レムリアからの転生旅行者

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神坂俊一郎

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Sep 3, 2010
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カテゴリ: 人生について
昨日の熊本は36.5度。9月とは信じられないくそ暑さでした。
この暑さの中でしたが、1日オフになりましたので、レンタカーで宮崎に行ってきました。
何を好き好んで宮崎までと言われそうですが、実は宮崎、数少ない父の思い出のある土地なのです。

42年前の年末年始に、家族で宮崎に旅行したことがありました。
その時、宮崎の平和台公園で撮影された平和の塔の写真に、父はこう書いていました。
「終戦前、宮崎に降り立って見上げた塔が、今や平和の塔とは。八紘一宇の言葉が皮肉に思える。」

幼少期から大学入学までの15年間、我が家は毎年のように家族旅行をしていたのです。
それなのに、父親の記憶があまりないのです。
この宮崎旅行も、不思議に父の印象は薄かったのです。


彼は、父が外交官でアメリカで生まれており、その影響か英語ドイツ語に堪能であり、戦時中は大学生でしたが、学徒動員よりも先に召集されて、戦地に赴いていたのです。
どうも、情報関係の特殊任務で、ドイツに派遣されることになっていたようだったのです。
海軍兵学校に特別に編入されて短期間訓練を受けた後、潜水艦に乗せられて出航したものの、フィリピンあたりで撃沈され、彼はほぼ唯一の生き残りとして生還したのです。
アメリカ生まれの彼には、天皇陛下万歳も、鬼畜米英の考えもなく、危なくなったら当然逃げるものと考えていたのですが、逃げたのは彼一人だったのです。
しかし、そんな彼に、軍人たちは冷たかったのです。
水兵としての訓練はされていないにもかかわらず、死んで来いと言わんばかりに小さな水雷艇に乗せられて出撃したものの、今度は敵機の機銃掃射にあった後また撃沈され、彼は腹部を銃弾が貫通したものの奇跡的に内臓に損傷がなく、海を漂っていたところを救助され、またも唯一の生還者になってしまったのです。
しかし、今度は名誉の負傷があったためいくらか風当たりは弱く、野戦病院で彼がまだ将来ある大学生であることを惜しんだ上官の配慮で、転進(退却とは言わなかった)組に入れてもらって宮崎の地に降り立つことができたのです。
「八紘一宇」とは、簡単に言えば、世界は一つの屋根の下との意味で、某氏が昔テレビで呼びかけていた「世界は一家、人類はみな兄弟。」に近い意味なのです。
しかし、大東亜共栄圏を象徴する言葉として軍部に利用されていたことも事実で、父にしてみれば、元は皇室の紀元2600年を記念して建てられ、その後大東亜共栄圏の象徴ともされた塔が、平和の塔に変貌したことには皮肉な思いがあったのだと思います。

塔を前にして、私は特に感慨は受けませんでしたが、当時の国民の多くの寄付と、地元の人々の勤労奉仕の協力の上に建てられた塔には罪はないと思いました。

しばらく見て回った後、近くの売店に立ち寄ったところ、塔の歴史に詳しい婦人が居て、父の話をすることになりました。

となると、余りいいイメージは持てませんが、大英博物館も考えようによっては、世界中から略奪してきたものにあふれていますから、当時と今は考え方も捉え方も違ってはいたのでしょう。

私が知っている父は、感情の無い奇妙な人間でした。
戦争によるPTSDだったのかも知れないと話すと、当時、知識人で徴用された人ほど、戦後おかしくなった人が多かったとの話も聞けました。

とにかく、いろいろ知らなかった話も聞けて、お店を後にしようとしたら、その婦人に、「是非青島を見て帰りなさい。あそこは、一種のウタキですから。」と勧められました。
その時は、大分方面を回って帰るつもりでしたから、時間的にどうもと答えたのですが、車に戻ってから、これも縁だから行ってみようと計画を変更しました。


となりの子供の国も、当時私も妹も子供でしたから、入園しているのですが、覚えていることといえば、白いクジャクバトに襲われたことと、ラクダに乗ったこと、それから、冬だったからなのですが、リスがいっぱいいると言われて入ったのに一匹もいなくてがっかりしたことぐらいです。
もう子供ではありませんから、青島だけを訪問しましたが、台風の余波なのか、日向灘は荒波でした。
島の周囲を一周してから、青島神社にお参りして、奥の磐座らしいものもお参りしました。

これで、一応目標達成と帰途につきましたが、福岡県大牟田市から宮崎往復550キロのレンタカーの旅、それなりに充実していましたが、疲れました。
そのせいか、珍しいことに、今朝起きたら7時でした。
いつもは嫌でも5時半には目覚めてしまうのですが、それだけ疲れていたのかも知れません。

今日になって、ふと思い出しました。
9月1日は、今は亡き友人の誕生日であり、昨年実家の屋根から落ちて、奇跡的に助かったものの大怪我したのが9月7日で、7年前の丁度その頃、彼女は亡くなったらしいことを。
今回お参りした際、何もお願いしませんでしたし、昨年は、入院していて十分供養できませんでしたから、今年は7日は休暇を取って、彼女の供養もすることにします。

画像は、平和の塔です。
42年前にはいなかったと思うのですが、ここにもクジャクバトが沢山いました。





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Last updated  Oct 17, 2017 03:02:58 PM
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Yoko@ Re:ヤマトタケル異聞8(10/04) 記紀とは違うヤマトタケルを興味深く拝読…
Yoko@ Re:ヤマトタケル異聞1(09/21) ずうずうしくリクエストをしたYokoです。 …
Yoko@ Re:ヤマトタケル?2(04/19) 21日のご返信に気が付かず、ご返信せずに…
神坂俊一郎 @ Re[1]:ヤマトタケル?2(04/19) YOKOさんへ アメーバブログも確認したら全…
神坂俊一郎 @ Re[1]:ヤマトタケル?2(04/19) YOKOさんへ 既に発見されたかも知れません…

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