月のひかり★の部屋

月のひかり★の部屋

2006年05月16日
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新緑の今頃の季節になると(今頃どうしておられるかしら?)と必ず一度は思い出す人がいて、今朝もやっぱりそんな風に丁度思っていたら、駅前のスーパーの入口の辺りで、思い掛けなく出会ってしまったのが何とその人だったなんて、いくら偶然とは言え全く驚いてしまう。

「まぁ、お久し振り!どうして居られるかといつも気にはなっていても、なかなか時間が無くてねぇ!教室で習っている歌の練習が忙しいところに、実はね!2、3日前まで私、海外旅行に行っていたので・・」
そう言えばあの頃から美空ひばりの歌を唄うのが大好きでわざわざ習いに行ってるとか言っていた。
久し振りに出会った西田初江はやっぱり以前とちっとも変わってなんかいない。
真っ先に自慢っぽい話を持ち出して来るところなんか全く同じで、人間の気質なんてそうそう簡単に変わるものではないということがこの人を見ているとはっきり判る。
「そう!本当にお久し振りですね!ところでご旅行はどちらに行って来られましたの?」
「中国!中国に行って来ましたのよ!もう、3回目だけど、今回は近所の奥さんと一緒でしたよ!近頃シルクロードの有名な場所をあちこち尋ねて廻るのがすっかり気に入ったものでね!中国ってすごく良いですよ!行けば行くほど、またもう一度行きたくなる所ですね。」
(それって旅行会社の宣伝の文句と一緒じゃぁないの?)
「そうですか!それは色々と楽しみがあって良いですね!それで、ご主人と竜彦君はお元気にしておられますか?」
「はい、ありがとう!相変わらず元気にだけはしていますよ。」
「それは何よりです。」
初江とは以前エアロビクスの教室に通っていた時からの知り合いである。
竜彦君と言うのはもう間も無く35歳くらいになる初江の長男のことである。
あれは、今から10年以上も前の、そう・・ちょうど、今頃のような新緑の爽やかな季節のことであった。
いつものようにエアロビクスが済み、教室の隅で皆がレオタードを脱いで、普通の服に着替えていたら、初江が私の傍に来て、耳元で、
「ねぇ、ちょっとで良いからこの後、聞いて欲しいことがあるのだけれど・・」
と、いつもより低い調子の声で言った。
(いったいどんなことかしら?人に知られてはまずいことでもあるのかしら?まさか・・)
「良いですよ!お付き合いしますよ!」
駅前のスーパーの中にある喫茶室に連れ立って入って行くと、自分達と同じような主婦の人達とか年配の男の人も2,3人混じって、すでに思い思いの席に座って寛いだ雰囲気で、コールコーヒーだの紅茶だの思い思いの飲み物と一緒にケーキなんかを食べている。
外の景色の見える窓際の席に二人が並んで座るとウェイトレスが早速注文を取りに来たのでどちらも同じように「コールコーヒー」と言った。
「実はね!誰にも言ってないのだけれど、私の長男の竜彦がね。家を出て行ったまゝずっと帰って来なくてね。心配しているのだけれど、一体どこに行ったのか、見当も付かなくって困っているのよ。」
「まぁ、そうなの!それは心配ね!」
「こんなこと誰にも言えないのであなたにだったら聞いてもらえそうな気がして・・あなたはクリスチャンだから大丈夫だと思うのでね。」
「そうね、私誰にも言わないから安心していて!」
「ありがとう!こんな辛いこと、誰にも言わずに自分だけで悩んでいたら頭が変になりそうになるので・・ごめんね、こんな暗い話を聞かせて・・」
「いいのよ。そんなこと気にしないでも良いわよ。私で良かったらいくらでも話してくれて良いから・・」
「ありがとう!」
(心配事のある割には元気そうだなぁ・・もし私なら今頃のん気にこんな所でとてもお茶なんか飲んでいられないはずだわ!強いのね。この人は・・)
冷たい飲み物をストローで3分の1ぐらい吸い上げた時、再び顔を上げて初江が言った。
「私、<岸壁の母>という歌が好きでねぇ。毎日のように唄っていたのよ!あんまり朝から晩まで唄い過ぎたのだと思うわ。だからあの子がいなくなってしまったような気がするわ!」
「そんなことないでしょう!それはちょっと考え過ぎと思うよ。」
「そうかしら?でもやっぱりそうだと思うわ!」
「ふぅん・・そう・・」
「聞いてくれる人が出来たので、だいぶ気持ちが楽になったわ。」
初江がそんな風に言ったので、
(自分が少しでも役に立てたので良かった・・)と、思った。
それから数ヶ月ほど立ち、涼しい秋風が吹くようになった或る朝のこと、リビングに置いてある電話が突然鳴った。
電話は初江からだった。
「ねぇ!お願いがあるのよ!」
「え!どうしたの?竜彦君に何かあったの?」
「いいえ!何もないんだけれど・・私、昨日近くの知り合いの家のお葬式に行ってきたのだけれどね!そこの息子さんも同じように家を出て行って長い間、帰って来ていなかったらしいのだけれど、実はどこかで自殺をして、死んで帰って来たという訳なのよ!そのお葬式に出席していたら竜彦のことが急に心配になってね!何だかこのまゝだったら私、気が変になってしまうのではないかと思うほど、どうしょうもなく心配になったので、あなたに電話を掛けたという次第なのよ!ね!お願いだから、竜彦が一日も早く帰って来るようにお祈りをして欲しいのよ!あなたはクリスチャンだからきっとお祈りすることが出来ると思ったので・・」
「そうだったの!それは辛いと思うわ!それなら私すぐにお祈りするからあなた自身も祈って下さいね!一日も早く竜彦君が帰って来るように今から二人で神様にお願いするのだから、もう何も心配しないで、安心していて良いからね!」
何故そんな風に、いかにも自信のありそうなことを言ったのか自分でもよく判らなかった。
ただ、あまりにも初江が追い込まれたみたいな辛い立場にいるので可哀想で堪らないと思ったからかもしれなかったが・・
電話を切ると、すぐに私はその場で頭を下げ、キリストの名によって心を込めてお祈りをした。
お祈りの他に一体何をしてあげることが出来るというのか・・何も無いではないか・・
「神様!どうかお願い致します!初江さんを助けて上げて下さい。この儘ではあまりにも可哀想です!竜彦君が何とか一日も早く家に帰って来るようにしてあげて下さい!」
すると、どうだろう!
それから1週間も立たない中に先ず竜彦君の居所が判り、それから数日後、何と無事に竜彦君が家に帰って来たのだった!
母親は勿論のこと、あの時の私の驚いて吃驚したことと言ったら、今までそんな不思議なことって滅多になかったですからね。
「あの時から知らない間に年月がずい分立って、今こんな風に無事で暮らせていることをとても有り難いことだと思っていますよ!」
「<岸壁の母>の祈りが見事に叶って、息子さんが無事に帰って来たのですものね。本当に良かったです!」
「あ!あなた達、そこにいたの!」
「なかなか来ないから、見に来たよ!」
いつの間に来ていたのか、すぐ横に御主人と竜彦君がにこやかに立っていた。
「ねぇ!今度、是非一度、一緒に海外旅行しましょうよ!」
「そうですね!一緒に行きたいですね!」
そんなことを言いながらお互いに手を振って別れた。


(完)






































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最終更新日  2006年05月17日 04時22分53秒
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