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八重の桜が人気が在り、京都観光コースのひとつに若王子山の
新島襄と八重の墓が有ります。

新島襄と八重の墓
今回も、団体さんに会いました。夫婦連れ、同志社大学の同窓会の
婦人メンバーほか多くの方が険しい登山道を訪れて居られました。
東 京・名古屋・大阪と言葉を交わしますと判りました。
順を追うて写真を撮って来ました。
南禅寺・永観堂の境内に隣接する、国有林山上に至ります。
哲学の道始点

左手に琵琶湖疎水・哲学の道の始発点です

熊野若王子神社の右手の道が参道

女性の方は同伴をおすすめします

人家は此処まで

墓参の方のための心尽くしの杖

最初の坂道

登山道に沿って山水の流れ

ご夫婦ずれも目的に息沈ませて

石に腰掛けて

ふと上を仰ぐと林の風景

坂道は、くの字で更にまだまだ

可成り整った坂道に

アート式の階段がもう間もなく

最終の階段

共同墓地として、同志社の関係でキリスト教の墓
神愛の墓石

共同墓地とて
みどりの のにふさせ
いこいの みわざに
ともないたもう

やっと着きました入り口の
飯島譲の最後の聖書のおことば

入り口

新島襄の墓
やっと会えました、
同じクリスチャンとして十字を切って祈りを捧げました
耶蘇として罵られつつも何時も笑みを以て相手のこころをしずめられました
* 墓碑の揮毫は、勝海舟とされ、三代目になりますが
新島の島の字をよくみますと、横一がありません。
頼まれて意気込まれて書かれたそうです。
勝海舟とは八重と共に東京に赴いて同志社の設立に
教育の今が大切という新島襄の熱意に理解と後援を約束されました。

八重の墓
お墓の色までハイカラに86歳まで(昭和5年)逝去されました

山本覚馬の墓
日本の国の礎を造ってくれました
京都府会議員初代議長

八重の父権八 母佐久 弟三郎 の墓

山本久栄の墓
覚馬の京都での妻
次回放送で徳富健次郎(蘆花)恋仲に成る

徳富猪一郎(蘇峰)の墓
次回放送で、新島襄の遺言を代筆でしたためる

ふと見上げるとお墓の上に一か所
紅葉ががっていました。
新島襄は神奈川県大磯で、明治23年1月23日に亡くなりますが
明治22年に東海道線か開通、遺体は京都へそして学生たちで
南禅寺の耶蘇のため断られ、若王子山の山上無縁墓地に
土葬で葬られました。46歳惜しまれる人でした。