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懐かしのフォーク&ポップス・スペシャル・コレクション(フィリップス編) 若者の普遍的な想いを見事に代弁したヒット曲たち 音楽のジャンルを表現するいろいろな言葉がある。アイドルボップス、演歌、ニューミュージックその他。それらしき実態、現象が生まれると、マスコミはそれを括るために便宜上、言葉が必要になる。誰かが発想し、これはいいとなると、その「言葉」はにわかに権威をもつて君臨してしまう。感覚的に作られたものだから、概念は後回し。例えば「演歌とは何か」という問いに答えるのは、まことに難しいのである。では、1960年代の「フォーク」は、どうだったのだろうか。無論、日本で生まれた言葉ではない。こういう音楽をアメリカでは「フォーク」と呼ぶのだと教えられた。最初は、その言葉の本来の意味から「民謡のことか・・・」といつた戸惑いもあった。やがてPPM、ボブ・ディランなどの音楽をそう呼ぶのだということが判った。日本でも、それらのコピー・バンドが関西の学生あたりを中心に誕生したと聞かされて間もなく、折からの反体制運動(安保闘争・学園紛争)と結び付いて、昭和40年代初頭、ブームとまで呼ばれるフォーク時代が到来したのである。「新宿西ロフォーク・ゲリラ」など記憶に強く残っている。日本の大衆音楽には、明治末から大正にかけての壮士演歌の時代、歌にメッセージがあった。それが40数年ぶりで蘇ったのである。自分で詩を書き、曲を付け、歌うというシンガー=ソング・ライターは、このフォーク時代に初めて生まれたのではなく、伝統の復活だったといえないこともない。演説やシュプレヒコールよりも、歌は直接訴える力を持っているという証明であろう。ただ、日本のフォークは、はじめから二つの道に分かれていた。政治・社会に粛寸するプロテストを強く表現していた関西系と、メッセージは持っていたものの、内面から社会・人間を見つめたものとの二つである。これが、次第にいろいろな形に分化していつた。GSを経てロックヘ向かったもの、ポップスヘ移行したもの、そして有名な四畳半フォークという私小説世界へ沈殿していつたものなど。どの道であれ、フォークという音楽運動は、昭和40年代末からのニューミュージックヘの道に繋がつていることは確かである。このアルバムは、その後者が生み出した作品が中心になっている。強烈なプロテストではなく、もつと普遍的な想いを訴えているだけに、30年後の今日まで長い生命を維持しているのではないか。(伊奈一男) 若者たち(ザ・ブロードサイドフォー) 星に祈りを(ザ・ブロードサイドフォー) バラが咲いた(マイク真木) こきりこ(マイク真木) 別れのサンバ(長谷川きよし) 黒の舟唄(長谷川きよし) ウイスキーの小瓶(みなみらんぼう) どうにかなるさ(かまやつひろし) フランシーヌの場合(新谷のり子) マリエ(ブレッド&バター) 気楽にいこうよ(マイク真木) 風に歌おう(マイク真木) この手のひらに愛を(ザ・サベージ) いつまでもいつまでも(ザ・サベージ) 卒業(長谷川きよし) さよなら(長谷川きよし) 旅立つ彼(佐々木勉) あなたのすべてを(佐々木勉) PHILIPS(ポリグラム) FNCL-30256 購入年月日:1993年9月16日(CDクラブ)
2026.09.28
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モンゴ・サンタマリア/ソフリート キューバ出身の伝説的コンガ奏者、モンゴ・サンタマリア(Mongo Santamaría)が1976年に発表したアルバム『ソフリート』(Sofrito) ラテンに留まらずアフロ・キューバン・ジャズをベースに、洗練されたエレクトリックピアノが響くフュージョン、軽快なサンバ、ファンキーなディスコ・チューンまで盛り込まれた都会的なアレンジが魅力です。 盟友バーナード・パーディー(ds)も参加。アルメン・ドネリアンの「Iberia」のブラジルのサンバを思わせるオープニングから、「Cruzan」のボレロ・ボッサ、そして最後のヴァンプでサンタマリアが爆発するブルージーな「Spring Song」など、サンタマリア・サウンドのトレードマークとなる楽曲が収録。 サルサ界の黄金期を支えた伝説のレコーディング・エンジニア、ジョン・ファウスティ(Jon Fausty)がニューヨークで録音を手がけており、音響的なクオリティも非常に高い一枚です。 Iberia(エレクトリック・ピアノが心地よい洗練されたオープニング曲) Cruzan Spring Song Sofrito(アルバムのタイトル曲) O Mi Shango(力強いアフロ・ファンク調のナンバー) Five On The Color Side Secret Admirer(レア・グルーヴやディスコ好きにも人気のトラック) Olive Eye PrincessVAYA(ポニーキャニオン) PCCY-00220購入年月日:1991年4月20日(サウンドハンター各務原店)
2026.09.27
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ヴィジュアルコレクション 今となっては懐かしい、テレビCM等で使われた楽曲を集めたコンピレーション・アルバム ザンジバル・ナイト<カメリア・ダイヤモンド>(マリーン) バブル前夜の華やかなジュエリーCMに、マリーンの圧倒的な歌唱力と都会的なサウンドが完璧にマッチしていました。 ボーイフレンド<白鹿生酒>(マリーン) 一転して日本酒のCM。和のイメージをモダンに変えるような、お洒落なタイアップが新鮮でした。 チェンジ・ユア・マインド<日立マクセル>(ザ・スクェア) 高音質なカセットテープのCMには、やはりスクェアのスピード感あふれる爽快なフュージョンが定番でした。 メイク・ミー・ア・スター<ソニートリニトロンカラーTV>(ザ・スクェア) 当時、最高画質を誇ったソニーのテレビCM。未来感のあるクリアなサウンドが映像を引き立てていました。 ピラミッド<コーセーダモン>(日野皓正) 化粧品(メンズコスメ)のCM。日野氏のトランペットの音色が、大人の男の色気とエキゾチックな雰囲気を醸し出していました。 イエロー・ジャケット<サントリー・ホワイト>(日野皓正) ウイスキーのCMといえば海外アーティストやジャズメン。彼のスタイリッシュなライフスタイルそのものが憧れの的でした。 イエス、アイム・イン・ラブ<コカ・コーラ>(渡辺貞夫) 爽やかなコカ・コーラのCMソング。ナベサダさんの明るくポジティブなサックスが、若者文化を象徴していました。 ストレイト・トゥ・ザ・トップ<ヤマハ・スクーター>(渡辺貞夫) タモリさんが出演していたことでも有名なヤマハ・タクトなどのCM。軽快に街を駆け抜けるイメージにぴったりでした。 ガンボ<ブリジストン・レグノ>(菊地雅章) 高級タイヤ「REGNO」のCM。重厚で先進的なジャズ・サウンドが、静粛性と高い走行性能を持つタイヤのブランドイメージを決定づけました。 CBS SONY(CBSソニー) 25KH-1307 購入年月日:1984年1月3日(ディスクポート西武船橋店) MP-1060
2026.09.27
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グレン・グレイ&ザ・カサロマ・オーケストラ モーテン・スイング(MOTEN SWING) ベニー・モーテン楽団の代表曲であり、のちにカウント・ベイシー楽団の十八番となった初期スウィングの名曲です。 スタディ・イン・ブラウン(STUDY IN BROWN) ラリー・クリントンが作曲した、クラシックの要素も感じさせる軽快で知的なビッグバンド・ナンバーです。 ハックルベリー・ダック(HUCKLEBERRY DUCK) 奇才レイモンド・スコットが作曲した、ポップでユーモラスなインストゥルメンタル曲です。 イン・ザ・ムード(IN TEE MOOD) 誰もが知るグレン・ミラー楽団の超有名曲。カサ・ロマ・オーケストラによる洗練されたアンサンブルでのカバーです。 エル・ランチョ・グランデ(EL RANCHO GRANDE) メキシコの有名な民謡(ラテン・ナンバー)を、スウィング・ジャズ・スタイルに大胆にアレンジした楽曲です。 スター・ドリームス(STAR DREAMS) チャーリー・スピヴァク楽団のテーマ曲としても知られる、甘くロマンチックなバラードの名曲です。 ザ・プリズナーズ・ソング(THE PRISONER'S SONG) 邦題「囚人の歌」。もともとはアメリカの古いカントリー・フォークソングですが、ジャズ・オーケストラ用に美しくアレンジされています。 ティッピン・イン(TIPPIN' IN) アースキン・ホーキンス楽団のヒット曲で、ブルースのフィーリングを持った非常にかっこいいミディアム・テンポのナンバーです。 サウス・ランパート・ストリート・パレード(SOUTH RAMPART STREET PARADE) ボブ・クロスビー楽団などで有名な、ニューオリンズ・ディキシーランド・ジャズの活気あふれるパレード曲です。 グレン・グレイ&ザ・カサロマ・オーケストラ CAPITAL(東芝EMI) ZR18-744 購入年月日:1987年10月24日(伊藤ミュージック船橋店) MP-1060
2026.09.27
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ボラーレ!ベスト・オブ・ジプシー・キングス ジプシー・キングス初の2枚組みベスト・アルバム。あの大ヒット曲「バンボレオ」、「ジョビ・ジョバ」の他ビールのCMで耳にも焼き付いている「ボラーレ」も収録されていて嬉しいところ。 そして、以前に話題となったイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の新録ヴァージョンやヒット曲のリミックス・メドレー「Hitmix'99」なんかも収録の全38曲、充分すぎるほどジプシー・キングスを堪能できます。[Disc 1] ボラーレ(キリン淡麗<生>CMテーマソング)(Volare (Nel Blu Di Pinto Di Blu)) バンボレオ(Bamboleo) ジョビ・ジョバ(DJobi DJoba) ベン、ベン、マリア(Bem, Bem, Maria) バイラ・メ~さあ踊ろう(Baila Me) ピダ・メ・ラ(Pida Me La) ソイ~ぼくは・・・(Soy) シン・エジャ~彼女なしで(ライヴ)(Sin Ella) バーモス・ア・バイラール(Vamos A Bailar) ア・ティ・ア・ティ~君に、君に(A Ti A Ti) ラ・ルンバ・デ・ニコラス~ニコラスのルンバ(La Rumba De Nicolas) ノー・ヴィヴィレ(No Viviré) 喜び(インストゥルメンタル)(ライヴ)(Allegria) 夫人~ブリジット・バルドーに捧ぐ(La Dona) オイ(Oy) ア・トゥ・ベラ~あなたのそばに(A Tu Vera) ソロ・ポル・ティ(アミワワ)~ただ君のために(Solo Por Ti (Amiwawa)) オー・エー・オー・エー(Oh Eh Oh Eh) マイ・ウェイ(A Mi Manera (Comme D'Habitude)) ヒットミックス'99(ラジオ・エディット)(Hit Mix '99)[Disc 2] トゥ・キエレス・ボルベール(Tu Quieres Volver) ウン・アモール(Un Amor) エスクチャ・メ(Escucha Me) アブラ・メ~愛の言葉を(Habla Me) ノ・ボルベレ~戻らない(No Volvere) カミナンド・ポル・ラ・カジェ~街を歩きながら(Caminando Por La Calle) ムヘール~女(Mujer) エステ・ムンド~この世界(Este Mundo) テルヌラス(Ternuras (Instrumental)) キエロ・サベール(Quiero Saber (live)) インスピレイション(Inspiration) カミーノ(Camino) トリスタ・ペーナ~悲しき罰(Trista Pena) ビエント・デル・アレーナ~闘牛場に吹く風(Viento Del Arena) パッション(インストゥルメンタル)(Passion [Instrumental]) ミ・コラソン~ぼくの心(Mi Corazon) アイヴ・ガット・ノー・ストリングス~もう糸はいらない(I've Got No Strings) ホテル・カリフォルニア(スパニッシュ・ミックス)(Hotel California (Spanish Mix))ジプシー・キングス解説:大伴良則、伊藤史朗、歌詞対訳:松倉紫苑、佐藤広子、小倉ゆう子、高場将美EPIC(ソニー・ミュージックエンターテイメント) ESCA-8035~8036発売年月日:1999年8月4日購入年月日:2002年10月12日(新星堂犬山店)
2026.09.27
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遠くへ行きたい 【村雨辰剛】安芸灘とびしま海道、広島・呉から微笑みの島へ 出演者 村雨辰剛(庭師・タレント・スウェーデン生まれ・2015年に日本国籍取得) 2026年9月27日放送 6:30 - 7:00 日本テレビ 村雨辰剛が訪れた広島県呉市は、かつて東洋一の軍港として栄えた歴史ある街です。まずは一番お目当ての場所、大和ミュージアム。正式名称は「呉市海事歴史科学館」。ここには10分の1サイズの戦艦「ヤマト」の模型が展示されています。史上最大の戦艦で、精巧に再現されている。村雨は学芸員からヤマトの設計精神の凄さやこだわりを聞き出した。当時の先端技術を結集して造られた大和ですが、太平洋戦争末期の1945年、沖縄への特攻作戦に出撃し、3,000名余りの乗組員とともに4月7日海の露と消えました。 村雨は、映画『海猿』のロケ地としても知られる急な斜面の両城の200階段を上りきった。そこからの絶景を眺めた後に両城山観音寺へ。ここは真言宗の寺で不動明王にお願いごとをする。呉市は小さい村で、海軍は自由に軍事都市が設計できるとして、呉鎮守府と造船所を作ろうと言って呉の村人の力ををうまく活用するために寺を作れば人身掌握できるといって、明治末期に海軍が作った。さらに空海を祀る洞窟(戦時中は防空壕)もあり、滝行をする場所になっていた。村雨は、滝行を行う。 次に向かったのは明治34年(1901年)創業の老舗料亭で、全国で唯一現存するといわれる海軍御用達の海軍さんの料亭五月荘。昭和14年に軍艦の料理コンテストがありその時のレシピを再現した料理を食べた。戦艦「長門」ウエールスモール(鯨肉)カツレツの味に村雨はカレーの味がすると答えた。村雨は他の再現レシピ(肉じゃが、戦艦「陸奥」和牛すき焼き。一等巡洋艦「愛宕」鯛のけんちん蒸し」、潜水母艦「大鯨」うなぎ蒲焼き焼き茄子、戦艦「大和」まぼろしの白玉ぜんざい)の舌鼓をうった。 呉では夕暮れ時に海上自衛隊のラッパ音が聞こえる。一夜明けて村雨は安芸灘とびしま海道へ。下蒲刈島では地元で街路樹や庭を整備し、島の名所にしている。松濤園という屋敷にやってきたがここには日本庭園が広がり、村雨は庭師ならではの視点で解説した。この島は江戸時代には朝鮮国王の施設として来日した朝鮮通信使をもてなすために迎賓館が置かれていた。美しい島で今でも旅行者をもてなしている。屋敷には可動壁(隠し戸)や茶室がある。 次に向かったのは大崎下島御手洗地区。この場所は北前船が通っていて、商売のために人が移り住み、栄えたという。村雨は新光時計店を尋ね店主と話した。 大崎下島には10年前に移住してきた更科さんのアイディアを受け入れ活気づいている場所がある。まめな食堂にやってきたがこの食堂は元々病院だった建物で集落の人々が集まる場所。更科さんはここに住めば長生きできると考え定住。入院病棟を宿泊所に改修、宿代は現金でもボランティアでも地元民の手伝いでも可能。またお年寄りと子どもが一緒になって楽しむ「崎原学舎」も。採れたてのすいかで歓待された。番組は1週間 TVerで配信。
2026.09.27
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マーラー/交響曲第7番、交響曲第8番 バーンスタインが一躍有名になったのは、1943年に巨匠ブルーノ・ワルターの急病による代役としてニューヨーク・フィルを指揮したことでした。 ワルターは、生前のマーラーの愛弟子であり、最も信頼された右腕です。バーンスタインはワルターから熱心に音楽を学び、ワルターを通じて「マーラーの生の息遣い、音楽への姿勢」を間接的に、しかし誰よりも色濃く受け継ぐことになりました。 バーンスタインは、歴史的な音楽番組「ヤング・ピープルズ・コンサート」の中で、マーラーについてこう語っています。 「(指揮者と作曲家という)二人の異なる人間が同じ体に閉じ込められている。それがマーラーという男であり、そして私(バーンスタイン)自身の姿でもある」マーラー/交響曲第7番ホ短調「夜の歌」(1904~05) レナード・バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック 録音:1965年12月14~15日、ニューヨーク、フィルハーモニック・ホール 構成が複雑で難解とされる曲ですが、バーンスタインは夜の幻想的な雰囲気や機会なエロティシズムを最高のドラマとして仕立て上げており、同曲の魅力を世に知らしめました。マーラー/交響曲第8番変ホ長調「千人の交響曲」(1906) レナード・バーンスタイン指揮/ロンドン交響楽団 リーズ音楽祭合唱団、ロンドン交響楽団合唱団、オービントン・ジュニア・シンガーズ、ハイゲート・スクール少年合唱団、フィンチレー児童音楽グループ 録音:1966年4月16~20日、ロンドン、ウォルサムストウ・ホール 交響曲全集はニューヨーク・フィルとの録音だが、この第8番のみロンドン響で圧倒的な名盤。巨大な合唱とオケを統率する圧倒的な自信と劇場型センスが炸裂しており、第1部の熱狂と第2部の神秘的な高揚感の対比が見事です。 解説:佐野光司、大崎滋生 CBS SONY(CBS SONY) 73DC-230~232 購入年月日:1986年4月21日(ダイナミックオーディオ新橋店)
2026.09.27
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ヴォーン・ウィリアムズ/田園交響曲(交響曲第3番)/交響曲第6番ヴォーン・ウィリアムズ/田園交響曲(交響曲第3番)(1921/55改訂)【S/T、管弦楽】(初演1922ロンドン) タイトルから一見、のどかな自然を連想させますが、実際はヴォーン・ウィリアムズが第1次世界大戦中に医療部隊として従軍したフランスの戦場での体験(戦没者へのレクイエム)が根底にあります。第4楽章で登場するソプラノ(またはテノール)のヴォカリーズ(歌詞のない歌唱)が、幻想的な美しさを醸し出します。 録音:1992年11月、プール・アーツ・センター・コンサートホールヴォーン・ウィリアムズ/交響曲第6番ホ短調(1944~47/50改訂)(初演1948ロンドン) 第2次世界大戦の最中から戦後にかけて作曲されました。前述の第3番とは対照的に、極めて激しく、暴力的で、緊迫感に満ちた作品です。 録音:1993年11月、ボーンマス ウィンターガーデンキース・バケルス指揮/ボーンマス交響楽団独唱: パトリシア・ロザリオ (ソプラノ / 第3番) バケルスはオランダ出身の指揮者で、ボーンマス響の首席客演指揮者を務めました。NAXOSで録音したヴォーン・ウィリアムズの交響曲全集は、誇張のない誠実なアプローチと緻密なコントロールで、世界的に高い評価を受けました。 ボーンマス交響楽団はイギリス南部を拠点とする名門オーケストラです。NAXOS(アイヴィー) 8.550733購入年月日:2002年4月16日(アイヴィー)
2026.09.26
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ラースロー・ベルキ/神技のジプシー・ヴァイオリン ゆっくりとしたテンポで哀愁漂う響きを聴かせると思えば、小気味よい情熱的なメロディを奏でるといった緩急自在の演奏で、ハンガリーの伝統曲が演奏されます。音楽的遺産を現代に伝えるべく、実力派アーティストたちが一糸乱れぬ名演を繰り広げた珠玉の一枚です。今世紀に入ってから中・東欧のロマのグループが毎年のように来日公演して注目されるようになりました。中でもヴァイオリンやツィンバロンなど弦楽器を中心にした演奏で人気が高いのがハンガリーのミュージシャンたちです。リストやバルトークをはじめ、クラシックの作曲家たちも、この地のミュージシャンに刺激を受けた曲を残してきました。『神技のジプシー・ヴァイオリン』は、その第一人者ラースロー・ベルキとジプシー楽団による演奏集です。アイススケートの浅田真央さんがフリーの演技で使って注目を浴びたハンガリーのダンス音楽チャールダーシュや、小鳥の電島き声を模した「ひばり」、シャンソンとしても知られる「暗い日曜日」などの名曲が実に流麗に演奏されています。 ひばり(The Lark) 草笛ホラ(Whisting Hola) 楽しい祭りのチャールダーシュ(Festival And Lighting-Fast Csardas) 徴兵のヴェルブンコーシュ(Spurring Verbunkos) 宮廷の踊り(Palotas) サーカス・ポルカ(ツィンバロン・ソロ)(Cirkusz Polka-Cinbalom Solo) 5つのハンガリーの歌(Five Hungarian Songs) 暗い日曜日~毎年花は咲く~逃げた花嫁~妬まれた私~キスにはキス 私は一文無し(When My Last Money Is Gone) ビハリの思い出に(Remember Bihari) ターロガトー・ソロ(Taragot Solo) オールド・チャールダーシュ(Old Csardas) 4つのハンガリーの歌(Four Hungarian Songs) さようならあなた~ふられた私~こわれた荷車~カデンツァ・チャールダーシュ ラースロー・ベルキとジプシー楽団 ラースロー・ベルキ、ラースロー・ベルキ・ジュニア、アッティラ・ベルキ、イエネー・オラー(vn) ガーボル・ヴァラディ(va)、バルナバシュ・ヴァイダ(vc)、ジュラ・マカ(cb) デジェー・バログ(cl、taragot)、ヤーノシュ・リゴー(ツィンバロン) 録音:1992年6月8~9日、ビクター401スタジオ 解説:江波戸昭、横井雅子 ジャケット・デザイン:田中一光、ジャケット編集:由井幸男 JVC(ビクターエンタテインメント) VICG-60311 発売年月日:2000年7月5日 購入年月日:2008年3月28日(CDクラブ) 再発年月日:2009年9月16日 VICG-45003
2026.09.26
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郭英男/サークル・オブ・ライフ(生命之環 Circle Of Life) Difang(ディファン、民族名:Difang Tuwana'、漢名: 郭英男〈日本語読み: かく ひでお、ウェード式ローマ字: Kuo Ying-nan〉、1921年3月20日 - 2002年3月29日)は台湾南東部の原住民アミ族(アミス)馬蘭社の頭目・歌手。農業生活を営みつつ、当時平均年齢60歳代後半の老人たちによる馬蘭吟唱隊のリーダー・ヴォーカリストをつとめた。台東生まれの「La軍艦」世代(La kedun; 軍艦階層 アミ族の3年に一度の成人式の度に名づけられる世代で、第二次世界大戦中この儀式を行った際、珍しいことに遠くの海に一隻の軍艦を見つけたことに由来する)に属した。1993年にエニグマの『リターン・トゥ・イノセンス』で、彼の『老人飲酒歌』が無断サンプリング使用されたことにより、エニグマ、EMIと、曲を使用したIOCに対し裁判を起こし、世界的に有名となった。その後和解。1998年にダン・ラックスマンのプロデュースでアルバム『CIRCLE OF LIFE』を発表し、78歳で歌手デビュー。彼の歌には歌詞がない。歌は一族に伝わっているものの他、彼自身でも作り、歌う。これ自体が一族の伝統遺産を守り伝えていくという頭目の仕事でもある。 自然との対話、自己への回帰。文字を持たない台湾の先住九部族のひとつで東南部に住む「阿美族」の長老(78歳)・郭英男(Difang)が、「声」と「旋律」のみで暮らしに根差した歌を伝統的ハーモニーで歌っていく。訪問歌(拜訪歌 / Visiting Song)階層歌(Lakedun)恋愛歌(戀愛歌 / Love Song)労働歌(勞動歌 / Working Song)哀しみの歌(喪偶悲歌 / Widow)タニシ拾いの歌(撿田螺 / Pick Up Mud-Snail)契りの歌(拜把歌 / Sworn Friends)友人歌(林三四歌 / Lin San-Sy's Song)収穫の歌(滿載而歸 / Fully Laden With Riches)酒飲む老人の歌(老人飲酒歌 / Elders Drinking Song)酒飲む老人の歌 (オリジナル・レコーディング)郭英男(ディファン)と馬蘭吟唱隊解説:森健次ROCK(日本コロムビア) RCCA-2013発売年月日:1998年10月1日購入年月日:1999年1月30日(アサヒレコード)
2026.09.26
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ミュージック・プラザ<地名の入った名曲による中南米&カリブ諸国めぐり-その3-> バイーア (カルロス・ポヤーリス) ── テイクオフ (コパカバーナ) TKF-3004 コルコヴァァード (ホーザ・パソス) ── Lumiar (伯) LD-3702/98 ヴィラの魅惑 (ジョアン・ペトラ・ジ・バロス) ── ライス BSR-514 トリニダード・カーニバル・タイム (ハリー・ベラフォンテ) ── BMGファンハウス (RCA) BVCP-8003 トバゴ・ジャム (アワー・ボーイズ・スティール・オーケストラ) ── Mango (米) 162 539 916-2 美しきバルバドス (タイロン&ザ・クラウズ) ── Fiesta (米) FCD-1010 マルティニークのマズルカ (オルー・コペット (cl)) ── PS (仏) SCHC-94 グァドルーペ娘 (ローラン・ピエール・シャルル) ── Hibiscus (仏) 191 164-2 サン・ピエの町に行ったら (カリ) ── エピック ESCA-5016 わが懐かしのサン・フアン (ジョニー・アルビノ) ── Disco Hit (プエルトリコ) DHCD-1362 プエルト・リコのハネムーン (ビルヒニア・ロペス) ── BMG (RCA) (墨) 743214 207321 うるわしのプエルト・リコ (エドウィン・コロン・サヤス&彼のタジェール・カンペシーノ) ── 自主制作 (プエルトリコ) EC-004 陽の当たるサン・ドミンゴで (ダイナ・ショア&ザビア・クガート楽団) ── Harlequin (英) HQCD-29 ハイチ (イサ・エル・サイアー) ── Mini (米) MRSD-2028 キングストン・マーケット (ハリー・ベラフォンテ) ── BMGファンハウス (RCA) BVCP-8002 さらばジャマイカ (ハミング・バーズ) ── リスペクト RES-19 グァヒーラ・グアンタナメーラ (ホセイート・フェルナンデス) ── テイクオフ (アレイート) TKF-CD-6 ハバナのルンベーロたち (シエラ・マエストラ) ── テイクオフ (アレイート) TKF-CD-6 サンティアゴの光 (アダルベルト・アルバレス&ソン・カトルセ) ── テイクオフ (アレイート) TKF-2905解説:竹村淳放送年月日:2002年4月23日(火) NHK-FMML-1195
2026.09.26
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シューベルト/幻想曲「さすらい人」、ピアノ・ソナタ第16番 現代まで語り継がれる名盤。 「さすらい人幻想曲」を、ポリーニは、持ち前の強靭で健やかな演奏によって、素晴らしい均整と精緻な表現で弾きぬいています。ポリーニらしい輝かしく冴えた音と確固たる造形力、そして、しなやかな歌が見事に一つになった名演です。「ソナタ第16番」も「さすらい人幻想曲」に劣らず明晰で、しかも、深く澄んだ詩情を美しく湛えています。幻想曲ハ長調D.760、Op.15「さすらい人」(1822) ポリーニの強靭でブレのない打鍵と冴えわたる音色が、巨大な構築力を生み出しています。単に豪快なだけでなく、第2楽章の変奏曲などでは繊細なしなやかさや気品も同居しており、完璧なテクニックに裏打ちされた明快な名演です。ピアノ・ソナタ第16番イ短調D.845、Op.42(1825)【全4楽章】 幻想曲と同様に、濁りのないクリアな響きと深い詩情が美しく調和しています。シューベルト特有の切なさや翳りを、知的なアプローチで凛と描き出しています。 マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ) 録音:1973年11月、ローマ、RCAスタジオA 解説:萩原秋彦 解説書表紙:「雲海の上の旅人」(カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ) 暗い岩山の頂上に立ち、眼下に広がる広大な「雲海」を見下ろす1人の旅人の後ろ姿が描かれています。遠くには霧に煙る山々がうっすらと見え、自然の圧倒的なスケールと、それに立ち向かう人間の孤独が対比されています GRAMMOPHON(ポリドール) F35G-20121(419 672-2) 初出:1975年4月 MG-2483 発売年月日:1987年5月25日 購入年月日:1987年8月11日(サウンドハンター各務原店)
2026.09.26
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ティト・プエンテ/ロイヤル・T(Royal 'T') ラテン・パーカッションの王者、103枚目のアルバム。自信たっぷり、生理的に絢爛豪華に繰り広げられるラテン・ジャズ。「ドナ・リー」をはじめ前半はジャズ曲のアダプトでとおし、後半になるとオリジナル他などよりラテン指数を強めるという作り。 ドナ・リー(Donna Lee) チャーリー・パーカー作曲の高速ビーバップ・ナンバー。 トーキョー・ブルース(Tokyo Blues) ホラース・シルヴァー作曲の名曲。日本にちなんだ哀愁あるメロディをラテンアレンジで演奏しています。 ヴァーゴ(Virgo) こちらもホラース・シルヴァー作曲のジャズ・ナンバー。 モーニン(Moanin’) アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの演奏でも有名な、ボビー・ティモンズ作曲のファンキー・ジャズの代表曲。 サヴォイでストンプ(Stompin’ At The Savoy) ベニー・グッドマンらで知られるスウィング・ジャズの定番スタンダード。 エンクエントロ(Encuentro) エディ・マルティネス作曲の、じっくりと聴かせるトラック。 マンボ・ガジェゴ(Mambo Gallego) ティト・プエンテ自身の作曲による、躍動感あふれる極上のマンボ・トラック。 セカンド・ウインド(Second Wind) レベッカ・モーレオン作曲のナンバー。 ロイヤルT(Royal ’T’) アルバムのタイトル曲。ティト・プエンテ自身が書き下ろした軽快な楽曲。 スラム・バム(Slam Bam) ルイ・ラミレス作曲。アルバムの最後を締めくくる熱量の高いトラック。 ティト・プエンテ(perc、マリンバ) ジョニー・ロドリゲス(ボンゴ、perc) ホセ・マデーラ(コンガ、perc) ホセ“ハポ”ロドリゲス(ボンゴ、perc) ピロ・ロドリゲス、トニー・ルハン(tp、flh) マリオ・リヴェラ(picc、fl、ss、ts) ボビー・ポルセリ(ss、as、brs) サム・バーティス、アルトゥーロ・ヴェラスコ(tb) ソニー・ブラーヴォ(p) ボビー・ロドリゲス(b) レベカ・マウレオン(syn) 録音:1993年1月18~19日、サンフランシスコ 解説:岡本郁生 CONCORD PICANTE(ビクター・エンタテインメント) VICJ-171 発売年月日:1993年7月21日 購入年月日:1993年7月24日(エデン美濃加茂店)
2026.09.25
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シューマン/クララ・ヴィークの主題による変奏曲、クライスレリアーナ 数多くの名盤を残したホロヴィッツではあるが、ピアノという楽器の素晴らしさをこれほど満喫させてくれるアルバムは他にない。みずみずしい情感を鮮明に表現した巨匠ホロヴィッツの最円熟期の録音。クララ・ヴィークの主題による変奏曲Op.14(1835~36)【pソナタ第3番第3楽章】 この曲は元々、激しい情熱に満ちた大作『ピアノ・ソナタ第3番 f短調』の第3楽章ですが、ホロヴィッツは独立した「変奏曲」として取り上げています。 録音:1969年2月5、14日、ニューヨーク、30番街スタジオクライスレリアーナOp.16(1838)【全8曲】 1838年、クララとの結婚裁判などを経て精神的に最も追い詰められていた時期に、わずか数日で書き上げられた最高傑作です。タイトルの「クライスラー」とは、ロマン派の作家E.T.A.ホフマンの小説に登場する「楽長クライスラー」のことです。シューマンは、気まぐれで幻想的、そして熱狂的なクライスラーのキャラクターに自分を重ね合わせ、同時にクララへ向けて「君への想いがこの曲の主役です」と手紙を送っています。 録音:1969年12月1日、ニューヨーク、30番街スタジオ ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ) 解説:渡辺学而 初出:1970年11月、SONC-10148 CBS SONY(CBSソニー) 32DC-441 購入年月日:1986年6月8日(昭美堂可児店)
2026.09.25
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チック・コリア&フリードリヒ・グルダ/ザ・ミーティング クラシックの巨匠でありながらジャズを愛したグルダと、ジャズ界の最高峰でありながらクラシックにも深い造詣を持つチック。この2人の稀有なミュージシャンによる、霊感に満ち、遊び心にも富んだ、すばらしいインプロヴィゼイション(即興演奏)の記録。プリペアド・ピアノ(J・ケージが開発)の発展である内部奏法が時々使われて(と思われる)いたりして新鮮。 ザ・ミーティング パート1 いつか王子様が(F.チャーチル) プット・ユア・リトル・フット・アウト(M.デイヴィス) ザ・ミーティング パート2 ポエムNo.3(F.パウエル)&子守歌(ブラームス) チック・コリア&フリードリヒ・グルダ(ピアノ) 録音1982年6月27日、ドイツ博物館コングレスザールにおける"ミュンヘン・ピアノの夏"ライヴ 朝日視聴室推薦、レコード芸術誌推薦 解説:黒田恭一 PHILIPS(日本フォノグラム) PHCP-9249 発売年月日:1994年11月2日 購入年月日:1994年11月26日(エデン美濃加茂店)
2026.09.24
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チック・コリア/リターン・トゥ・フォーエヴァー ジャズ史に残る歴史的名盤。重厚でダークささえ感じられた当時のフリー・ジャズから一変、メロディの美しい華麗なサウンドを披露。その後のブームを切り開いた良質なフュージョン・アルバム。 タイトル曲の「Return to Forever」はもちろん、静寂の中に美しさが光る「Crystal Silence」、ポップで愛らしい「What Game Shall We Play Today」、そして後にチックの代名詞となり、今やジャズのスタンダードとなった熱い「La Fiesta」への流れ(Sometime Ago - La Fiesta)など、捨て曲が一切ありません。 リターン・トゥ・フォーエヴァー(Return to Forever) クリスタル・サイレンス(Crystal Silence) ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ(What Game Shall We Play Today) サムタイム~ラ・フィエスタ(Sometime Ago - La Fiesta) チック・コリア(EL-P) ジョー・ファレル(FL、SS) スタン・クラーク(B、EL-B) アイアート・モレイラ(DS、PERC) フローラ・プリム(VO、PERC) 録音:1972年2月2~3日、ニューヨーク、A&Rスタジオ ECM(ポリドール) J25J-29024 購入年月日:1990年6月5日(エデン美濃加茂店)
2026.09.24
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チェット・ベイカー・ベスト・ライブ~マイ・ファニー・バレンタイン 1988年5月13日(金曜日)、オランダのアムステルダムのホテルの窓から転落し、謎の死を遂げたチェット。未だ人気を誇る、最後の感動的ライヴ。 謎の死から6年、未だ人気を誇るチェットの、最後の感動的ライブ チェット・ベイカーのトランペットと歌には麻薬にも似た危険な魅力が潜んでいた。1988年5月13日(金曜日)、オランダのアムステルダムのホテルの窓から転落して、謎の死を遂げたチェットーー。ジャズに生き、ジャズに死んだチェット・ベイカーは今や伝説の彼方の人となったが、あれからもう6年にもなるというのに彼の人気は衰えを知らない。その後も、生前に彼が残した演奏がぞくぞくとCDになって陽の目を見ているし、最近では彼の写真集なども出版された。もともとチェット。ベイカー(1929年12月23日、オクラホマ州イエールの生まれ)といえば、50年代のウエスト・コースト・ジャズの全盛期に彗星のごとくに登場して、そのハンサムなマスク、クールなトランペット・スタイルと女心をくすぐるような独特のボーカルで人気を集めたモダン・ジャズのスター・プレイヤーだった。その頃彼が吹込んだ『チェット・ベイカー・シングス・アンド・プレイズ』とか『チェット・ベイカー・シングス』といったアルバムはモダン・ジャズの人気を広める強力な武器になったほどよく聴かれたものだ。チェットがか細い声でムーディに歌う「マイ・ファニー・バレンタイン」や「アイ・ゲット・アロング・ウィズアウト・ユー・ベリー・ウェル」に胸をかきむしられ、恋心を駆り立てられた――というファンは少なくない。なかでもチェットのボーカルは女性のファンの間で一層人気が高かった。そういうチェットの人生は、波乱に富んでいた。麻薬にむしばまれた肉体、ジャズを演奏することへの捨て切れない情熱、チェットは好、不調を繰り返しながら、最晩年は彼の生涯で最も高い芸術性を発揮する絶頂期を迎えていた。その頃、チェットはブルース・ウェーバーが制作した白黒映画『レッツ・ゲット・ロスト』にも主演して、自らの人生をふり返り、伝説のジャズマンのドラマチックな生い立ちを自ら演じた。同じ頃、チェットは彼の人生で”最高”のコンサートをドイツのハノーバーで開いた。それは、チェツト・ベイカーのトランペットと歌を中心にハノーバー交響楽団やNDRビッグ・バンドなどが共演するというぜい沢な企画だつた。そしてこの日、チェットは、よほど幸福だったとみえて、得意の「マイ・フアニー・バレンタイン」を2度も歌い演奏した。彼は、この日がファンを前にして演奏する最後の晴舞台となることを予期していたのだろうか? トランペットと歌に魂をのり移らせて、チェット・ベイカーは、2週間後には命を断ったのである。今月のCDは、深い感動を呼ぶ彼の最後のコンサートのライブだ。(児山紀芳) オール・ブルース(All Blues) マイ・ファニー・ヴァレンタイン(My Funny Valentine) サマー・タイム(Summertime) イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ(In Your Own Sweet Way) アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥ・イージリー(惚れっぽい私)(I Fall In Love Too Easily) アイ・ゲット・アロング・ウィズアウト・ユー・ベリー・ウェル(あなたなんかいなくても)(I Get Along Without You Very Well) テンダリー(Tenderly) マイ・ファニー・ヴァレンタイン(アンコール)(My Funny Valentine) チェット・ベイカー(tp、vo) NDRビッグ・バンド(18人編成) ディーテル・グラビッシュニッヒ指揮/ハノーバー交響楽団 録音:1988年4月28日、フンクハウス(放送局)・ホール、ハノーバー 解説:吉村浩二 ENJA(クラウン・レコード) FRCP-30370 購入年月日:1995年8月16日(CDクラブ)
2026.09.24
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ジョン・コルトレーン/ベスト・バラード いわゆる「黄金のカルテット」(マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズ)を従えた1962年から1965年にかけての録音で、激動の60年代ジャズ界を駆け抜けたコルトレーンが、驚くほど繊細で温かい音色を聴かせてくれる珠玉のテイクばかりが並んでいます。 特にアルバム『Ballads』(1962年録音)や、名歌手ジョニー・ハートマンとの共演盤(『John Coltrane and Johnny Hartman』)などから選りすぐられた名曲たちは、今聴いてもまったく色褪せないマスターピースです。 「ホワッツ・ニュー」(アルバム『Ballads』より) 「イン・ア・センチメンタル・ムード」(アルバム『Duke Ellington & John Coltrane』より) 「マイ・リトル・ブラウン・ブック」(アルバム『Duke Ellington & John Coltrane』より) 「アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー」(アルバム『Ballads』より) 「ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ」(アルバム『Ballads』より) 「セイ・イット」(アルバム『Ballads』より) 「ゼイ・セイ・イッツ・ワンダフル」(アルバム『Ballads』より) 「ラッシュ・ライフ」(アルバム『John Coltrane and Johnny Hartman』より) 「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ」(アルバム『John Coltrane and Johnny Hartman』より) 「ネイチャー・ボーイ」(アルバム『John Coltrane and Johnny Hartman』より) ジョン・コルトレーン(テナー・サックス) マッコイ・タイナー(ピアノ) ジミー・ギャリソン(ベース) エルビン・ジョーンズ(ドラムス)他 録音:1962~1965年 解説:高井信成 IMPULSE!(MCAビクター) FVCP-30318 購入年月日:1996年11月5日(CDクラブ)
2026.09.23
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ドリス・デイ・シングス・ラテン(Latin for Lovers) アメリカのポピュラー・シンガーが、所謂企画モノとしてラテンを取り上げるケースはよくあるが、中でもこのアルバムの出来栄えは素晴らしく、楽しさあふれる内容になっている。ボサ・ノヴァのヒット曲をメインに、メキシコ、キューバのナンバーも交え、ロマンの横溢するドリスの歌唱は彼女のファンとラテン・ファンの両者とも満足させてくれる。1965年の発売以来、その後長らく廃盤扱いだったが、ここに漸くCDで復刻された。 アントニオ・カルロス・ジョビン作曲の「コルコヴァード(Quiet Nights of Quiet Stars)」や「デザフィナード」、「メディテーション」といったボサノヴァの名曲から、ラテン・スタンダードの「サヴォール・ア・ミ(Sabor a Mí)」や「キサス・キサス・キサス」まで、彼女の巧みな表現力でロマンチックに歌い上げられています。 クワイエット・ナイト(コルコヴァード) / Quiet Nights of Quiet Stars (Corcovado) フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン / Fly Me to the Moon メディテーション / Meditation ダンセーロ / Dansero 夏は去りぬ / Summer Has Gone ハウ・インセンシティヴ / How Insensitive デザフィナード / Desafinado 燃ゆる初恋 / Our Day Will Come サヴォール・ア・ミ / Be True to Me (Sabor a Mí) キサス・キサス・キサス / Perhaps, Perhaps, Perhaps (Quizás, Quizás, Quizás) ノーチェ・デ・ロンダ / Be Mine Tonight (Noche de Ronda) ポル・ファヴォール / Por Favor ドリス・デイ 解説:青木啓 CBS SONY(ソニー・ミュージック・エンタテインメント) FCCP-30182 購入年月日:1993年6月16日(CDクラブ)
2026.09.23
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ヘンリック・シェリング/スペイン、メキシコ・ヴァイオリン名曲集 シェリングはポーランド出身ですが、第二次世界大戦中にメキシコに帰化し、同国の音楽文化の発展に大きく貢献しました。そのため、スペインの作品はもちろん、ラテンアメリカ(メキシコ、ブラジル、アルゼンチンなど)の知られざる近代ヴァイオリン作品に強い光を当て、それらを世界に紹介する活動を熱心に行っていました。 このCD(1969年録音)は、まさに彼のそうした「第二の故郷」やラテンの血への深い愛情と、巨匠としての磨き抜かれた気品あるアプローチが見事に融合した名リサイタル盤です。 「はかなき人生」~スペイン舞曲第1番(ファリャ) ファリャの代表的なオペラ『はかなき人生』の中で踊られる、あまりにも有名な情熱的なダンスです。フリッツ・クライスラーによるヴァイオリンとピアノへの編曲が非常に有名で、冒頭から独特のフラメンコ風のリズムが炸裂します。 歌と踊り第1番(モンポウ) カタルーニャ出身の「静寂の作曲家」モンポウの代表作(原曲はピアノ)。カタルーニャの古い民謡をベースにしており、極限まで削ぎ落とされたシンプルな音の中に、深いノスタルジーと神秘的な美しさが宿っています。 ジプシー娘の踊り(ハルフテル) ファリャの愛弟子であるハルフテルの作品。近代的な和声の中に、スペインの伝統的なジプシー(ロマ)の音楽要素がスタイリッシュに組み込まれています。 アンダルシアのロマンスop.22-1(サラサーテ) スペイン南部の夜を思わせる、甘美でどこか哀愁を帯びたメロディが朗々と歌い上げられます。 サバテアードop.23-2(サラサーテ) フラメンコで靴底を鳴らすステップ(サパテアード)を模した、目まぐるしいピッツィカートやフラジオレット(倍音技巧)が要求される超絶技巧曲です。 遥かなる歌(グァルニエリ) 20世紀ブラジルを代表するナショナリズム(国民楽派)の作曲家。ブラジルの民俗音楽の切ないメロディ(サウダーデ:郷愁)が、ヴァイオリンの歌心によって美しく引き出される隠れた名曲です。 セルタンの夜曲(ミニョーネ) 「セルタン」とはブラジル北東部の乾燥した内地(荒野)を指します。どこか寂しげで、しかし力強いアフリカやインディオの血を感じさせる南米独特の夜想曲です。 前奏曲op.16(カミーニャ) かがり火のほとりでop.16(ヴァーレ) どちらもブラジルのヴァイオリン作品として非常に珍しいセレクトです。特にヴァーレの「かがり火のほとりで」は、夜のキャンプファイワーを囲むような素朴さと温かみのある民俗的な小品です。 平原(グァスタビー) アルゼンチンの「シューベルト」とも称される、20世紀において徹底して美しい旋律を書き続けたロマン派作曲家。アルゼンチンの広大な平原(パンパ)を吹き抜ける風や、孤独、そこに生きる人々の哀愁が、極上のメロディに乗せて奏でられます。 祖国から(マロキン) メキシコの曲家ホセ・サブレ・マロキンが手がけた、ノスタルジーに満ちたヴァイオリンとピアノのための美しい小品です。タイトルにある「祖国」とはもちろんメキシコ。そのため、マロキンがこの曲に込めた「我が祖国メキシコへの愛と郷愁」というテーマは、シェリングの魂の琴線に強く触れるものでした。 メキシコ舞曲(ロロン) メキシコの伝統的なリズムや舞曲のステップを散りばめた、非常にリズミカルで色彩豊かな民俗的楽曲です。 無伴奏の前奏曲(カリージョ) カリージョは「微音音楽(微分音:半音よりさらに細かい音)」の先駆者として音楽史に名を残すメキシコの過激な前衛作曲家です。しかし、この無伴奏前奏曲はヴァイオリンの音響美をストレートに突き詰めた、バッハの伝統を受け継ぐような張り詰めた緊張感を持つ傑作です。 短いソナタ(ポンセ) ポンセはメキシコ近代音楽の父。「エストレリータ(小さな星)」の作曲者として有名ですが、このソナタはフランス印象派や新古典主義の影響を受けた、非常に洗練された3楽章構成の小ソナタです。シェリングの知的なアプローチが最も映える楽曲の一つです。 このアルバムは、一見「アンコール小品集」のようでありながら、その実、「大国に埋もれてしまいがちなラテンアメリカの芸術音楽の価値を世界に証明する」という、シェリングの強い使命感と愛情が込められた極めて文化的な1枚です。 ヘンリック・シェリング(ヴァイオリン) クロード、マイヨール(ピアノ) 録音:1969年5月25、28日 解説:濱田滋郎 PHILIPS(日本フォノグラム) PHCP-9256 発売年月日:1994年11月2日 購入年月日:1994年11月26日(エデン美濃加茂店)
2026.09.22
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ジルベルト・ジル/Refavela(レファヴェーラ) ブラジルの音楽界を代表する巨匠、ジルベルト・ジルが1977年に発表した名盤。彼がナイジェリアのラゴスで開催されたフェスティバル(FESTAC '77)に参加し、アフリカ大陸のルーツ音楽やアフロビートに強い衝撃を受けて制作された「アフロ・ブラジリアン・三部作」の重要な一作として知られています。 1975年「Refazenda」(レファゼンダ) 1977年「Refavela」(レファヴェーラ) 1979年「Realce」(レアルシ)収録曲一覧Refavela(レファヴェーラ)Ilê Ayê(イレ・アイエ)Aqui e Agora(アキ・エ・アゴーラ)Norte da Saudade(ノルチ・ダ・サウダーヂ)Babá Alapalá(ババ・アラパラ)Sandra(サンドラ)Samba do Avião(サンバ・ド・アヴィアォン)(ジェット機のサンバ )アントニオ・カルロス・ジョビンのカバーEra Nova(エラ・ノヴァ)Balafon(バラフォン)Patuscada de Gandhi(パトゥスカーダ・ヂ・ガンジー)ジルベルト・ジルWEA(WARNER) M-994642-2購入年月日:1999年12月25日(ラティーナ)
2026.09.21
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ミルトン・ナシメント ライヴ~この美しき惑星より(O Planeta Blue na Estrada do Sol)小編成のバックで比較的小さめの会場に臨んだという91年、彼としては23番目のサンパウロでのライヴ・アルバム。ラストに収録されたビートルズの「ハロー・グッドバイ」は圧巻。本日 2026年9月21日は、奇しくもこの名盤が日本盤(ESCA-5649)として発売された日からちょうど34年という記念すべき日です。 ヴェヴェーコス、パネーラス・イ・カネーラス(Veveco, Panelas E Canelas) ミルトンとフェルナンド・ブラントのコンビによる、彼の初期(1970年のアルバム『Milton』など)からの代表曲。 ウン・インヂオ(Um Índio) カエターノ・ヴェローゾが1976年に発表した名曲のカバー。 惑星ブルー(Planeta Blue) 本作のテーマとも言える美しく壮大な楽曲(ミルトン&フェルナンド・ブラント作)。私たちが暮らす地球(青い惑星)への環境的な視線や愛、そこに生きる人々の悲喜交々を、哀愁を帯びたメロディでドラマチックに歌い上げています。 塩の歌(Canção Do Sal) ミルトンがデビュー初期(1960年代半ば)に書き下ろし、エリス・レジーナに録音されたことで彼の出世作となった最重要曲の一つ。 ポント・ヂ・エンコントロ(出会いの時)(Ponto De Encontro) 元「ボカ・リヴレ」のゼ・ヘナートとミルトンの共作。 セルタォンの月(Luar Do Sertão) ブラジルの古典的な名カルチ(民謡・伝統歌) ブレージョ・ダ・クルス(Brejo Da Cruz) シコ・ブアルキが手掛けた、都市の影に生きるストリートチルドレン(あるいは過酷な地方の現実)をテーマにした社会性の強い楽曲。 ケン・エ・ヴォセ?(あなたは誰?)(Quem É Você ?) ミルトンと親交の深いピアニスト・ルイス・アヴェラールと、アメリカのジャズ・フュージョン界を代表するパット・メセニー・グループの鍵盤奏者ライル・メイズの共作によるナンバー。 ベアトリス(Beatriz) エドゥ・ロボとシコ・ブアルキが舞台音楽のために書き下ろし、ブラジル音楽史上屈指の美しさを誇ると言われるバラード。 太陽の道(Estrada Do Sol) ボサノヴァの神様アントニオ・カルロス・ジョビンとドリヴァル・カイミの共作による瑞々しい名曲。 ハロー・グッドバイ(Hello Goodbye) ビートルズの言わずと知れた名曲のカバー。ミルトンは古くからビートルズへの深い愛を公言していますが、このライヴでの演奏はまさに圧巻。シンプルなポップソングが、ミルトンの唯一無二のヴォイスとブラジル特有のリズムのダイナミズムによって、壮大な祈りのような次元へと昇華されています。 ミルトン・ナシメント 録音:1991年11月28〜30日、芸術文化劇場、サンパウロ 解説:佐藤由美、歌詞対訳:国安真奈、佐藤晃 EPIC(エピック・ソニー) ESCA-5649 発売年月日:1992年9月21日 購入年月日:1992年12月26日(サウンドハンター各務原店)
2026.09.21
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栄光のデッカ・サウンドBOX第2弾!デッカ・サウンド~ザ・アナログ・イヤーズ(54CD)[Disc 23]ホルスト/組曲「惑星」、サン=サーンス/交響曲第3番「オルガン付き」ホルスト/組曲「惑星」OP.32、H.125(1914~1916) 「惑星」は、地球をのぞく太陽系の7つの星(冥王星はまだ発見されていませんでした)をギリシャ神話の神々に見立てて表現した、近代イギリスの作曲家ホルストの作曲によるダイナミックなオーケストラ作品。インド出身の名指揮者、メータの演奏はLP発売当事にレコード・アカデミー賞を受賞した名盤です。 1 火星、戦争をもたらす者 2 金星、平和をもたらす者 3 水星、翼のある使者 4 木星、快楽をもたらす者 5 土星、老いをもたらす者 6 天王星、魔術師 7 海王星、神秘主義者 ホルストがこの曲の作曲に着手したのは1914年、第一次世界大戦の起こった年にあたっています。しかも第1曲が昔から西洋では戦争の神マルスの名前で呼ばれてきた「火星」。「火星」と「第一次世界大戦」何かの結びつきがあるように思われます。 録音:1971年4月19日、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にあるロイス・ホールサン=サーンス/交響曲第3番ハ短調OP.78「オルガン付き」(1886) パイプオルガンと大編成オーケストラが炸裂する非常に華やかな楽曲です。メータと彼が長く常任指揮者を務めていたロサンゼルス・フィルハーモニーの幸福な結びつきの成果が、ひときわ素晴らしい形として結実したのがサン=サーンスの交響曲第3番です。ともすれば外面的な効果のみを追求しがちなこの作品で、メータは明快な棒さばきのなかにも深いスコアの読みと洗練されたセンスとを示しており、この交響曲の最高の演奏・録音のひとつに数えられています。 録音:1970年3月16〜17日、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にあるロイス・ホールズービン・メータ指揮/ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団DECCA(UNIVERSAL MUSIC) 478 5977発売年月日:2013年10月4日購入年月日:2013年10月10日(HMV)
2026.09.21
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FM愛知で1985年7月13日(土)に放送されたウィークエンド・ライブ・スペシャル <ザ・コンサート>~ナラ・レオン~東京の草月ホールで行われた来日公演(1985年6月27日、東京、草月ホール)の様子や、ロベルト・メネスカルやカメラータ・カリオカとの共演曲がの様子が高場将美(日本のブラジル音楽評論・紹介の第一人者)さんの進行で進みます。 ワン・ノート・サンバ オレ・オラ 盗賊コリスコ ナラ・レオン 波 お婆ちゃんの時計 小舟 イパネマの娘 ナラ・レオン、ロベルト・メネスカル(G) オデオン 黄色いシャツの男 ナラ・レオン、カメラータ・カリオカ なつかしき思い出 スカートをはいたワニ カメラータ・カリオカ カーニバルの朝 ナラ・レオン、ロベルト・メネスカル(G) ディサフィナード ナラ・レオン 収録:1985年6月27日、東京、草月ホール 話:高場将美 放送年月日:1985年7月13日(土) FM愛知 MO-1022
2026.09.20
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小田和正/自己ベスト3 小田和正のベストアルバム『自己ベスト-3』(77歳2か月)が『自己ベスト-2』から17年の時を超え2024年11月27日に発売。今作には配信限定シングルとしてリリースしていた「what’s your message ?」(2023・フジテレビ系ドラマ木曜ドラマ『この素晴らしき世界』主題歌)、6年ぶりに再タッグを組んだドラマ『ブラックペアン シーズン2』「その先にあるもの」(2024・TBS系 日曜劇場『ブラックペアン シーズン2』主題歌)、そして約4年ぶりに明治安田企業CMとして書き下ろした「すべて去りがたき日々」(2024・明治安田企業CM曲)の3曲が新曲として初収録。『自己ベスト』『自己ベスト-2』の初回盤は、発売当時デジパック仕様で販売されていたが、あっという間に売り切れとなった為、今回同仕様の3枚セット限定ボックスで復刻販売。尚、前2作品は共に2024バージョンとして新しく生まれ変わり、『自己ベスト-3』の収録曲も発売当初の音源が一部リミックスとなる。<収録曲>01.すべて去りがたき日々(2024)明治安田企業CM曲02.哀しいくらい(1982)03.I LOVE YOU(1982)2001年MAX FACTOR CM曲04.Little Tokyo(1989)ネスカフェ新ゴールドブレンドCM曲05.またたく星に願いを(1993)味の素ほんだしCM曲06.遠い海辺(1997)小田和正監督作品 映画『緑の街』劇中歌/フジテレビ系『おはよう!ナイスディ』エンディングテーマ曲07.とくべつなこと(2000)08.東京の空(2011)フジテレビ系木曜劇場『それでも、生きてゆく』主題歌/TBSドキュメンタリー『東京の空』テーマ曲09.やさしい風が吹いたら(2013)テレビ朝日系連続ドラマ『遺留捜査』主題歌10.愛になる(2014)明治安田生命企業CM曲11.mata-ne(2014)Nathan East提供した「Finally Home」日本語詞セルフカバー12.風を待って(2021)明治安田生命企業 CM 曲/テレビ朝日系連続ドラマ『遺留捜査」主題歌13.こんど、君と(2021)NHK「みんなのうた60」記念ソング14.so far so good(2022)NHK ドラマ 10『正直不動産』1&2主題歌15.what’s your message ?(2023)フジテレビ系木曜劇場『この素晴らしき世界』主題歌16.その先にあるもの(2024)TBS系 日曜劇場『ブラックペアン シーズン2』主題歌
2026.09.20
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エリック・ゲイル/ブルー・ホライズン ブルース・ゴスペルをベースにしたエリック・ゲイルのギター・ワークは定評があり、'60年代以降数多くのアルバムに参加してきた。一時、音楽界から離れていたが、'70年中期、スタッフを結成、以後の活躍はあまりにも有名。3枚のリーダ・アルバムからはくぐもったギター・ワークを通して暖かい人柄が伝わってくる。 ブルー・ホライゾン(BLUE HORIZON) ウェイト・アンティル・ザ・シティ・スリープス(WAIT UNTIL THE CITY SLEEPS) ホエン・トウキョー(WHEN TOKYO?) マコ・ダムール(MAKO D'AMOUR) クロック・ア・パ(CLOCK-A-PA) コール・ミー・アット・ザ・セイム・ナンバー(CALL ME AT THE SAME NUMBER) ナインティ・セブンス・アンド・コロンバス(97TH & COLUMBUS) エリック・ゲイル(g)、ウインストン・グレナン(ds、vo) マーク・メザー(g、vo)、ナッサー・ナッサー(perc) ピーター・ショット(key、vo)、ネディ・スミス(b) フレディ・ウェイツ(ds)、ヒュー・マサケラ(flh) 録音:1981年10月11日 ELEKTRA(WARNER) E4-60022 購入年月日:1984年7月14日(土)(タワーレコード渋谷店) 再発年月日:1998年7月29日 VICJ-60189
2026.09.20
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メルセデス・ソーサ/『アルヘンティーナの女(原題:Mujeres Argentinas)』 アルゼンチン・フォルクローレ界の女王メルセデス・ソーサの歴史的名作の復活CD。アリエル・ラミレス曲、フェリクス・ルナ詞の連作歌曲の待望のCD化。ソーサのこの曲にこめた芸の深みもさることながら、伴奏にラミレス自身はじめ、トーレスやクーラが顔をそろえた。アルヘンティーナとはアルゼンチンの正称。この共和国の歴史と共に生きた8人の女性を唄っています(一人だけは例外でリ隣国ボリビアの女性です)。 チャコの異国娘(Gringa Chaquena) 移民・入植者の象徴(架空の存在) フアナ・アスルドゥイ(Juana Azurduy) 独立戦争の伝説的女性英雄(実在、唯一のボリビア出身) 女教師ロサリート・ベラ(Rosarito Vera, Maestra) アルゼンチンの幼稚園の母とされる教育者(1873-1950) 囚われの女ドロテア(Dorotea, La Cautiva) 先住民族に拉致された白人女性の悲劇と選択(象徴的な存在) アルフォンシーナと海(Alfonsina Y El Mar) 夭折した天才女流詩人(実在、アルフォンシーナ・ストルニ、1892-1938) トゥクマン女マヌエラ(Manuela La Tucumana) 独立戦争の影の功労者(実在、マヌエラ・ぺドラサ、あるいはトゥクマンの戦いの女性たち) グアダルーペの手紙(Las Cartas De Guadalupe) 愛する夫へ届かなかった悲劇の手紙(実在、グアダルーペ・クエンカ、1790代−1854) マリキータの家で(En Casa De Mariquita) 国家が初めて歌われたサロンの主(実在、マリキータ・サンチェス・デ・トンプソン、1786−1868) メルセデス・ソーサ 解説・歌詞対訳:濱田滋郎 PHILIPS(オーマガトキ) SC-3124 発売年月日:1992年10月25日 購入年月日:1993年4月11日(新星堂犬山店) LP盤(FDX-295)発売年月日:1977年5月25日
2026.09.20
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ホロヴィッツ/スクリャービンリサイタル スクリャービン22歳の「練習曲」(Op.8)から死の前年に作られた「焔に向って」までの20年間にわたる作品からなっている。世紀末のロシアとヨーロッパの境に立つ独特な感覚にあふれたこれらの作品を、ホロヴィッツがすさまじい迫力に満ちた演奏を聴かせる。特に焔に向かっての火や焔のモティーフは、神秘主義的哲学に傾倒していたスクリャービンの作品にたびたび登場する。自由で法悦的世界が開けていくこの響きは先進的であり、この作品においても重音の連打によって恍惚の境地に向かっていく。同時に、暗闇の底のような彼の観念的世界も色濃く表れている。。 アルバム・リーフ Op.45-1 エチュード 嬰ヘ短調 Op.8-2 エチュード 変ロ短調 Op.8-11 エチュード 変ニ長調 Op.8-10 エチュード 変イ長調 Op.8-8 エチュード 嬰へ長調 作品42-3 エチュード 嬰へ長調 作品42-4 エチュード 嬰ハ短調 作品42-5 録音:1972年4月27日、5月4日、5月31日、ニューヨーク、30番街スタジオ ピアノ・ソナタ第10番 Op.70 録音:1966年4月17日、ニューヨーク、カーネギーホール(ライヴ) 2つの詩曲 Op.69 第1曲 アレグレット 2つの詩曲 Op.69 第2曲 アレグレット 焔に向かって(詩曲) Op.72 録音:1972年4月27日、5月4日、5月31日、ニューヨーク、30番街スタジオ ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ) 解説:柴田南雄 SONY CLASSICAL(ソニー・ミュージックエンターテインメント) SRCR-8853 発売年月日:1992年6月1日 購入年月日:1992年7月4日(新星堂犬山店)
2026.09.20
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ミルトン・バナナ/アオス・アミーゴス・トム、シコ&ヴィニシウス 「サンバス・ヂ・ボサ」と同じ時にまとめ買いしたミルトン・バナナ・トリオのアルバム。トム・ジョビン、シコ・ブアルキ、ヴィニシウス・ヂ・モライスの名曲群を極上のメドレー形式でカバーした、ミルトン・バナナの魅力が詰まった傑作です。 Chega de Saudade~Desafinado~Corcovado ジョビン&ヴィニシウスの歴史的幕開け(思いあふれて〜ジザフィナード〜コルコヴァード) Carolina~Januaria シコ・ブアルキの哀愁と叙情(カロリーナ〜ジャヌアリア) Meditacao~Amor em Paz ジョビン流の瞑想と平和の哲学(瞑想〜平和な愛) Homenagem ao Malandro~Olhos nos Olhos 軍事政権下の社会風刺と人間の性(マランドロへのオマージュ〜眼と眼を見つめ合って) Brigas Nunca Mais~Discussao 別れと美学の関係性の変化(喧嘩はもうやめよう〜論議) Samba em Orly~Regra Tres パリへの逃避行とサッカーのルール(オルリーのサンバ〜ルール3) Insensatez~Inutil Paisagem 悲しみと虚無の美(愚かな行為〜無意味な風景) Quem Te Viu、 Quem Te Ve~Roda Viva 大衆の熱狂と時代のうねり(昔の君、今の君〜人生の歯車) Ligia~Wave~Triste ジョビンの熟成期と世界最高峰の讃歌(リジア〜波〜悲しみ) Ela e Carioca~Garota de Ipanema カリオカの日常と世界で最も有名な少女(彼女はカリオカ=イパネマの少女) Gota D'agua~Retrato em Branco e Preto 愛の情念と悲恋のクラシック(最後のひとしずく〜白と黒の肖像画) O Morro Nao Tem Vez~A Felicidade ファベーラからの叫びと人生の祝福(終わりのないサンバ〜幸福) Ate o Fim~meu Caro Amigo 軍事政権への抵抗と、親友への手紙(最後まで〜親愛なる友へ) Agua de Beber~Aguas de Marco 生命の源としての「水」(おいしい水〜三月の水)軍事政権下のメタファーが含まれたシコの楽曲から、ジョビンの自然への賛歌まで、ミルトン・バナナの弾けるようなドラミングがこれらの重厚なテーマを鮮やかに演奏しています。 ミルトン・バナナ・トリオ RCA(BMG) M10030 購入年月日:1999年7月27日(ラティーナ)
2026.09.19
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ミルトン・バナナ・トリオ/サンバス・ヂ・ボサ ボサノヴァ・ドラミングの神様であるミルトン・バナナの軽快で華麗なリズムに乗せて、MPB(ブラジリアン・ポップス)やサンバの名曲がメドレー(〜)などを交えてスマートに綴られた大名盤です。 Flor De Lis Bolinha De Papel~De Conversa Em Conversa O Meu Guri(シコ・ブアルキの作品) Agora E Cinza~Balanco Zona Sul Sampa(カエターノ・ヴェローゾがサンパウロを歌った曲) Trem Das Onze~Mocinho Bonito Batendo A Porta(ジョアン・ノゲイラとパウロ・セザール・ピニェイロの作品) Pra Machucar Meu Coracao~Folhas Secas(ネルソン・カバキーニョの名曲メドレー) Velho Ateu La Vem A Baiana~Boogie Woogie Na Favela Linha De Passe(ジョアン・ボスコの名曲) O Samba Da Minha Terra~Mas Que Nada(「わが土地のサンバ」と、世界的に有名な「マシュ・ケ・ナダ」のメドレー) Serrado(ジャバンの作品) Tim Tim Por Tim Tim~Se Voce Jurar(小粋なボサ・サンバ・メドレー) ミルトン・バナナ・トリオ RCA(BMG) M60025 購入年月日:1999年7月27日(ラティーナ)
2026.09.19
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ミルトン・バナナ・トリオ/コパカバーナの誘惑 ボサノヴァ・ドラムの神様であるミルトン・バナナが率いるピアノ・トリオが、軽快でスリリングな極上サンバ・ジャズを贅沢にメドレー形式などで聴かせる珠玉のベスト・セラー・アルバムです。 20曲以上の長丁場ながらちっとも飽きの来ない正確無比でキレのあるドラミングと、爽快に転がるピアノの旋律が絶妙に絡み合い、長丁場でも全く聴き手を飽きさせません。 モサ~私は1万年前に生まれた 10まで数えて~ボーラ・プラ・フレンチ 神は与えるものを持っている~海辺にて あなたとどこまでも~あなたが望むなら モーロ育ち~君はただの女 私のスルド~愛のサンバは永遠に 我が友カヴァキーニョ~去りし愛へのサンバ ラテン・ラヴァー~天才は協調しない パルチデイロの遺言~キタンデイロ 静かな海~フズエ サンバ・セン・クイーカ~アルマジロは地下鉄技師 モーロのメドレー:モーロのアヴェ・マリア~モーロ生まれ~水の入ったブリキカン~ラウリンド~オ・モーロ~モーロの声 ミルトン・バナナ・トリオ ドラム:ミルトン・バナナ(Milton Banana) ピアノ:シド・ビアンキ(Cido Bianchi) ベース:マリオ・モンテイロ(Mário Monteiro) 解説:大島守 RCA(RVC) R32P-1090 購入年月日:1987年7月18日(サウンドハンター各務原店)
2026.09.19
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ブラームス/交響曲第1番ハ短調Op.68(1876) クルト・ザンデルリンク指揮/ドレスデン・シュターツカペレ クルト・ザンデルリンクはドイツの指揮者。1912年 9月19日ドイツ帝国東プロセインのアリス(現在のポーランド・ヴァルミア=マズールィ県オジシュ)で生まれた。2011年9月18日、自身の誕生日の前日にドイツのベルリンで98歳で老衰で死去。 当時60歳のこの指揮者は、思いのたけをすべてこの曲にぶつけたかのような迫力のある演奏を聴かせてくれます。ホルンやティンパニも、とても素晴らしい。有名な第4楽章のテーマでは、いぶし銀の「ドレスデン・サウンド」がとても心に響きます。ルカ教会という素晴らしい響きを持つ空間で録音されたこのCDがあれば、他の演奏は要らないくらい素晴らしい演奏です。 録音:1971年3、6、11月、ドレスデン、ルカ教会 解説:大宮真琴 EURODISK(日本コロムビア) 28C37-11 発売年月日:1984年3月31日 購入年月日:1985年12月17日(石丸電気2号店)
2026.09.18
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小野リサ/ナナン 素敵な南からのそよ風。大地からの授かりもの、リサの声は人生を夢見心地にさせてくれる。1990年リリースのセカンドアルバム、小野リサの名前とボサノバを全国区にしたヒットシングル「星の散歩(Passeio Nas Estrelas)」をはじめ、アントニオ・カルロス・ジョビンのカバー「ベステイラ(Besteira)」、爽快な「リオ・デ・ジャネイロ(Rio de Janeiro)」など、全12曲を収録。日本ゴールドディスク大賞のジャズ部門を受賞した作品で、涼しさを呼ぶ美しい歌声が満喫できる。 ベステイラ(Besteira) リオ・デ・ジャネイロ(Rio de Janeiro) モルセガ~南からの贈りもの(Morcega) マイーラ(Maira) セレーノ(Sereno) 星の散歩(Passeio Nas Estrelas) リトラル・デ・ソール(Litoral De Sol) ペーパー・ドール(Paper Doll) グアルジャ(Guaruja) 蜜蜂のサンバ(ア・アベリャ・エ・オ・ザンゴン) ショーロ(Choro) カント・パラ・ナナン(Canto para Nana) 小野リサ MIDI(ミディ) 32MD-1067 購入年月日:1992年12月29日(ブックバーン関店) 再発年月日:2009年3月4日 MDCL-5002
2026.09.17
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ベートーヴェン/交響曲第5番「運命」、第7番ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調Op.67「運命」(1805~08) 録音:1982年11月、ベルリン、フィルハーモニー ベートーヴェンの「交響曲第5番」は、歌舞伎に例えれば「勧進帳」的存在である。古今の交響曲を通じて、この曲ほど多くの人に認知されている曲は他にない。この曲は、今までにカラヤンを始めとして、オーケストラではフルトヴェングラー、バーンスタイン、ワルター、セル、ブーレーズ、ショルティ、クライバーなど。リスト編曲のピアノ演奏ではグールド、カツァリスの演奏を聴いた。この演奏はカラヤンとベルリン・フィルが全盛期に築き上げた、輝かしく重厚な演奏です。ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調Op.92(1811~12) 録音:1983年12月、ベルリン、フィルハーモニー ベートーヴェンは「交響曲第5番」と「第6番」とを同時期に生み出したように「第7番」と踵を接して「第8番」を作曲しました。リストはこの「第7番」のことを「リズムの神化(進化)」と言い、ワーグナーは「舞踏の聖化」と言っているが、この作品はメロディ以上に「リズム」そのものが主役であり、全楽章を突き動かす圧倒的なエネルギーが最大の魅力です。カラヤンの演奏は強靭なリズムと骨格の太い演奏で特に第4楽章は出色。カラヤンと一体となったベルリンフィルの驚異的なアンサンブル精度と圧倒的なパワーによって爆発する様は、まさに圧巻の一言に尽きます。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 解説:平野昭、歌崎和彦 GRAMMOPHON(ポリドール) F00G-27006 発売年月日:1989年9月16日 購入年月日:1992年3月7日(サウンドハンター各務原店)
2026.09.17
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五輪真弓/風のない世界 ユーミンもいない、吉田美奈子や丸山圭子もいない昭和47年に五輪真弓は『少女』でデビューした。『少女』に続く、セカンドアルバム。また、スペシャル・ゲストとしてキャロル・キングやチャールズ・ラーキーらが参加したロサンゼルス録音の名盤。海外録音の先駆けともなったこのアルバムは、当時のサウンド・クリエーションを展開している。ヒット曲「煙草のけむり」をはじめ、フォークやポップスの枠を超えた一曲一曲のクオリティの高さがどんな時代に聴いても衰えのないことに驚きを禁じえない。 風のない世界 黒猫とゆりかご 昨日までの想い出 何も言えない 水に沈みゆく影 煙草のけむり 赤毛の犬 家 桜の季節 夏のおもかげ五輪真弓録音:1973年4月9日~5月6日、クリスタル・サウンドスタジオ、ハリウッド、カリフォルニアCBS SONY(ソニー・ミュージックエンターテイメント) SRCL-1823購入年月日:1991年4月5日(サウンドハンター各務原店)
2026.09.16
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ブルックナー/交響曲第4番『ロマンティック』ブルックナー(アントン)(1824-1896) 交響曲第4番変ホ長調 WAB.104『ロマンティック』[ハース版] ブルックナーは1824年9月4日にオーストリアのリンツに近い寒村のアンスフェル伝で産声を上げた。1924年といえばベートーヴェンが「交響曲第9番」を完成した年にあたっている。その年に生まれたブルックナーが、のちにベートーヴェンと同じ9曲も交響曲(習作や「第0番」と呼ばれるものを含めると11曲)を書いたと思うと、何か見えない糸に繋がっているようである。 ブルックナーがは「大器晩成」で「交響曲第1番」が完成したとき、彼はすでに50歳の時だった。 交響曲第4番『ロマンティック』の表題は、作曲者が中世の都の明け方の光景や森の光景を描いていると言われるが、特に表題的な意味はない。ベートーヴェンの「田園」と同じようにブルックナーの大自然に対する敬意と愛情を盛り込んだ作品だと思います。 指揮者のギュンター・ヴァント(Günter Wand, 1912–2002)は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて、ドイツ音楽の正統的な伝統を現代に伝えた20世紀最高峰の巨匠指揮者の一人。晩年にはベートーヴェン、ブラームス、そしてとりわけブルックナーの世界的権威として至高の精神性に到達しました。 ブルックナーの交響曲は、作曲家自身や弟子たちによる度重なる改訂のせいで、複数の楽譜(版)が存在することで有名です。 第1稿(1874年11月22日) 第2稿(1878年〜1880年) 第3稿(1886年〜1888年) ハース版は、1927年に設立した国際ブルックナー協会の初代校訂者ロベルト・ハースがまとめた楽譜です。 ベースは「第2稿(1878/1880年稿)」でもっとも一般的に演奏される、なじみ深いメロディや構成を基本にしています。 ハース版の最大の特徴は、第4楽章の後半(コーダと呼ばれる結尾部)などで、ブルックナーが後に周囲の意見に流されて削ってしまったと思われる部分を、ブルックナーの「1881年の直筆譜」を尊重し一部復活させている点にあります。ギュンター・ヴァント指揮ケルン放送交響楽団録音:WDRグローサー•センデザール(現:クラウス•フォン•ビスマルク•ザール)、ケルン、ドイツ、1976年RCA(Sony Music Entertainment) 88697776582(4)
2026.09.16
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9月15日はブルーノ・ワルター(独:指揮者)の誕生日(1876年) ブルーノ・ワルター(Bruno Walter, 1876年9月15日 - 1962年2月17日)は、20世紀を代表するドイツ出身の大指揮者、ピアニスト、作曲家。 当初はピアニストとして活動を始めたが、ハンス・フォン・ビューローの指揮に感銘を受けて指揮者に転向。 マーラーとの出会い:1896年、ハンブルク歌劇場でグスタフ・マーラーに認められ、ウィーン宮廷歌劇場の副指揮者に抜擢される。以後、マーラーの最も忠実な弟子・理解者として行動を共にした。 亡命と晩年:ユダヤ系であったためナチスの台頭を避けてヨーロッパ各地を経てアメリカへ亡命。戦後はアメリカを拠点にコロンビア交響楽団などを指揮し、ステレオによる数々の名録音(モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、マーラーなど)を残した。ブラームス/交響曲第4番、悲劇的序曲 正調ブラームス。コロンビア響とのブラームス交響曲全集の中でも、特別な録音として有名な演奏。寂寥感あふれる表情は、ワルターが晩年に到達した至高の境地と言えます。序曲もこれらの曲の代表的名演として後世に聴き継がれる名演奏です。円熟期のワルターによるプラームスの第4交響曲 ブルーノ・ワルター(1876-1962)は、たいそう情感ゆたかな音楽づくりをする指揮者であった。仮に人間(芸術家)を、論理的と情緒的のふたつのタイプに分類することができるとするなら、彼は明らかに後者の側に属する代表的存在である。彼の残した名盤の大部分が、その論理的性格より、その情感ゆたかな性格で際立っているのも、けだし当然のことといえよう。今回、ここにとりあげられたブラームスの交響曲第4番の演奏には、そのようなワルターの個性が端的に示されている。ブラームスの第4交響曲は1885年に作曲された。彼が52歳の年の作品である。64歳まで生きた彼にとっては、ゆったりとした芸術家としての歩みも円熟期を迎え、いよいよ晩年の時期にさしかかりつつある頃の作品といえよう。技法的にも、バロック期の手法であるパッサカリアを用いたり、ふるい教会旋法を用いるなど、「過去」を顧みようとする傾向を強くもっている。ただでさえ内省的で、過去を重視し、ロマンティックな作品を多くかいたブラームスなので、こうした時期の、独特の技法による第4交響曲が、いつもの彼以上に自分の内側にこもり、無防備といえるほど情感の流れに身をまかせるようになっていたとしても、なんら不思議ではない。ワルターによるこの演奏は、ブラームスのそうした特色をじつによく描きあげている。録音当時83歳になつていたワルターは、あたかも自身が辿つてきた長い道程をブラームスのそれと重ねあわせるようにして、強い共感をいき届かせながら、深みのある色あいで全体を表現しているといえよう。長くて、深い人生の機微といつたものに通じあつた者同士の呼応が、ここにはある。音楽を色彩にたとえるのが賢明なことかどうかはわからないけれど、このワルターによる演奏は、深い秋色、それも深い晩秋色をおびているといつていいだろう。(吉井亜彦) 交響曲第4番ホ短調Op.98(1884~85) 録音:1960年1月16、23日、ハリウッド、カリフォルニア 悲劇的序曲Op.81(1880~81) 録音:1959年2月2~14日、ハリウッド、カリフォルニア ブルーノ・ワルター指揮/コロンビア交響楽団 解説:門馬直美 CBS SONY(CBSソニー) 30DC-783 購入年月日:1986年9月22日(名曲堂那加店)
2026.09.15
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Vladimir Horowitz Complete Original Jacket Collection (70CD)よりホロヴィッツ/ショパン・アルバム ホロヴィッツが得意としたショパンの名曲・名演が凝縮。特に「幻想ポロネーズ」や「英雄ポロネーズ」は、彼の圧倒的なテクニックと唯一無二の色彩感が堪能できる傑作。ポロネーズ第7番 変イ長調 Op.61「幻想」 ショパン晩年の傑作。伝統的なポロネーズの枠を超えた自由で内省的な楽曲です。ホロヴィッツは独特の深い情感と緊迫感を持ってこの曲の「幻想性」を描き出しています。マズルカ第13番 イ短調 Op.17-4 ショパン特有の哀愁とノスタルジーが漂う名曲。ホロヴィッツが得意とした、ルバート(テンポを柔軟に伸縮させる表現)の妙技が光る繊細な演奏です。練習曲第1巻Op.10 第5番変ト長調 Op.10-5「黒鍵」 右手がすべて黒鍵で弾かれるきらびやかなエチュード。ホロヴィッツならではの、粒立ちの良いクリアな打鍵とスピード感が爽快です。序奏とロンド 変ホ長調 Op.16 ショパンの若き日の華麗な名技主義が反映された、珍しいレパートリーです。超絶技巧を軽やかに、かつ色彩豊かに弾きこなすホロヴィッツの本領発揮と言える1曲。ワルツ第3番 イ短調 Op.34-2「華麗なる円舞曲」 「華麗なる」というタイトルとは裏腹に、非常に憂いに満ちた物静かな名曲。左手の哀愁を帯びた旋律と右手の絡み合いを、ホロヴィッツは静寂の中に美しく響かせます。ポロネーズ第6番 変イ長調 Op.53「英雄」 最も有名なポロネーズ。中間部の左手オクターブの連続、そして圧倒的なクライマックスなど、ホロヴィッツの強靭なタッチと推進力が最も生かされるシンボリックな名演です。録音時期:1966年4月17日(カーネギー・ホール)(Track 1)1971年4月14日(ニューヨーク、コロンビア30番街スタジオ)(Track 2-6)ウラディーミル・ホロヴィッツ(ピアノ)CBS SONY(SONY MUSIC) 88697575002-47購入年月日:2025年11月09日(AMAZON)
2026.09.15
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『ハバナ、3時(Havana, 3 A.M.)』 ペレス・プラード楽団(Pérez Prado) 1956年にRCA Victorからリリースされたペレス・プラード楽団(Pérez Prado & His Orchestra)の代表的な名盤アルバム。 単なるダンスミュージックとしてのマンボにとどまらず、エキゾチックかつアカデミックでダイナミックなビッグバンド・ジャズサウンドが展開されます。 ラテンアメリカの古典的な名曲を独自の強烈なリズムと鋭いブラス・セクションでアレンジしています。 ラ・コンパルサ (La Comparsa) デスコンフィアンサ (Desconfianza) ラ・ファラオナ (La Faraona) ベサメ・ムーチョ (Bésame Mucho) フリーウェイ・マンボ (The Freeway Mambo) グラナダ (Granada) アルメンドラ (Almendra) バコア (Bacoa) 南京豆売り (The Peanut Vendor / El Manisero) バイーア (Baia) ある恋の物語 (Historia de un Amor) キューバ幻想曲 (Mosaico Cubano) RCA(新星堂) 2444-2-RL(BMG-2444) 購入年月日:1997年11月29日(新星堂犬山店)
2026.09.14
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マリア・クレウーザリオの黒バラ(原題『Eu Disse Adeus』の日本盤(1992年CD化音源)ブラジルの高名なサンバ・カンソン(ボサノヴァの前身とも言える、哀愁を帯びたロマンチックな歌謡曲)の歌姫、マリア・クレウーザ(Maria Creuza)が1972年に発表した名盤。 バーデン・パウエルとヴィニシウス・ヂ・モラエスが手がけた「アペーロ(哀願)」や、ドロールス・ドゥランの名曲「あの人が来る夜(ア・ノイチ・ド・メウ・ベン)」、アルバムタイトルで切ないメロディの「別れ(Eu Disse Adeus)」など、夜の気だるくも美しい空気感をまとった至高の楽曲が並ぶ傑作です。 フェジュアーダ(Feijãozinho Com Torresmo) アペーロ(Apelo) あなたが帰る時(Canção Da Volta) 青い窓(Janelas Azuis) 楽しいひととき(Nossos Momentos) 絶望(Desespero) 恋の痛手(Que Diacho de dor) 幸福な道化師(Bobo Feliz) あの人が来る夜(A Noite Do Meu Bem) 星のカーペット(Chão De Estrelas) ただ何となく(Simplesmente) 別れ(Eu Disse Adeus) マリア・クレウーザ 解説:野口久光 RCA(新星堂) EGR-3002 発売年月日:1992年10月3日 購入年月日:1992年10月3日(新星堂犬山店)
2026.09.14
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新ウィーン楽派(シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク)の弦楽四重奏曲集シェーンベルク/弦楽四重奏曲第2番嬰ヘ短調Op.10(1907~08)【第3、4楽章にS独唱(ゲオルゲ詩)】 伝統的な調性音楽から無調音楽へと踏み出す、音楽史上の記念碑的な作品です。第3・第4楽章にシュテファン・ゲオルゲの詩によるソプラノ独唱(シィビレ・ズスケ)が加わる革新的な構成で、有名な「私は別の惑星の大気を呼吸する(Ich fühle Luft von anderem Planeten)」という歌詞とともに無調の世界へと突入します。 ゲヴァントハウス弦楽四重奏団、シィビレ・ズスケ(ソプラノ)ウェーベルン/弦楽四重奏のための6つのバガテルOp.9(1911~13) 極限まで音を削ぎ落とした、非常に凝縮されたミニアチュール(微細画)のような作品集です。 ゲヴァントハウス弦楽四重奏団ベルク/弦楽四重奏曲Op.3(1910) 師であるシェーンベルクから独立する時期に書かれた作品で、濃密な後期ロマン派の情熱を残しながらも、独自の無調的展開を見せる傑作です。 ゲヴァントハウス弦楽四重奏団 録音:1985年1月、1986年9月、ライプツィヒ、パウル・ゲルハルト教会 解説:渡辺三七男 DEUTSCHE SCHALLPLATTEN(徳間ジャパンコミュニケーションズ) TKCC-70673 発売年月日:1995年5月25日 購入年月日:1996年4月26日(エデン美濃加茂店)
2026.09.13
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郭英男/アクロス・ジ・イエロー・アース 限りなく大地に近い声、敬虔な生命を讃える声が聴こえてくる---。エグニマの代表曲「リターン・トゥ・イノセンス」にサンプリングされた歌声が話題を呼び、1998年に78歳でCDデビュー。そのCDが台湾や日本で大ヒットを記録し注目を集めた台湾の原住民アミ族の長老、郭英男(ディファン)が80歳にして放つ待望の2作目。日本を含むアジア5地域(台湾、香港、中国、マレーシア、日本)7人の尖鋭的なプロデューサが音楽の原点回帰を実践したエスニック・ヒーリング・ミュージックの傑作。癒しにも似た手触りを感じさせる素朴で力強い声と先進的なセンスの融合に、アジアの秘めたパワーを感じる。 滿載而歸/収穫の歌 迎賓歌/迎賓歌 牽牛車/牛車の歌 驅邪歌/魔除けの歌(Psychedelic Mix) 恩愛歌/夫婦愛の歌 捕魚歌/魚捕りの歌(Light At Down Version) 珍重再見/さよならの歌 拜訪歌/訪問歌 驅邪歌/魔よけの歌(Proceeding Mix) 老人飮酒歌II/酒飲む老人の歌II 懷念喪子歌/亡き子を偲ぶ歌 捕魚歌/魚捕りの歌(Sun Set Version) 郭英男(ディファン)と馬蘭吟唱隊 ROCK(日本コロムビア) RCCA-2039 発売年月日:2000年5月20日 購入年月日:2000年7月7日(アサヒレコード)
2026.09.12
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ケニー・ドリュー・トリオ/スタンダード・ジャズ・ピアノ "人間の生活、たとえば平和に関してだとか・・・そういうものに何らかの良い影響を与えられる・・・それがジャズなんだ"ちょっと珍しいほど物腰が優しく、決して強くはないが、しっとりと相手の気持ちに逆らわないスムーズな喋り方に、不思議な説得力のケニー・ドリューの言葉です。このアルバムは最新の5枚のアルバム(「旅の終わりに」、「クレオパトラの夢」、「欧州紀行」、「パリ北駅着、印象」、「エヴァーグリーン~今は夢」)から、ベスト・ヴァージョン10曲をセレクトしたものです。 マイ・ファニー・バレンタイン~「旅の終わりに」 不思議の国のアリス~「クレオパトラの夢」 霧深き日~「欧州紀行」 ゴールデン・イヤリングス~「欧州紀行」 イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ~「欧州紀行」 枯葉~「パリ北駅着、印象」 ノー・グレイター・ラブ~「パリ北駅着、印象」 ネイチャー・ボーイ~「エヴァーグリーン~今は夢」 エンジェル・アイズ~「エヴァーグリーン~今は夢」 スプリング・イズ・ヒア~「エヴァーグリーン~今は夢」 ケニー・ドリュー・トリオ ケニー・ドリュー(p)、ニールス・H・Φ・ペデルセン(b)、アルヴィン・クイーン(ds)) 録音:1990年5月、1992年6月、1989年5月、1988年8月、1991年6月、コペンハーゲン 解説:上田力 ALFA JAZZ(アルファ・レコード) FACP-30278 購入年月日:1994年9月12日(CDクラブ)
2026.09.12
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1975年日本シリーズ 目次に戻る1975年11月7日(金)ダイヤモンド・グラブ賞 プロ野球セ・パ両リーグは7日、守備力に優れたベストナインを選ぶ「ダイヤモンド・グラブ賞」の表彰選手を発表した。 この賞は、米大リーグの「ゴールド・グラブ賞」にならったもので、今年が4年目。プロ野球担当記者の選考委員会(セ・61人、パ・62人)の投票で選出された。満票は山本浩だけ、島谷・ローン初受賞 堀内投手(巨人) 大矢捕手(ヤクルト) 王一塁手(巨人) 大下二塁手(広島) 島谷三塁手(中日) 藤田遊撃手(阪神) 山本浩外野手(広島) 高田外野手(巨人) ローン外野手(中日) セ・リーグは堀内投手、王一塁手、高田外野手の巨人勢に山本浩外野手(広)を加えた4選手が4年連続で選ばれ、昨年までの常連だった柴田外野手(巨)がローン外野手(中)に12票の大差をつけられて落ちた。 満票は両リーグを通じて山本浩がただ一人。山本浩は首位打者で4番の重責を見事に果たしてMVPに選ばれており、ベストナインを合わせて表彰部門の”三冠王”を手中にしたことになる。 最も激戦区だったのが二、三塁手と遊撃手。この中で大下二塁手(広)は、初めて両リーグ(東映で第1回目)にまたがって選出された。 三塁手は、これまでボイヤー(洋)と長嶋(巨)がそのポジション争いを続けてきたが、グラブさばきでは右に出る者がいないと言われるボイヤーを、守備範囲の広さと玄人好みの堅実なプレーの島谷(中)が4票抑えて初当選。毎年、顔ぶれを変えてきた遊撃手でも、藤田(神)が6票差で三村(広)を抑えて2度目。 外野手は、山本浩、高田にローンを加えて順当な顔が揃った。この3人が外野に散れば、ロングヒットほとんどがシングルどまりになるだろう。いずれも守備範囲がずば抜けて広く強肩ぞろいだ。 また、王一塁手は”貫禄”の当選。一本足の軸足をケガして動きが悪く、かなり安打コースが広がっていた。次点の松原(洋)と51票差は開きすぎといえるだろう。その点、田淵(神)を抑えた大矢(ヤ)は強肩を評価されている。二塁は大差でマルカーノ 足立投手(阪急) 有田捕手(近鉄) 加藤一塁手(阪急) マルカーノ二塁手(阪急) 有藤三塁手(ロッテ) 大橋遊撃手(阪急) 弘田外野手(ロッテ) 福本外野手(阪急) 島野外野手(南海) パ・リーグは、各ポジションとも大差がついている。わずかに激戦だったのが捕手。野村(南)の時代が過ぎて、昨年は村上(ロ)が獲得しているが、今度は、今季初めてレギュラーになったばかりの有田(近)が当選。”迷手”ぞろいの一塁手は加藤(急)が初めて選ばれ、二塁手では、常連だった桜井(南)にマルカーノ(急)が大差をつけた。三塁手と遊撃手は人材難が反映。大橋遊撃手(急)の守備力に追いつける者は見あたらず、ほとんどが併用選手ばかり。バッティングの迷いから守備まで脆くなった有藤三塁手(ロ)が次点の藤原(南)に38票もの差をつけたのは寂しい。 最も票が割れた投手は、ベテラン足立(急)が連続受賞。大橋、有藤、福本(急)が4年連続で、初受賞も加藤、マルカーノ、有田の3選手。日本シリーズ初優勝の阪急から5選手が選ばれ、太平洋、日本ハムからは一人も選ばれなかった。ーーー終了ーーー
2026.09.12
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1975年日本シリーズ 目次に戻る1975年11月5日(水)米大リーガーの一行来日 米ハワイ州知事代理(ジョージ・コガ氏)と米大リーガーの一行24人が創価学会(池田大作会長)の招きで5日来日する。一行は9日、広島での広島カープ・ファン感謝デーに参加し、米大リーグ、各球団からのメッセージを広島球団に手渡すことになっている。大リーガーの中には昨年ア・リーグの新人王になったハーグローブ選手(レンジャース)が名を連ねており、7球団11選手で構成されており、広島の他、東京、大阪、京都、静岡など各地を訪問する。時代は変わった!プロ野球’75年を総括プロ野球のシーズンが終わった。阪急が初の日本一に輝いたのを頂点に、広島、近鉄の初優勝。個人タイトルでもまた、各部門に新しい顔が登場。さらにまた巨人の衰退ぶりが浮き彫りされたことなどをみても、プロ野球に”新しい波”が押し寄せてきたことが実正されるようだ。変化に富んだこの一年を総括してみると---。前途多難な巨人 しみついた二流の”サビ”ワースト巨人 1.最下位 2.最多連敗(11) 3.最多敗戦(76) 4.全球団に負け越し 5.全月間負け越し この他、巨人が今季残した球団史上初のワースト記録をあげたら切りがない。その原因はどこにあったのか。フロント組はコーチ陣にその責任があったとして、シーズン後大幅な入れ替えを試みた。だが、それでウミを出した事にはならない。すでにキャンプにその原因が隠されていたようである。 というのは、雨と寒さに祟られた宮崎から、急に温暖なベロビーチへつないだ調整は、選手の体調を完全に崩してしまった。その証拠に王を筆頭に主力選手が相次いで故障欠場。戦力を整備出来ない状態が、永い間続いた。 特に、投打の軸になる王、堀内の不調が、他の選手に連鎖反応を起こし、戦力、精神両面で立ち直りが不可能になった。加えて、選手の力不足、長嶋采配のミス、コーチ陣同士或いはコーチと選手間に生まれた不信感など、二流チームが持つ悪い体質を、たった一年で身につけてしまった。 こんなにまで落ち込んだチームが、再び”日の当たる場所”に出る事が出来るものだろうか。長嶋監督は「これから補強に全力を注いでチーム力を盛り返し、死に物狂いで再建する」という。しかし補強をどんな形でやるか。外人輸入に頼るのも心もとないし、トレードもいまの巨人には交換可能な駒もない。ストーブでの動きはあっても、結局、今年と差異はないだろう。その上、他球団に”巨人組し易し”の感覚が芽生えてきた。来年以降も巨人は厳しい試練を受けるのではないか。新時代築いた赤ヘルと猛牛台頭する新しい力 広島、近鉄が、くしくも26年目でそろって悲願(優勝)を達成したことは、プロ野球に一つの清涼剤になった。同時に”新時代到来”の印象を強く植え付けた。 この両チーム、特徴は主力が若手であることだ。広島は山本浩を軸にした打線。佐伯、池谷が成長した投手陣。この投打両面が、シーズンを通して常に生き生きとしていた。近鉄もまた打に佐々木、羽田、島本。投手に太田等の若い力の活躍が目立った。もっとも、これらの駒を有効に動かした古葉、西本両監督の手腕を見逃すことは出来ない。40代という”若さ”の特徴を生かして選手の中に溶け込み、相互信頼で選手の力をフルに引き出した古葉監督。逆に、西本監督は古いタイプの”たたき上げ式”の指導で選手を徹底的に鍛え上げた。好対照ではあるが、ともに一つの監督像を作り上げたといっていい。 この両チーム、老舗阪急の前に屈しはしたが、これは経験の差が表れたもの。しかし、それがまたいい経験になったはずだ。その意味でこの両チーム、これから大いに期待されるだろう。新顔が目立つ個人タイトル戦国時代に突入 今年の個人タイトルを見ると、その異変ぶりが目立つ。新顔登場である。永い間、タイトル・ホルダーとして君臨していた王(巨人)や張本(日本ハム)野村(南海)等に代わり、田淵(阪神)山本浩(広島)土井(太平洋)等がタイトルを獲得した打撃部門。鈴木孝(中日)村田(ロッテ)東尾(太平洋)等が1位になった投手部門。このほか、各部門の顔ぶれを見ても”ベテラン後退、若手の前進”という形が表れてきた。レベルの高い低いは別にして、これからの個人賞争いは特定の選手に”集中”するのではなく、不特定多数に”分散”するようになるのではないだろうか。異変アラカルト長嶋さんは”功労者、価値あるトレード要員▽観客動員 負けても負けてもお客は集まる。こんな珍現象をみせた巨人。最初は期待をかけていた観客も、最後にはヤケっぱちと同情でスタンドに押しかけた。成績が悪くても、収入は増えたし、選手の減俸は出来るし、フロントはホクホク・・・。さしずめ、長嶋監督は健全球団経営?の功労者といったところ。この巨人の恩恵を受けて他球団も潤い、セは目標(八百万人)を約百五十万人もオーバーする”大入り”。 逆に、パは昨年より9%減の観客動員。ファン獲得のために編み出した2シーズン制もアイデア倒れの気配、来年は再び1シーズン制へ逆戻りする動きがある。ロッテ、阪急と二年連続日本一も色褪せた感じを残し、プロ野球初の一千万動員もアンバランスではあった。▽トレード選手 今年ほどトレード選手の活躍が目立ったシーズンはない。宮本、渡辺(共に広島)安仁屋(阪神)白、土井(共に太平洋)島本(近鉄)等・・・。かつて、トレード要員になるのは、”選手失格”のレッテルを貼られたようなようなものだったが今年ですっかりイメージ・チェンジ。しかも、ホプキンス、シェーン(共に広島)マルカーノ(阪急)等外人選手の働きぶりをみると、これからの補強方式も変化してくるのではないか。▽西高東低 セ、パ両リーグ共関東地区球団が全部Bクラスに終わった今年の勢力図。”西高東低”の形はプロ野球の人材供給源になっているアマ野球とは全く逆の傾向。一説には人材が西へ流出されるドラフト制の影響ととらえ、廃止の方向へ動いているフシもある。▽個人プレー そして、リーグ最多の3人(土井、白、東尾)ものタイトル・ホルダーを出しながら3位に留まった太平洋。球界の常識を破ったこの現象、野球はチームワークによるものであることを証明したといえる。 こうして、今シーズンは色々な異変が起きたが、この異変も、今後は異変ではなくなるのかもしれない。
2026.09.11
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1975年日本シリーズ 目次に戻る1975年11月4日(火)プロ野球表彰選手決まる「最優秀」に山本浩(広島)加藤(阪急)、新人王は山口(阪急)セ該当者なしベストナイン 巨人寂しく王ひとり 1975年度プロ野球セ、パ両リーグのMVP、新人王、ベスト9などが4日に決定、東京・銀座のコミッショナー事務局で発表された。全国のプロ野球担当記者の投票(セ201票、パ196票)によるこれら表彰選手は最優秀選手が両リーグとも打撃部門から選ばれ、セは広島の初優勝に貢献した山本浩二外野手、パは打撃の軸としてチームを引っ張った阪急の加藤秀司内野手がそれぞれ初受賞した。新人王はパで山口高志投手(阪急)が文句なく選出されたものの、セは該当者が見あたらず今年は見送りとなった。表彰式は18日、東京グランド・ホテルで行われる。セの最優秀選手は、山本浩、外木場、田淵と三候補のうち、山本浩が首位打者を獲得してチームを優勝に導いたのが買われたもの。広島からは初めての受賞。 また、パは加藤、山口の阪急コンビと近鉄の鈴木が競り合ったが、打点王になった加藤がシーズン途中で三冠王の可能性を残したことが評価された。阪急では五人目。山口は前期こそ目覚ましい活躍をしたものの、後期の成績が冴えなかったために新人王止まりとなった。だが、MVP獲得は今後とも十分期待できる。 ベストナインは両リーグとも初顔が多いが、セはただ一人20勝をマークした外木場、本塁打王の田淵、打点王の王、盗塁王の大下、首位打者を争った山本浩、井上などで、順当なところ。ただ、この表彰制度が出来てから常に二、三人は選ばれていた巨人勢が、今年は王だけ。これは昭和35年(長島)以来のこと。 パでは捕手と三遊間の人材不足が目立ち、結局、試合数が決め手になったほかは、成績から見て順当。今シーズンから設定された指名打者には2割7分をマークした長池が圧倒的な得票で選ばれた。ナインの協力感謝 山本浩 「冷静に感激を味わっています」とカメラマンの注文にVサインを何度もつくってみせた。球団事務所での晴れ姿である。「最高に嬉しい。プロ野球で一番の栄誉なんだから」--開口一番こう言った。子供の頃からカープにあこがれ、そして自分の手でつかんだV1。喜びも人一倍強いのはもっともだ。だが「全選手のたまもの」との言葉も忘れなかった。真の中心選手になった証拠でもある。 シーズン前から目標にした打率3割、ベストナイン。いずれも初めて果たしたが、それを一気に乗り越えてのMVP。それだけに来季からの追われる立場は苦しいものになる。「田淵とも話し合ったんですよ。僕らの時代になったんだからがんばろう」と。球界を背負って立つ山本浩は、来季の目標とする数字は示さなかったが「三拍子も四拍子もそろった選手になりたい」と言い切った。 「今晩も乾杯だ。今年は何回も乾杯出来ていいね。来年も優勝しなくては」と笑顔にファイトを秘めて家族の待つ家に急いだ。セ・リーグの最優秀選手に選ばれた 山本浩二 「僕一人の賞ではない。チームのものだ。それを僕が代表して受け取った、そう考えている」--文句無しの受賞であった。にもかかわらず、この言葉。ボンボン育ちの人の良さが溢れている。東京六大学時代の同僚・田淵、ライバルだった星野仙が口をそろえる。「コウジ(浩二)をひと口で言うなら、風呂の中で話しているような男だ」--何事も隠すことがない。常に正味だ。 「オープンカーの上から手を振り続けたあの日、年老いた人も小さな子供も、だれかれ問わず泣いて喜んでくれた。もちろん僕も涙の切れることがなかった」。平和大通りを埋めた広島での優勝パレードを振り返って、広島東洋カープの山本浩二外野手はそう話した。感激性が強く、涙もろい。 年俸百八十万円からスタート、7年目の今季は一千万プレーヤーになった。年ごとに、その位置付けを確かにしてきたわけだが、驚異的な今季の飛躍は、だれも予想しなかったろう。夢でしかなかったバットマン最高の栄誉である首位打者を獲得、チームの初優勝と併せて、今度はMVPの受賞だ。「ラッキーだ。それ以外に言葉もない」は本音だろう。 打ってよし、守ってよし、走ってよし。赤ヘル打線の核になった今季の活躍、本人は「中盤から優勝を競り合うようになって、気持ちの張りが違った」点を第一にあげる。それだけではない。シーズンを通しての体調維持、ここには鏡子夫人と二人三脚による食事療法があった。加えて相手投手の視察、この点は「ナインの範とすべきところだ」(山本一兼任コーチ) 勝負カンが鋭い。思い切りもいい。「ゴルフ、麻雀ともに、ここ一発はめっぽう強い。確かな読みと度胸、相手はたいがいくたびれる」とは金本通訳である。 「女房にも苦労をかけたので、オフには家族だけの時間を持ちたい」--さしずめ11月のハワイ旅行がその第一弾。 趣味はゴルフ(ハンディ14)。広島市の自宅には鏡子夫人と一男。広島県佐伯郡五日市町出身、29歳。おふくろに朗報を 加藤 「優勝が決まったときと一緒でピンとこないんですよ。一年間苦労してきたから、喜びもだんだんとわき上がってくると思います」。まだMVPの受賞が、実感として迫ってこない様子だ。「打者ならマルカーノか僕か、半分ぐらい自身らしいものはありましたが・・・」今シーズン途中から選手会長を米田(阪神)から引き継いだ。色々体験したシーズンでもあった。「途中”三冠王”と騒がれ、苦労もしたし、いろんな勉強をさせてもらった。幸い打点王は取ったが、もしタイトルがなくっても、悔いのない一年だったと思います」。 15歳のとき「野球をやりたい」と故郷・静岡を後にして十余年。いまプロ野球最高の名誉に輝いた。「色々お世話になった人や、迷惑をかけ続けてきた方に会って報告し、喜びを分かち合いたい。それにおふくろ・・・。いまから連絡しますが、きっと喜んでくれるでしょう」。これを励みに来期踏ん張る 山口 「プレーオフが終わったとき、新人王の表彰があり、そのあと日本一だったら、順序通り喜んでいけたのに・・・」。 前期7勝5敗。後期は5勝8敗。星勘定は一つ負け越しの12勝13敗。山口にはこれが”しゃくの種”なのだ。「前期4勝をあげたとき、ライバルがいなくなり、新人王はいただけると思った。後期は、前期の負け星を考えすぎ、自分のピッチングをつぶしていたように思います」60日間見放された勝ち星の味。こんな苦しい試練も、山口はじっとこらえ乗りきってきた。「このタイトルを励みにして、来年はもうひとつ上の力をつけます。第一目標は13勝」。
2026.09.10
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1975年日本シリーズ 目次に戻る1975年11月2日(日)西宮(第6戦阪急4勝2分け)=観衆30、371人広 島 020 000 010 | 3阪 急 010 500 01× | 7 勝投手 戸田 1勝(2試合) 負投手 池谷 1敗(3試合) セーブ 山口 2 本塁打 中沢2号2ラン(池谷)=4回、ホプキンス1号ソロ(山口)=8回 二塁打 ホプキンス、加藤、シェーン、福本 猛打賞 ホプキンス4打数3安打 犠 打 広0、急1(大橋) 盗 塁 広1(山本浩)、急0 失 策 広2(三村2)、急2(マルカーノ、渡辺勉) 併 殺 広1(三村-ホプキンス)=6回、急0 残 塁 広7、急7 試合時間 3時間22分 審 判 (主)山本(塁)岡田豊、谷村、久喜(線)岡田和、大野 阪急ブレーブスが宿願のプロ野球日本一の座に輝いた。1975年度プロ野球日本選手権シリーズ、阪急×広島第6戦は、阪急の3勝2分けの後を受けて、2日午後1時2分から好天の西宮球場に三万余の観衆を集めて行われ、阪急が7-3で圧勝し4勝目を挙げ、無敗のまま選手権を握った。阪急の日本シリーズ優勝は初めて。無敗でのシリーズ優勝は昭和32年の西鉄(現太平洋、対巨人4勝1分け)、34年の南海(対巨人4勝)、35年の大洋(対大毎=現ロッテ4勝)に次いで4度目。試合は広島が2回道原の好打で2点を先取したが、阪急はその裏大橋の適時打で反撃。4回には中沢の逆転の2点本塁打などで大量5点を奪った。このリードを6回から救援した山口が守り切った。5試合に登板した山口投手は新人ながらシリーズの最優秀選手に選ばれた。ルーキーでは大洋の近藤昭内野手(35年)、巨人の高田外野手(43年)に次いで3人目。底力の大逆転 中沢2ラン、鉄腕・山口 赤ヘルの夢砕く 強い。必死になって先行した広島を苦もなくひっくり返した阪急の底力は、あっさり4勝目をもぎ取ってストレートで”日本一”の座についた。 一歩も後に引けない広島。初回から積極的な攻めを見せ、2回には単調な足立をがっちり捕らえた。シェーンの二塁打と四球などで一死二、三塁としたあと、道原が初球を左前へ会心の2点適時打。池谷も安打を連ねて足立を攻略。だが救援の戸田に大下、三村が沈黙、一気に攻め込む好機を逃した。 阪急はその裏、大橋の左前適時打ですかさず反撃。阪急の追い上げムードは4回最高潮に達して大逆襲。マルカーノの左前打の二死後、中沢が2-2後池谷の肩口からはいってくるカーブを左翼席へ、シリーズ第2号の逆転2ラン。1点差を守ろうとする池谷の力投も、この1球でもろくも崩れ落ちていった。大橋四球、戸田中前打と再び好機をふくらませ、福本が右二塁打して池谷をKO。広島はここで金城、渡辺とつないだが、阪急は二死満塁から加藤が二塁左へ内野安打、二塁の福本が一挙に本塁を走り抜けて5点目。好走塁で猛攻を締めくくった。 逆に4点リードした阪急は、6回無死一塁から三番手に山口を投入。4連投の山口だが球威十分。8回ホプキンスに中堅右に打ち込まれたが、ただそれだけで広島の反撃を断ち切った。 広島は5投手(池谷、金城、渡辺、宮本、若生)の防戦も、阪急の勢いをせき止めることはできなかった。阪急晴れて日本一 苦節40年の悲願実る”五転六起”の勇者笑う 灰色ムード完全に脱皮 宙に舞う上田監督が見上げた空は、抜けるように青かった。日本晴れの下、日本一の笑顔。苦節40年、阪急の悲願は実った。 ウィニングボールが右翼線に沿って糸を引くように飛んだ。待ち受けるウィリアムスの顔から白い歯がこぼれた。時計の針は4時24分を指していた。 マウンド付近で抱き合う山口、中沢のバッテリー。そこに、またたく間に大きな人の輪が出来、上田監督の胴上げが始まった。大歓声が渦巻くスタンドは、五色のテープが乱れ飛び、紙吹雪が秋風に舞った。阪急の快勝を示すスコアボードに、かねて用意の”日本シリーズ優勝、ご声援ありがとうございました”の紅白の垂れ幕が下がった。昭和11年に球団結成以来、待つこと久しいこの一瞬。もはや灰色のブレーブスは存在しない。今ここにあるのは日本一の”勇者”の姿だ。 声一つない広島ナインの目の前で勝者を讃える表彰式。スポーツ界では避けることのできない勝負の明暗。チャンピオン・フラッグが、最優秀選手賞の乗用車が、山と積まれた賞品が次々、阪急ナインの手に渡された。 広島には山本浩に敢闘賞。三塁側を埋めたあの熱っぽい応援団席に人影はない。代わって一塁側の阪急応援団が”コウジ、コウジ”の連呼で敗者をいたわった。26年目のリーグ初優勝で燃え尽きてしまった広島。だがリーグ優勝6度の阪急にはただ一つ”日本一”の目標しかなかった。その差がシリーズの決定的な力となった。 たそがれ迫るグラウンドで場内一周の行進。メンバーの一人、西村二軍監督(63)の胸中にジーンとこみあげるものがあった。「阪急は幾度か胴上げを経験しているが、それはナンバー・2のもの。本当の胴上げはこれが最初なんだ」。球団結成と同時にチームに参加した最古参関係者の喜びは、はたの者では計り知れない。 とっぷり日が暮れたグラウンドで催された優勝祝賀の野外パーティー。カクテル光線に照らし出された乾杯の味は格別だったろう。ルーキー山口に輝く「最優秀」ナインの信頼一身に 努力と気力で素質にみがき 阪急の「革命児」を花道へ送り出すおあつらえ向きの舞台が6回、戸田が先頭打者に安打されて訪れた。「ボクの出番があるかどうかはわからないが、きっと勝負をつけてくる」。この朝、家を出るときに約束してきた山口の心は決まっていた。 「思いきり速球で勝負」--。衣笠、山本一を連続三振に仕留めた出足の素晴らしさはそのまま栄光へのファンファーレ。8回ホプキンスの一発が許したたった1本の安打。偉大な新人にふさわしい内容で見事に仕上げ、マウンド上で感激の両手を高々と上げた。 「先発した時が一番苦しかった。同点に追いつかれて、つい弱気になったことがあった」。振り返ったのは10月28日広島球場での第3戦。加藤、福本(松下電器の先輩)らが声援し支えてくれたことに感謝の気持ちがこもるのだった。 先輩を立て謙虚な生活態度はナインから「タカシ」とかわいがられている”徳”が一つには無形の財産だった。シリーズ6戦のうち5試合に登板して活躍した気力もさすがだが、実力をフルに発揮できた相互信頼をぐっとかみしめる新人山口--。 6月17日の対南海10回戦で延長10回を投げ抜き、引き分けて前期優勝。近鉄とのプレーオフでも4回戦で完投勝利。すべて胴上げ投手になった強運の男にもピンチはあった。 キャンプで投げ込み過ぎて右ヒジがパンク寸前になったこと。梅雨時は手首が痛くなった。プレーオフ数日前に風邪を引いて熱も出た。「25年間選手を見てきて、腰、手首の強さはナンバーワン。しかしその実力を発揮できたのは彼のいい性格」。武井トレーナーがもらすようにどんな時も投げ込みを忘れず、人知れずに立ち直った。シリーズでも「マウンドに上がれば疲労感はなく軽く投げられた」というものの緊張感などで夜はぐったりしていた。登板すれば男の意地で投げ抜いたのだ。 「最後の1球は真っ直ぐ。疲れていた割には良い球でした。これで終わりましたね」。期待と不安が織りなすシーズンは終わった。「阪急に入って良かった。これからも慢心せず、もっともっと力をつけたい」。万感こめる山口には11月28日に裕子夫人が出産予定という家庭の慶事も待っている。大きな新人の一年は喜びの重奏に明け暮れるのであった。経験十分の駆け引き マイペースで終着駅へ 上田・阪急 阪急の日本一は時間の問題であった。相手(広島)が決まったときから、阪急・上田は「一戦一戦消化していけば、勝利は我が方に・・・」と広言してはばからなかった。”兄弟対決”といわれ、日本シリーズ初出場の広島を弟とするなら、5度経験した阪急は格上の兄でもあった。阪急のその自信はシリーズを通じて常に失われていなかった。 胸中ひそかにシリーズの栄冠を確信していた上田は”お客の顔”で初めて西宮球場入りした古葉監督を三塁ベンチ前でめざとく見つけ、まず「フェアにいきましょう」と握手を求めている。実はこれが今シリーズの巧妙な”ワナ”だった。初体験の弟にスキを見せたのである。 しかし、対決が開始されると、手のひらを返したように策士・上田に豹変した。タイムの取り方、投手交代、審判への抗議など必要以上に時間をかけ、広島をじらせた。常に駆け足で進める弟・古葉とは対照的に兄・上田はゆっくり歩いた。短期決戦に弱いといわれた上田が、その苦い経験から勝負の駆け引きを身につけていたのである。 いい意味での”ずるい野球”である。「フェアに・・・」とクギを刺しておきながら、マイペースに引きずり込む手練手管はシリーズのどの試合にも見ることができた。ずるい指揮官に統率されたナインも、その点は憎いほど心得ていた。「ボクじゃないよ、選手がね、広島なんかに負けてたまるかといっているんですよ」と、とぼけた上田監督の言葉を裏付けるように、足立をはじめ主力選手はこぞって「きのうきょうのシリーズ出場新参者とは違うわい」という優越感にあふれていた。 兄弟対決が一方的な結果で幕がおりた時、上田監督は「これまでの日本シリーズはかみしもをつけ、フェアにやり過ぎた?が、今シリーズはなりふりかまわずやった」と、改めて告発している。 一方、古葉監督は「すべてのゲームを向こう(阪急)のペースでやってしまった。一度も自分のペースを取り戻せなかった。その責任は全部自分にある」。二人の対照的な発言からも、ずるさのある野球と優等生的な野球がよくわかる。広島で11年も同じ釜の飯を食った二人だが、その後、別々の道を歩んだ二人の野球人生は、おのずから違っていたのである。極言すれば「優等生野球」を「ずるい野球」が制したといえないだろうか・・・。広島、意外にサバサバ 胴上げを目のあたりにした広島ナインは意外にサバサバした表情だった。山本浩の「精一杯やった。一つでも勝ちたかったが、まあ仕方がないよ。何が何でも優勝せんといかんとわかっただけでもいいじゃないか。来年は優勝と日本一を取ってやろう」という言葉に選手の気持ちは集約されていた。勝者一人に60万円 優勝した阪急の選手は一人約60万円、敗れた広島も約40万円の収入--。日本シリーズ運営委員会が発表した出場選手分配資金(第4戦迄の収入から算出)は阪急が千七百八十九万七千二百三十二円、広島は千百九十三万千四百八十八円。これをちなみにベンチ入りした30人で頭割りした数字が阪急五十九万七千円、広島三十九万七千円になるわけ。 この他阪急、広島両球団には規定により、それぞれ約五千五百万円。両リーグ2位の近鉄、中日は約四百五十万円、3位の太平洋、阪神は約三百万円の収益となった。もっともこのシリーズ、入場料収入は昨年の中日×ロッテ戦を下回りながら、共通経費だけがわずかに上回るという”物価高”を反映した一コマも見せた。中沢、喜びに絶句 初のシリーズ優勝の喜びを聞かれた中沢は「ウ」と一瞬絶句。暫くして「良くわかりません」と声を詰まらせた。4回、池谷から奪った逆転2ランについて「肩口からのスライダー。打った瞬間入ると思いました」。「ストレートにはタイミングが合っていなかったのでカーブかスライダーに的を絞って一発を狙ってました」と続けた言葉も感激屋らしく高ぶり震えていた。第3戦でも9回、決勝の2ランを放つなどめざましい大活躍に「一生の思い出になります」と最後に言った時目にうっすらと涙が浮かんでいた。シリーズ記録(6試合)【新記録】 ▽最多盗塁4 大下(広島) ▽チーム最多三振42 阪急 ▽遊撃手最多失策5 三村(広島) ▽最多与四球12 山口(阪急) ▽最多奪三振21 山口(阪急)日本シリーズ優勝チーム年度 球団 勝 敗 分 相手 監督25 毎日 4-2 松竹 湯浅 禎夫26 巨人 4-1 南海 水原 茂27 巨人 4-2 南海 水原 茂28 巨人 4-2-1 南海 水原 茂29 中日 4-3 西鉄 天地 俊一30 巨人 4-3 南海 水原 茂31 西鉄 4-2 巨人 三原 脩32 西鉄 4-0-1 巨人 三原 脩33 西鉄 4-3 巨人 三原 脩34 南海 4-3 巨人 鶴岡 一人35 大洋 4-0 大毎 三原 脩36 巨人 4-2 南海 川上 哲治37 東映 4-2-1 阪神 水原 茂38 巨人 4-3 西鉄 川上 哲治39 南海 4-3 阪神 鶴岡 一人40 巨人 4-1 南海 川上 哲治41 巨人 4-2 南海 川上 哲治42 巨人 4-2 阪急 川上 哲治43 巨人 4-2 阪急 川上 哲治44 巨人 4-2 阪急 川上 哲治45 巨人 4-1 ロッテ 川上 哲治46 巨人 4-1 阪急 川上 哲治47 巨人 4-1 阪急 川上 哲治48 巨人 4-1 南海 川上 哲治49 ロッテ 4-2 中日 金田 正一50 阪急 4-0-2 広島 上田 利治
2026.09.09
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1975年日本シリーズ 目次に戻る1975年11月1日(土)日本シリーズきょうから再び西宮決戦 ”阪急、初の胴上げか”、”広島、一矢報いるか”-阪急が王手をかけた1975年度プロ野球日本シリーズ阪急×広島第6戦は、舞台を再び西宮球場に移し、2日午後1時から行われる。前日の両チームは、阪急は西宮球場、広島は広島球場でそれぞれ練習。球団創設40年目の悲願達成を目前にした阪急は、最後の調整に余念なく、もうあとがない広島は主力選手を休ませて八方破れの備えをみせた。2日の空模様は「すがすがしい秋晴れ」の予報だ。一気に勝負を 阪急上田監督 日本一へ無敗のまま王手をかけた上田監督は、さすがに余裕しゃくしゃく。午後2時から西宮球場で始まった練習も、いたって軽めである。「まだまだ-。勝負は下駄を履くまでわかりません」。口では慎重なことを言っても”Vサイン”をカメラに注文され、気軽に応じるポーズが口ほどにものをいうであった。 この日、投手陣で投球練習をやったのは約30球の足立だけ。「広島は運がないと言われているが、ウチはツキを呼び込んでいる。広島打線をペースに乗せないところはうちの投手がうまく攻めているんですよ」頼もしい山口を中心にしたディフェンスを信頼しきっている顔つきだ。 いささか不満なのは、福本、加藤ら不振の打線だ。もっとも、死球を受けた組の長池、マルカーノ、大熊が「打たないでセーブせよ」の指令にもバットを持ち出す打線全体の気力充実が嬉しい上田監督。第6戦の相手の先発は池谷と読んだ。「今度は加藤が打つ気配だ、5点取ればうちの野球ができる」。王手をかけたときのプレッシャーなど、さらさら感じさせないナインに一気に勝負を決める気持ちをのぞかせていた。背水の陣しく 広島古葉監督 剣が峰に立たされた広島は1日、移動日にもかかわらず、広島市民球場で午前10時半から入念な練習を行った。しかし主砲山本浩をはじめ、エース外木場ら主力選手は全員完全休養とあって練習も心なしか緊張感が薄い。姿を見せた古葉監督を大勢の報道陣が取り囲み、苦戦の原因を矢のように浴びせる。 「あとがありませんね」「敗因は?」「第6戦の秘策は?」・・・。そのつど端正なマスクがゆがむ。「負けるような相手ではないのですが・・・。なんとしてもペナントレースの後半に見せた力が出ない。どん底かもしれません。特に打線が・・・。敗因は全て私の責任」。最後の言葉だけが妙に弱々しく聞こえた。 激しいペナントレースで極度の緊張感を強いられていた広島にとって、休む間もなくシリーズに突入したこと自体、戦力的に見て”オーバーワーク”だったのかもしれない。古葉監督は言葉で表現しなかったが「セ優勝で赤ヘルは燃え尽きた」といいたかったようだ。 約1時間半の練習をコーチ陣とともに見守っていた古葉監督は「セの為に一つくらい勝たねば・・・。その意味で第6戦は死にもの狂いでやる」。悲痛な表情を新たな決意で打ち消していた。第6戦の見どころ 池谷に”命”託す広島。阪急先発は4連投山口? 一気に勝負を決めに出る上田監督の性格からして山口の先発は90%の確率。山口は5試合中4試合に登場し、20回3分の2投げて三者凡退は6度。走者を許した3回のうち、2回までが四球がらみで不安はつねに同居している。 広島打線は、山口の荒れ球をじっくり選球していくのが最も効果的な攻略法だろう。速球に戸惑いながらも、第3戦の三振7個から、第4戦の4個と減っている数字は少しずつ慣れてきている証拠だ。 ただ、山口に対しホプキンス、シェーンが二人で15打数1安打と苦手にしているのが打線に切れ目をつくっている。山本浩、衣笠に当たりが出だしたので、両外人の出来がカギとなる。 広島投手陣は三本柱の中で、まだ一度も先発していない池谷か。2、3戦でともにショートリリーフ。阪急打線とはまだ11人しか顔を合わせていない。まだ手の内を見せていない未知の魅力に希望を託し、機を見て金城、外木場の継投が予想される。 過去4勝ストレート勝ちは3チーム、昭和35年の大洋以来出てないが、さて今年の阪急はどうか。2つの『MVP』へ王手、末恐ろしい怪物、ルーキー山口に取材陣も大慌て 鉄腕・山口のフル回転で阪急悲願の日本一が時間の問題となった今、ネット裏で奇妙な一つの現象にぶつかる。ネット裏生活5年以上のスポーツライターは、ちょっぴり浮かぬ顔だ。日本シリーズ終了後に発表される今シーズンの”最優秀選手”がそれ。すでに記者投票は終わっている。パ・リーグのその候補には、加藤、足立、そして山口。誰になるかはフタを開けてみなければわからない。しかし日本シリーズの活躍や貢献度をみれば文句為しに山口だ。「日本シリーズは関係ないといっても、もし山口がならなかったら、世間は”記者も坊主になれ”といいかねないだろう。山口が選にもれたら記者のプライドも落ちる」。 ベテラン記者を慌てさせているのが、一年生の山口。その実力は新人ばなれであったにしても、日本シリーズでこれほどの働きをするとは誰も信じなかった。長池が第5戦に言った。「お前みたいな男、仕方ないから、もう車でもなんでも欲しいもん持っていけよ」と、”強い星を持った男”山口にあきれ顔でいた。 前期の優勝を決め(6月17日、対南海戦で)プレーオフで近鉄の息の根を止め(10月20日、第4戦で)そして阪急の”日本一”も・・・。既に日本シリーズの最優秀選手の一番手だ。「全く心臓に毛が生えているというのか、山口は予想外だった。負け惜しみじゃないけど、あの強運な投手が阪急にいなかったら、ウチもこんなにまで劣勢に追い込まれなかった。もし負けたら、ワタシは山口にいかれた、というしかないでしょう」古葉監督も山口の実力を認めている。 これまでの5試合で、4試合に登板。1試合は完投で勝ち、あとの3試合は”ここ一番”の救援だった。また新人で3連投は昭和25年の大島(松竹)、31年の稲尾(西鉄=6連投)、32年の藤田(巨人)につぐ4人目である。それにしても”過激派”に包まれる広島球場が、山口の姿をマウンドで見たら、もうシュンとなったほど。”泣く子も黙る・・・”である。「ヤツにすれば日本シリーズのヒノキ舞台も、都市対抗ぐらいにしか考えていないのだろうか。末恐ろしい気がする」とは”ちびらない新人”に舌を巻く阪神の田淵。「人を化け物みたいにいわないで下さいよ。足をガタガタさせながら投げているんですから」山口自身は”新人”を強調するが、いずれにしてもケタ外れのルーキーであることは間違いない。日本シリーズ、最優秀選手の副賞は、トヨペットの”スーパー・サルーン”である。「へー、でもボクは免許を持っていないし・・・」そんなことに関係ないというのが、また”新人離れ”・・・。ネット裏の”悩み”など知らん顔の、この超大物ルーキーは、今日第6戦に先発で日本一を決めにいく。
2026.09.08
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1975年日本シリーズ 目次に戻る1975年10月31日(金)広島(第5戦阪急3勝2分け)=観衆25、077人阪 急 001 100 000 | 2広 島 010 000 000 | 1 勝投手 山田 2勝(2試合) 負投手 佐伯 2敗(2試合) セーブ 山口 1 本塁打 衣笠1号ソロ(山田)=2回 二塁打 大橋、中沢 犠 打 急2(大橋)、広0 失 策 急0、広1(衣笠) 併 殺 急1(福本-マルカーノ-加藤)=6回、広3(道原)=4回、 (道原-三村)=5回、(大下-三村-ホプキンス)加藤=8回 残 塁 急5、広6 試合時間 3時間2分 審 判 (主)道仏(塁)谷村、久保、平光(線)岡田豊、山本 阪急は悲願の”日本一”へあと1勝と迫った。1975年度プロ野球日本シリーズ、広島×阪急第5戦は、阪急2勝2分けのあとをつぎ、31日午後1時1分から佐伯(広島)山田(阪急)の先発で広島市民球場で行われた。試合は広島が2回衣笠の左翼本塁打で先行。阪急も3回大橋、大熊の長短打で同点にし、4回には一死満塁に大橋がスクイズを決め、貴重な勝ち越し点を奪った。5回以後山田、救援金城の投げ合いとなり、福本、ホプキンスの好守を織りまぜ少差を争う勝負となった。最終回広島は、無死でホプキンス、山本浩が連打。大きなヤマ場を迎え、スタンドを沸かせたが、阪急はこのピンチに山口が登板して鮮やかに逃げ切った。阪急が3勝目をあげたのは、日本シリーズ6度目の挑戦で始めてのこと。第6戦は2日午後1時から再び西宮球場へ舞台を移して行われる。スクイズで決勝点 土壇場 広島の粘り及ばず 土壇場のクライマックスは上田、古葉両監督はともに”強気で勝負した。 1点差で迎えた9回裏、広島は執念を燃やして無死からホプキンス、山本浩がともに中前へ連打。一、二塁と反撃気勢をあげた。一打同点、長打なら逆転の場面。この最大の危機に阪急・上田監督は、予定通り山口を投入。真っ向勝負に出た。広島の強打策はシェーンが浅い右飛、衣笠の投ゴロで二死一、三塁と望みをつないだものの、山本一が中飛に倒れ、古葉監督の強引な攻めは実らなかった。 先手は広島が取った。二回衣笠が先発山田の初球を左翼中段へ豪快な本塁打。これで全く不振だった衣笠に一発が出て、広島のムードは盛り上がるはずが、先発佐伯のボーンヘッドが水をさした。 3回の阪急は無死で大橋が左越え二塁打したが、後続がともに二ゴロで二死三塁と変わった。大熊の当たりは、一、二塁間を抜きそうな当たりだったが、大下が好捕して送球しようとしたのに、一塁ベースは無人。大橋は同点のホームを踏んだ。一塁カバーを忘れた佐伯の緩慢なプレーが勝負の流れを変えてしまった。 同点で勢いづく阪急は4回、気落ちした佐伯の好球をマルカーノ以下が3連打して一死満塁。救援金城の代わりばなに大橋が、スクイズを敢行して勝ち越した。 山田は衣笠の一発で目がさめたように、3回からカーブを有効に使い慎重な投球へ切り替えた。6回一死一、二塁でシェーンの右中間壁ぎわの大飛球を福本が好捕し、併殺で切り抜けたのは、山田にも、チームにも大きい。 広島は救援の金城が1安打の頑張りをみせたが、最終回の反撃が失敗。またも勝利を手に出来なかった。山口ベタほめ ご機嫌山田 山田が第2戦の完投勝利に続いて、また見事な投球を見せた。広島球場で投げるのは初めてで「マウンドの感じがつかめなくて、ここをちょっと痛めてしまった」と土で汚れた左ヒザを指さしてみせた。それでも表情は明るい。 9回無死からホプキンス、山本浩に連安打され目前の完投を逃したが「シェーンはともかく、その後の衣笠はオレの球にタイミングが合っていたんだ。それに山口が控えていたしね」ときれいにピンチの火を消してくれた山口の方を見てにっこり。「それにしてもタカシ(山口)は大したやつだ。このままいけばストレートでウチが優勝や」と終始ご機嫌だった。さすがに気落ち広島 2分け3敗--。広島は崖っぷちに立たされた。固く口を閉じ、沈みきった顔で引き揚げてくるナイン。 「追い上げムードになっても、それ以上いかない。全部のゲームがこういう感じなんですから・・」と語る古葉監督。その口調は弱々しく、さすがに元気がない。山本浩は「あーあ」とため息をもらした。 「9回無死一、二塁の場面で送りバントはなかったか?」の質問に古葉監督は「シェーンは前に大きなやつを打っているし、大きな外野フライでも三塁は取れると思ったから強攻しか考えなかった」と、きっぱりバント作戦を否定した。やったり福本 神技の捕球まさかあの大飛球を・・・ あわや逆転、一挙に併殺 これがプロフェッショナルのプレーというものだろう。シェーンの打球は右中間のど真ん中を高く鋭く抜けようとしていた。”やった!!シェーン”。誰の目にもそう映った次の瞬間、信じられないほど早く福本がボールの落下点に追いついていた。見事な俊足、鮮やかなプレー。福本によれば「完全に抜かれたと思った。落下点に来て後ろ向きに振り向いたら目の上にボールが止まっていた」。 一死一、二塁。抜けていたらもちろん長打。広島にとって唯一の反撃機だっただけに、なんともあきらめきれないものがあったろう。阪急にとってはまさに救いの神・福本。捕球した後の処理がまた良かった。中継に入ったマルカーノに素早く返球、さらに一塁に転送され、二塁ベースを大きく回っていた山本浩が懸命に帰塁したが、併殺。山田の好投も確かに殊勲甲だが、この福本の超美技こそ広島に”王手”をかけた最大の功労者といえる。 フェンス際の”魔術師”といわれる選手は多い。が、福本のプレーはまるで神技に近い。昨年のオールスター戦が行われた西宮球場では田淵(阪神)の大飛球をフェンスによじ登って取り、満員のスタンドを「アッ」と言わせたのも記憶に新しい。「最近はフェンス際が怖くて思い切り突っ込めないんです。公式戦だったら逃げていたでしょうね」とさらりと言った後「またやれと言われても出来ません」と笑った。シリーズに入ってから得意の足を生かせず「チームは随分迷惑をかけたからね。これで打てない分を取り返したよ」とホッとした表情。 一億円。球団が福本の”黄金の足”にかけた保険である。ハリウッドの脚線美少女マレーネ・ディートリッヒは100万ドル(約3億円)。彼女の足はただ美しいだけだが、福本の足は打球よりも速い。一億円でも安いと思うのだが・・・。”強運山口”に乗る阪急 広島若さとあせりで墓穴 阪急に”エライヤツ”が現れた。大物新人、山口だ。颯爽としたマウンド上を見るにつけ「アイツはチームを日本一にしてくれるだろう」といった梶本コーチの話が思い出される。ナインはこの新人を”強運の男”と呼び、絶大な信頼を寄せている。一つ間違えばサヨナラ負けの土壇場、無死一、二塁での火消し役。「顔面蒼白だったでしょう。クチが渇き、ノドがカラカラだった。それにしてもボクは幸せです。シリーズに出られるだけでも幸運なのに、大事なところで連投(三連投)なんて。ホテルへ帰るとガックリ疲れが出ますが、一晩眠ればその疲れも取れている」。まさに疲れを知らぬタフガイがチームを”あと1勝”に導いた。 日本シリーズで新人が活躍する余地はない。大試合ではやはり実力プラス経験が大きくものをいう。その日本シリーズで山口の活躍は例外といえるだろう。 シリーズ初体験の広島と比べてみよう。公式戦であれだけ働いた佐伯が3回二死三塁で、大熊の二ゴロ(内野安打)のとき一塁ベースカバーを怠り「やらずもがなの1点」(古葉監督の話) 佐伯から金城へスイッチした4回、広島は再び”若い未経験”をつかれた。上田作戦は「金城は目が悪く、守備にまごつきが見られる。満塁スクイズは邪道だが、ここはスクイズで揺さぶるに限る」(上田監督の話)のが狙い。 意表をついての大橋のスクイズは金城の野選をさそって追加点。追い打ちの山田のスリーバントスクイズは空振り併殺で好機をつぶしたが、阪急ベンチは最初の成功で目標達成と余裕を持っていた。 あせる広島は6回の反撃機に今度は山本浩が走塁ボーンヘッド。一死一、二塁、シェーンの中飛は福本の超美技に阻まれる不運があったが、一塁走者山本浩は打球の行方を見誤ったのか、一気に二塁ベースを回るほどの暴走で帰塁出来ず、併殺。 同じ”若さ”でも山口と広島勢の動きは対象的だった。時の流れが両者の関係をそうさせているのか、それとも度胸が違うのか、それにしても阪急は山口の”強運”にあやかるように日本一に”王手”をかけた。昭和42年の日本シリーズで巨人と戦い、やぶれてから8年、6度目の挑戦で初めてつかんだ悲願達成は目の前。 「あと一つといっても別にカミシモをつけた野球はしない。楽になった訳じゃないし、第6戦もノンビリやるさ。でもこれで向こう(広島)は苦しくなったのは事実だ」 かつて広島のユニフォームを着ていた上田監督も今は広島ファンから敵視される身。”あと1勝”を場内マイクで語る言葉は追いつめられた心境のファンのいらだちの声にほとんどかき消された。
2026.09.07
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1975年日本シリーズ 目次に戻る1975年10月30日(木)広島(第4戦阪急2勝2分け)=観衆25、002人阪 急 010 000 200 000 1 | 4広 島 021 000 000 000 1 | 4(延長13回時間切れ引き分け) 本塁打 森本1号ソロ(外木場)=2回、山本浩2号ソロ(足立)=2回、 山本一1号ソロ(足立)=2回 二塁打 中沢 猛打賞 山本浩5打数3安打 犠 打 急0、広1(三村) 捕 逸 水沼=10回 併 殺 急1(加藤)=7回、広1(外木場-三村-大下)長池=12回 残 塁 急12、広11 試合時間 4時間49分 審 判 (主)岡田和(塁)久喜、平光、大野(線)谷村、道仏 第4戦の記録 【新記録】▽チーム最多連続イニング安打11 阪急 ▽ゲーム最多投球回数13 外木場(広) ▽最多試合時間 4時間49分 激戦13回、時間切れ引き分け--。雨で順延となった1975年度プロ野球日本シリーズ、広島×阪急の第4戦は、30日午後1時から広島市民球場に満員の観衆を集めて行われた。予想通り阪急・足立、広島外木場が先発。試合は阪急が2回、森本の本塁打で先行。その裏広島も山本浩が本塁打して逆転。3回にも山本浩の適時打で2点差をつけた。しかし、阪急は7回、4安打と野選などで3-3の同点に追いつき、今シリーズ2度目の延長戦に入った。13回阪急が山口の左前適時打で勝ち越し、そのまま押し切るかにみえたが、広島も粘り、その裏、二死満塁に佐野が中前打して辛くも引き分けた。第5戦は31日午後1時から同球場で行われる。死闘13回またも譲らず、佐野(代打)千金の同点打4時間49分の攻防、阪急の「王手」阻む 両軍、死力を尽くしての攻防だった、実に4時間49分の熱戦は、土壇場で見せた広島の執念が実って引き分けに終わった。 延長13回、阪急は二死二塁に山口が外木場の甘いカーブを左前へ。打球が完全に死んでいたのが幸いして幸運な安打。投げるばかりでなく、打力でも気力を見せた山口の新人離れした一打で1点のリード。広島は深沢の突っ込みがわずかに遅れた。 しかし、広島はその裏、最後の力を振り絞ってやっと山口を捕らえた。山本浩三振の一死後、久保が中前打したが衣笠は粘った末三振。もはやこれまでのムードを破る代打水谷の左前打、深沢四球で二死満塁とした。代打佐野は2-0と追い込まれながら、中前に値千金の安打を放ち、同点走者久保に続いて、二塁からの代走木下も逆転の本塁をついたがアウト。熱戦の幕はタメ息とともに降りた。 それにしても200球を投げ抜いた外木場の踏ん張りは、このシリーズの圧巻だった。この試合で一気に”王手”をかけたい阪急は、ベテラン足立が先発。しかし、球威がない。2回山本浩に左へ同点本塁打。二死後はホッとしたのか山本一にも絶好球を投げて、右翼席に逆転の本塁打を浴びた。3回にはまたも山本浩に三遊間を抜かれ2点差。3イニングでマウンドを下りた。 優位に立った広島はここで一気に勝ち運に乗りたかったが、阪急も戸田、山口を投入して反撃の態勢を整える。7回一死後、代打河村と福本が連安打。続く大熊の遊ゴロが野選となって満塁。加藤の一ゴロ併殺崩れの間に河村が生還。なおも、長池が三塁線を鋭く破って福本を迎え入れ3-3の振り出しに戻した。 これで阪急の2勝2分け、阪急は「1勝」の壁をどうしても破れない広島に比べ、まだ余力を残しているようだ。外木場ガッツの200球、無念!!山口”掌中の鯉”逃がす 外木場の指の感触と、山口の悔し涙が4時間49分にわたる死闘をよく物語っている。延長13回、早い秋の日差しはとっくに暮れている。午後4時30分の気温が13.8度。それから1時間近くも経っているのだから、冷え込みは厳しいが、外木場は寒さも感じずにマウンドを務めた。握力が無くなったのを知ったのは10回頃だ。それからの投球はもう指先の感じだけが頼りだった。13回、二死二塁で投手の山口にカーブを左前へ打たれたのは199球目だった。 その裏の広島は、まさに死力を尽くしての反撃だ。二死一塁から安打と四球で二死満塁と迫ったのだ。代打の佐野はたちまち2-0と追い込まれ、ギブアップ寸前の心境になっていた。 「1球目の低い球をストライクに取られ、もうダメかと思ったが、3球目にコースの甘いストレートがきた」。中前へはじき返した打球を浅く守っていた福本がちょっとジャックルしたが、これも球道のいたずらだ。三塁コーチの古葉監督は、そのスキを見て二塁から代走の木下を突っ込ませたが無理だった。制限時間はとっくに過ぎていた。 捕手の後ろへ回り込んでいた山口は、試合終了と同時にグラブを地面にたたきつけてそのまま座り込んでしまった。梶本コーチが助け起こしに行かなければ、しばらく動けなかったかもしれない。 「打たれた瞬間何もわからなくなった。負けたみたいな気持ちでした」。山口は敗戦のショックを味わう投手の姿と変わりはない。 自ら打った勝ち越し点で山口は自動車へ手がとどくところだった。「ストレートがど真ん中へ入った。ウエストのサインだったのに」完全にはずせば良かったのだ。 この回は一人ずつ確実に打者を料理していくつもりが、さすがの山口も冷静さを欠いていた。「水谷に安打されウィニングランナーを出してちびった。攻めも単調でした」。ナインから、その力投へかけられた慰めの声が、涙線を刺激したのか、経過を説明しながらそっと目頭をおさえた山口。 外木場が自分も驚く200球。7回から救援した山口が完投なみの110球。どちらもよく投げ抜いたものだ。気力を出し切った両投手にスタンドはもちろん、両監督も言うことはない。 「惜しかったな」。王手をかけそこなった上田監督の第一声だ。引き分けを上等と思うと同時に、広島の好ムードに警戒の色をのぞかせる。 「外木場に無理さしたから勝ちたかったが、ウチのパターンになっていいムードが残った」。古葉監督は再三にわたる不運なジャッジに憤りながらも、明るさが出てきた。「ひょっとしたら10回戦までいくのと違うか」。ジョークが本当になるとは思えないが、今日の激戦で、勝負の流れが変わることを祈るような古葉監督の言葉の響きでもあった。熱戦シリーズ”番外劇”スコアボードの前に赤ヘルの007!! 上田監督 サイン変えさす 最後までハラハラさせた試合には”投げた、打った”の他に、二つの番外劇があった。その1 4回、戸田が登場した場面で上田監督はスコアボードの方を指さしながら、中沢捕手に何やらささやいた。「スコアボード前の二人組の様子がおかしい。一人は双眼鏡をのぞいているし、別の一人が手を振って合図を送っているようだ。スパイ活動かもしれないからサインを変えよ。」日本シリーズ、公式戦を問わず大事な試合になると、必ずといっていいほど飛び出すのがこの種の話。実際にはあり得ることととしても、、相手側にその逆をとられる場合を考えねばならぬ。実用価値としては疑問符がつく。 かつて川上巨人の知恵袋といわれた牧野ヘッドコーチ(現評論家)はそれに関連した話を週刊誌に「相手の神経を撹乱するために”やってるぞ”芝居をうったことがある」と書いている。”一塁も絶対アウト”古葉監督が猛抗議 その2 審判に対する両チームの抗議は4度。その内、広島の7回の抗議は同点場面だっただけに執拗だった。一死一、二塁で大熊の遊ゴロは併殺を狙った野手の二塁送球が野選。内野手が抗議したが平光二塁審判の目は「大下の足が離れていた」と判定。次いで一死満塁から加藤の一ゴロは3-6-3と転送されたが二封のみ。その間に三塁走者が生還し1点差。 古葉監督は「絶対にアウト」と強く訴えたが、久喜一塁審判は「明らかにセーフ」の返事。テレビのVTRで見る限りでは”セーフ”に見えた。それにしてもこのシリーズにおける古葉監督の表情、態度は「ペナントレースと違ってしつこいね。やっぱり追い込まれたあせりがあるのではないか」と審判員の陰の声。顔も崩れっぱなし 佐野 13回二死満塁、2-0から中前適時打を放った佐野は、いつもはおとなしい男だが、さすがに顔を崩しっぱなし。「ペナントレースではあまり役立てなかったので、恩返しが出来た」。「8回頃からベンチ裏の鏡の前で素振りをして出番を待っていた」と言う。代打に起用された時は「球威が落ちているのでとにかくストレートを狙おう」と心に決め、「絶対にどうにかするぞ」と自分に言い聞かせて打席に入った。カウントを2-0と追い込まれても「遊んでくる奴じゃない」と読んだそうだ。「これでみんなの調子も上がるでしょう」と、足取りも軽やかにロッカーに消えた。8戦以降も西宮で シリーズ史上に例を見ない引き分け2試合を重ねた結果、第5戦の勝敗にかかわらず西宮へ戻ることになった。予定された7試合を消化しても阪急が4勝しない場合は第8戦を引き続き西宮球場で行うことになる。また第8戦を終えてなお勝負がつかないときはさらに翌日西宮球場で”決戦”を争う日程だ。 広島が選手権を取るには最も少ない試合でも第8戦まで戦う訳で、シリーズは珍しいケースとなった。 ◇第5戦以降の日程(7戦まで) ▽第5戦 10月31日=広島 ▽第6戦 11月2日=西宮 ▽第7戦 11月3日=西宮第5戦のみどころ 山田で王手か 佐伯で一矢か 広島に本来の粘り強さが出てきた。第2戦3安打に抑え込まれた山田にもかなり食い下がるだろう。 ”ミスター・カープ”山本浩がスイングに鋭さを取り戻して、打線全体にも活気が出てきた。とはいっても、地をはうようにして打者の手元で浮き沈みする山田の投球は、そう簡単にはいくまい。山田攻略には、腰から下の投球に狙いをつけ、それもカーブ、スライダーの変化球に的を絞るしかない。3点取るのが精一杯か。 また広島が一矢を報いるには、佐伯がどんな粘っこい投球で阪急打線に挑むかだ。第2戦(5回に3安打、1四球のKO)のように、まともに正面からぶつかっては力負けする。どちらかといえば、阪急は打ち気にはやるクセがあるので、両サイドを変化球で揺さぶるにしても、スライダーを捨て球にシュート、フォークでじっくりかわしていくのが効果的。佐伯が前半持ちこたえれば勝機も生まれよう。 しかし阪急打線は好調を持続、外木場からの15安打はさすが。山口投入は報われなかったが、今度は山田でガッチリ”王手”をねらう。
2026.09.07
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