楽に悟ろう!!

楽に悟ろう!!

2010年05月29日
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カテゴリ: 四方山話



現在のプログラムは、再放送で、今年の4月に放送し、教育番組では異例の視聴率を獲得した為、再放送が実現したそうです。


私は、3週間前に偶然車の中で、放送の一部を見てからその後必ず見ています。



内容は、政治哲学の講義です。


そして、主題は、「JUSTICE(正義・公正)とは何か?」です。



何だか難しそうに思うかも知れません。


また、「正義」などというと、白けてしまいそうですが、善悪のような正義というより、「公平性とは?」という政治の大前提の要素が強いと考えた方が良いように思います。


米国で行われるこのような授業を見ると、私達日本人の考える政治哲学とは隔たりがあるように感じます。


JUSTICEは、自由と平等という命題をも同時に解決してくれます。







心理的な側面からみても、大げさな問題を論じることは、自分の思考パターンを明確にし、そのパターンに変化をもたらすと言う意味では、セラピーと同様です。


講義の内容が素晴らしく、ハーバード大学で最も人気のある講義としてTV放送されることになったのは、恐らく番組を見た方であれば、納得されることでしょう。



「見ていない人はどうするのか・・・?!」


大丈夫です!!



You Tubeにアップされているので、是非見てください。

 第1回 part1(犠牲となる命を選べるか) 「殺人に正義はあるか?」
http://www.youtube.com/watch?v=VI44XfcN-ik&feature=related
※part2、3で1講義です。



マイケル・サンデル教授は、心理学にも通じる手法を講義の中に盛り込んでいます。


例えば、ハーバードに進学する7~8割の生徒が長男、長女である点を参加した学生に挙手させることで、「努力とは何か?」を別の視点から考えさせるなど、参加者を引き込ませるテクニックに応用しています。
※確か「、富は誰のものか?」に登場したと思います。




(※)第1回の講義のレクチャー(Part3)に登場します。


哲学を学ぶリスクを2つ程、挙げています。


その一つに個人的リスクを説明しています。



『哲学は、私達が慣れ親しんだものから引き離す。


新しい情報をもたらすことで、喚起するのではなく、




しかし、ここにもリスクがある。


慣れ親しんだモノが見慣れないモノに変わってしまえば、

それは二度と同じものになりえない。


自己認識とは、純真さを失うようなものだ。


不安を感じるだろうが、私達はみなそんな思いを経験し、

探求し続けてきた。


この試みを難しく、しかし面白くしているのは、

道徳や政治哲学は物語であり、

その物語が、何処に連れて行ってくれるのかは分からないが、

それが自分についての物語であるかは分かっている。


ということだ。


これが個人的リスクだ。


(中略)


哲学と言うものは、人を社会から距離を置かせ

衰弱させるような活動だからだ。


(中略)


ソクラテスの友人カリキュレスは、彼に哲学をしないように説得する。


カリキュレスは、ソクラテスにこう言う。


人生のしかるべき時期に節度をもって学ぶなら哲学はかわいいオモチャだ。


しかし、節度を越えて哲学を追求するなら破滅する。


私の助言を聞きなさい。


カリキュレスは、こう続ける。


議論を捨てよ。


行動的な人生の成果を学べ。


気の利いた屁理屈に時間を費やしている人ではなく、

善良な、生活と評判と他の多くの恵みを持っている人を手本にせよ。


(中略)


哲学は、私達を常識や約束事、

なんとなく「そうだ!」と

信じていることに、疑いを抱かせる学問だ。


(中略)


そして、これらのリスクに直面したときに出される言い訳は、

「懐疑主義」だ。


(中略)

これが懐疑主義の言い訳だ。


これに対しては、私は次のように答えたい。


確かに、これらの問題はなくならない。


長年に渡って議論されてきた。


それが繰り返され、議論されて続けてきた。


という、まさに、その事実が、この問題は例え不可能であっても、

議論を続けるのは避けられないということを示唆している。


何故、避けられないかと言うと、

私達は、毎日、これらの疑問に対して答えを出しながら生きているからだ!


(中略)


単に、懐疑主義に同意しても、

理性の不安を克服することは決してできない。


私は、対話や議論を通じて、ある種のリスクと誘惑、

その危険と可能性を示そうと思う。


この講義の目的は、理性の不安を目覚めさせ、

それがどこに導いて行くのか見ることだ!

と述べて締めくくりの言葉としたい。』


熱い、熱い、情熱的な講義に感動です。



「自分についての物語」


スピリチュアルであれ、哲学であれ、心理学であれ、宗教であれ、純粋にそれらを探求したいという願いの中には、「自分を知りたい」という願望が込められていると思うのです。


「私達は如何に生き、何処へ行こうとしているのか?


辿り着けるかどうかは、問題ではなく、その想いがあるからこそ、それに向かっている。誰もが例外なく、日常的に!」

というのが、サンデル教授の言いたかったことかも知れません。



みなさんは、どんな風に感じましたか?



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最終更新日  2010年05月30日 14時30分46秒
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