misty247

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2010.10.22
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カテゴリ: 私の歩いた山と道
 ご来光をみたあと、二ノ池をまわって、サイノ河原避難小屋へ向かった。サイノ河原避難小屋は、去年、濁河から登ってきて、この小屋で引き返した思い出の小屋である。
 手前に中央アルプスの稜線、その奥に、南アルプスの稜線。そして一番奥に富士山。レースの刺繍さながらのゴージャスな地平線を右にみて。

御嶽山_アルプス
▲中央アルプス・南アルプス・富士山(中央奥)の重なる稜線

 小屋に到着。去年とルートは繋がった。御嶽、踏破!
 小屋に入ると先客がいた。開田口から昨日登ってきたという4人組の方で、ちょうど朝食を終えられたところだった。この小屋で一泊とは驚き。夜中に田の原を登ってきたというのも驚かれたけど。お互い、自分の方がまだ普通だと思っていたのかも。
 登りながらも寒かった我が身を思い返し、寒かったですかと尋ねたら、小屋の中とはいえ夜の冷え込みは厳しかったそうだ。
 朝食ヤキソバを食べて、摩利支天へ向かった。

御嶽山_継子岳
▲手前五ノ池小屋、継子岳、左奥に乗鞍、その奥に北アルプス

 案内板の立つ分岐点にリュックをデポして、去年、雪で塞がれて通れなかったルートを進んだ。もちろん雪はなく、三角点まで難なく到達。
 濁河にある御嶽パノラマグラウンドが見えた。
 残念なことに、御嶽マラソンは、去年を最後になくなってしまったのだ。「御嶽マラソンでサブフォー」を私のグランドスラムの1つに据えたので、毎年出ようと思っていたのに……。(御嶽マラソンのレポートは こちら

 思い出と展望に浸った摩利支天を後にして、御嶽登山はここで折り返し。
 サイノ河原を越えて、剣ヶ峰はもう登らずにトラバース道で王滝神社へと回った。行きは暗くて見えなかった宗教的モニュメントの数々が、帰りには見えた。3000mの風雪に耐えられる金属製のものが多かった。信仰は名残ではなく、現在進行形であることが窺えた。

 帰りは王滝神社奥ノ院へ寄り道することにした。田の原9合目につながる道との分岐から、さらにもう少し進むと「月の門」というアーチ状になった石が頭上に見えて、その先に奥ノ院の祠があった。
 祠の裏側は、地獄谷という谷間である。硫黄の臭気で草木が育たず、荒々しい絶壁が剥き出しのままになっている。御嶽山に「獄」という字が入っているからか、御嶽山全体が地獄と重なるイメージを備えている気がするけど、その御嶽のなかでもとりわけ地獄なのが地獄谷というわけだ。
 地獄谷と彼方に聳える優美な白山で、対照の妙をなしていた。見れども飽かず。

御嶽山_地獄谷
▲地獄谷。奥の山は白山。

 左に視線を移すと、昨日登った小秀山。
 こちらから、こうもくっきり小秀山が見えるということは、あちらからも御嶽がくっきりということだろう。この日の登山者、みな万歳だ。

御嶽山_小秀山

 11:30、9合目にショートカットする道を通って、田の原から下山。明るくなった道は、もう別の道のようだ。
 まだ午前中なので、登ってくる人が多い。
 王滝口登山道(田の原)は、このように整備された個所が断続する幅広い道で、幅がある分、逆にどこを通ればよいのか迷う余地があって、それでヘッドライトの灯りだけで登るのに苦労させられた。こういう道だとわかっていれば、もう少し開き直ったライン取りが出来たかもしれない。

御嶽山_田の原
▲王滝口登山道(田の原からの道)

 鳳凰三山から富士山を見れなかったけど、北岳から農鳥岳以外の山は見えなかったけど、小秀山から御嶽を見れなかったけど、御嶽山からすべて見えた。

 ブラボー! 日本の宝物。  <終>


私の歩いた山と道<目次>






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Last updated  2010.10.22 02:29:39
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