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福泉庵(現在岩崎増市家後方台地、山野井家旧屋敷同家の菩提寺なりしもの)の伝には「山野新兵衛尉盛兼故ありて御暇給り依之防州熊毛郡八代村の内須野河内といふ所迄来り此所に於て乗馬相煩滞留保養を加えるといえども終に此所にて死す、黒き鹿毛古今駿足也、則此所に埋めて椎の木を植置、忽此木に馬の毛生ず、今に至りて椎大木となり馬の尾生ゆる事諸人の知る所也依之、馬荒神と崇めたりて牛馬の病めるときは此の神に祈り此尾を守りと尊敬せば忽平癒霊験あらた也、後年此の地に村の鎮守勧請し着の森といへども元来馬森と称す。追年馬の霊出て種々妙薬の法を授かり今山野井家嫡流相伝に永禄四年八代村の内岡村といふ所へ住所を定め前名に依りて山野井と再改す。山野井甚右衛門盛高の代忌霊の事ありて永禄六年池ヶ迫といふ所へ一庵建立則当庵開山永珍和尚也。其後宝暦十二年午後只今の地に再建盛高より五代の孫、山野井瀬兵衛沢栄と名乗、村人俗に千石瀬兵衛と忌名す、是千石の石高を持故にて六人の子供ありて弐軒別家を建、三人に配地をして他家を相続せしむ、六男神田兆と名乗宍戸様御家人也早世に依て配興の田畠を以庵録とし諸修復等仕来り山野井三軒の位牌を建置只今岡村と申所に有之候事」とあり。筆者はこの稿執筆に当り同家嫡孫の山野井家を訪ね、同家所蔵の資料と併せ調査したが同様に記されてある。又福泉庵御本尊・薬師如来の像(四百年前のもの)も当時のものがそのまま保存されてある。
【6】福泉庵に関する記録『曹洞宗山口県… 2022.12.24
【5】福泉庵に関する記録『防長寺社由来』 2022.12.24
【4】福泉庵に関する記録『防長風土注進… 2022.12.03 コメント(1)