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私の左手はジストニアである。説得力のために写真などもとっておいた。それに、過去のピアニストを夢見て弾いたころの成績がもう無くなって、今ではピアノが弾けることを証明できるものは無く、過去そのものが消え去ったように、今の苦しい自分も、これで、この治療で治れば消えてなくなるだろうから。ただ、今日は、本当のところ、治療レポートを含め報告したかったが、まだ言い足りないことが多くあって、そのうちの1つを述べさせて頂きたい。写真などは後日にしようと思う。(そんな病状の写真が楽天さんの迷惑にならないことを祈る。)今日まず述べたいこととは、ジストニアは精神疾患かどうか?と言う件だ。最近ググってみたら、そんなこと(精神疾患かどうか)を考えている人たちもいることが分かった。う~む、個人的には違うと思う。例えば「すべての病は気から」という言葉がある。この「気」とは何を指すのだろうか?漢方薬やさんに聞いたらきっと全身の気の流れとか言われそう。それって、何?血液かな?確かに血液検査すれば、ほとんどの病気はわかるだろう。しかし、逆に、血液を全部良くすれば、病気は治るのか?なんだか、別の気がする。「気」が精神の事だろうか?そうなると、すべての病が精神病であるということになる。それは、現代を生きる私たちの感覚からいって、即答で違うと言えそうだ。そもそも、精神疾患とは何だ?わからなくなってきた。私の中にあるはっきりとした、ジストニアにもとづく回答はこうである。人間の神経細胞は体中を張り巡らしている。これがいわゆる「気」である。その神経細胞は脳から出ている。又は脳につながっている。健常者の場合は、身体の外側からの刺激を受けて、神経細胞が感知したものを脳が判断する。そして、脳がそれに対してどうするか指令を送るだろう。ところで、その別の流れは考えたことがあるだろうか?人間の内側の刺激を神経細胞が感知して、脳が判断して、それに対して指令を送る。ということである。これだって、ありうることである。たとえば、感情は人間の内側の刺激である。その感情によって、脳が判断して、指令を送るということである。ところで、前回私は、人間の脳には、顕在意識と潜在意識(無意識の脳)があることに触れた。この判断して指令を送るのが、どっちの脳かで事情がことなる。何かを感じてその気持ちを察知した神経細胞が運んできた情報を顕在意識で指令を送ったら以下の例が考えられる。例)いやなことが起こり、気分を害した、頭にきたので、怒った。などである。細かく書かないが、指令がどう伝わったか想像できたと思う。次に潜在意識はどうだろう?例)いやなことが起こり、気分をがいした、夢にうなされた。これは、一例なので、ずっと多くの現象があるはずだ。そう、つまり、「気」とは神経細胞であり、脳の指令により、無意識に病気を作り出しているのである。だから、神経細胞の察知能力は間違っていないだろうから、脳の指令が病気にならないように、脳波をまたは、脳信号を正せば、すべて?ほとんどすべての病気は治るということだ。そんな神業あるのか?それが、ある。(私は現代医学が今は医学界の座を君臨しているが、近いうちに、転覆するとおもっている。)その方法を、数年前とある日本のカイロプラクターがみつけ、現在、片手で数えるばかりではあるが、数名の人が、ジストニア、イップス、ディスレクシア、発達障害、そのほか、現代医学ではわからないというほとんどすべての原因不明の病気を治すことができる。まったく、ノーベル賞ものだ!西洋のどなたかは、今、電気信号によるジストニアの治療を試みている。私はいい線いっていると思うが、研究なかばだと思う。よく整体でも電機治療があるが、あれは、神経細胞への脳からの病気指令を拡散しているだけなので、神経細胞の痛みの信号はマヒするだけで、一時的かまったく役に立たない。やるなら、神経細胞1つ1つにアプローチすべきだ。そんなマクロな世界の話しができないならやめるべきだが、細かい事業を歌っている、フジフィルムさんどうでしょう?検証の価値はあるかもしれません。ただし、人体の電気信号レベルの話しです。アレクサンダーテクニックというのがある。それも、研究道なかばだと私は失礼ながら思う。役者が役になり切れない時は外見から入るということがある。同様に病気がある人は、姿勢にでるから、姿勢をまず直せば、よさそうである。その直し方は客観的に姿勢を見て、数センチもおかしくない動きを追求していることだろう。しかし、脳からの指令を外の身動きから統制するのはどうしたらいいんだ?手錠でもはめて、無理やり自然な動きはこうだと反復運動でもして強制したらいいだろうか?まぁ頑張ってくれ。希望はあると思う。今日の最後にこの流れで、重要なことを発見したので書いておく。それは、植物人間は死亡した人とみなすか否かという論議についての答えである。植物人間でも心臓は動いている。心臓を動かしているのは潜在意識の脳である。つまり、脳波が停止していようとも、体の一部が動いている限り、脳からの指令はあるのだから、植物人間は生きている。もはや、植物人間が生きているかどうか、議論をするだけあほらしい。そしてもしかしたら、身体に問いかければ、答えてくれるかもしれない。心身条件反射療法かな?私の治療している方が私の潜在意識に治療中で問いかけている方法は。そのコミュニケーション方法は嘘がつけない。もし植物人間になってしまった人にこの方法で問えば、目を覚ます気があるか、できるか否か、答えてくれるかもしれない。これも検証の価値があるだろう。私の中学の同級生が長い年月植物人間になっていると母から何年も前に聞いた。しかし私は今はもうその人がどうしているかはわからないし、どこにいるかも、連絡をとることができない。でももし、今書いたことを誰かがみつけたら、その人やその人たちを助けてほしい。
2019年03月24日
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ここに書いていることはノンフィクションです。私の今始まった治療の様子などをぼちぼち話しながら伝えようと思う。ただ今日はまだ治療の話しではない。前回は経緯を話すつもりが長くなり途中になってしまった。経緯はジストニアを知るうえで貴重だが、その続きはまた今度にして、今日はジストニアの症状や心理状態の一つを考えてみたい。ジストニアはあまり知られていない病気でした。今はいくらかの人々は知っているかもしれません。演奏者だけでなく、日々の家事仕事ですらなります。だから、本当は皆が知っておくべきものです。誰でもなりうる病気です。そしてめったに直せる人はいない。今まではこの世に1人もいなかった。突然声が出なくなる人も同様だ。これは別の病気として扱われていると思うが。声楽家の人や舞台の人で突然でなくなる人がいる。そして、二度と治らない淵にはいる。でも私の主治医はきっと直せるだろう。何年か前NHKのドキュメンタリー映像で見た、ドイツで苦しんでいる声楽家の男性は、今日も出ない声を振り絞って、教会で歌っている。私などとちがって、国際コンクールでも優勝してあっただけに、とてもやりきれない気持ちだろう。そういう人々になんとか、私のメッセージを受け取ってほしい。ここに直せる人がいるかもしれない。ということを。私は長い間私の左手がジストニアだとは知らなかった。私の左手がジストニアになったころ、これからインターネットが普及するぞっていうころだったからだと思う。治るかもしれない。と見切り発車的なことを前回書いたが、見切り発車でもない。というのも、私の治療医は、既に何人も直してきているからです。これが事実だとすれば、今世紀とてもすごいことだ。そして、私も治れば、なおさら証明できる。先生には許可を頂いていないので誰とは具体的に今は述べないでおこう。叱るべき日が来たらそうしよう。今ショーペンハウアの「読書について」を読んでいる。正に書く内容があるからこそ書くとはこのことだ。知識は十分になくとも自分の中でよくよく吟味されて出てくる文章とは、このことだと思う。ああ、今日も具合が悪い。今日は一段と悪い。手が曲がるというビジュアル的なものではなくて、潜在意識の支配がひどく、私は意識して動いていられる時間がとても少なく、1日のうち、あまり起きていないことだ。起きていても、記憶のない時間とまで言うと大げさだが、意識上の脳が覚えて動こうとしても、次の瞬間忘れている。本で読んだことがあるのだが、ドイツで日本人が研究をしているらしい、その方がジストニアについて書いていた。ジストニアになる前、症状として、疲れが生じるようだ。人それぞれ、大小ある症状だと思う。疲れはかなり関係していると思う。ジストニアの脳の信号は、潜在意識の部分からずっと発せられていることだろう。だから、疲れるとすれば、つじつまが合う。私はずっと疲れている。その原因とかさっぱりわからなかった。「若い人が元気だ」「見た目どこも悪くない人は元気だ」というのは決めつけである。私のジストニアは左手の指が勝手に動き落ち着かないし、力もはいらない。体中がいつもいつもいつも疲れていて、頭もはっきりしない日が多いい。見た目は普通で誰もわからない。痛みもない。だから元気だと思われる。ああ、世間に出て私は働いたりできない。すぐ疲れるからだ。でも、ジストニアはそんなに知られてなくて、難病なのに、補助はない。一日の内数時間しか生きていない。沢山寝ていないと起きられない。心臓が、自分では意識して動かせない筋肉であることは、ご存じだろう。人間の体はいくらかそういう部分と意識して動かせる部分がある。もし、起きたまま無意識になると知らない間に何かしてあって記憶にないことがある。例えば、テレビで見かけたが、万引きで何度も現行犯逮捕される方が「記憶にないんです。本当なんです」という。私は、納得できる。普通の人はそんなことありうるかバカ!どういう言い訳だ!けしからん!と思うだろう。でも本当に起こる。誰にでも起こりうる。私自身、ユニクロのかごの中に新しい衣類を入れたままもって店を出ようとしたことがあった。幸い、出口の前で意識が戻り、万引きせずにすんだ。出口できずいたとき、はっとした瞬間、何で私がそこにいるのかがわからなかった。どういうわけか、偶然、防犯のぴーって鳴るはずのものが、鳴ってなかった。状況をなんとか理解した時、かごを持って出ようとしている自分がいるということを知ったとき、とてもはずかしかった。一人の人が店の自動ドアの外で私を見ていた。止めてはくれなかった。だって、普通、無意識で動くことはあり得ないと思われているから。これが無意識で行動をするということだ。これは起きているときに、無意識の脳だけが起きている状態だ。恐ろしいことだ。今まで自分の体は自分のもので、意識して何でもしていたと思っていたのに。その無意識の部分の脳がずっと痙攣して、信号が神経に伝って、その先にあるのが、私の場合、左手である。過度のストレスでなる。と一言でやっつけられるような問題ではない。通常死ぬほど練習をくり返した人がなるものである。でも私はピアノが好きだしストレスを感じては無かった。そう。意識上において、何も感じていなかった。痛みすらなかった。ジストニアは無意識の自分からのメッセージなのである。どうかこの研究を私みたいな無名の人間ではなく、地位も名誉も深い知識もある、素晴らしい頭脳を持った、お医者様方にぜひ、やってほしいと切に願う。ここまで具体的なヒントを私が述べて、この謎を解くとこがわからないはずがない。今すぐ、ポツリヌスなどはやめるべきだ。何の意味もありません。今すぐ手術をして開いてみることをやめるべきだ。見てもそこにあるのは、正常な身体だからです。ああ、どうか助けて下さい。
2019年03月14日
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ジストニアというのはピアニスト3大難病の内の1つです。この病気は今世紀今だ直すことは出来ないとされています。その病気との闘いをここに記そうと思います。私はおよそ26歳のころだったと思うのですが。左手がこの病気になりました。今から16年ほど前です。なぜこのブログに書くのか?それはこのブログの始まりがジストニアからなのだからです。それから刺繍をしたり、ハンドメイドビーズアクセサリーを作ってみたりして、細かい左手に作業をさせて、動かせるよう、日々ピアノに自己流のリハビリをしながら今日まで来ました。そして今日なぜ突然まだこのブログを書くのか?それは、たぶん、ジストニアを直すことのできる人に、私に言わせると、世界的名医、に出会えたと思ったから。そして、ジストニアに苦しむ人たちに光と未来があることを伝えたいし、また、ピアノなどを弾いているすべての人だけでなく、すべての人に、これからジストニアになってほしくないと思っているからです。そして、ここで微力ながらも伝えることで私自身が救われるからです。常々、このような場を提供してくださり、私のほとんどログインもせずほちっている、およそ何のメリットもない私のIDを削除せずにこうして保ってくださっている、楽天さんには感謝です。ついでに全くツイートしてないのですが、日ごろいままで、そしてこれからの分も、感謝を申し上げます。楽天さん沢山ポイントを山分けしてくださってありがとうございます。話しは長くなります。まず、ジストニアになった経緯です。20歳ごろピアノを本格的にイギリス留学中に始めました。私は自分の親ではなく、おばさん、母の妹夫婦に育てられましたので、ピアノを習わせてほしいと思っていても、とうていかなわない夢でした。育てて頂けただけでも感謝せねばならないでしょう。生きることに精一杯な子供だったのです。(ジストニアとはまた別にディスレキシアもあり、これについてはまた別に述べたいと思います。)高校生まで日本にいて、小学校のころ、音楽室を当時の音楽の先生がいつでも自由に使ってよいと開放してくれていました。これは、とてもとても貴重な体験となりました。ピアノを習うことのできない私は、既に習っているお友達をの真似をして弾きました。それが最初のピアノの体験で、小学校2年生から6年生までです。それ以前は実は2歳か3歳の時テレビでベートーベンソナタ悲愴かな?を弾いている、名前を思い出せないのですが、たぶんイギリス人のピアニスト?の演奏を聴いて、それ以来ずっとピアニストになりたかったです。ところが小学生の境遇では、休み時間に少し音楽室で、みんなの見よう見まねで弾く事が精いっぱいで、なんとお友達のお母さんに、あの子は習ってないから基礎ができてないからだめよとかいわれました。それはそうですよ。話はずれるといけないので、その子の母の虚栄心みたいなものは、飛ばします。その後は、あの小学校の感謝すべき音楽の先生に、弾いてピアノを弾くにはどうしたらいいかと尋ねました。そしたら、ぐっさり、才能ないみたいなことを言われたのですが…本当に小学生にそれでよかったの?日本の音楽教育にはいくらか問題があります。ソルフェージュが完璧だと音楽が完璧だと思うことです。ソルフェージュない人はダメだという決めつけです。習わないとできるようになりません。トレーニングが必要です。ピアノが弾けることと、音程を正しく歌うこと、その場で新曲視唱ができることと、聴音ができることは人間の機能としてはすべて別々のものです。ピアノが弾けても、新曲視唱や、聴音はできないこともあります。大体の幼少期からピアノを習っている人は絶対音感がついたりして、できたりもします。大人だとまず声帯が歌うことを知らなければ、音程を頭で理解していても、新曲視唱はできません。体の機能から考える必要があるのです。聴音もそうです。音程を理解しても、書けない、音と楽譜が一致しなければ書けません。書けないことが、音感が無いわけではありません。また、一方で、ピアノだけ弾けて、音感が全くないことも、あることもあります。すると、ピアノは弾けても、新曲視唱はできないことは起こりうる一例です。逆に言えば、新曲視唱ができてもピアノは弾けない。また、新曲視唱ができたから音感があると判断することは誤っている。それがなんと新曲視唱や聴音が音大の入試の基準になっているのは日本くらい。しかも巷ではいまだに絶対音感に憧れてやまない状況。一昔前は、絶対音感は7歳までに訓練しないと付かないと信じられてきました。どなたの学説かは存じませんが。私の答えはトレーニングをしたら大人も子供も付きます。さあそんなトレーニングもせずに、見よう見まねでモーツアルトのソナチネとかひいちゃったからちょっと悔しかったでしょうね。でも、ピアニストになるには通常子供の時に12歳でショパンエチュードOP10を弾いていることでしょう。そういう点では一部先生の言う通り。しかし、もっと致命的な部分が私の奏したものを聴いてくださって感想をくださった冷たい回答の大人の人たちとの間にはあるのです。それは、とある音の質です。ヨーロッパのつまりクラシック音楽の本場の教育では、日本のようなソルフェージュに血眼になっていません。それが私の体験でした。音楽を演奏するには、もっと重要なことがあるんです。それは、音の質です。よく、いい音とか正しい音とか美しいまたはきれいな音とかいいます。その言い方は間違っています。なぜなら、いい音や悪い音は存在しないし、又、正しい、正しくない音も存在しないからです。美しいか美しくないかも、ひとそれぞれで、美的概念やら傾向やらで難しい世界の思想の話しに突っ込みます。しかも、正しいとか、何をもって?という前提条件が必要になってきます。だって、前提条件がなければ、クラシック音楽の楽譜通りにひくこと自体間違っていることになるからです。その結論から、なんと、インプロバイゼーションをしていたイギリス人男性に留学中であったのです。論理が破たんしている。そのおと、つまりとある、そのおと、とは何か?そのある質の音、それを手に入れなければ、まずもって演奏家になれません。どんなに、ソルフェージュや絶対音感があっても、だめです。私が小学生の時、本来ピアニストの子供なら弾くべき曲よりも遥かに簡単な、しかし、当時日本の小学生ならなかなか難しいモーツアルトのソナタを私は弾いた時、いや、どんな簡単な曲を弾いていた時、いつもいつもいつも、ピアノの周りにはたくさんのお友達、いや、好きな友達、嫌いな友達関係なく、知らない子達もみんな集まって聞いてくれていた。これこそが大人の冷たい答えよりも、ずっと貴重な体験であり、証拠だったのです。既に、そのとき、その、形容できない、あの、ある質の音を私は無意識にだしていたと思います。正し、今のように洗練され、意図的に人為的にだしていたのではなかった。そうこの音は、なんと極めて人為的であり、ゆえに誰でも出すことができるもので、才能とかいう程のものではないのです。ただし、その質の音を形容する言葉は存在いていないので、音楽やピアノの先生は、いい音、正しい音、きれいな音、とか言います。その表現は間違っていること先ほど述べましたが、夢という言葉も色々な夢があるように、広域には、その質の音を含められるかもしれません。ただ、音楽は、人間の経験や感情などいろいろ全てだと思うので、きれいな人だけが存在しないように、きれいな音だけが音楽の音ではないと思います。なので、先生方は、その音を口頭で伝えたい人は、言葉を選ぶか、前提を添える必要があると思います。さて、ジストニアまでの経緯がまだまだあることに気が付きました。そして様々な音楽の問題点にふれて、寄り道が多く、しかし、どれも捨てがたい内容でしたので長くなりました。そうジストニアは潜在意識に関係しています。つまり人生そのもののどこかに原因が隠れているので、そこから、そんな前から全て話すことに気が付いたらなりました。それが脳の神経細胞と関係していて、身体に信号を送り続けるのです。また次回この話、ジストニアの苦悩の人生と今これからもしかしたらなおる経緯を暫く続けます。
2019年03月13日
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