misty247

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2005.05.01
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カテゴリ: 古今東西のお語
 Life is God's novel. Let him write it.    - Isaac B. Singer -
 (人生は神が書かれる小説だ。神にお任せしようではないか)

 アイザック・バシェヴィス・シンガー(1904~1991)はポーランドのヤダヤ系の生まれで、1935年にアメリカに移住し43年に帰化。78年にノーベル文学賞を受賞しました。
 シンガーの作品群は、イディシ語という消えていきつつあるユダヤ人の言語で書かれました。「翻訳すると価値が40%失われる」とシンガーは言ったそうで、イディシ語にこだわりを持っていたようです。イディシ語は俗語的な味わいに富んだ言語だそうです。
 私の手にしている本は、英語に翻訳されたものを日本語に翻訳したものですから、翻訳の翻訳です。ストーリー以外は全て削げ落ちてしまっていると思われますが、それでもなお素晴らしい作品でした。「やぎと少年」は7つの独立した短い物語で編まれています。その中からいくつかを選んで圧縮版のあらすじで紹介します。

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 つくりものの天国

 あるお金持ちカディシの屋敷に、アツェルとアクサは暮らしていた。アツェルはそこの旦那カディシのひとり息子で、アクサは遠縁の孤児の娘だった。共に遊び学んだふたりは、年も近かったので夫婦になるだろうと見られていた。
 ところが、大人になってアツェルが変わった病気に罹った。『自分は死んでしまった』と思い込む病気だった。原因は、乳母からさんざんに聞かされた天国の話と、生来のものぐさ性分から来ていた。勉強するのも父親の商売を継ぐのも億劫になったアツェルは、毎日何もしなくていい天国、毎日寝ているだけでいい天国を夢見て過ごすようになった。そして天国に行く唯一の方法、死ぬことを思い詰めるあまりに『自分は死んだ人間だ』と思い込むようになった。

「よろしい、ご子息の病気を八日間で治して進ぜよう。ただひとつ条件がある。わしの言がいかに奇妙でもすべて聞き入れてもらいたい」
 カディシは即刻承知し、妻やアクサ、それに屋敷中の召使全員に、イエツ先生の指示を守るようによく言い含めた。
 イエツ先生がアツェルの枕元にくると開口一番にこう言った。
「なんで死体をおいておくのじゃ。葬式をしたらどうかね」
 カディシをはじめ皆面食らったが、アツェルは小躍りしだした。急に空腹が気になりだしたアツェルは「何か食べたい」と言ったが、イエツ先生は「天国へいくまで待ちなさい」と言って退けるのだった。そして、アツェルの葬式がいとなまれた。
 イエツ先生は天国を模した部屋を拵えた。窓を塞ぎランプの灯りだけにして昼夜をわからなくし、壁に純白のサテンを張り巡らし、召使たちは背中に翼の付いた白装束に身を包んで天使を真似た。
 はしゃぎすぎて棺の中で寝込んでいたアツェルが目を覚ますと、そこは妙な部屋。
「どこだい、ここは」
「天国でございます」
 傍らの召使が答えた。
 肉や魚や柘榴や柿やパインや桃が盛られた金の盆と、なみなみとワインが注がれた金の杯が、アツェルの前に並べられた。空腹のアツェルは貪るように平らげた。

 アツェルが目を覚ますと、目の前にまた同じ豪華な食事が並べられた。
「どうして昨日と同じなんだい? 牛乳にトーストとかはないのかい」
「ございません。天国ではいつも同じ食事です」
「今は朝? それとも夜?」
「天国には昼も夜もございません」

 アツェルは食事を済ませたが、ゆうべほど食欲ははずまなかった。
「今は何時?」
「天国に時間はございません」
「今から何をしようかな?」
「天国では何もしないのです」
「ここにいる他の人に会ってみたいな」
「天国では家庭ごとに別の場所が割り当てられていますから、会うことはできません」
「ぼくの家の人たちはいつになったら来てくれる?」
「父上はこの先二十年はお達者です。母上は三十年」
「アクサは?」
「あの方は五十年あまり先です」
「それまでひとりぼっちかい?」
「さようでございます」
「アクサはこれからどうするのだろう?」
「今はアツェルさまの亡くなったことを悲しんでおいでですが、そのうちお忘れになって他の若い方の元へお嫁入りなさるでしょう。世の中はそんなものです」
 睡眠も栄養も十分に足りてアツェルは力を持て余し気味だった。無性に何かがしたくなったが、あいにく天国にはすることが何もなかった。天国にこもっていると両親を想いアクサに恋い焦れる気持ちが募るばかりだった。憧れていた安閑とした暮らしが今は苦痛になっていた。
「ぼく、わかってきたよ。生きるって思っていたほど悪いことじゃないね」
「ですが、生きるのは難しいですよ。勉強、仕事、商売と苦労が絶えません。ここなら気楽でいられますよ」
「こんな所でじっとしているより、よっぽどましだ。ここはいつまで続くの?」
「ずうっとです」
「ずうっとこんななら、自殺したほうがましだ」
「死んだ人間に自殺できるはずはございません」
 八日目。勉強でも旅でも友との会話でも、とにかく何であってもしたかったのに、何もできずにいたアツェルは、にせものの天国で絶望の淵にいた。そこへ召使がやってきて打ち明けた。
「じつはとんでもない間違いをしておりました。まだ死んでいないそうです」
「生きているのかい?」
「はい、生きておいでです。天国から出てゆかねばなりません」
 アツェルの喜びようといったらなかった。召使がアツェルに目隠しをさせ屋敷内を行ったり来たりさせている間に、にせものの天国は幕引きとなった。
 家の人の集まった前でアツェルの目隠しは外された。窓から射し込む眩しい日差し。果樹園をわたる爽やかな風。小鳥の囀り。家畜小屋からは牛や馬の鳴き声が耳に届いた。
「ぼくは知らなかったよ。生きていることがこんなに素晴らしいことだなんて」
アツェルは両親とアクサを力いっぱいに抱きしめてキスをした。
「アクサ、誰かいい人にめぐり会わなかった? そうかまだぼくのことが好きかい?」
「好きにきまってるじゃないの。かたときも忘れやしなかったのに」
 そうして、ふたりの結婚式がとりおこなわれた。遠方から多くの人が集まり、底抜けに陽気なお祝いは七日七晩続いた。
 アツェルの怠け癖はぴたりと止み、誰にもひけをとらぬ働き者のの大商人になった。アツェルとアクサはとも白髪になるまで幸せに暮らした。
 さて、イエツ先生のことや天国がつくりものだったことなど、アツェルは婚礼の後に知った。アツェルは妻を相手に天国行きの話しを聞かせ、子どもや孫ができるとイエツ先生の腕前を話して聞かせるのだった。そんなとき、お終いをこう結ぶのが常だった。
「でもな、実際の天国がどんな所か、ほんとうの話は、誰からも聞くわけにはいかん」  <終>

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 児童文学なので、本編は優しい言葉だけで書かれてあります。らしからぬ言葉が混じっているのは、私が圧縮する上で無遠慮に持ち出してきた言葉です。
 大人の眼から見ればストレートすぎるかなと感じる台詞も散見されたのですが、原本はその辺を、おそらくはイディシ語で上手く丸めて書いてあるんじゃないだろうかと勝手に想像したのですが、どうなんでしょうか。或いはこの作品はこういうものなのかも知れません。





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Last updated  2005.05.02 16:09:59
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