとか、それは誰でも大なり小なり抱えていること。自分だけが辛いんじゃない。なのに、いったい何を埋めたくて、わたしは食べ続けるんだろう。お菓子に手を出してしまう瞬間、食べている最中、食べ終わったゴミの片付け。それぞれの場面で後悔と自己嫌悪がよぎる。ジブンダケガツラインジャナイ。ナニヲアマエテイルンダ。誰かわたしを縛り付けておいてくれないかなあ・・食べ物に手の届かない場所に。
2005/02/25
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食べてしまったチョコレイトの、膨大なゴミを見ながら思い出すことがある。学生時代のルームメイトの、きー先輩のこと。きー先輩は三つ年下の、わたしと同い年の男の子と付き合っていて、その子の家に入り浸りだったから、寮で顔を合わせることは稀だった。ルームメイトなのに。きー先輩と久々にふたりっきりになったある休日、我々はコタツに入ってテレビを見ていた。コタツの上には、ミカンならぬ、チョコレイト。きー先輩が突然言った。「あたし、シュウセイ居なくても生きていけるけど、チョコなかったら生きていかれんわ」さしたる熱も篭らず、ただぽんと投げ出された言葉だった。もともと、きー先輩は、もって回った言い方や気取った口調でしゃべる人ではなかった。シュウセイくんとあんなに仲良しの先輩が不意に言った一言が、妙に妙に心に残っている。それほど感動的に美味しいチョコを食べていたわけではない。きー先輩もわたしもお酒は飲んでいなかったし、とりわけチョコレイトの話をしていたわけでもない。なのに、そのセリフ。オトナなんだなぁ。19のわたしはそう思った。きー先輩が、「彼と一緒に居ることの偶然性と必然性」「彼を愛することで得られる幸福感」その他諸々をちゃんと承知の上で言っているように思えた。それを承知で尚、チョコが好きと断言しているように思えた。強いんだな。自分の気持ちが揺るがないんだな。もともと美人のきー先輩が、更に凛々しく見えた。わたしは今、別な意味で、チョコレイトがないと生きていかれない。依存症なのだ。チョコがなかったら、際限なくリスカとODをするだろう。そんな変な自信さえある。きー先輩みたいに潔く美しくはなかなかなれないらしい。***昨日の送別会の主役、すなわち今月で退職する子に宛てて、メッセージを書いていた。昨日渡した寄せ書きとはべつに、パソコンを使って、まるでお客さんに出す何かのリストのような形で、メッセージ集を作るのだそうだ。で、わたしも参加した。接点のあんまりない彼女だったけれど、いざ書こうとすると、次から次へと書きたいことが出てきて驚いた。その入力画面では、入力された全メッセージが閲覧可能だったので、他の人が書いたのを読ませてもらった。・・なんだか、泣けた。彼女がどんなに愛されていたか、それがすごくよくわかった。でも誰も、彼女の退職を惜しんでいない。「よかったね、よく決意したね、これからはのんびりしてね」そんな言葉たちが並ぶ。もちろんその裏には惜しむ気持ちが透けて見えるのだけれど、誰もが彼女の人生の節目を祝福しているのだった。彼女の部署は仕事が忙しく、彼女はいつも激務の真っ只中で、小鹿のように華奢だった手足が更に痩せ細っていくのを、みんなやるせなく見守っていたらしい。だからみんな、これで楽になれるねって、心から祝福していた。泣けてしまった。事務席なのに。わたしが退職するときが来たら、こんなにも暖かい言葉をくれる人はいるんだろうか?自分と引き比べるのもおこがましいけれど、それを思うと、更に彼女が愛されていたことが実感できて、そして自分も彼女を好きだったことに気がついて、どんどん泣けてしまった。いけないな。これじゃ不審人物だ。わたしは席を立ってお決まりの更衣室に逃げ込む。サトコちゃん・・本当に、交流はなかったのに。「お昼メンバー」としてランチを共にするだけ、ぐらいの仲だったのに。それでもわたしは彼女の性格が、頑張ってる姿勢が、好きだったんだ。思ってもみなかったけど。嬉しい発見は、せめてあと1ヶ月前にできていたら良かったのに。彼女は今月退職する。あと2日しか会社に来ないんだから。
2005/02/24
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またもや朝から悩んでいる。何を悩んでいるかというと、ともだちの送別会に行くか否かである。出席って返事してしまったし、やめてしまう同期の子には、この会を逃すとたぶん二度と会う機会はないだろうと知っている。彼女とはそこまで仲良しってわけじゃなかった。会社を替われば、自然会わなくなってしまう程度の仲。でも、彼女のことは好きだったから。送別会も行く気だったし、そう返事もした。でも・・・行きたくない行きたくない行きたくない・・彼女に会うのは楽しみなのに。「会」が辛い。わたしが孤独ランチを選んでしまったたため、疎遠になってしまった「お昼メンバー」たち。どうしよう。でもなんとなく、未来は見える気がする。わたしは・・行かないんじゃないかな。結局。そんな予想は打ち壊してしまいたいから、わたしはひとつ大きく息を吸って、冷たい空気で肺を満たす。何かがリフレッシュする気がする。鬱気分も少し解消。この方法が夜までもつのかどうか・・・***今回は頑張った。送別会出席。そのかわり、同じメンバーによるランチ会は欠席してしまった。理由は全くわからないのだけど、同じメンバーで日に2回集うことが耐えられなかった。まあでも、辞める子を送り出す集いの方に出られたので、よしとしよう。行ったお店が「隠れ家風」で、やけに天井が低く、突き出している梁で2度ほど頭を強打してしまったけど。それは自業自得なので文句は言えない。(しかしあれじゃ男性は苦労するだろうなあ・・)自宅の最寄り駅に、パトカーが停まっていた。制服の警官さんがいっぱいいて、深刻そうで、すわ先日の殺人事件関係か!?と戦慄したけれど、何のことはない、酔っ払いの男の子がラーメン屋さんで暴れたらしい。最期にハラハラするおまけつきの一日。まあまあ良かったんじゃないかな。集いに出たのはとてもとても久しぶりだった。新人の頃は週3で飲み歩いていたなんて、今から思うと有り得ない。それだけ歳をとったってこと?歳のせいにしておく方が、鬱のせいにするよりも、心が楽になる気がする。くすりをもっているは追い\地味でしょうか、、、逃げているだけなのかもしれないけれど。
2005/02/23
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昨日から、隣の席の超音波声の主任さんが休んでいる。インフルエンザだそうで、明日までお休みだ。反対側の隣の人も、今日から1週間休暇に入る。お気に入りの先輩は対面だけど、この人も今日は代休。おかげで身の周りは閑散とした日になるだろう。インフルエンザの主任さんには申し訳ないけれど、とても心が安らかだ。彼女の常時テンパり気味なハイトーンを聞かなくて良く、自分のペースで仕事が進められるなら、あの事務席に座っているのも苦ではない。今日は、会社にタバコを持っていこう。そして最初の一本を吸ったら、残りは箱ごと捨ててしまおうと思う。美容と健康と・・タバコを嫌う配偶者(仮)のために。そして吸ってしまった後の罪悪感と、肉体的苦痛(吐き気・めまい)を味わわないためにも。インフルエンザが流行っている。あの病気には、思えば罹ったことがない。肺炎はある。気管支炎もある。扁桃腺炎もあるけれど、インフルエンザには罹っていない気がする。ついでに言うとおたふくかぜと麻疹もまだである。二十歳を過ぎたとき、注意された。大人になってからは危険な病気だからね、と。おたふくかぜねぇ・・そんなものひかなくても、素顔がおたふくみたいな顔だから大丈夫ですよ。とは、さすがに言い返さなかった。***ある日、彼が彼女に言った。「今度うちに派遣で来た女の子がさ、『死にたいって思うの』って言うんだよ。信じられないなあ。女性には多いんだね、そういうの」彼女は驚いた。「えっ、じゃああなたは死にたいと思ったことがないの?」「ない」彼は即答する。「ないよ」「本当に一度も? 高校生とか、思春期のときにも? すごく辛いことがあったときにも?」「ないよ」彼はまたしても即答だ。「それどころか、『死んだらどうしよう』っていつも思ってたね」彼は懐かしそうに目を細める「小学生のとき、跳び箱に失敗して頭を打ったんだ。脳出血で死ぬんじゃないかって、一晩悩んで眠れなかった」それを聞いて彼女は更に驚いた。死にたいと思ったことが一度もないなんて?「変わってるね」思わずそう言っていた。しかし彼は目を見開いて、さも驚いたという表情を作って答える。「変わってないよ、死にたいと思う方が少数派だ」「・・・」「人間はほうっておいてもいつか死ぬんだよ。絶対死ぬんだよ。なんでそれを早める必要がある? せっかく生まれてきたのに。死にたくないのに死ななければならない人が世の中にはいっぱいいるんだよ。なのにどうして、生きることを許された人間が、わざわざ死を選ぶ必要がある?」彼の言い分はもっともに思えた。それは正論だ、と思った。彼女はしばらく沈黙した。いろんな思いがすごい勢いで頭の中をぐるぐる回って、言葉は口にしようとする端からするりと逃げて行った。ようやく言えたのが、河童の話だった。「ねえ、芥川龍之介の『河童』読んだことある?」もちろん彼は怪訝な顔をする。「あるけど忘れちゃったな」彼女は話す。それがどこに帰結するのかわからないけれど、とにかく今、それを話さなければならない気がしたから。「河童の世界ではね、子供が生まれる直前、父親が訊くの。お前は生まれたいか生まれたくないかって。生まれたくないって答えると、そのまま消滅してしまうんだよ。・・・芥川龍之介は生まれてきたくなかったんだね、きっと。そして彼は、『将来に対するある漠然とした不安』のために自殺してしまったんだ」「・・ふうん?」ふたりの会話はそこで終わった。目指すお店に着いたからだった。もう少し道が続いていれば、あと少し話し合っていたら、どんな結論が出ていたんだろう?それはきっと誰にもわからない。高校時代、わたしにとって「死」は身近だった。拒食症と過食症。糖尿病。不整脈。それでなくても、死ぬということが、わたしには特別なことじゃなかった。だから「自殺」もまた特別なことじゃなかった。今すぐ死にたいって思ったことは少なかったけれど、いずれ自分は飛び降り自殺をするだろうって奇妙な確信を持っていた。死のうと思ったことが一度もない?それが世の中の多数派なの?自殺が特別なことでなく、しかも一度でも本気で死を願ったことのあるような人間は、やっぱり「普通」じゃないのだろうか?今でも自死への思いは変わらない。病死も事故死も自死も同じだという気がしてしまう。わたしはマイノリティなんだろうか?マイノリティでもかまわないけど。配偶者(仮)。そんなマイノリティなネガティブ人間を、あなたは本当に愛せますか?死にたいって思うなんてありえないなら、その有り得なさを体現しているわたしを、あなたはどう思っているの?
2005/02/22
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悪寒っていうのはおおげさだけど、気分が悪い。理由は明確。昨夜のタバコ。軽いものだったけど、あまりにも久々だったためか、すごく効いた。頭がクラクラして、血管が収縮するのってこういう感じか、とわかるぐらいだった。初めて吸った10年前にもこんなにフラフラにはならなかった。それだけ身体が弱っているのかな。10年前より寧ろ運動不足は解消されていると思うので、・・・すなわち年齢のせいかなぁ。昨日、気持ち悪くて眠れなかった。眠剤を飲まなかったせいもある。なぜ、と思うけれどもわからない。特に意味も意図もない、と思う。眠剤無しだとこんなにも眠れないものだったんだ。べつに一晩中悩んでいたわけではないのに、気持ちは重い。頭の中が灰色だ。でも今日は週初め。自分と世間に折り合いをつけるデビュー戦。いつもの武装をして、出かけなければ。***なんだかよくわからないけれど、きなこもちチョコが流行っているらしい。会社の先輩が嬉しげに3つくれた。本当に黄な粉の味がして、グミ?もち?のようなものが入っていて、不思議な食感だった。コンビニに行ってみたら、レジ横の棚に、「入荷しました!」のポップと共に山ほどおいてあった。世の中の流行りに遅れているなあ、自分。でも危機感は感じない。もらったうちのひとつは取っておいて、明日配偶者(仮)にあげよう。今日は近所で殺人事件があった。犯人は未だ逃走中。実を言うと初めてじゃない。ここ1・2年の間に、放火にひったくり、通り魔、いろんなものが出ている。こんな片田舎なのに?片田舎ももう安全ではないみたいだ。世の中はちっとも安全なんかじゃない。安住の地なんてありはしないだのかもしれない。でも今日の帰り、真っ暗な道を歩くとき、特に怖いとは思わなかった。うしろから通り魔が走ってきてわたしを刺すなら、刺せばいい。そう思った。「誰か僕をそっと締め殺してくれる者はないか?」そう述懐した、敬愛する作家のように。そのきなこもちチョコの前に、朝、自分で買ったチョコレートを食べた。ビターな味のやつで、好きだったはずのチョコ。ひとつ食べたらものすごい吐き気がした。それでも惰性で食べ続けた。ODならぬ、OEだろうか。アル中ならぬチョコ中。わたしにはもう何がなんだかわからない。昔々、とても大好きな友達がいたけれど、彼女たちは去ってしまった。少し昔、やっぱり大事な友達がいたけれど、彼女たちも去ってしまった。どちらも、たぶんわたしが原因を作ったのだ。絆の上に胡坐をかいて。彼女たちの愛を信じて疑わなくて。幼い頃はその傲慢さも放つ魅力のひとつであっただろうに、物事を知ってしまった自分の傲慢は、人を傷つける以外の役に立たなかった。そして、あの男はわたしを捨てた。わたしが人生でなんにも学ばなかった罪への、罰だったのかもしれない。今手にしているものもいずれは去っていくのかもしれない。それがわたしの人生だった。今日もベランダで「堕ち星」に火をつける。その明りは凍った星のリゲルやスピカよりは暖かく光るだろうか。昨日の夜、タバコを吸ったことであんなに苦しんだのに、わたしはそこから何も学ばない。配偶者(仮)は優しくて、近所で起こった殺人事件を夕方電話で教えてくれて(わざわざ仕事中に電話をくれた)危ないから気をつけて帰るように、と言ってくれた。今日は素直にありがとうを言えた。でも、悲しい。彼が優しければやさしいほど悲しい。それで今日もタバコに火をつける。本当は、一口か二口吸って捨ててしまう。それを何本も繰り返す。たぶん、総合してやっと一本分くらいだろう。無為だ。虚無と無駄と怠惰と・・それがもたらす、胸の空白。埋められるのはタバコの煙なんかじゃないと、解ってはいるけれど。
2005/02/21
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結婚式の打ち合わせ、ヘアメイク等の話し合いのため、街へ出る。朝から用事がある上に、いてもらっても用はないということで、配偶者(仮)は後から合流することに。それは問題ない。することがないのに待っててもらうのは気が引けるので、その方がいいぐらいだ。でも彼はそれを申し訳ないと思ったか。或いは、わたしが怒っているように見えたのか。なんでだか気を遣ってくれる。なにくれとなく。そのくせ頑固で負けず嫌いの性質は変わりようもないので、些細なことで言い争いになりかけること、通算3回。結局最期は、兄の子供(ただいま兄嫁妊娠中!)が2センチになった、という写メールのことで勃発してしまう。何を争うことがあるんだろう?でもお互い引けない。性格の問題か、それとも我々の人間性がそもそも合わないのか。電車の中にもかかわらず口論、口論、口論。そして根性のないわたしは泣き崩れる。論争中になくのは本意じゃないんだけど、我慢ができない。そのまま別々に帰ろうと思ったけれど、彼は子供のようにわたしの手を引っ張って、とにかく家まで連れ帰る。寒い中、涙と鼻水に体温を奪われながら、わたしは引きずられてゆく。家の門を入ったところで、彼が言う。言い過ぎだ。ごめん。・・・・わたしは何も言い返せない。どっちが悪いって問題じゃなかった。どちらも間違ってなかった。それは論争中からわかってたのに。送ってくれて、あんなに負けず嫌いなのに謝ってくれる(相当不承不承ながらも)、彼にわたしはごめんねの一言が言えない。どうしても。ただ泣きながら手を振って、家に入る・・・ふりをして、自販機でタバコを買ってきた。彼はタバコが嫌いなので、彼といるときは吸わなかった。というより、もう2年近く禁煙していた。彼はわたしが元スモーカーだと承知した上で、「あなたの健康と美容と、そして将来できるだろう子供のために」禁煙してほしいと言っていた。わたしもそれに異存はなかった。彼の目を盗んでタバコを吸う。リスカをするよりまし? ODをするよりマシ?・・気持ち的には、かわらない。あんなに怒りながらも家まで送ってくれた彼の責任感を無為にしているんだから。わたしたちって合わないのかなあ。その言葉は、ずっと胸の中にあるけれど、言わないのがいいと思っていた。まさか兄も、自分の子供の成長が妹たちに論争の火種を与えたなんて思っちゃいないだろうなぁ。ベランダで、ホタル族のようにタバコに火を点けながら、そう思ったらちょっと笑えた。寒さで手がかじかんで、灰を落とすのも一苦労。こんな夜にはタバコの火もホタルじゃなくて星に見えるといいのに。地に堕ちた星。死んだ光を放つ百万光年の彼方の星。なんてね。Meteor自分はそう名乗っていることだし。
2005/02/20
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雨の通院日。そういえば通院日に雨が降った記憶は少ない。梅雨時であっても。通院日、わたしはいつも、帰り道をウオーキングタイムに充てる。地下鉄で5駅分ぐらい、時間にして1時間弱。地下鉄から私鉄に乗り換える駅まですたすた歩く。のんびり辺りを見回しながら歩くときもあるし、わき目も降らずに鬼か夜叉かの勢いで歩くときもある。歩くのは心身に良いと信じている。230円の地下鉄料金節約にもなる。そんなわけでウオーキングなのだけど、今日はどうしよう。雨の冬日、清浄なのに重く停滞した空気をかき分けて歩くのは、なかなか根性が要りそうだ。久々の通院日・・今日は何を話そう。ちゃんと考えておかないと、すぐに気持ちがくじけて「べつに変わりありません」などと言ってしまう。大きな事件はなく、ただ気持ちの上下だけがあったときは、話すべきことを組み立てるのにも戸惑ってしまう。***病院へは11時半ごろから出発~・・の予定なんだけど、さっきから俄かにめまいと立ちくらみが大発生。ここ数日風邪で寝込み中の母と同じ症状だ。風邪、もらってしまったのだろうか。カウンセリングはすっぽかしたくないし、薬ももらわなければいけないし、通院は外せないんだけど、辛い。ウオーキングとか言ってる場合ではないかも・・それでも例えばこれからテニス、って言われたら、ラケットかついで行ってしまうかもしれないなぁ。なんて、ぼんやり考えている。テニスバカ。10年前の自分からは想像もできない事態だ。超インドア人間だったのに。スキー以外のスポーツの、ほとんどすべてを嫌っていたのに。鬱発症してから通うようになったテニススクールは、鬱がもたらしてくれた良い方の産物だと思っておこう。それにしてもフラフラするなあ・・***それでも、病院にはもちろん行って、帰宅。今日は思いがけず収穫があった。カウンセリング中に新しい発見があったのだ。小さなことだけれど、ちょっと考えが纏まった気がする。悩みが解決したわけではないけれど、戦うべきもの、克服すべきものが目に見える状態は良いと思う。姿のない敵と戦うのは、闇に向けていたずらに刃を振るうようなものだ。刃こぼれしても、気づけない。欠けてしまった刃は、双方を傷つけかねない。
2005/02/19
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雨はあがったようだ。今朝も早朝覚醒。2時と4時ごろに起き、ぼんやりをお菓子を食べる。一箱空けたところで激しい後悔に襲われる。4時からはもう本格的に起きることにした。今日は平日、どうせ家族は6時になれば起きてくる。今日は休みだ。会社には行かない。銀行に行って、区役所に行って、・・予定は頭を駆け巡るけど、身体が反応してくれない。不思議と眠くはない。昨日、2時近くまで起きていたのに。あの事務席に座ってくなくていいかと思うと気が楽だ。やはりわたしのストレス原因は会社にあるようだ。そんなことない、ってずっと思ってきたけれど。さて。1日を無駄にしないために、どれかひとつぐらい予定をこなさなきゃ。雨はあがったけれど、曇天はまだ低く垂れ込めている。***予定のひとつ、銀行関係のアレコレをこなすためと、今朝底がついているのに気づいたファンデーションを買うために、街へ出る。私の職場は繁華街の中にあるため、「町に出る」手順と「出勤する」手順は同じだ。しかも、いろいろ考えた結果、9時にはもう家を出た。出勤日と2時間も違わない。まあでも行く場所が、目的が、違うんだし。きにしないようにする。化粧品カウンターは空いていた。当然だ。開店直後、曇天の金曜日なんだから。おかげで実になにくれとなく世話を焼いてくれて、新色のアイシャドウとか口紅とか、果てはマニキュアまで、いろいろ試させてもらった。けど、美容師さんとのおしゃべりや、服屋の店員さんや、こういう化粧品店のカウンターの方としゃべるのは苦手だ。今日のお店ではわたしは常連なので、まだマシなのだけど。飛び込みで入ったお店などでは、いつ声をかけられるかとびくびくしてしまうし、声をかけられても気づかないふりをするために、常にイヤホンで音楽を聴いている。美容院では寝たふりをしてしまう。しかし一番心外なのは、その気になればそういう方たちとも実にスムーズにしゃべれることだ。営業モード。わたしは自分で密かにそう呼んでいる。営業モードのわたしは(たぶん)感じが良い。快活(なはず)だし、発声は(おそらく)明瞭で、ジョークも交えながらおどけてみせられる(つもりでいる)。そしてモードを閉じた瞬間に、疲労はどっと押し寄せる。疲労と共に後悔にも似た感情が押し寄せる。なんで、自分の身を削るようにして営業モードに入るんだろう。そしてそれが上手くいくのなら、なぜそれを後ろめたく感じるんだろう。***雨が降っている。朝は「雨があがった」って書けたのに・・明日は久しぶりのテニススクールなのに、これじゃ行けないなぁ。Rainning.そういう題の曲には何かと思い入れがある。雨には心の消炎作用がある、と、好きな作家さんが書いていた。なるほどと思う。沈鬱なばかりじゃないから、雨の日は。気分が高揚することはもちろんないんだけど、雨に閉じ込められていると、その薄暗さとうそ寒さに取り巻かれて、自分は何か偉大な力の中に包まれていて、本当は一歩も外へは出られないんじゃないかという気がする。それは、でも、なんとなく安心できる閉塞でもある。雨が生命を育むものであるからだろうか。
2005/02/18
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昨日のタルトはなかなかの出来だった。で、12時近くから配偶者(仮)に渡しに走る。彼はその夜に食べてくれて、深夜に「美味しかったよ」とメールをくれた。いい人だ。救われる。最近の落ち気味モードもこれでストップするといいな。今日からわが愛知県では「セントレア」が熱い。いや、開港前から熱かったのだけど、なにしろ全国的ニュースとして取り上げられるので、なんとなくおめでたいことのような気がしてくる。そうでもなければニュースにもなりにくい愛知県。せいぜい、交通事故・ワーストワン県であることぐらいか。せっかくだから新婚旅行はセントレアから行こうねと、配偶者(仮)とも話している。でも、その明るいニュースの次に、第2の故郷と思っている奈良県での殺人事件が報じられた。わたしの住んでいた場所のわりと側だ。世の中から悲しいニュースはなくならない。セントレア。おめでたいけど、それを市名にするのは、わたしもちょっとどうかと思う・・流れてよかった、と一安心だ。わたしはその地域に住んでいるわけではないけれど。自分の住所が「セントレア市」とかになったら、確かに複雑だ。***今日、某日記系サイトで、学生時代の友達を発見した・・彼女も鬱で、それもかなり重症だった。最近、連絡が途絶えがちで心配していたのだけれど。思いがけず知った消息。元気そうだけど、鬱も相変わらずみたいだ。オンラインでしかわかちあえない絆になってしまうのが怖いから、そのサイトでは彼女に声をかけないようにしようかな・・と思っている。だって、連絡がとりたければ、普通にメールを送ればいいのだ。携帯も、PCも知ってるんだから。同じ学校で、同じゼミで、研究をしていたけれど。「思えば遠くへ来たものだ」。彼女のプロフィールの写真、笑顔は昔のままだった。***そういえば、今朝は妙な夢を見た。1月に1回ぐらいしか夢を見ない気がするんだけど、今朝は3本ぐらい立て続けに見た気がする。覚えているのはひとつだけ。配偶者(仮)が、我々の結納式の日に、交通事故で怪我をした。幸い命に別状はなかったけれど、縁起が悪いと彼のご両親が言い出して、厄払いのためになぜか彼の生前葬を行うことに。喪主は、まだ妻じゃないのになぜかわたし。ええええ、とか思っておろおろしているうちに話は進み、生前葬当日になってしまった。喪服を準備して待っているのに、なぜか着付けを頼んだ人が来ない。慌ててそこらを走り回り、なんとか着せてもらって会場へ戻る。で、喪主の挨拶となるわけなのだけど、もちろん彼は死んでいないし、それを参列者もみんな知っている。だから何を話していいかもわからないし、悲しそうな顔をするわけでもないし、なんとも奇妙な挨拶をどうにかこうにかやり終える。式の後でわたしの母が「妻っぽかったよ~」と言ってくれた。・・・という、夢を見た。なんだろう、これ。何の暗示なんだ??よく、誰かが死ぬ夢を見ると、夢の中で死んだ人は長生きする、って聞くけれど。この場合彼は死んでいないので、長生きもしないのかなあ・・。まあでも悪夢じゃない。どっちかというと面白い夢だから、よしとしよう。最近、悪夢じゃない夢を見ていない気がするし。できるなら眠りの中まで憂鬱に追いかけられたくはないものね・・
2005/02/17
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記憶が失せている。昨日の日記を今見直して少し驚いた。なに書いてるんだろ?ウチとソト。節分には「鬼は外」と言うけれど、鬼は本当に外まではなかなか出て行かないものだ。でもそれと自分の身の上と、結びつけるいわれはないのに。よく考えてみると、昨日、会社を出てからの記憶が曖昧だ。夕ごはんは何を食べたっけ? あるいは食べなかったっけ?寝たのは何時だ?お風呂にのんびり入ったのは少し覚えている。朝方の地震だって記憶にない。記憶がないと、その分の時間まで一緒に失ってしまったようで不安になる。事実と記憶はイコールではない。イコールではないと、わかってはいるけれど。でもわたしの住んでいる孤高の内閉世界では、意識する「わたし」があって初めて世界は動き出す。わたしが眠っている間も世界は動いているけれど、それは「わたしが眠っている間も世界は動いている」とわたしが意識しているからで、もしわたしが「わたしが眠っている間は世界も眠っている」と心の底から信じたら、本当に世界も眠ってしまうのではないかとさえ思える。記憶がなければその分の時間もないと同じだ。もちろんわたしの「内閉世界」はそれ自体がこの世界の中にあるので、意識する「わたし」が世界の常識に縛られている以上、あまり突飛なことは起こったりしない。振り替え休日ということで、平日なのにこんな時間にのんびりできる。・・というか、寝てればいいのに。今日も思考が暗いな。9時になったら病院にいこうと思う。皮膚科だ。一緒に、母も内科に行く。母は昨日から風邪でで倒れているので車で送っていこうと思う。皮膚科と内科は幸い同じ建物の中にある。さて。休みとはいえ、それなりに家からは出歩きそうだ。午後は寝よう。眠れる限り。***午後は寝よう。という予定はアッサリ覆ってしまった。夕方まではごろごろしてたんだけど、4時ごろからにわかに活動開始。活動内容は「タルト作成」。タルト・・食べ物のタルトである(それ以外何だっていうんだろ?)。そもそも、お菓子作りは趣味のひとつで、結構な道具もそろえていたりする。鬱最盛期にはさすがにできなかったけれど。最近またちょくちょくやっている。お菓子作りというのは、真剣勝負である(と思う)。材料の分量は正確に測らなければならないし、冷やすべきものは冷やし、熱すべきものは熱し、水気を嫌うものを扱うときは徹底して水滴排除しなければならない。バターをクリーム状になるまで練り混ぜる、とか、ハンドミキサーなしでメレンゲを作る、とか、力仕事もいっぱいある。というわけで、少なくともわたしのお菓子作りは真剣勝負。おそらく危険な化学実験でもしているような表情で望んでいることだろう。あるいは魔法の薬でも調合しているような気迫で。細かい作業が好きなので、そういうのは性に合ってる。憂鬱なときにやったら余計イライラするんじゃないの?と母は言うけど、ひとつひとつ手順をこなしていと、余分な思い出や感情が寄り付きにくいので、憂鬱から逃げるのに結構重宝している手段である。問題は「できすぎるお菓子」。どうしても家族3人では捌けないほどの量ができてしまう。マドレーヌ12個なんて食べきれないよ・・。加減して作ればいいのだろうけど、「卵1個」とか「生クリーム200ml」のように、使い切りたい素材の量というものを目安にしていくと、やっぱりでき過ぎてしまう。わたしが快活に学生や社会人していたころは、学校やら会社やらで配ったものだけど。今はそんな状況でもないし、公のわたしはそんなキャラでもないし。ということで、今はもっぱら配偶者(仮)に食べてもらう。(その前は誰に配っていたのだったかはこの際忘れることにする)彼は甘いものが平気なので、たいていは食べてくれるし、「美味しいよ」とまで言ってくれる。うん、感謝。今日のタルトは、ただいま生地を寝かせ中。バレンタインは過ぎてしまったけど、憂鬱対策っていうだけじゃなく、配偶者(仮)への愛情も込めてみようかな。そしたら本当に美味しくできるかもしれないしね。***タルト完成!結構上手くできた。愛情を込めた甲斐があったかな?ちょうど配偶者(仮)が残業を終えて今から帰宅するというので、渡しに行って来ることにした。家が近いってこういうとき便利。喜んでもらえるといいな。タルト成功により、気持ちも少し浮上。明日はもっと浮上するといいなと思う。雨も上がったし、きっとダイジョウブ。では出かけてこよう!
2005/02/16
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2月も半分が過ぎた。早いなあ。1・2・3月はろくでもない記憶の目白押しなので、早く過ぎてもらっても一向に問題はない。これから先は・・配偶者(仮)との結婚準備期間として、この季節を記憶できたらいいのに。半ばその期待を込めて結婚式を5月に設定したのだから。今日は気分が良くない。なんとなく頭が痛い。例によって「正しくない神」の出番で、休んでしまえと誘惑されるのだけど、今日は今日で休めない仕事がある。そして小心なわたしは早退ということもできない。結局今日も顔を洗って着替えて、顔に薬を塗って(最近増えた手順だ。アトピー対策)、指輪と腕時計とピアスで装備して、出動する。鞘から抜かれた白刃のように潔く冷たい冬の空気は、でも、今日の曇天の下では何か不穏なものを含んでいるように見える。自分の気持ちを通してみるから、そう見えるだけなのかもしれないけれど。エメラルド色に輝くオズの都みたいに。***自分がボーダーだからというわけではないけれど、「境目」というものが気になる。昼と夜の境目は?眠りに落ちる瞬間って?過去と今の、そして未来の境界とは?そういえば、卒論もそんなような内容だった。「中世前期における国家観」。日本という国の領域を、その外側に位置づけられたものの方から考察するというものだ。ボーダー・・境界性人格障害なんて言葉さえ知らない昔に、わたしは既に「境界」を意識していた。クニやマチやムラなどの共同体にとって、境目というものは重要なものである。土地的にも、組織的にも、感情的にも。ムラの出入り口とされる場所には道祖神が祀られ、荘園領主たちは自分の領土の四至傍示図を整えた。「ウチ」と「ソト」は区別され、どこに属する人間であるかが重要視された。そして境界領域。サカイメは本当は、ウチでもソトでもない特殊な地帯なのだ。例えば「虫送り」の祭り。これはムラの中の災厄を虫に象徴させて祓い落とす祭りだ。その虫を捨てる場所は、ムラのソトではなくサカイメだったりする。災厄を、ムラのソトに出してしまうのではなく、一旦サカイメに留め置きするのだ。村の中から発生した災厄を、目の届かない遠くまで追い遣ってしまうのではなく、かといって触れ合えるほどそばにも置かないようにするために。サカイメは曖昧で半端なものの集まる場所なのかもしれない。切り捨てられず、救われもしない、寄る辺ない存在・・境界性人格障害。嫌になるような暗示だな。今日は思考が暗いみたいだ。
2005/02/15
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研修は終わった。今日から通常業務に復帰だ。でも今日の内容は「お客さんに納品」「納品のための検品」などなど。良いリハビリになる。その間に、研修中ですっかり違う世界に持っていかれてしまった意識をこちら側へ引っ張り戻す。そして自分と意識が融合したら、復帰完了だ。月曜日。休日出が続いていたので実感はないけれど。顔が痒いのに気づかない振りをしつつ、何食わぬ顔で始めて見せよう。多少、出勤や仕事内容のリズムが狂ったぐらいでわたしはやられないんだ。・・・ってことを、自他共に、思い知らせなければ。***リハビリ終了。努めて軽い気持ちで出社したのに、結局また残業モードにはまってしまった。まあいい。残業はある意味時給。生活費のためにわたしは働く。今日の午後は弊社の別ビルへ行って、仕上がった納品物を検品していた。別ビルといってもそっちの方がずっと立派で、なんだか要塞のような建物である。故意にそう造ってあるとしか思えないほど複雑な構造。弊社営業所中随一を誇るセキュリティの厳しさ。いかめしい概容。よく、放送局関係の建物は、占拠されないようにするために複雑に造ってあると聞くけれど、まさにそんな感じだ。銀行系だからかな?入館のために煩雑な手続きをしながら、なんだか拒まれているような気持ちになって、そのまま回れ右をしそうになった。世の中はバレンタインだ。いやもちろんわたしの身の上にもバレンタインぐらい訪れる。4年前は義理配りをしてたなぁ・・と懐かしく思い出す。「クレイジーさん」にのぼせ上がっていたときは、義理っぽくさりげなく、しかも本気を込めるにはどうすればいいか、そればっかり考えていた。悲しいことに名案は出なかった。なので「義理っぽく」を優先する結果になり、寂しい思いをした。学生時代にもサークル仲間に配り歩いたりして、それなりに楽しんでいた記憶がある。それにしても、4年前・・・。それはどうしてもわたしの頭から離れてくれないらしい。このまま毎年、あの年のあの冬の、あの出来事を・・・あの男の顔を思い出すんだろうか?
2005/02/14
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今日は研修最終日。昨日、内容の理解度に疑問を感じて落ち込んでしまったけれど、何とか気を取り直そう。最終日だからいままでの総括もやるだろうし、質疑応答時間も長くくれるはず。喧々囂々の人たちに任せておかないで、初心者は初心者ならではの質問をちゃんとしよう。うん。朝のうちは意気込みだけは立派だ。昨日も真夜中に目が覚めだけど。そして必要もないのに5時半起きだったけど。なあに大丈夫。負けるこたぁないのだ。身体が疲れてるわけじゃないし。昨日ともだちとおしゃべりして充電したし。まだまだイケるさ!頑張れ自分。今日と月・火を乗り切ればまた振り替え休日だ。それまであと3日・・いや、ダイジョウブ。***今日の講義は白熱だった。実を言うとこの研修に出ているのは半分ぐらいがわたしの所属する課の人間である。この3連休は講師も社内の人、わたしの1年後輩の女の子だ。昨日から鋭い質問を投げていた人たち(ごたぶんに漏れずわたしと同じ課の人である)は、もちろん今日も熱く疑問をぶつけていた。講師陣も昨日で我々の扱い方を学んだのか、更に強い調子で言い返す。肝心の内容は、今日は頑張って起きていたせいか、ある程度理解できた。ある程度、というのが情けないが、まあ気にしない。そこで今日はわたしも質疑応答合戦に参加してみた。結局、予定では15分の質疑応答時間が、4倍以上に延長した。実際身についたかどうかは別として、充実感と疲労感だけは昨日の倍以上だった。明日も普通に出勤で、久々にあの事務席に行かなければならないかと思うと、下腹のあたりがキリキリと痛む。子供のような話だけれど、今からもう、どうすれば明日休めるか、言い訳を考えている。でももちろん休めない。小心者だから、わたしは。そればかりではなく、明日はお客さんへの納品作業が2件もある。休めないのだ。明日休んだりしたら、明後日出社したときに、主任さんの超音波攻撃を派手に浴びることになる・・休む口実を考えるのと同じぐらいの強さで、休めない理由を考えないと、わたしの中の「正しくない神」は易々と「正しい神」を圧倒して、わたしは楽な方へ楽な方へと流れてしまう。楽をしてもいいのだけれど・・それでも流されるのはいただけない。楽な方を選ぶなら選ぶで、そこには自分の意志が働いていなければならないんだ。
2005/02/13
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最近、毎日携帯に「架空請求」メールが来る。深夜早朝真昼間、時間を問わずやってくる。今朝も来た。最初は平気で無視していたけれど、1回目で「通告」、2回目で「警告」、3回目で「最後通告」ときて、3段オチで終わるのかなとおもったら4回目があって「まだ無視する気ですか!?」と書いてあった。・・・。無視する気だってば。しかしここまで続くと本当に無視してよいものか不安になる。最近は、裁判所まで絡む悪質な手口があるそうで、メールじゃなく封書でそれらしい書類が届いたときは消費者センターに相談した方がいいそうだ。わたしのはまだそこまでいっていないけれど、放っておいていいのかな?そもそもこんなに頻繁に来るものだろうか?あまり身近に架空請求で悩んでいる人を見かけたことはないけれど・・・***書き込みいただいたのを読んで、少し安心する。(ありがとうございました!!)架空請求業界(?)も進歩しているんだなと変に納得。昔の「※未承諾広告」とはわけが違う。今日も研修だった。そして今日も比較的起きていられた。部分的に記憶の飛んでいるところはあるけれど、まあ概ね勝利である。しかし内容が頭に入ったか?という点ではあまり勝利を感じない。隣の席の人が、わたしには理解できないレベルの質問を次々に投げ、講師の人と熱く舌戦を繰り広げ始めるに至ってちょっとヘコむ。彼らのしゃべっている内容がさっぱりわからない。わたしは教えられたことを疑問もなく「へぇ~」とばかりに受け入れていたが、隣の席の人にとってはあちこち穴だらけだったらしく、矢継ぎ早に質問や批判を繰り出して立ち挙がる。加勢するかのように、別な人も新たな疑問を差し挟む。講師の人ももちろん負けていなくて、「喧々囂々」という感じの質疑応答時間だった。自分ひとり蚊帳の外。そんな気分になって落ち込んだ。でも気を取り直して家に帰る。今日は、小学校のときからのともだちとごはんを食べに行く予定だ。車で10分ぐらいのところにある中華点心のお店に入り、延々3時間しゃべってきた。彼女とは久しぶりに会うので、情報交換だけでもかなりの盛り上がりだった。ご飯も美味しかったし、うん、研修の苦い思いはとりあえず忘れよう。でも研修は明日もまだ一日あるし、それ以前に、今習っていることを近い将来、実業務に活かさなくてはならないのだが・・・そんなことできるのか?こんなに意味不明なのに??ついていけない者は切ります、と言わぬばかりの圧迫メールが部長から来ていた。うーん・・まだ切られたくないなぁ。せっかく新たな可能性を発見した(ような気がしている)ところなのに。と思いつつ、結婚を気に退職すれば、主任の超音波声からも、横綱体型の課長のツッパリからも、・・・あの男の思い出からも逃れられるのかな?なんて誘惑に駆られたりもして。いや、ほんとは知ってる。思い出が追いかけてくるわけじゃない。そんなはずないんだ。わたしは忘れたくないだけなんじゃないの?辛かったことを、傷ついたことを、傷つけたことを。人を不幸にするしかできなかったあの時代を。起こってしまった過去の事実とは、変更不可能で絶対不可侵のものである。しかし人間は「記憶」を改竄することができる。思い出にしてしまえば、美しいところだけ見て過ごすことだってできるかもしれないんだ。わたしはそのために・・あの男を美しい思い出にしたいがために、執念深く記憶しているというのだろうか?ワカラナイ。カンガエラレナイ。いいんじゃないの。考えなくて。今は、点心が美味しかったこととともだちとのお喋りが楽しかったこと、明日の研修を無駄な時間にしないように頑張ること、それだけ考えてればいいんじゃないの?
2005/02/12
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朝からお腹が痛くて目が覚めた。寒い。そう思ってストーブの前まで這って行き、オイルファンヒーターを点けてそこで力尽きる。本当に目が覚めたとき全身に汗をかいていた。今日も目覚めはよろしくない。さて、今日も研修だ。内容は前回から続くもの。面白いんだけど・・なぜか死ぬほど眠い。昨日も2時過ぎまで起きていてしまったから、実質睡眠時間は短い。ああ、しまったなぁ。寝ておけばよかった。でも今日は腹痛があるから眠らなくて済むかもしれない。月例腹痛もこんなときは役に立つ・・・嬉しくもない話だけれど。***結果。起きていられた。腹痛サマサマ・・。でもまあ、とりあえず、飲んでもOKの市販痛み止めで押さえ込める程度の痛さなのでよしとしよう。それにもう痛い時期も過ぎるだろうし。今日は寝なかった。お腹が痛いだけではなく、研修室が異様に寒かったのである。エアコンの音はすれども効果は見えず。みんな寒がっていて、研修担当の人が設定温度を28度まで上げてくれたのに(環境に優しくない会社だなぁ)午後2時ぐらいまでずーーっと寒かった。エアコンも連休中は休みたいのだろうか。コートを着てマフラーを巧妙に折りたたんで無理矢理ひざ掛けにして、それでもまだ寒かったので手袋をはめてみたら、手袋が邪魔で字が書けなかった。当然である。そんなこんなで他事を気にしていたため、研修の内容があまり頭に入らなかった。もったいないなぁ。明日はちゃんと起きている&内容も頭に入れる。それを目標に頑張ろう。・・・志が低いなぁ。配偶者(仮)は今日はスキーに行っている。わたしは今シーズン1回も行ってない上に、行ける予定もないのに。文句を言ったら、「去年はさんざん行ったじゃないか」と怒られた。うーん。その通りでございます・・。思えばクリスマスもバレンタインもホワイトデーもスキーに行っていたような。そして彼は出勤していたような。わたしは笑顔で文句を引っ込めた。配偶者(仮)、早く帰ってこないかなぁ・・いやべつに、帰ってきたからって会う予定があるわけじゃないんだけど。1・2・3月あたりは良くない思い出の日がたくさんあって、不安定になってしまう。結婚なんてやめてやる!!という気持ちと、もう待ちきれない、今すぐ籍入れよ!!という気持ちが交互にやってくる。周期は短い。下手をすると分刻みだ。だからわたしの思考が変な方向へさまよい出て行ってしまう前に、帰ってきてよ、配偶者(仮)。帰ってきて、さまよう余地もないぐらいがんじがらめに縛りつけておいてよ。あなたの世界に。
2005/02/11
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1.早朝覚醒を繰り返した挙句いつもの時間に目が醒める2.もちろん2度寝(3度寝?)に入るも、会社からの電話で起こされる夢を見て飛び起きる3.再度寝ようとしたところ、今度は本当に携帯が鳴り、メールを見たらはやりの「架空請求」だった朝からろくな目覚めではない。まあいいんだ、どんな夢を見たって所詮夢。今日は休みで仕事はないのだ。ということで、そろそろ本格的に起き出して身支度をする。街へ行って用事を済ませたら、午前中に帰ってこられるかもしれない。そしたら午後は丸ごと冬眠タイムだ。眠り。もし今、サンタさんにリクエストができるなら「眠り」だろうし、七夕の短冊に書くとしたら「よく眠れますように」だろうし、新年の抱負を書くならば「睡眠一刻値千金」だ。***アホなことを考えながら街に行ってきた。で、あっという間に帰ってきた。平日の昼間の街は結構憂鬱だということに気づいた。歩いているのは学生さん、主婦さん、などなどが多い。学生さんを見ると、懐かしくて羨ましくて、その身分を永遠に失ってしまったことを思い知らされて、辛くなる。主婦さんを見かけると、近い将来の自分を思う。自分もこんなふうに余裕のある落ち着いた主婦になれるんだろうか。そう思うとなんだかソワソワする。結婚して主婦になっても、常にお金の心配やゴミ出しの心配やご近所づきあいの心配や、しばらくは続けるつもりの仕事の心配や・・そんなものたちにがんじがらめにされて、一歩も動けなくなるのがオチじゃないのか。だんなに愛されてる余裕、ハウスキーピングの責任感。そういうものを強く持って人生を歩くことができるのか。どうしても思考が暗くなる。お腹が痛いんだ。月例腹痛。早いんじゃないの、今月?先月はめったやたらと痛かった。今月はどうかなぁ。とりあえず今は、ロキソニンの効果を待ちながら、行き倒れておこう。お腹が痛いとろくなことを考えられない。***ロキソニンさまさまで、腹痛は撃退・・しかしその威力も数時間。夕食後にまた痛み出す。痛みが激しいと思い出す。子宮内膜症の治療のこと。半年~1年程度、薬で生理をとめて擬似閉経状態を作り、内膜症を起こす細胞を鎮めるのである。閉経状態を作ると、年齢に関係なく「更年期障害」の症状が発生するので、何かと大変なのだけど。とりあえずお腹は痛まないしのぼせたりむくんだりもしない。わたしは更年期障害の症状もほとんど出ず、実際、楽だった薬の服用が大変だったと言えば言えるけど。そしてあれはなんでだかやたらに薬が高かった。しかも、風邪のように、何度でも罹る可能性のある病気名だけだけに恐ろしい。婦人科通いは心理的にも大変な負担だったし、やれアトピーだ帯状疱疹だ自律神経失調症だといっては会社を休み、或いは通院のため定時ダッシュで帰ったり午前休をとったり、わたしはすっかり「病弱な人」のイメージになっていることだろう。不本意だ。病弱とか、そんなんじゃないのに。
2005/02/10
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眠い。身体が動かない。キータッチもままならない(じゃあ日記書いてないで寝れば?)眠い・・・目が開けられない。駄目です、隊長。これ以上一歩も進めません。休んでしまおうかなぁ。でもそれはできない。今日は休めない。行かなければ・・這ってでも行かなければ!!眠かろうと寒かろうと、哺乳類なら動け、自分。恒常体温性は多少狂ってても、まがりなりにも恒温動物でしょう??さあ立って顔を洗え! 出かけるんだ!!***朝はずいぶん取り乱した日記を書いたものだ・・でも今日は休まず行った。どうにか行けた。ただし丸一日、夢うつつ状態だった。眠くない時間が1分もなかった気がするほどだ。資料を整理していても、メールを書いていても、電話を受けていても、たった3人でミーティングをしていても、眠い。立って資料を棚にしまえば、そのまま立ちくらみで倒れそうになる。事務席で眠い目を無理矢理開ければ、目の前にチカチカと星が飛ぶ。書いている字は判読不明なほどに崩れ、内容までもが後から読んだら意味不明。メール文章も3回書き直してようやく日本語として意味の通るものになった。眠い。前頭葉の辺りに「眠さ」の塊がわだかまっていて、それが脳髄を圧迫するようだ。或いは、「眠さ」のエッセンスが圧倒的な浸透力で頭蓋を満たすようだ。ふやけた脳細胞にはさぞたっぷりとしみこんだことだろう。今日は2週に1度の同期ランチデー。それには一応行った。目が覚めるかと期待して。でももちろん覚めなかった。上の空でオーダーした親子丼は「つゆだく」だったためお箸では食べにくく、何度もこぼしそうになってイライラした。しかしそのイライラさえも眠気に勝てない。身体的機能の低下。頭脳活動の低下。感情の起伏の低下。このまま続いたら仮死状態になるんじゃないのか。わたしは深呼吸をひとつして、心臓の拍動を確かめる。自分が生物としての機能まで放棄していないことを確認する。今は不思議と眠さがひいている。なんて皮肉なんだ。昼間あんなに眠かったのに、夜はまた眠剤のお世話になるのか・・幸い明日は休みだ。振り替え休日。眠りすぎても、逆に早朝覚醒しても、とりあえず文句は出ない。でも明日はどうしても街に出なければならない用事がある。上手くない。まったくもってめぐり合わせが悪い。これ以上睡眠不足を続けると、さすがに身体が悲鳴を挙げる気がする。贅沢を望んでるわけじゃないのに。ただ安らかな夜を眠る。それだけのことなのに。
2005/02/09
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不安とプライドと自己嫌悪。繋がっていそうで、そうでもない。かといって無関係の言葉でもない。そんな三つの言葉を並べてわたしはこの日記HPのタイトルにしている。どういう経緯でこの名前をつけたんだったっけ?思い出すまでもなく、平たく言って「思いつき」である。立ち上げたとき、わたしはとにかく早くある人の日記にカキコミがしたくって、(会員登録しないとカキコミはできないと思い込んでいたので)大慌てで自分のHPを設定したのだった。タイトルは後からでも変更できます。その言葉に甘えつつ、思いつく言葉をただ並べた。それが「不安とプライドと自己嫌悪」とりわけこれが気に入ったというわけでもないのだけれど。その後、変更することもなくここに至る。不安。それはわたしが物心ついたときから常に胸の内にあった、馴染み深い感情である。明日雨が降ったらどうしよう、という具体的なものから、自分とは何か、生きるとは何か、そこに意味はあるのか、といった抽象的なものまで、実に色々の不安を抱えてわたしは生きてきた。そんなの誰だってそうだよ、と、一方では思う。不安のない人はいないだろう。それはわかってる。でも、わたしは確かにいろんなところでヤキモキし過ぎで、どっしりと構えている友人たちを常に羨ましがっていた。羨ましがりながら、あなたたちも少しは不安に思いなさいよ、と怒ってもいた。心が狭かった。自分は確かに抱える不安の量も質も、よろしくないという確信がある。明治の文豪・芥川龍之介は、「自分の将来に対する漠然とした不安」のために自ら命を絶った。彼の作品が大好きだった。繰り返し読んだ。「ある阿呆の一生」「河童」「歯車」・・・不安という言葉自体がわたしを不安にさせる。わたしが、彼が自殺した歳に追いつくまで、あと10年もない。自己嫌悪。これは覚えている。明確に意識したのは14歳だ。それまでにだって自己嫌悪の原型というか、自分を責める感情はもちろんあった。しかしそれが自己嫌悪という名前を伴って実体化したのは、14歳のとき。数人で仲良くしていた親友たちと、喧嘩別れしたときから、自己嫌悪は不安と共にわたしを内部から食い荒らそうと機会を窺っている。あまり率先して何かを始めるタイプでもなかったし、人の前にたって引っ張っていくタイプでもない。集団の中心人物にいつの間にかなってしまうっていうタイプでは更にないし、つまりは何か与えられた枠の中で更に壁を作って、孤高の内閉世界に閉じこもり、壁越しに世界と関係しながら生きてきたようなものだ。なのに、何か上手くいかないととたんに自己嫌悪に陥る。自分の力が足りなかったんだ。判断が悪かったんだ。わたしのこと、嫌いなんだ。そりゃそうだよね、わたしはこんな人間だもんね・・だけどそれって思い上がりなのではないのか。自分が何かをできようができまいが、あまり関係なく世界は動いている。もちろん、自分のポジションが大切な世界だってちゃんとある。これから配偶者(仮)と築いてゆく生活とか。それは孤高の内閉世界の内側のようなものだ。でもそうでない一般世界に対して、全て自己嫌悪に陥るなんて、自意識過剰なんじゃないの?自意識過剰の裏にはプライドが潜んでいると思う。自分はもっとできる人間でなければならない。何か重要な役割を担っていなければならない。誰にでも好かれる人間でなければならない。そういう妙な自信というか、己に対する評価や期待が厳しすぎるのだ。だからそれを達成できないとき、自己嫌悪に陥る。達成できないときばっかりなんだから、自己嫌悪も大安売りだ。表層の意識化では、自己評価は低い。例えばボーナスが少なかったとき、そうだよねぇ、役に立ってないもんなぁ、と思う。恋愛が上手くいかなかったとき、まあべつに美女でもないし性格がいいってわけでもないし・・と思う。その表層意識と、更に深いどこかで息づいているプライドとの間に、ギャップが生じる。ギャップはストレスを生んで、ストレスは自己破壊の方へ矛先を向ける。かくてわたしは非常に不安定な人間になった。あの男に出会ってその脆弱さを攻撃されなければ、一生ストレスを抱えたまま、それでもなんとか鬱は発症せずに、ストレスフルな人生を送っていたかもしれない。でもあの男はトリガーを引いてしまった。わたしは気づいてしまった。そして鬱を発症した。今ではそれでよかったんだと思っている。ちゃんと自分の弱さと向き合って、克服できないまでも、理解したい。自分を自分として受け止めたい。そのためにも鬱の治療は有効だろう。そんな意味でならあの男に感謝してもいい・・とまでは言えないかな。まだ。なるほど「不安とプライドと自己嫌悪」繋がっているんだ。思いつきのわりには、意味があったんだ。
2005/02/08
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今日は「クレイジーさん」の誕生日。クレイジーさんというのは、わたしが入社して数ヵ月後に心を奪われ、以後数年にわたって切なくも熱苦しく想い続けた相手である。今ではもうその想いも冷めてしまった。依然として彼のことは好きだけど、それはもう、例えばテレビの向こうの芸能人を好きだと思う気持ちと変わりない。どんな熱も冷めることはあるんだなぁ。クレイジーさんを見るたびそう思う。今は同じフロアで仕事をしているので、正直、毎日顔を合わせているのだけれど。***朝の切ない気持ちはどこへ行ったんだろう。今、頭に浮かぶ語彙はひとつ。「痒い!」それに尽きる。顔が痒い。頭が痒い。手足が痒い。目玉まで痒い。痒い!かき過ぎて肩の辺りから血が出ていた。子供じゃないんだからさぁ・・と我ながら呆れる。限度というものを知らない。折悪しくアレルギーの薬も切れている。明日は振り替え休日だから、朝のうちに皮膚科に行ってこよう。そうでもしないと身体中かき傷だらけになってしまう。傷は腕だけで充分だ。肘や膝の裏が血まみれ、なんて、10歳の頃に卒業したんだ!!痒みの感覚が神経に障る。イライラして全てがうっとうしく思える。痒いぐらいで・・・軟弱なこの身体、この根性。鍛えなおせよ、と声が聞こえる。***かゆミーティング終了。かゆミーティング:「かゆみ」とミーティングの掛詞。痒い状態が抜けられない会議のように延々続く様子阿呆な造語まで作ってしまった。他にも色々ある。眠たい眠たい「ねむた祭(もちろん「ねぶた祭)」とか。足が攣ったら「足つり岬(フロム・足摺岬)」とか。わたし、阿呆かもしれない。つまらないことにばっかり頭が働く・・そのくせ肝心なことには脳がノってくれない。今日も、情報処理試験対策セミナーなるものに参加したが、成果はイマイチだった。帰宅したらカード会社からDMが来ていたのだけど、いくら読んでも頭に入らない。あまりにも理解できなくて途中で放り出してしまったが、あれは重要なお知らせのはずだ。「親展」って書いてあったような気がする。ああくだらない。DMひとつまともに読めない。そんな人間が結婚?ハウスキーピングを担当するの?(配偶者(仮)は尋常じゃなく残業しているので、必然的に家事はわたしの仕事だろう)大丈夫・・じゃないよ、その家庭。子供なんていってる場合ではもちろんない。まあ、薬が手放せない間は当然無理なんだけど・・子供。べつに今はほしいと想わないのに、何でこんなこと考えるんだろう?答えはひとつ、昨日の兄のニュースだ。母は喜んでいたけれど、反面寂しそうでもあった。「男の子の方の孫は、内孫とは言いながら、結局嫁の実家のものだから。あんたの方の孫こそわたしの出番なのに」そう言われた。まだ若いころ。結婚だの出産だのが他人事だった時代に。今でも母はそれを思っているんだろうな・・。決して口には出さないけれど。その気遣いが、ありがたくもあり、かえって胸の痛むことでもあり・・
2005/02/07
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すっかり曜日の感覚がないけれど、今日は日曜日。出勤なのはいいんだ。たまにはそんなこともあっていい。問題は単純に睡眠不足・・今日も午前の講義はひたすら眠りとの戦いになってしまうのだろうか。研修の前半が今日で終わる。後半は、来週の連休を使ってやるのだ。研修内容はおもしろい。何を学んでいるかというと、・オブジェクト指向とは何か・オブジェクト指向に基づいたシステム開発のための上流工程おおまかにいうとこんな感じ。同業の方からは、「今更!?」と驚かれそうな話でああるが、弊社のそのへんのレベルは低い。会社自体が散る前の最後の足掻き? などと冷たく考えてもみるけれど、でもまあ勉強のできる機械を与えられるのは良いことだ。わたしは勉強が嫌いじゃない。あまりできるほうではないから、大好きとまでは言えないが。何かを学ぶことで、それだけ脳細胞に蓄積されるものが増え、ぎゅっと詰まってゆく感じがする。薬と睡眠の質量低下のために「ふやけて」いるに違いない脳を活性化させられる気がする。勉強は嫌いじゃない。ただ、好きこそものの上手なれ、でないところが悲しいけれど。***兄に子供ができた。今日、遊びに来ていた兄夫婦が発表したのだ。結婚して1年半、子供がほしいとは特に言ってなかったので驚いた。とうとうわたしも叔母さんか・・あの兄が人の親になるなんて不思議だ。母は喜んでいた。孫ができるんだものね。当然。わたしは少し複雑だ。時の流れを否応なく感じされられるし・・わたしは、子供のできない体質かもしれないから。祝う気持ちは偽りなく湧いてくるけれど、複雑なのもまた真実だ。***愛犬の様子がおかしい。なんでだか左足を引きずっている。そのくせ、触っても痛がるでもなく、怒りもしない。痛いというより動かしにくいように見える。よくよく観察していると、しょっちゅう顔の左半分をしかめている。なんだろう・・愛犬くんももう7歳だ。でもまだ寿命の半分、人間で言うなら中年ぐらい。まだまだ若いよ。いつもならちょっと具合が悪いと、ふてくされて小屋から出ても来ないのに、今日は自分から出てきて、甘え鳴きしながらも足を引きずっている。なんだろう?大丈夫かなぁ・・・明日にでも病院に連れて行こうか。しかしわたしは時間的に無理だから、母に言っておこう。何事もないといいね、愛犬くん・・
2005/02/06
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今日、何の前触れもなく、昔の課長を思い出した。昔々、わたしがあの男ともめてる真っ最中に、その課の課長をしていた人だ。当時わたしとあの男の関係は公私共に最悪で、わたしは鬱発作で休みまくり、とてもまともに仕事ができる状況ではなかった。激情のままに、我々の関係をみんなにバラしてやるとあの男を脅した。脅しでは収まらず、実際、直上司にそれを打ち明けた。(その人は今でもわたしの直上司である)直上司である超音波声の主任さんはそれを聞いて動揺し、あの男の方にも事実確認をとり、更にあの男に「そんなことだったのね。ばかばかしい・・・。課長には自分で報告してよね」と言ったそうである。そのセリフはいかがなものか。あの男もまたそこだけは正義感が働いたのか、正直に課長に全てを報告した。そして当然大問題になった。課長は、でも、困惑してはいたけれど、感情的に責めるふうではなかった。あるときわたしは課長に呼ばれ、会社の近所の公園までふたりで出かけて行った。ベンチに腰掛けながら課長はポケットからタバコを出してわたしに勧めてくれた。わたしがスモーカーだと知っていたようだ。(ちなみに今は禁煙して1年半ぐらいになる)そして、ぽつりぽつりと話をした。我々の関係について。わたしの「自殺未遂」について。・・・これからの処遇について。わたしの中身はその時、怒りと恨みでいっぱいだったから、「とりあえずあなたたちを別チームにしようと思う。席替えもして、距離を取りましょう」という課長の言葉にも「わたしはあの人に復讐したいんです。わたしが側にいることが、あの人には今一番のストレスになると思います。だからわたしはあの人の傍にいたい。チーム変えも席替えもおおいに不服です。ですが、わたしは上の裁定には従います。それがわたしの筋の通し方ですから」と答えていた。今にして思えば凄まじい言い草である。それでも課長は怒らずに、相変わらず困ったように、うーん、などと呟いた。わたしはタバコを一口吸った。ハイライトだった。普段ライトなものしか吸わなかったから、ハイライトは良く効いて頭がくらくらした。4月の空気に夏の気配はまだなくて、空はどこまでもうす青く広がり、風が少し冷たかった。穏やかな日射しの中で、課長と二人並んで腰掛けて、ハイライトを吸いながら殺伐とした話をしている自分はいったい何者なんだ。そう思うと悲しくなった。しかし、会議室で話すでもなく、終業後に飲みに行くでもなく、真昼間の公園に連れ出してそんな話をする課長も、思えば相当な変わり者だったのだろう。たしかに普段から少なからず変わった言動を見せる人だった。その後課長は異動して、わたしも組織改変異動を繰り返し、もはや偶然顔をあわせることもない。今、課長は東京の部署にいる。遠い東京で、課長は今でもハイライトを吸っているのかな?それはなぜかとても不思議で、侵し難いことのように思える。***今日は休日出ながら、フルタイム。ただし始まりは通常より30分遅い。ということで朝がゆっくりできた。目ずらしくメイクなどしてみた。あまりしないくせに化粧品を買うのが大好きなので、スキンケア用品からメイク道具に至るまで、部屋の中には山ほどある。最近めっきり引対中の彼らに、久々に埃を払ってご登場願った。顔を洗ったら、化粧水と乳液でケアをする。下地を2種類とファンデーションでベースを作り、コンシーラーであらを隠す。ルースパウダーでマットに仕上げて、眉を描く。茶系のアイシャドウを3色入れて、オレンジ系チークと黄味系ハイライトカラーで凹凸を強調する。アイラインもマスカラもブラウンで統一。かける時間は30分弱程度。普段・・普段は、洗顔、化粧水、日焼け止め、眉。以上。しめて10分。単純に3倍だ。ではそれでかなり印象が変わるのかと言えば、実のところたいして違いはない。でも発見した。アクセサリーや腕時計と同じく、メイクは「武装」のひとつとして有効なのだ。孤高の内閉世界から足を踏み出して、「健全なる」他人の気配に満ちた世界を歩くための、武装。不安定な思春期の子たちが、やりすぎなほどメイクをしているわけが少しだけわかった気がした。4年前・・あの頃は毎朝メイクをしていたっけ。ちゃんと流行を意識して。もう昔の話だ。メイクアップ(というほどでもないのだけれど)。世間と折り合いをつけるための手続き。でもそれを毎朝やるのはつらいだろう。
2005/02/05
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週末という気がしない・・なんでだろう、と考えるまでもなく、土日も研修があることが頭から離れない。まあ良しとしよう。普段の事務席に座っていなくていいのだから。それに、来週になれば火曜日は振り替え休日だ。平日休みだと得した気分になれるので、たまには土日出もいいのではないかと思おう。それに、その火曜日には配偶者(仮)が休みを合わせてくれて、一緒にウエディングドレスを選びにいくのだ。2回目である。式まであまり時間がないこともあるし早いとこ決めてしまわなければならない。ただ心にかかるのは・・、傷。左の手首から肘にかけて。腕の内側の柔らかい皮膚を走る傷跡。わたしは皮膚が基本的に黄色いうえに、テニスのために陽焼けしているから、傷跡は白々と目立ってしまう。どういうわけか傷跡は陽にも焼けずに、忘れるなと言わぬばかりに静かに存在を主張する。普段ならわたしはそれを苦もなく受け止める。傷跡の数の分だけ、自分は辛いことを乗り越えてきたんだ。だからこの傷は、どんなブレスレットよりも誇らしくわたしの身を飾るだろう。でもいまは、単純にそうも言っていられない・・・***今日はちょっと我ながらおののくほどに居眠りしてしまった。諦めて朝の抗鬱剤を飲んだせいかもしれない。いや、でも、薬のせいにするのは止めよう。だって学生時代にも、わたしはしょっちゅう授業中に居眠りしてたじゃないか。薬なんて縁のなかった若かりし日。性格や人間関係の破綻にも気づかずに、ある意味雄々しく耐えてたあの時代。睡魔にだけは勝てなかったものね。今日、帰宅したら、学生時代の友達から手紙が来ていた。わたしたちはたまに手紙のやり取りをする。メールもいいけど、肉筆が恋しくなるとお互いに手紙を書きたくなるのだ。その手紙には、学生時代に付き合っていた人の消息が書いてあった。就職する頃、別れてしまったけれど、とってもいい人だった。別れる間際にはあれこれもめたような気もするが、今となってはもうあまり思い出せない。その代わり幸せな方の思い出も、あまりすぐには浮かんでこない。彼と自分の間にはもう絶対に越えられない隔たりができてしまったという感じがする。でもそれは決して不幸なことではない。ずいぶん遠くまで来てしまったんだな。あの頃はそれなりに熱く思い込んでいたのに。その熱を失って、代わりに平静な懐かしさを手に入れた。それは安らかである反面、すごく寂しいことのような気もする。***思いついてしまった。朝、腕の傷を後悔したばかりのに。「眠いなら、切ればいいじゃん?」目覚まし代わりに痛みはちょうどいいんじゃないの?どうせカミソリを持ち歩いているんでしょう?嫌だ。これ以上傷を増やすわけにはいかない。でも、一度浮かんでしまった考えが消えてくれない。研修の目覚ましに?会社のトイレで?使い慣れたカミソリで・・?イケナイ。ヤメナサイ。その声は自分の中から聞こえるのに、なぜだか酷くよそよそしく冷たい。負けちゃいけない。だって切る理由がない。わたしは幸せだ。彼も母もこれ以上悲しませたくはない。負けちゃいけない・・・
2005/02/04
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節分の日、奈良では萬燈籠という行事が行われる。春日大社参堂にずらりと並ぶ石灯篭にも、神殿の軒下や回廊に吊り下げられた吊り灯篭にも、ろうそくのほのおが燈るのだ。わたしは奈良の生まれではないけれど、学生時代に奈良で4年間生活をした。いろいろなお祭にも行ったけれど、一番好きなのは、節分の萬燈籠と12月の若宮おん祭・神様の御行だ。冷たい空気の中でろうそくのほのおがわずかに揺らめくさまは、本当に美しかった。節分にはあちこちでお祭があるため、夜も外は賑やかだ。お寺も神社も、活気がある。みんな、白い小さな提灯を手に歩いている。わたしももれなく提灯を提げていた。この活気に自分も参加している。そう思うことは、目眩がするほどの幸せだった。そういうもの・・民俗学的な何か・・に憧れ、古代史に憧れて、奈良まで行ったのだから。奈良での生活は、悲喜こもごも全部含めて、揺るぎない思い出として自分の中に刻まれている。だからたまに思う。帰りたい、って。空間も時間も飛び越えてあの場所に戻れるのなら、今あるもの全部手放しても構わない。そこまで思うのは、本当に調子の悪いときだけなのだけど。***今日も引き続き研修だった。明日も、明後日も。来週の3連休も。おまけに普段の仕事の「本番」が明日なので、その対応で今日もこんな時間だ。明日も今日に順するだろう。でも、と帰りの電車でわたしは思う。身体の疲労は問題じゃない。まだ、今のうちは。遅くなって辛いと思うのは、例えば家に帰ると伝統が全て消えて真っ暗なこと。近所にあるパチンコ屋の看板までもが明かりを落としていること。でもねぇ・・配偶者(仮)は、故郷を遠く離れて一人でここにやってきた。毎日が不夜城のような職場で働いて、帰ってももちろん人気はない(寮なのでわたしは遊びに行かれない)彼にはそれが日常なのだ。それがどんなに寂しいことか、最近までわからなかった。わたしが学生時代に(ほぼ)一人暮らしをしていたときは、真っ暗な部屋に帰るのは辛くなかった。バイトで遅くなっても卒論が煮え詰まっても、充実感が疲れに勝った。寂しいとこぼす彼の気持ちを最近まで理解してあげられなかったことが申し訳ない。今日の研修は「オブジェクト指向」。わたしには意味不明で、講師の方のバリトンの声のせいもあってか、午前中は苦痛を感じるほど眠かった。昨日は眠剤も飲んでいないし、今朝の抗鬱剤も省略したのに。午後からは目が覚めた。薬から離れていたせいか、手にふるえが来たためだ。そういえば昨日もそうだった。やはりまだ薬を止められないらしい。研修内容の理解できなさとあいまって、どんどん自信がなくなってゆく。
2005/02/03
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雪が降っている。太平洋側に生まれ育ったわたしにとって、雪はなんだか特別な感じがする。あんまり降らないし降っても積もらないからだ。雪の日は音が静かだ。雪が音を吸い取るせいもあるのだろう。でも、とにかく静か。そして灰色の空を映し出すように、道も車も人も、みんな少しくすんだ色と気配を放つ。それはとても陰鬱で、でも、芯まで冷え切った感じはしない。どうしようもないほど陰鬱な中に、必ずきらりと暖かいものが輝く。楽しいことや美しいことと陰鬱さが、同じレベルで表出しているという気がする。それが曇り空の下の雪。青い空の下の雪景色なら、だた静謐で、清廉で、それでいて拒まれる感じはしない。その寛容に泣きたい気持ちにさえなるのだけれど、わたしは未だかつて、白く輝く寛容に身を任せたことはない。降る雪越しに見るものは全て、別世界のもののように幻想的だ。そこにあるのに手が届かない何か。いつもはすぐ隣にあるはずのものも遠い。全てのものが少しだけ「自分自身」の中に閉じこもってしまうからだろうか?もちろん、わたしの勝手な感想である。雪の日はわたしの中では特別だ。***朝のすがすがしい気持ちはどこへやら・・22時半まで残業してしまった。トラブルでもないのに。18時ぐらいからPCとにらめっこで、よく集中力がもったなと自分でも感心する。さすがに疲れた・・おまけに今日は「全社一斉早帰り日」で、みんなどんどん帰っていくので気が気じゃない。フロアの最終退出者になると、いろいろとやっかいなのだ。明日からまた研修。今度は、新しい分野のコンピュータ言語・・というか、スキル?を身につけるためのものだ。寝てはいけない、と事前に厳しく釘を刺されてしまった。・・今日は眠剤を飲まないほうがいいかなあ。でもちょっと疲れすぎて手にふるえが来る(思えば朝から抗鬱剤の類を一切飲んでない)うう。迷う。迷った末に、抗鬱剤のみ服用。眠剤はなし。疲れているから眠れると信じて。眠気と戦う心配ばかりしているけれど、明日から休日も返上で行われる研修・・その内容は大丈夫なのか、自分?とはいえ「やってみなきゃわからない」ので、これ以上不安を感じないように、敢えて思考を閉じる。お風呂に入って寝てしまおう。布団乾燥機で布団を暖めておいたので、まさに「ぬくぬく」と眠れる・・はずだ!!
2005/02/02
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2月になってしまった。1月にいったい自分は何をしてたんだっけ。ものすごくいろいろありすぎて思い出せないという気もするし、あんまり思い出すべきことは起きなかったようにも思える。でももちろん、毎日日記を長々と書けたわけで、それなりに毎日は忙しかったのだ。今日も眠い。昨日の夜はちゃんと布団で寝られたけれど、寒くてしばらく寝付けなかった。朝も目が覚めてから活動開始までが普段以上に長かった。眠い眠い。大丈夫かな?今日は会社でトラブルは起きてないはずなので、眠り込んでしまう危険性は今日に持ち越しだ。無水カフェインの錠剤をODしながら、ひたすら耐える羽目になるのかな・・いや、昨日教えていただいた、眠気覚まし方法を試してみよう。それできっとリフレッシュできるはずだ。***トラブルこそなかったものの、21時半まで残業してしまった・・不思議と疲労感は少ない。暇な日に17時半まで時間を潰すより楽だった。でもまあそれも、今の仕事が「行き詰っている」わけじゃなくただ「時間がかかる」だけだからなんだろうなぁ。ところで今日、会社の同期に結婚話を公開してみた。降雨流のある知り合い全員ではないけれど。みんな驚いていた。そりゃそうだ。わたしは強固な独身主義者だったのだから。つい最近まで。みんな驚いたけど、でも、祝福してくれた。素直に嬉しかった。結婚への不安も一時退いた気さえ、した。それにしても、ともだちの反応で一番多かったのが「相手は人間?」だったのはどうなんだろう・・確かにわたしは「妖怪好きキャラ(そんなカテゴリがあるならば、だけど)」だったけど。怪談話も嬉々として聞いていたけれど。結婚相手まで妖怪の中からは選ばないよ、さすがに。***今朝、踏切を渡ろうとして思いっきり転んでしまい、こどものように膝をすりむいてしまった。通勤中の出来事だ。最初は怪我に気づかなくて、そのまま満員電車に乗っていたのだけど、降りる頃になって、なんだか膝がむずがゆい。手をやってみるとぬるりとした感触が。え? と思ったら、案の定。ストッキングから染み出るほどに出血していた。思わず小さく悲鳴をあげてしまったら、周囲の人の視線が痛かった。血まみれの手の女・・そんなのが乗っていたらわたしだって怖いと思うだろう。濃い茶色のストッキングだったため目立たなかったが、会社に着いてトイレでよく検分してみたら、かなり広範囲に血が滲んでしまっていた。不思議なもので、出欠に気づいた瞬間から傷口が痛み出す。これ、お風呂につけたら沁みるんだろうなぁ・・
2005/02/01
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