<アイルランドが先に金融支援を要請したが…>
こんな報道が伝えられた同じ日の新聞では「2011年度予算編成で、基礎年金の支給額の50%分を国が負担できるかどうかが焦点になってきた」という内容が一面トップを飾りました。現在の基礎年金の国庫負担の割合は税金のほか、財政投融資特別会計の積立金を特例で活用して50%となっていますが、来年度以降はこの財政投融資特別会計の積立金が枯渇するため、政府内では負担割合を08年度と同じ36.5%に引き下げる案も浮上しているということです。この二つの記事の根っこが同じに見えてしまうのは私だけでしょうか?
<共通点は身の丈以上の財政支出につけの先延ばし>
アイルランドが財政危機に陥った理由は、身の丈以上の財政支出をするはめになったからです。これはギリシャ問題もある意味同じです。アイルランドの場合は、もともと農業を中心とする貧しい国だったのですが、1990年代以降、低法人税率を甘味料にして海外からの企業誘致をすすめ、更に金融業を基幹産業に育てあげ経済興隆を計りましたが、リーマン・ショックにより金融機関の不良債権が急増、これを支えるためにどんどん財政悪化が進んでしまいました。
今、同国に求められているのは財政の健全化で、支援する側のEUやIMFからは法人税の引き上げなど、歳入を増やして対GDP比32%にまで膨らんだ財政赤字を減らすということが求められています。ただ同国の立場からすると、法人税が低いからこそ外資系企業が居てくれるので、引き上げた結果として外資系企業が居なくなってしまっては元も子もない状況になっています。そして結論を先延ばしにしている間に金融市場が騒ぎ出して同国国債を売り叩き始めたということでしょう。
<ばら撒きと埋蔵金>
誰だって自分の懐を痛めずに済む話として「あれもやってくれます」、「これもします」と言われたら嬉しくなります。だからこそ、「高速道路は無料化します」、「ガソリンの暫定税率は廃止します」、「少子化対策で子供には手当を出します」、「農家の所得は補償します」…と言われたら「知恵を絞って、そして利権にしがみつく官僚組織をなくして政治主導にしたら、こんなに素晴らしい経済運営ができるんだ。」と国民が喜ぶのも無理はありません。おまけに「バッサ、バッサと無駄な事業を切捨てる事業仕分けは見ていて気持ちが良い」と、テレビ中継を意識したパフォーマンスまで見せられれば尚更です。
しかしその結果はどうでしょうか? 1年経って実現できたのは何があるのでしょうか? そしてその一方で基礎年金の国庫負担に使った財政投融資特別会計の積立金(所謂埋蔵金)は来年度以降枯渇、税収を引き上げることができなければ、現役世代を含む将来世代の積立負担金を増やすしか、現在の給付水準を将来にわたって維持することは不可能という問題がついに突きつけられてきました。再三言われていた議論ですが、埋蔵金なんて掘り返してしまえばなくなる一時的なものでしかありません。
<方法は二つしかない>
家計に置き換えて考えてみれば実感としても明らかなはずですが、収入を上回る支出の生活は長くは続けられません。埋蔵金のような貯金があったとしても、それを使い果たしてしまえば借金をするしかなくなるのです。この状態を回避する方法は二つ、収入を増やすか、支出を減らすかです。そして前者は今の時代、極めて難しいのはご承知の通りで、出来る方策といえば節約です。最初にやり玉に挙がるのが「パパが安月給で家計が苦しいの。だから、お小遣いカットね」という最も立場の弱いところへの支出カット。ただ一方で子供の教育費は聖域として守られるというのが平均的な家庭の姿かも知れません。
確かに親心という触媒があるので、文字にしたほど切ない話ではないと思いますが、この構造もどこか今の政治や仕分けの仕方と似ているような気がしています。いずれにしても、この国も歳入を増やすか、歳出を減らすかしない限り、どこか帳尻は合わなくなり、アイルランドの話は決して他人事ではなくなるはずです。
<どの世代が投票権を持っていて、どの世代が税金を払うのか>
歳出を減らすには痛みを伴います。小泉政権時代、構造改革といえば必ず言われたのが「痛みを伴う」ということでしたが、冒頭の話で言えば、基礎年金に対する国庫負担の割合を減らせば、年金の給付を下げなければならず、一方枯渇した埋蔵金を国庫負担で埋めようとすれば、それは増税を何らかの形でしないとなりません。こうした構造改革をすれば、必ずどこかに痛みが伴うはずです。では、どこにそれが一番顕著に表れるのでしょうか?
この問題を解くヒントとなるのが多数決の民主主義と人口動態ピラミッドの形です。これは日本の人口動態ピラミッドを1950年、2009年、2050年(見込み)と総務省のデータで参照したものですが、1950年の安定的な三角形から、2050年には真反対の逆三角形に変わることが一目瞭然に解ります。何が問題かというと、投票権があるのは20歳以上、いわゆる「生産人口」と呼ばれる現役世代は65才以下、そして年金の受給を受ける世代は65歳以上だということです。
つまり少子高齢化の流れの中にあっては、意思表示ができる世代層の数、負担を強いられる世代層の数、そして果実を得る世代層の数がことなり、票田の票数が均衡していないということです。単純な多数決が民主主義だとするならば、議決をする前から結果がある程度決まってしまっているという状況です。もしあなたが一票でも投票を集めたい政治家だとしたら、どの世代に向かった政治をするだろうと思われますか?
2050年、つまり今から40年後の人口動態ピラミッドを見て議論をするなどナンセンスだと言われるかも知れませんが、前提条件が大きく変わって疲弊した年金制度の制度設計を変えるのに「早過ぎる」ということはないと思われます。掛け金を支払う人が増えるからという大前提は大きく変わってしまっているのですから。
<年金が運用で稼げば良いとも言えますが…>
給付を受ける人よりも圧倒的に掛け金を払う人が増えていた時代は、年金の運用利回りなどある意味どうでも良かったと言えます。仮に絵空事のような期待利回りを前提に収支計算が行われていても、次から次と掛け金を払ってくれる人は増えるのですから、帳尻は合うかも知れません。しかし、その構造が大きく変わってしまった現在、どの程度の前提で絵が描かれているかを知っておいても損はないと思います。下の表は現在の公的年金積立金運用の基本となるアセットアロケーションです。
さて、ご覧いただける通り公的年金積立金の運用の約2/3は国内債券で運用されています。安全運転といえば聞こえはいいですが、運用資産の約2/3が年利回り約1%の国内債券で運用されており、実質ゼロ金利の短期資産も5%あります。これをもとに簡単なシミュレーションを置いたのが次の表です。国内債券の運用利回りは現在の新発10年国債のだいたいの水準である1%を利用し、残りの1/3のアセット・クラスがどれだけ稼げば全体の利回りは変わるのかを見ています。
ご覧いただける通り、残りのアセット・クラスである国内株式、外国債券、外国株式、短期資産で10%超のリターンを挙げて初めて総合利回り4%が見えてくるということが解ります。何といっても、10年間で1%にしかならない国内債券ばかりをこんなにも保有してしまえば、単純な算数ですが残りが相当稼がないとなりません。因みに、現在発表されている年金財政の前提となっている運用利回りは3.2%ですので、逆算すると、残りのアセット・クラスのノルマは約7.8%ということになります。
更に、もし5%は短期運用部分に回すことになっていることを考慮すると、残りの部分の比率は28%になり、そのノルマは9%にもなり、これは運用業界としてはかなりハードルが高い話をなります。過年度の損失は次年度以降のノルマ拡大に繋がるので「損が出せない」というのは、どんなに運用現場が優秀でも厳しい話です。
<年金の給付水準を下げるか、間接税を増税するか>
これらのことを考えた場合に打てる対策の第一は、まず年金の給付水準自体を引き下げることです。将来世代に負担が掛り過ぎないように、現在の給付水準を可及的速やかに引き下げを行います。これが節約するという方法です。もしくは収入を増やす、そのためには間接税を引き上げる、すなわち消費税のような所得税以外を引き上げるという方法があります。
なぜ所得税ではいけないかといえば、生産人口は前述のように減少の一途なので、所得税を課税できる対象自体が減少して行くからです。にもかかわらずこれを所得税に任せるとしたら、相当なテンポで増税していかないとなりませんが、それは生産人口世代に過大な負担がのしかかるだけです。
さて、ここで問題が起こります。このどちらの選択肢も票が欲しい政治家には言いだし難い話だということです。恐らく高齢者いじめだの、弱者いじめだのといった議論がきっと巻き起こるでしょう。先の参議院選挙で消費税引き上げ議論で菅首相が火だるまになったのが何よりの証拠です。
その一方で、たとえその場しのぎと言われようがどうしようが、現在20歳以下の世代に負担を強いるような制度設計で問題先送りを続けていれば、票田から来る不平不満は少ないですし、20歳以下の世代はどんなに不満を募らせても、彼らはそれを政治に反映させることができません。かくして問題先送りの構図はなかなか改まりにくく、更に逆三角形の構図が続く限り、この状況はエスカレートするだけなのかも知れません。
<公的年金で日本株を買うという選択肢>
そもそも将来の給付のための公的年金基金が自国企業の株式を積極的に買わない、買えないという状況がおかしいのです。新興国のように経済成長・発展があると思われるなら買えるというのなら、それはすでに日本の将来成長を諦めてしまっている証拠です。にもかかわらず給付だけ欲しいといのは他力本願も良いところではないでしょうか?
むしろ、公的年金の2/3は国内株式に投資するというのはどうでしょうか? そして給付水準はその運用利回りにスライドさせるというアイデアです。もし年金の給付水準を引き上げたいならば日本の景気を良くして株価を浮揚させないとなりませんが、それこそが現役世代以上が将来世代に責任を持つということにならないでしょうか?
景気を悪くしてしまって、株価が下がってしまえば年金の給付水準が下がる一方、景気が良くなって株価が上がれば年金も増えるという構造です。息子や孫の世代に頼らない、問題の先送りはしないということにすれば、日本がアイルランドのように財政破綻などということを避けられるような気がします。もうすでにあちらこちらにほころびは出始めているのですから。
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楽天投信投資顧問株式会社
CEO兼最高運用責任者 大島和隆
(楽天マネーニュース[株・投資]第87号 2010年11月26日発行より) ==========================================================