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2009年08月22日
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    4 前

 外で誰かの悲鳴が上がった。それを皮切りに時折戦闘が行われているのであろう物音がはじまった。
しかしそれは銃声などではなく破壊された何かが崩れる音や、悲鳴などといったものが聞こえてきたのだ。
そしてそれが徐々に近付いてきている。
 どれぐらいの時間が流れたか……保持は神経をすり減らし今にも切れそうなほどに消耗していた。
 まだ銃声が聞こえればよかったのだ。そうすればここが戦場である事を実感できただろう。叫び散して恐怖を紛らわせる事が出来たかもしれない。
しかしここが戦場である実感が薄いままだというのに、意識は戦場である事理解している。そのアンバランスな状態が保持をより追い詰め、沈黙の恐怖が保持の精神を蝕んでいく。
「メビルスは何か――いえ、誰かを送り込んできたみたいだけど……それも一歩間違えれば条約違反じゃない……お互いに無茶するわ」
 この沈黙に耐えられなかったのは沙理菜も同じか、それとも保持を気遣っての事か、彼女の言葉がささくれ立った保持の心に、一時の恵みを降らせた。

「もちろんじゃない。棚加君を助けに来たのよ」
「でも州上さんは王女様でしょ? 州上さんを助けにきたんじゃ……」
「わたしは王族である前に、軍人よ。軍人としての覚悟は出来ているわ」
「そんな……」
 だが恵みに思えた沙理菜の言葉が、ただでさえ追い詰められていた精神状態の保持を、断崖絶壁の縁に押しやった。
「なんでそんな事を言うんだよ! 州上さんだって、ううん、州上さんこそ助けられるべきだよ! 僕なんかの為にこんな事おかしいよ! だったら僕がアルバールに行けば全部丸く収まるんでしょう? だったら――」
「棚加君! もしそうなったら、私は貴方を助けに行くわよ。例え貴方が望まなくても、私は行くわ」
「どうして? 僕なんかの為に……」
「棚加君、私は貴方がどんな役割を持っているのか知らない。知りたいとは思うけど、それを知らなくてもいいと思っているわ。私が――いえ、私達が棚加君を護ろうと思うのは、違う次元の事だから」
「なんで僕なんかの為に!」
「自分を“なんか”なんて言わないで! 棚加君はすばらしい人よ!」

 沙理菜の手が保持の顔をつかんだ。
 突然の事に保持の身体が強張る。
 そして沙理菜の顔が保持の顔一杯にせまり、何か柔らかいものが保持の唇を塞いだ。
「棚加君が生きていていけない意味なんてこの世には無い。ううん、私が棚加君に生きていて欲しい。そばにいて欲しい。それじゃ……ダメ?」
「……あ……ダ、ダメ……じゃないけど……」

 柔らかく微笑む沙理菜に保持は見とれていた。
「そ、それとね、わ、私の始めての……あげたんだから、自信を持ちなさいよ!」
「――!」
 沙理菜の告白に保持は自分が赤面していくのを感じた。
 その時、艦が激しく揺れ、警報が鳴り響いた。

     ◆

 アルバールのシステムに最高レベルの権限で介入できるワルキューレ三番機オルトリンデで転送システムに介入し、輸送艦の艦内に強制転移した九十九だったが、すばやい対応の迎撃を受け、メビルスの残骸に足止めされていた。
「全く……鼻息荒く特攻してみれば、この有様とは……情けない」
 艦全体に守護システムを無効化するシールドが張られているのだろう。オルトリンデの実体化が出来ない。むろんそれはアルバール兵にも言えた事で、彼らも総機鋼甲冑をまとわず生身で応戦している。
 こうなってくると、近接戦闘が主体の刀を得意とする九十九には打つ手が無い。この人数で包囲されればさすがの九十九も抵抗しきれないからだ。
「この体たらく……」
 九十九は自嘲しながら、背後に回りこんできた特務兵を両断し、潜伏場所を変えるべく移動を始める。
 しかし殺した兵が落とした銃が床にぶつかり誤動作を起し、無数の銃弾が周囲に巻き散らかされ、壁や天井を切り裂いた。
――そして大きな振動と爆発が九十九を襲った。

     ◆

「今の揺れは……ちょっと! ここを出しなさいよ!」
 沙理菜がドアを叩くが、外はそれどころじゃないようだ。人々が混乱する声が聞こえる。
 警報が鳴り止まないという事は、さっきの振動が関わる異常がまだ続いているということだ。そして二度目の振動。照明が消え薄暗い非常照明に切り替わった。
「艦がヤバイのかも……」
「え?」
「出しなさい! ちょっと! 誰かッ!」
「誰かここを開けてください!」
 非常事態をやっと理解し、保持もなりふり構わず叫んだ。
 ドアを叩き、大声を上げ、どうにか自分達の存在を外に伝えようとする。しかし誰も足を止めるものはいない。やがて外の混乱も引いてゆく。それは外に誰もいなくなった事を意味していた。
「どうしよう……」
「諦めたらダメよ」
 沙理菜がそう励ましてくれるが、その声に覇気を感じないのは、諦めるしかないような状態にある裏返しなのかもしれない。
だが不意にドアが開いた。まだ年端も行かぬ、保持達と同年代の少年兵が銃を構えながら入ってきたのだ。
「もうだめだ……俺はここで死ぬんだ」
 少年兵の尋常ならざる様子に虚を突かれ、タックルを仕掛けてきた少年兵に沙理菜はあっさり組み敷かれた。
「ちょ、ちょっと! どきなさい!」
「死ぬんなら、最後に……最後に……誰も文句は言わない……」
「私が言うわよ! どきなさいって!」
「ち、ちょっと!」
 保持もさすがにこの兵を引き剥がそうと手を伸ばした。
「邪魔するな!」
 保持は腹部に焼けるような痛みを自覚する。それを皮切りに全身に激痛が伝播する。
 撃たれたのだと気付いた時には、後方に吹き飛ばされ、床に身体をぶつけていた。
「棚加君ッ!」
「しゃべるな!」
 少年兵が沙理菜をなぐる。
「パパとママをいじめるな!」
 コモエが勇敢に少年兵に向かっていくが、少年兵は躊躇なくコモエにも発砲した。幸いそれは反れたようで、コモエにはあたらなかったようだ。
「ッ! コモエちゃん! どこかに隠れて! 目と耳を塞いでじっとしていなさい! 絶対に見ちゃダメ!」
「う……うん!」
「今すぐこんな事をやめなさい! この恥知らず! アルバールの兵士は素手の子供すら怖いの? この臆病者!」
「俺に指図するな! この魔女が!」
 必死に暴れて自由を得ようする沙理菜を無理に押し付けようと、少年兵は幾度も沙理菜を殴った。
「黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ!」
「す、州上さん……」
 保持は必死に助けようとするが、身体が動かない。太股に大きな穴がいているばかりか、逆方向を向いていて今にも千切れそうになっている。斜め前方に千切れた腕が見える。身体を動かそうとする度に、想像を絶する激痛が全身に走る。それでも保持は沙理菜に近付き、彼女を護ろうとした。
(守るんだ! 州上さんを! 守るんだ! 守るんだ!)
 身体が動かない。前に進みたいのに、進みきれない。頭がキリキリ軋む。全身が焼けるように痛い。
「ヤメロッ! ヤメロッ!」
 やがて沙理菜の身体が動かなくなる。少年兵は自分の行いに気付いたのか、沙理菜を殴るのをやめた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 だが、ついに錯乱した少年兵は、沙理菜に銃を構えると、その気近距離から撃った。
「やめ……ろ……ヤメロッ!」
 保持の声は届かない。少年兵は何かに取り付かれたかのように、沙理菜に向けて銃を撃ち続けた。
 紅い水溜りに降り注ぐ豪雨……血飛沫が舞い、肉片が飛び散る。
「ヤメロ! ヤメロ! ヤメロォォォォォッッ!」
「――ハァ、ハァ、ハァ……俺は……悪くない……この女が抵抗するから……この女が抵抗するからだ! 俺は悪くないッ!」
「悪いのはテメェだ。クズが」
 ドアの向こうから聞き覚えのある声がする。
「つく……も……州上さんが……」
「保持……州上も……」
 保持は九十九がいつもの彼ではない事を本能的な直感で気付いていた。
「クズが――」
 九十九が手にしていた刀を揺らした時には、少年兵の身体は吹き飛び、壁にぶつかって四散した。





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最終更新日  2009年08月23日 20時47分43秒
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