旅の途次~ちょっといい景に逢っていきませんか?~

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〇道中2


 ~木曽路徒歩紀行・第9回 道中(馬籠→妻籠《二里》後編 馬籠~馬籠峠)~

1997年5月2日

 たかだか二里程度の道が、坂道になっただけでこんなに辛いものだとは思ってもみなかった。というのが、「茶屋まで」という行程のおよそ1/3を消化した時点での私の正直な感想だった。足が重い。空は雲に覆われて、お世辞にもいい天気とはいえず気温も5月の陽気にしてはかなり肌寒かったのだが、坂道を上り詰めに上ってきた身としてはむしろ心地好かったのは確かである。せっかくなので小休止しようと茶屋ののれんをくぐる。

 店は、茶屋というより土産物屋といった感じで、絵はがきや山菜、沿道で採れる栃の実を使った餅菓子などが売られている。水○黄門に出て来そうな雰囲気の小屋ではあるのだが、その実中身は駐車場のないドライブインといった感じである。どうせなら赤いラシャを敷いたような腰掛けに座ってお茶の一杯と団子か五平餅でも嗜みつつ、これまでの道行きを偲んでみたり、居合わせた人たちと話してみたり……などという、希望というか想像(というより、もはや妄想だね)のひとつも膨らませてみたりするのだが、現実はというと、木でできたベンチに腰掛けて、これまた木でできたテーブルに頬杖を突きつつ、トレッキングシューズの紐を締め直し、イタズラにカメラをいじくっているという程度なのである。非常に虚しい。行き会う人たちはほとんどが家族連れかカップルで、しかもバスの便があまりないために(※1)、マイカーで自然に排気ガスを吹きつけながら「路上駐車」という形で店頭に乗りつけ(店先が少し広くなっているので交通に支障はない。ただ2~3台停まったら一杯になる)、用だけ足したらさっさと車に乗り込んで行ってしまう。これでは情報交換も交流もあったものではない。とりあえず一休みして、先を急ぐことにしよう。美味しそうだったので、とち餅の4コ入りパック(400。微妙な値段・笑)を一つ買った。これが後で思わぬ活躍をすることになる。

 茶屋を出るとすぐ脇に遊歩道のような道があり、旧街道はこれに沿っているという。街道筋を歩きやすく整備したという方が正しいのだろう。茶屋の前に建っている案内板によると、天気の次第によっては進行方向に妻籠から三留野の方面がよく見えるとあるが、今日のような曇天ではそれもおぼつかない。道行きは雲の中に閉ざされ、幽玄として私の前に立ちはだかっている。気持ちが少々後ろ向きになっているのを感じつつ、思い切って歩き出すことにした。

 非常に歩きやすくなっている道は、疲労を実感している足にはありがたかったが、やはりなんとなく興醒めしてしまうのは、ワガママな性分の成せる業か。とはいえその道もわずかの距離で、すぐに普通の山道に戻ってしまった。とはいえ私は、土の上を歩くというのが何よりも足に優しいということをここで初めて自覚したのである。

 さて、山道を下ること数分、視界が開けたかと思うと何やら関所のような建物が見えてきた。「白木番所跡」である。〔五海道細見独案内〕に「曲物(ここでは「まげもの」と読む)ひの木類改」とあるように、この地方の特産である檜細工、漆器などの流通を取り締まる番所があったところである。建物はなく、門に書かれた番所跡の文字と付近の広い土地とで往時を偲ばせるのみだが、手前にある立派な構えの大きな一軒家「一石栃茶屋」がその規模と往来の盛況を物語っているようであった。ちなみに「独案内」によるとこの一軒家は空き家だそうだが、よくぞと言わんばかりにきれいな形で残っている。「民宿にでもして保存したいものである」と書かれているが、全くその通りだと思う。

 番所を過ぎると、道は次第に林の中へ奥深く入り込んでいく。緑という色は人に安らぎを与える色だと聞いたことがあるが、これだけ深い林道を行くと、むしろ不安と心細ささえ感じる。天気や時間のせいの清ばかりでなく徐々に辺りが薄暗くなってきた。一本道なので道に迷ったという実感はなかったが、得体の知れない何かに呑み込まれていくというような一種の恐怖に似た感覚が襲ってくるのは、人間という生き物が大自然の中でいかに矮小な存在であるかという何よりの証拠なのかもしれない。

 やがて地響きのような音が聞こえてくるようになった。こんな山奥に滝があるのだ。男滝・女滝(雌雄瀑布・めおとのたきとも言う)で、吉川英治作「宮本武蔵」の舞台にもなったという。〔細見〕に「見事なる瀧也」とあるので、ぜひとも見ておきたい。小さな案内看板が立っており、それに従って急な坂道と階段を下ること数分、轟音と心地好い水飛沫に包まれた空間に放り込まれた。右手に細くたおやかで、しかし落差の大きい美しい女滝が、左手に落差こそ低いが、満々と水をたたえ、太く力強い男滝がある。近寄ると吸い込まれてしまいそうな見事さに、しばし立ち尽くしてしまった。

 滝に心を奪われている間にも刻々と時は過ぎ、いつしか夕方と呼ぶ方がふさわしい時刻となりつつあった。先を急ぐとしよう。道はにわかに急傾斜となり下って行く。途中一里塚があったようだが、気付かなかったのか、もうなくなってしまったのか、残念ながら見逃してしまった。滝を離れて約40分、鬱蒼とした林を抜けると大きな集落が見えてきた。しかしこれは妻籠ではない。大妻籠という別の集落だ。「桔梗屋」という大きな旅籠がある。奥の部屋で悪代官が悪巧みをしていそうな名前に思わずニヤリ。しかし、3か月後にこの宿に実際に泊まることになるとは、この時の私には想像だにできなかった(※2)。

 この集落は立派な門構えの家が多く、道も広い。妻籠宿の副集落と行った感じである。日は西に傾きかけているようで、空がダークブルーに染まりつつあった。さて、私の旅もここらで一旦中断して、宿泊先を探す必要が出てきたようである。どうも峠あたりから足裏に鈍痛を感じている。妻籠まであと1km強である。せっかくならそこまで行きたい。あとひと頑張りである。もう少しだけちゃんと動いてくれよと念じつつ、両足に力を込めた。

 【第10回へ続く】
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※1 バスの便があまりない……馬籠峠には馬籠~妻籠間のバス路線が通っており、この茶屋の前にも「馬籠峠」という名のバス停があるのだが、ひと山越えるためか便数が本当に少ない。中には馬籠峠止まりという鬼のような運行形態もあり、しかも一本逃すと、次が早くて30分後、長いと2時間近く待たされることになる。なので、ここに寄ろうと思ったら、下りまたは上りに徒歩を組み込むか、マイカーやバイクを使うことになりがちなのである。この日も、バスを利用した人はいなかったようだ。

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