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毎年梅の季節になると偕楽園の咲き具合が気になっていたが、今年も気になって仕方がないので、行くことに。東国3社巡りで神水の汲み忘れも含めて再度茨城へ。某は遙か昔に言った記憶があるが…はたして前回行った記憶は梅の断片的な(5分先位)の時、眼病に効く泉と竹林。さらには仙波湖から歩いた記憶しか持っていない。もしかすると、このほかにも行ったかも。時刻は夕方に近く、車や観光客がたくさんいて、駐車できるかどうか心配だった。水戸駅方面から来たので、駐車場も仙波湖東側からの進入で混雑は避けられたが、通常の駐車場は梅祭りのために有料化していて、無料のかけらもない。仕方なく有料駐車場へ向かい、夜梅祭りまで時間があるのでちょっと休憩。仙波湖の昼と夜。偕楽園への道のりは、500mほど徒歩で移動し、帰りの団体観光客とすれ違いながら入り口を目指す。入り口へ向かうとたくさんの露天の食べ物の臭いがあたりを漂い、空腹感が増す。この後の夕飯に備えて我慢我慢(*_*)神社の方から猿芸を始めるとのアナウンス。いよいよ夜梅祭りの始まり。碑文より偕楽園は「民とともに楽しむ」遊園として水戸藩主徳川齊昭烈公が自ら造園計画の構想をねり創設したもので、好文亭についてじゃ烈公が自らその位置を定めたといわれており、天保13年に本園・桜山および丸山が開園されました。当時の偕楽園には梅を中心に竹・霧島ツツジ宮城野萩などを飛び地になっている。桜山と丸山には桜を植え、周辺の湖水(先波湖)と田園風景を採り入れ自然との調和をはかり、四季の風情や明暗に富んだ趣のある造りで広大そのものです。明治6年に常磐神社建立に伴い、その敷地として梅林の一部を割愛したため、規模が縮小され現在に至っています。大正11年に国の史跡・名勝の指定を受け、「常磐公園」とも称し、日本3公園の一つに数えられており、春には約100種3000本の梅の香りが満ちあふれています。DATA:偕楽園の面積 156,008平方メートル 偕楽園 127,995平方メートル 丸山 2,098平方メートル 桜山 25,919平方メートル先に神社へご挨拶に。この常磐神社は夕刻でも参拝が可能なんだ^^猿回し芸が神社で奉納されるなんて、しばしの笑いを提供していた。暗くなる前に園内を一周することに。梅の咲き具合は満開のピークを過ぎたくらい。2.3日前から天気が悪かったので梅が散るのではないかという心配があった。鈴なりになっている梅。満開で心地よい。夜間になる前に職員がひとつひとつローソクに火をつけて歩いていました。ライトアップされる梅。6時から始まる夜梅祭で木札がミス水戸から順に配布される。この時、横から心ない観光客が30分前から並んでいるのに割り込みでもらった輩がたくさんいてムカついた。ちょうちんも配布?していたのかなぁ~あちこちで木札とセットで持っていたお客さんが見られた。京都を思い出すような竹林。ちょっとお気に入りの場所。ろうそくのイルミネーションにたくさんのカメラが向けられていて、中々写真が撮れなかったけど、根性で撮影。ちなみに、帰りの夕食は地元では有名な「グルービー」でパスタを食してきました。つくばと水戸の2店舗目だったが、個人的には客層がつくば店の方が落ち着いたかな。水戸店は慌ただしくてパスタの味が半減した気分。ギャル多し。
2007年03月30日
東国3社巡りの2番目は「息栖神社」である。3社の中では唯一「神社」格なのだが、詳細は調べていないので不明。鹿島神宮から車で約20分。ナビが一発で検索できたので、迷うことなくすんなり到着。ひっそりとしていて、参拝客もゼロ。タイミングがいいのかどうなのか、ほとんど神社の貸し切り状態。祀ってあるのは、アメノトリフネノカミ、クナドノカミ。歴史は鹿島、香取同様に古く、よく言う「鎮守の森」って印象が強かった。ちょうど風が強くて、某が参拝するのを拒否するかの如く、春一番のような風が終始吹いていた。と、同時に梅が神社入り口の鳥居付近で咲いているのを発見。本当に暖冬なんだって実感しましたよ。梅と言えば、水戸の偕楽園が有名ですね。息栖神社の一の鳥居は常陸利根川に面していて、ほんとに水がすぐそこまで来ているようでしたが、帰り際に気づいたので肝心な鳥居の下にある忍潮井(おしおい)の井戸を見ることも、霊水を採取することをすっかり忘れてしまった。息栖神社は岐神(くなどのかみ)を主神とし、住吉三神、天鳥船神を相殿のかみとして祭られてある。 古くから国史にも見え鹿島香取両神宮とともに東国3社の1社として上下の進行の篤い神社である。岐神は厄除け招福の神であり、住吉3神は海上守護に、天鳥船神は交通守護の神としての御神徳が顕著で神前に祈念する者にその限りない恩守護くださるものである。(神社の由来より引用)時間的に香取神宮が次に控えていたので、次回のお楽しみにすることにした。早速境内に入ると、不気味なくらい静まり返った場所で、風と砂利を踏む音だけがしている。手を洗って正面まで行こうとしたときに、社務所が途中で視界に入ってきた。が、神主らしき人は、神社長発行の機関誌を読みながら、テレビを見ていた。ちょっとリアルに引いた自分がいた。あまりにも参拝者が少ない上に、神主も平和そのものだ。社殿の作りは数年前に改装したのか、古くささがなくて少々がっかりした。が、作りはさすがにしっかりしている。後ろに他の参拝者が待っているので、焦りながらも参拝。神社を一回りして、梅の咲いている木を発見!すかさずデジカメで記録した。本当に春一番のような強い風である。御朱印をもらおうと、社務所へ再び出向く。やっぱりこちらの存在には気づいていない?それともスルー?されている?3分くらい社務所の御朱印受付前で立ち止まってアイコンタクトを試みたが失敗に終わる。なんだぁ????仕方なく窓を軽くコンコンと叩くが、これにも気が付かない。ちょっとムッとしてしまったが、堪えて再度挑戦すると、やっと気が付いてこちらに向かってきた。どうにも要領を得ていなくて仕方なく朱印の申し込みを行ったが、この神主、朱印の在処がわかっておらず、しばらく待たされる羽目に。待つこと数分。やっと目的のモノが手に入ったが、いつもこんな感じなのだろうかと不審に思ったのは私だけではないと思うのだが・・・・。朱印を無事手にした某は、帰り道までとっておいた力石と、ご神木を拝見。後で気がついたが、神水をいただいてくるのをこってり忘れてしまった。そんなことで、また次に行くことを決意。
2007年03月26日

益子に別の用事があってついでの参拝(?!)と言っては失礼。真言系のお寺なので興味津々で参拝することになる。職場に益子在住の同僚の薦められるまま、行きたいとは思ってはいたが…穴場だった……こんなことになるなんて( ̄0 ̄;)意表をつかれたような衝動♪訪れた日の午前中まで雨が降り続け、今日は行くのを辞めようかと思ったくらいでしたが、偶然にもお昼を過ぎたあたりから、太陽が出てきたので参拝を決行。正式には真言宗豊山派獨鈷山普門院西明寺(とっこさんふもんやまさいみょうじ)行基により天平9年(737年)開山された由緒あるお寺。辺りの景色は栃木百景にも選ばれている大変景色の良い場所。子供の頃に遊んだ風景によく似ていて懐かしい情景を思い出した。益子駅から車で10分弱で共販センターより手前の交差点を右に入る。そこからは大変のどかな細い道を行くこととなる。車一台がすれ違うにはちょっと、無理があるので譲り合いで向かいましょう。県の施設が近くにあるので、どうにかしてもらいたいものだが…。早速狭い道をなんとかやり過ごして行くと、芳賀自然の家と全く同じ方向。カーナビがないので、"感ナビ"で到着。急な山道を車が悲鳴を上げそうな傾斜でイケイケのノリで突き進む。ここは「坂東二十番札所」になっているので、参拝者集団とすれ違う。山の頂上にあって景色が最高に良い。すぐさま車から降りて辺りの景色を見下ろす。はっきり言って、ここは風情があって凄く自分的にいい☆修復の気配もなく(しているのかもしれないが)茅葺き屋根が気に入った。遙か昔、子供の頃に同級生に茅葺き屋根の家の子がいたが、いじめのターゲットになっていたことを思い出した。今考えると羨ましいかも^^;全体では、楼門、三重塔、本堂内厨子(これらは国指定)本堂、鐘楼、本堂厨子内仏像群8体、木造千手観音立像、木造千手観音坐像、木造閻魔大王坐像・両脇侍像、梵鐘、こうやまき、椎林叢(こちらは県指定)閻魔堂、大師堂(いずれも町指定)等の文化財が点在している。ちょうど参拝の谷間なのか社務所には誰もいない。デジカメを持っていざ参拝!社務所向かいが参拝者休憩所となっていて、湯茶が無料で飲めるらしいが、シャイな某にはとても無理!遍路の時には平気でお接待受けていたのに…。正面には参道への急な石段。向かって右には粋な休憩所と竹が沢山同行していた連れは先に石段を上がって行くのを尻目に、あちこちデジカメで古刹を激写する危ないカメラ小僧と変身していた。西明寺桜門(重要文化財指定:S25.8.29)基礎を設け柱は三十二角造り。左右の側室は前後に区切られ、前室に金剛像・仁王像を安置している。背面腰組下蟇股は形態珍奇、彫刻手法、細部模様絵など精美である。柱間を飾る中備(箕束)、匂欄出組の唐様斗拱、頭貫木端の繰形彫刻は特徴のある渦形文様で室町時代の特徴をよく表している。(益子町観光協会のホームページより引用)西明寺三重塔(重要文化財指定:同上同日)高館城主益子家宗の建立で、三層とも柱間が三間、初層間に・二層は和様尾垂木、三層は唐様、軒廻りは初層繁垂木、二・三層扇垂木、隅木は初層のみ和様、他は唐様、木割等の手法は優美でそれぞれの建築様式の特徴をよく表している。屋根は軒の出が深く、勾配や反りもきついがバランスのとれた安定したものである。相輪の材質は青銅で九輪の水煙が雲形の連続模様で、伏鉢に「天文七歳二月吉日」の銘がある。関東甲信越四古塔 ひとつである。このお寺で地元でも人気がある「笑い閻魔」【押さえておきたい情報】o(`^´*)本尊●十一面観世音菩薩開基●行基菩薩創立●天平九年(七三七)住職●田中雅博●詠歌●西明寺 ちかひをここに 尋ぬれば ついのすみかは 西とこそきけ納経時間 午前8時~午後5時。所在地 : 栃木県芳賀郡益子町大字益子4469拝観料 : 無料交 通: JR真岡線益子駅から益子行きバス終点下車駐車場 : あり車 : 宇都宮方面から国道123号線で約40分 電 話: 0285-72-2957ホームページ http://flueren.blog.ocn.ne.jp/dorf_flueren/付記情報:(益子町観光協会のホームページより引用)木造聖観音菩薩立像 像高 178cm木造馬頭観音菩薩立像 像高 170cm木造勢至菩薩立像 像高 92.5cm木造准胝観音菩薩立像 像高 114.6cm木造如意輪観音菩薩坐 像 像高 63cm木造延命観音菩薩立像 像高 177cm木造毘沙門天立像 像高 78cm木造十一面観音菩薩立像 像高 105.3cm桧材、寄木造り、彫眼、鎌倉時代作(ただし如意輪観音菩薩坐像・延命観音菩薩立像は室町時代作)これは県指定の文化財になっています。実際にはみられませんが(汗)博物館で日の目をみるか、何かしらのご開帳待ちかなぁ( ̄▽ ̄;)
2007年03月12日
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