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2009年08月22日
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「人って、馬鹿よね……」
 沈黙を破り呟いた沙理菜の言葉に、保持は内心救われながら、更なる実情を突きつけられるのであろう予感に、気を重くしていた。
「……そんな事になっても……いえ、そんな事になったからこそなのかしら……サンクロバでは、この緊急時となってもなお、人工授精に使う冷凍精子の提供者別に、妙な派閥を作ってお互いに争いを始めたわ」
「派閥って……なんでそんな事に?」
「一般の方の精子も冷凍保存されていたのだけど、王家の男子の精子がより多く残されていたの。もちろん現存四王家のものは厳重に規制されて流出しなかったのだけど、没落したり途絶えたりした王家のものが市場に流れたの。女性の多くは大金を積んででも王家直系の精子を望み、そうやって生まれた子供達を要する者達が互いに結束し、新たに七つの新王家が生まれたの。そして彼女達は野心を抱くようになったのだけど、従来の王家との力の差は明確。その差を数で埋めようと冷凍精子の乱用が横行し、サンクロバは正真正銘の危機に晒されたわ……本来百年単位で使用する予定だった精子を十年弱で使用したのよ。そして十年前に苦渋の選択をしたの」
 沙理菜は一気にそこまで言い切ると、何かを吹っ切るように深呼吸を始めた。
「サンクロバは生体改造による延命処置を認可したの。個人の寿命を延ばすことで、世代交代を遅らせ、精子の乱用を抑制するとともに使用を規制したの。その結果アルバールに人体改造反対、連中は人権を冒涜する魔女だ、っていう大義名分を与え、戦況は更に不利になった……私は王家の一員として、一軍人として国のみんなの命と名誉を護らなければならない。ここで負けてしまえば、全てはアルバールの思惑通りになってしまうわ。遺伝子が変化するような危険な病原菌が、二次的要因とはいえ突然自然発生するものではないわ。確かに黒燕松と雪桜の開花時期は違う。花粉の飛来次期も異なる。普通に考えれば、それが原因と考えがちだけど、サンクロバの歴史の中で、異常気象が起こりこの二つの植物の開花時期が重なった、という記録はあるのに、こんな大惨事が起きたという記録はない。そして他の星にまで伝播した理由は? 同時期に生態系の違う複数の惑星で同様の現象が起きた原因は何? そこに何か作為があると考えるが普通よ」
 沙理菜の告白は保持には重すぎた。重すぎて抱えきれず、思考が違う方向のベクトルを持ってしまったのは、保持の困惑の表れだったのかもしれない。

「……そうね。一千億殺すのも二千億殺すのも大差ないわ。大量虐殺という結果が残るのなら些細な差よ」
「そんな……」
「男性が狙われた理由と女性がそこから外された理由だけど、サンクロバが対外的に力を誇っていた理由は軍事大国であるからなのだけど、その最大の理由は、守護獣を召還できることに由来するわ。保持君も見たでしょ私のアイリーンを」
「あ、あのユニコーン?」
「そう。それを真似たのがアルバールの守護システムってワケね。私達はこの召還を占有する事で力を保っていられたの。そして直系の王族男子にのみが契約できる龍の存在が大きいわ。アルバールに亡命した王家を加え、古来より伝わる王家五家、それぞれを守護する青赤黒白黄の龍は敵の大隊を一瞬で殲滅するほどの力があったらしいわ。そしてサンクロバ王国の開祖、サンクロバ初代王だけは神龍と呼ばれる、真珠のように光り輝く龍と契約した……と伝えられているわ」
「……だから男だけ? でもそれじゃ女性を死なせない理由はないじゃない」
「……そんな強力な戦力、欲しくない?」
「僕は、別に要らないけど……」
「棚加君が、じゃなくて一般的に。見逃すには惜しいのは確かよ。一匹で艦隊級の戦力……喉から手が出るほど欲しい国は沢山あるでしょうね。でも何故か契約には厳重な規制があるの。サンクロバの王家の直系男子のみ、というね……」
「……」
 保持も気付いた。

 保持が行き着いた疑問、当然ではあるが、沙理菜もそこに気付いていたようだ。
「……推論の域を出ないけど、もしその効果を無効化出来る血清があるとしたら? 菌を作った張本人なら、それを持っていてもおかしくはないわ。病原菌本体を開発したのなら、同時に血清を作るのが常識だもの」
 でもそれは被害者の一方的な思い込みという事も考えられる。推理小説でも定番だが、あまりに都合のいい証拠ばかりが揃うと、目先の誤った推理をしてしまう。そしてそれが真相を覆う遮光カーテンになってしまう。
 だが当事者となれば、何かにすがらないと、生きてゆけないのかもしれない。それがアルバールへの憎悪、生きる事を拒否された沙理菜たちサンクロバの女性には、その感情だけが、生きる糧なのだ。
「……この二十年、王家の血を引いていたり、王家の精子で生まれた女性が何人も行方不明になっているわ。もちろんそれがアルバールの犯行だとは断言できないけど……」

「私達が屈すれば、世界のバランスが崩れてしまう。おかしな事だけど、サンクロバとアルバールという大国がお互いに対立しているからこそ、お互いの正義が護られていたのよ。でもサンクロバが倒れれば、アルバールに対抗できる勢力はなくなる。そうなれば、アルバールの暴走を止める力もなくなる……サレベルンのような蛮行が再び繰り返されてしまうわ。虐殺行為が平和を維持する為の英雄行為になってしまう。私達はあの虐殺をそうさせない為に、アルバールに負けてはいけないの。私達が負ければあの虐殺が歴史から消えてしまう……」
「……そんな……虐殺は虐殺じゃ……」
「……地球では第二次大戦でアメリカ軍はハーグ空戦規約を違反し、東京を空爆し約十万人、その後の空爆で五十万人以上の人間を無差別に殺したわ。そして最終的には広島と長崎に原爆を投下した」
「でも、それは戦争を早く終わらせる為に……」
「そうね。そうよ。結果的にもその行為によって戦争が早期終結した、という見方も出来るわね。当時日本は義勇兵役法を公布して、国民義勇戦闘隊統率令が制定されていたの。それによって本土の国民のほとんどが義勇戦闘隊員として軍の統率下に組み入れられていた。広島長崎については義勇兵役法を適用すれば、当時そこに住んでいた国民は全て兵士扱いとすれば、原爆で都市ごと焼き払っても、民間人を殺した事にはならないかもしれないわね。でも、東京の大空襲があったのが三月、義勇兵役法が出来たのが六月。でも少なくとも三月からの空爆という行為は、ハーグ空戦規約を無視し民間人を虐殺した行為よ。戦争を早く終わらせる為なら、何をしてもいいの? それなら敵国の国民を皆殺しにすればすぐに終わるわ。国土を焼き尽くし、国民を惨殺し、折角生き残った人にまで多大な後遺症を残して、それもなお誇らしげに言うの? この戦争を早期終結させるには必要な行為だった、と? それでもそれが――」
 沙理菜は自分の激情に気付き言葉を呑んだ。
「ゴメン……感情的になりすぎたわ。私達サンクロバの人間は、どうしても日本に感情移入してしまうの……昔から関係が深いこともあるし、境遇も似ている部分が多いし……勝てば官軍って言う言葉が日本にはあるじゃない。そういうことなのよ。戦争に勝てば、勝ちさえすれば、戦争で犯した罪も正当化されるわ。今のアメリカがあるのは、アメリカが正しかったかじゃない、アメリカが第二次世界大戦という戦争に勝ち、あらゆる行為を正当化し、他国に有無を言わせないだけの軍事力を確立したから、ただそれに尽きるわ。ベトナムで森を焼き払い、毒薬を空中散布し、享楽の為に人を殺し、犯し、蹂躙し、それでもなお「ひどい戦争だった」と被害者面をしていられるのも、どの国も表立って真っ向から非難できないからじゃない? 軍事も経済もすべてアメリカが握っているもの。そして彼らの背後にアルバールがいる可能性が高い以上、思考回路は同じ可能性が高い」
「……つまり、州上さんはアルバールの行った行為を許せないから、それを正当化されないために、勝たなければならない、と……」
「違うわ。勝ってしまっては、逆にサンクロバの行為が正当化されてしまうわ。サンクロバにはサンクロバの強欲がある……サンクロバの王族会議でも、アルバール本星などへの無差別攻撃が幾度も議題に上っているわ。隠密性に優れたメビルスは本来そのために建造された戦艦だもの。お祖母様やお母様が必死に食い止めているけど……いつまでせき止めていられるか……」
 沙理菜は辛そうに顔を手で覆うと、深いと息を吐いた。
「私も……もう、どうすればいいのか分からない。でも、負けるわけにはかない……少なくとも、このままではサンクロバの敗戦は濃厚だけれどね……」
 どうする事も出来ない、力や技術ばかりじゃない。自分の行き先が見えない不安は、誰よりも保持が良く分かっている。この世の栄華を全て手に入れているような沙理菜でも、自分と同じ悩みを持っている。このことを少し嬉しく感じ、保持は自分の小さな器量に呆れてしまう。そして思うのだった。
(もっと、大きな人間にならなくてはいけない……)
 父羅岩に耳がタコになるまで言われた人生訓。保持は今ほどそれを心に強く誓った事はなかった。





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最終更新日  2009年08月23日 20時48分01秒
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