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2009年08月22日
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     3 前

「武器になるような物は……あるはずないわね……自動防御機構も遮断されているし、アイリーン……もやっぱりダメ……それにコモエちゃんを連れていては、逃亡は難しいわね……」
 何かが転送され、アルバール兵達はそちらの対応に追われ、保持達に構っている暇がなくなったのだろう。保持達は強引に連行され、そのままどこかの部屋に放り込まれた。
せめてもの救いは沙理菜と一緒だということだろうが、ただ単に別々の場所に分ける事も出来ないぐらい切羽詰っていたのだろう。
「……まだ戦うつもりなんだ……」
「もちろんよ。最後まで諦めない、それが私の信条だもの」
 しかし既に万策尽きたのか、沙理菜は壁際に座り込んでいた保持の隣に座ると、丸くなって眠っていたコモエの頭をそっと自分の膝に乗せた。
(もしかして、州上さんって、膝枕をするのが好き……なのかな?)
「でも、ここまでアルバールの注意を集めるものって、何を転送してきたのかしら?」

「無人兵器の類じゃないし、機雷でもない……と思う。爆発音とかもしないし」
 沙理菜は保持が的確な答えを出すとは期待していなかったのだろう。何事もなかったように推理を始めてしまった。しかし彼女の予想すら超える事態になっているという、その緊迫感が保持の背筋を寒くした。
(一体外は何が起こっているのだろう……)
「……静かだよね……」
「銃声とか、地球みたいに派手じゃないからね。すぐ外の通路を走る足音がするから、何かが進行中なのは確かよ」
 さすが軍人と言うべきか、沙理菜の気丈さは正直保持には心強く思えた。しかしそれが同時に保持を苦しめてもいた。自分の無力さを痛感せずにはいられないからだ。
「僕達どうなるんだろう……」
「どうにかするわよ。今はどうすることも出来ないけれど、混乱が進めば多分隙が出来るわ」
(でも、混乱が進まなかったら……)
 気持ちはどんどん弱気に向かう。さっきまでがんばろうと思っていたのに、その決意すら薄れ、気を抜けば忘れてしまいそうなぐらいに、意識が沈んでいく。その気持ちの重さが保持自身も気付かないうちに、張り詰めていた糸を切断していた。
「今は休みましょう。いざという時に動けなくなるわよ」

 溢れ出した感情の波は保持を押し流し、その矛先を沙理菜に向けてしまう。
「……怖いわよ。怖くないわけないじゃない」
「だったら、なんで戦うの?」
「……私が軍人だから。軍人として、王家の一員として、私には護るべきものがあるの。それを護らないと、私は一生後悔するわ。だから戦う」
「それは僕には関――」

「……ゴメン」
 言ってはいけない事があることぐらい保持にはわかっていた。しかし時にそれを見失い、口にしてから気付き、後悔してしまう。そして未熟な自分に落胆するのだ。
「うにゅ……パパ? ママとケンカしてるの?」
「おこしちゃったわね。違うのよ、コモエちゃん。パパはねちょっと不安になっているだけ」
 沙理菜の説明で納得したのか、コモエは再び安心しきった顔で再び寝息を吐いた。
「……こんな状況で、眠っていられるなんて、この子は大物ね」
 気まずい沈黙が流れる。それを破ったのは沙理菜だった。
「あのね……」
「え?」
「やっぱり、棚加君には言っておいた方がいいと思うの。いいえ知っていて欲しいの。私の護りたいモノ。それを……」
「うん……」
 それはかなりの決心を必要とする無いようだろう、その事に思い至り、保持は気を引き締め、聞く体制と心構えを固めた。
「メビルスの乗組員、全員が女性っておかしいとは思わなかった?」
「え? まぁ、うん」
「そうよね。でも……しょうがないの」
 沙理菜は一瞬言いにくそうに、言葉を呑んだ。
「……今のサンクロバには女性しかいないの。厳密には男性もいないこともないんだけど、総人口の約0.05%程度、いないに等しい状況なの」
「え? もしかして戦争でみんな……」
「……ある意味戦争で――という事には間違いないと思うわ。でも、現実問題として男性だけが死ぬなんてことはありえないことだわ。そしてそれなら十数年で一定の割合には戻るはずよ。でも私達が抱えている問題はもっと深刻なの」
 沙理菜は何かを決意するように深呼吸した。これからがもっと深刻な内容であろう事は容易に予想できる。
「――私達は男の子を産めないの」
「なんで……前はいたんでしょ? だったら……」
「二十年ほど前に、サンクロバ本星で遺伝子操作されたと思われる病原菌が蔓延したの。いえ、厳密に言えば今現在もまだその菌、後天性自壊誘発菌は蔓延しているの。当初それは主に男性に作用するものと思われていて、それが原因で主星の男性の九割近くが死滅したわ。その後、他の領星に伝染……一ヶ月も待たずサンクロバの総人口は半数以下に激減したわ。そしてそれに伴う戦力低下により、アルバールの攻勢を抑えきれなかった……伝染の方法は不明。空気感染や直接接触によるものでもない……気がついたら体内に菌があって……何年か後になってそれが二次的感染によるものと判明したわ」
「えっと……それって?」
「サンクロバの大部分の惑星で、本星から移植された黒燕松と雪桜の花粉が体内に入ることにより、花粉同士が体温で融合を起こし別の物質となるらしいの。それが男性特有の遺伝子に反応し、体内の常在菌のいくつかの爆発的な変質を促しているらしいの」
「そんな……えっと、ワクチンとかは作れなかったの?」
「もちろん最優先で研究されたわ、でも、単純に考えても研究員の半数は男性なのよ? 解析に予想以上に時間がかかったわ。それどころかこの菌は進化を繰り返し、逐次対処方法を無効化するばかりか、人の遺伝子とも結合し、菌が死滅すると人体にも影響が出るように、自身の遺伝子をも変革させたの。その後どうにか血清は作ったのだけど、もう何もかもが手遅れだった……今のサンクロバは全滅を待つだけ……」
「どうして……って、あ……そうか、男がいなくちゃ、赤ちゃんが生まれない……だったら他の星の――」
(もしかして僕はその為に……)
 沙理菜が弱々しく首を振った。
「ダメなのよ。そもそも女性がすでに男の子を生めなくなっているもの」
「でも、性質が変わるなら……また男の子が生まれるようになるかも……」
 それは神に助けを請うようなものだ。可能性があまりに低く、望みにすらなりえない。
 沙理菜は寂しそうに笑うと、諦めたかのように首を振った。
「その後の研究で感染その後の研究で菌の爆発的な変質を遅らせる薬の開発に成功したけど、完全に止めているわけじゃないの。おそらくいつかそれも効かなくなるわ。だから今は研究施設で変異の動向を見守っている状態ね。でも、アルバールでは予防薬を開発したっていうわ」
「だったら、九十九に頼んで――」
「予防薬は、って言ったでしょ? 菌保有者には何の効果も無いわ」
「そっか、そうだね……」
 ぬか喜びしてしまった自分を恥じながら、保持は自身の考えがうまくかたまらないことに苛立ちを覚えていた。
「……正直私の専門分野じゃないから、詳しい事は分からないし、専門家は否定しているけど、もしかしたら女性も死ぬようになる、という可能性も……当面は大丈夫と信じたけどね」
 悲しそうに笑う沙理菜が、保持の心を痛くする。何とかしてあげたいのに、どうすることも出来ない。保持は何事においても無力なのだ。その事で胸が張り裂けそうになる。
「さすがに赤ちゃんが生まれないと、国としての機能しなくなるわ。この最中もアルバールと戦争中だもの。そこで冷凍保存された精子があったから、当面は問題ないはずだった。でもこの病原体は女性の遺伝子情報を書き換え、男性を埋めない体にしていたの。正確には男性の遺伝子を持った精子と卵子が結合しても細胞分裂が起きないらしいの。せっかく男の人が死なないようになったのにね……」
「じゃ、今はサンクロバには男の人はいないの?」
「さっきも言ったけど、全くというわけじゃないわ。でも今は他国からの亡命者や移住者しか男性はいないの。いくら対処法が見つかったとはいえ、わざわざ危険を冒して住んでくれるような人は少ないのが実情よ。だから……司令も私も保持君が怖がると思って、今まで騙すような感じで……秘密にしていたの。そういう意味では、そんな事情を知っていて亡命してきた鐘剣君は奇特な存在だわ」
 沙理菜は自嘲し顔を俯かせたが、直ぐに慌てた感じで顔を上げた。
「あ、もちろん棚加君には感染しないようになっているし、感染していない事は確認済みよ。大丈夫!」
「あ、いや、別にそこは気にしていないけど……でもいつの間に……」
「地球にいた時から……あの学校、実はサンクロバの息がかかった学校なの……ゴメンね……」
「あ、そうだったんだ……」
 会話が途切れると、言葉が出てこない。元々饒舌な方でないとはいえ、この沈黙はいつもに増して苦しものだった。
 即効性ではないがジワリジワリと、まるで真綿で絞めるようにサンクロバという国の死滅の未来が近付いているのだ。その重い実情に、保持はなんと言葉を紡げばいいのか、分かるはずも無い。





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最終更新日  2009年08月23日 20時48分20秒
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