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2009年08月22日
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「――おかしいなぁ、この壁一体なんだろう?」
 自宅までの近道だった農道が、停留所付近から続く壁に遮られ、保持は遠回りを余儀なくされていた。
(何の壁だろう? 結構高い壁だよな。ついでに値段も高そうだ……武家屋敷とかの観光地にあるような土壁……だよな? コレ……新手のテーマパーク?)
 考えられない事ではないが、そういう施設を作る場合はもっと長期的な計画が組まれるはずだ。少なくともそのテーマパークの中にあるだろう棚加家も移住を余儀なくされるのだから、保持の耳に入らない方がおかしい。
(……まさか)
 その不安は見事に適中した。
 やっと見えてきた壁の角を曲がって二百M弱、荘厳というにふさわしい巨大な門には、しっかりと棚加という表札が掲げられていた。
「おぉ! 待っていたぞ! 我が息子よ!」

「父さん、この家っていったい……」
「保持よ、お前も今日でもう十七だ」
 記憶にないような表情を浮かべていたとしても、人の話を全く聞かないところは変わっていない。少なくともニセモノ説の可能性は下がったわけだ。もっとも調べればすぐに分かるような性格だ。真似する事はそう難しくは無いだろうが……
「あの、父さん? 確かに僕は十七になったけど、それと家とは関係……」
「この馬鹿者がッ! 人の話を聞けッ!」
 聞いていないのは父さんの方だろ、という言葉を飲み込む。下手に刺激しては話が予期せぬ方向に流れてしまう。聞けというのなら気の済むまでしゃべらせ、それを聞けばいいのだ。それが羅岩への正しい接し方なのだ。
「いいか? お前も十七だ。そろそろ世間の厳しさというもの知らなければならない」
「……はぁ」
「昔の人は言った。子供は東尋坊から投げ捨てろと! ……いや? 東尋坊で追い詰めろ! だったっけか?」
「父さん、それじゃ死んじゃう……というか後のはミステリードラマの定番の展開……獅子は仔を千尋の谷に落とす、とかじゃ……」
「うるさい! そんな些細なことはどうでもいいのだ! この馬鹿者がッ!」

「とにかく、そういう事だ!」
 はっきり言ってさっぱり分からない。
(えっとつまり、子供――僕に何か試練を与えようということかな? でも、何のために? そういえば世間の厳しさがどうのとか言っていたけど……)
「……つまり、高校はもう辞めて、働け、と……?」
「まぁ、ぶっちゃけ言うと、そういう事だ」

 最下位の常連ならば、高校に在学していても無意味、と判断されてのだろう。しかし高校を卒業していないとなると、就職の幅は恐ろしく狭まるだろう。
「大丈夫だ! 安心しろ! お前を是非に、と言いやがる物好き――じゃない、おっしゃるお方がいらしてな。話はつけておいた。まぁ、俺の――知り合いみたいなものだから、安心しろ!」
 羅岩がそういうのなら、もはや何を言っても無駄だ。これは決定事項なのだ。
「……で、あの、それって、どういう仕事……」
「さぁな?」
「え? さぁな、って、どんな所か知らずに話を決めちゃったの?」
「おまえなぁ、信じられるか?」
「何を?」
「何をって、これに決まっているだろ!」
 羅岩は豪邸に変化した自宅を指差した。
「いや、信じられない……というか、何のことか良く分からないんだけど……」
「そうだろ? だからそういう事だ!」
「えーっと、だから、話が見えないんだけど……」
「だーかーら、コレだ! コレ!」
 羅岩は豪邸指差すだけで、保持には全く要領が得られない。
「つまり、契約金でこのお家を立てることが出来た、ということよ。保持君」
「おぉ! これはこれはネリュート様。ちょうどいい所に!」
 羅岩が保持の後頭部を片手でガッチリとホールドし、強引に頭を下げさせた。抵抗すれば首の骨が折れる可能性があるのでそれに従い、その力が緩んだ事で頭を戻した。
「そんな……やめてください、おに――いえ、羅岩殿。しかし相変わらずですね」
(うわ! 美人さんだ)
 そこにはハリウッド女優も真っ青なゴージャスなスーツ姿の美女がいた。不意に保持を襲うデジャヴ……この美人さんとはどこかで出会った事があるような気がする。そんな錯覚を覚え、直ぐにデジャヴの正体に気付いた。
(この人、どこか州上さんに似ているんだ……)
 氷解した疑問が親近感に変わった。ふられた相手に似ていると言うのは、結構ツライものがあるが、彼女が悪いわけではない。非があるとすれば沙理菜を好きになって、みごとにふられた保持が悪いのだ。
「この馬鹿者が! ちゃんと挨拶しないか!」
「あ! ご、ごめんなさい。棚加保持です」
「ネリュート・N・シュガーミよ。よろしくね」
 美人に微笑まれてうれしくない男は、そう滅多にいない。それがたとえ社交指令でも、だ。
 どことなく沙理菜に似ている事もあってか、思わず見とれた保持だったが、ネリュートの言葉で現実に連れ戻される。
「状況が変わりまして、急を要する事になりました。今すぐ連れて行きたいのですが、よろしいですね?」
(質問ではなく確認……やっぱり僕には拒否権は無いのね)
 そして羅岩の答えも、保持には予想できた。
「どうぞ! どうぞ!」
(あぁ、やっぱり……)
 この父に今更幻滅したりはしないが、もう少し何か、普通の親子らしい受け答えがあってもいいような気もするのだ。
「じゃ、とりあえずの準備を――」
「ごめんなさいね。さっきも言ったように、急ぎなの。ちょうど当面の身支度は出来ているようだし、このままいきましょう」
「で、でも……」
「大丈夫よ。荷物は後から送ってもらうから。後で必要なものを書き出しておくといいわ。何なら部屋ごとでも」
 どうやらこの美人さんは羅岩と同様、言い出したら機会ないタイプらしい。もしかしたら余程急ぐ、のっぴきならない理由があるのかもしれない。
「保持――」
「何? 父さん」
「お前はこの羅岩と黄蘭――つまりはワシと母さんの息子だ。だからそれを誇りに、何があっても挫けるな」
「あ、うん。がんばるよ」
「それと、成し遂げるまで帰ってくるな! というか、逃げ出してきてもワシが家の敷居は跨がせん!」
「えっ? えぇッ?」
「じゃ、保持君行くわよ~」
「あ、いや、父さん、それって、あぁ、ちょっと待って……父さ~ん! 成し遂げるって、何を? 何の事だよ~?」
「ほぉぅら~ 保持君、はやく車に乗って!」
 とにかくがんばるしかない。とりあえず何かの結果を出せば、家に帰れるという事だ。それはそのとき考えればいい。保持は状況に流されながら、その場任せの人生設計を組み立てた。深刻な事はあまり深く考えないのが保持の長所でもあり短所でもあるのだ。
覚悟を決めて保持がネリュートの視線の先を見ると、黒塗りのリムジンがあった。おそらく普通の身分の人間では乗れないような、そういう類の臭いがプンプンしている。
(うわッ! 不安になってきた)
 ネリュートは一体何者なのか……保持がその正体を知るのはもう少し先の話であった。





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最終更新日  2009年08月23日 20時55分47秒
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