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いろいろと1ヶ月がたちました。
以前の私の感覚に比べると、とても早く時が過ぎましたが、
一方で、とても長い1ヶ月でした。
家族にも、何気なく言うと、
「あれから1ヶ月か~、たった1ヶ月やったけど、
長かったなあ。」
と感慨深げな返事でした。
それを思うと、この1ヶ月で考えられないくらい病気が
よくなりました。
近くにいる人ほど、信じられないくらいの早さで
よくなってきています。
以前は、「生と死」という問題が最大の問題でした。
今は、いよいよ次の段階、「どう生きるべきか」です。
最近の私の中の大きな存在である「ソクラテスの弁明」は、
あれほどの短編なのに、かなりの衝撃と感動を
私に与えました。
プラトンは死後すぐに、この本を書いたようですが、
一緒に、「クリトン」という、この「ソクラテスの弁明」の
続きとなる超短編の対話集を残しています。
これは、ソクラテスが死刑を宣告された後、獄舎につながれ、
いよいよ明日死刑が執行されるのではないか、という前日
(実際には、当時のアテネの神事があり、30日後です)
獄舎を訪ねて、脱走を手助けするから逃げてほしい、
と嘆願する親友であり老友のクリトンと対話を重ね、クリトンを
説得させるところを描いています。
死ぬ、その前にして、堂々としたソクラテスの姿に
大変な感動を覚えました。死ぬことを恐れぬ、自分の信念、
生き方を貫いてきたからこその姿です。
それとともに、ソクラテスがどれほど偉大で素晴らしいかを
これほどまでに生き生きと描ききり、
ソクラテスが「後世、死刑の判決を下した諸君らが
裁かれるであろう(要旨です)」としたその言葉通り、
あくまでもその裁判で裁かれるべきは、デマと中傷とねたみから
死刑を下した当時のアテネ大衆であった、と、
プラトンが真実を書き残したことに、とても心揺るがされました。
これは、紀元前200数十年前の話です。
実際に、ソクラテスが死んで、すぐに、同じく無実の罪で死刑と
なった人間(名前を忘れました・笑)の悲劇が上映され、
ソクラテスの悲劇と重なり、みなの心に深く重くのしかかったようです。
やはり名著と呼ばれるものは、思索してもしつくせない
深さがあると感じる日々です。
そして、明日からも、平行読書形式は続けますが、
いよいよトルストイの「戦争と平和」に入ります。
えらい長丁場に挑戦してしまうことになります。
ロシア文学は、長編で大変難解で深いものが大半なので、
随分避けていたことを、反省しつつ、その時間をもらった
ことに感謝しつつ、挑戦を始めます。
みんな悩んで生きてるんだ~。
あまりにも、自分の悩みの小ささと器の小ささに、
反省ばかりですが、現実の世界で自分の弱さに勝つしかないので、
勇気をたくさんもらって、また明日からがんばります。
がんばる、という言葉も、使うことにしました。
ブレーキのかけ方がわかってきたので、アクセルを踏むのも
そろそろやってみます。
でもスピードの出しすぎは、厳禁で!