三十路女のヤマトナデシコな日々

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Valencia Orange トマソンRさん
2012.06.17
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テーマ: 茶道(338)
カテゴリ: 茶道(茶の湯)
今週の NHK大河ドラマ「平清盛 を見ていたら、
思わぬところで“茶の湯”とのつながりを発見


平清盛が大宰府で、初めて宋の国の茶を体験する

その茶をたいそう気に入った清盛は、
相撲の節会の宴で、後白河天皇にもそれを振る舞い、
帝もいたく気にった様子・・・・・


黒塗りの立派な 天目台(貴人台) に乗った 天目茶碗

給仕の女官が茶碗に湯(茶?)を注ぎ、大きな茶筅で茶を点て、
それを喫するというシーン

清盛が茶碗を手に持って飲もうとすると
大宰府の長官が、いやいやそう飲むのではないと
天目台(貴人台)ごと持ち上げて飲むように教える


いやぁ、見た瞬間、 マジ!? と思いました(笑)


NHK大河ドラマ「平清盛」 第24回写真集より参照>
NHK「平清盛」20120616



一般的には、
茶は、 鎌倉時代 栄西 により宋から日本に伝えられたとされています

が、

既に平安時代に茶が飲まれていたという記録もあり、
宋との貿易が盛んに行われていた大宰府ならば、
宋の茶が伝わっていて、飲んでいた可能性はある!




確かに、 曜変天目 は南宋の時代のものだけれど・・・・・


そうタイムリーに日本に 天目茶碗 天目台(貴人台) が伝わったのか???


それにあの茶筅、大きさは大き目だったけど、
形が今の茶筅とほとんど同じ・・・・って何か不自然
(まぁドラマだし時代考証にも限界があるから仕方ないか)


日宋貿易は平清盛の時代に隆盛を極め、
多大な銅銭、書物、文化財が海を渡ったことを考えると、
天目茶碗もこのとき渡来したという説も合点がいく・・・・


でも、茶碗は宋からの渡来品として伝わっていたにしても、
喫茶の方法まで、あのようにして伝わっていたのか???

ましてや、都の帝のもとにまで???

ちょっと飛躍しすぎじゃあ・・・・(;一_一)


でも、そういうことを考えながら見ているのは
とても楽しかった

本当にこのようにして平清盛が宋の茶を飲んでいたのだとしたら
夢があるなぁ~ って

そして、それを、いまの自分が習っているのだと思うと
感慨深いものがありました


そういう意味でも、今週の大河ドラマは見応えがありました









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Last updated  2014.03.19 14:10:02コメント(0) | コメントを書く


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