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2009年08月22日
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バスが家に近付くにつれ、保持は言いようのない違和感を覚えていた。
(……なにか、記憶にないものが見える)
何年かぶりならともかく、たったの三ヶ月……正確には二ヶ月半とちょっとぶりである。ここが再開発盛んな繁華街というのなら日々の変化もやむをえまい。しかしここは超ド田舎。劇的な変化など滅多に無い。しかもこの短期間に、など有り得ないし、保持は全く何も聞いていない。
バスを降り方角的にその原因に向かって歩き出すと、人通りのない近道の公園近くの歩道で、突発的な睡魔に襲われた。
(眠っちゃダメだ!)
 理由は分からないが、保持はそう強く感じ、必死に耐えた。しかし奇妙な浮遊感まで覚え、やがてはゼリーの中に閉じ込められたかのような、微妙な拘束感と水に浮いているかのような身体の軽さが互いに干渉しあい、船酔いに似た気分になってきた。
(まさか歩きながら……眠気を、催す、なん、て……)
きっと何か予期せぬ事が起こったのだろうが、意識が途絶え行く最中の保持にそれを理解できるはずはなかった。



 気が付くと暗闇にいた。
(暗い、見えない……夜? あぁ、そうか目隠しされているんだ……なんだ……って、目隠しッ?)
 パニックに陥ってしまった保持に更なる不運が召還された。目隠しだけではなく椅子に座らされ手足を拘束されていたらしく、混乱による発作で起き上がろうとして、保持は派手に転倒してしまった。
「ヘブシッ! イテテテ……」
『クスクス、オコシテ、アゲナサイ』
 突然の声。それは下手なヴァイオリンのような、甲高くノイズの混じった声だった。明らかに故意的に声色を変えているのだろう。
(怪しすぎる。あからさまに怪しい)
それに拍車をかけるように、振り子のような足音が聞こえてきた。その音が近付くにつれて保持の心臓も超高速運転になり、いつ何時ハードワークしてもおかしくない状況になってきた。
(お、おおおおおお、落ち着け。落ち着くんだ! 棚加保持! こ、こういう時は深呼吸だ! ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……っ、妊婦かい! だ、駄目だ。一人ボケツッコミしている場合じゃない! 落ち着け。落ち着くんだ! こういう時こそ落ち着くんだ! そうだ、先ほどの声を信用するのなら、床に倒れ今が起き上がれずにいる僕を起こしに来たんだ。ただそれだけだ! うん、それだけ……のはず……だよな)
しかし目隠しをされた現在の状態では、どんな事も恐怖心を煽るだけだ。
そしてついに足音が間近に止まる。

 しかし杞憂とはこの事で、その人物の保持に対する扱いは思いのほか丁寧で、静かに優しく起こしてくれたばかりか、服に付いたほこりを払ってくれるという心遣いまで完璧だった。
 指示された事を終らせ遠ざかっていく誰かの足跡を隠すように、再びあの甲高い声が聞こえてきた。
『ワレワレ ハ、キミ ニ キガイ ヲ、クワエル ツモリ ハ、ナイ。ダカラ、コレカラ ダス シツモン ニ、ハイ カ、イイエ デ、コタエナサイ』
「は、はい……」
いったいどんなことを聞かれるのだろうか?

『イチ、キミハ、タナカ タモツ ダ』
「は、はい」
 名前を隠すほど業が深くはないし、隠す必要もない。嘘をつくよりも素直に答えておいたほうがいいに決まっている。
 その質問を皮切りに、しばらくは基本的な情報確認の質問が続いた。
 本心がどこにあるのか図りかねていると、明らかに趣旨の変わった質問をぶつけてきた。
『ハチ、オンナ ノ コ ニハ キョウミ ガ ナイ』
「い……いいえ?」
『キュウ、キョニュウ ガ スキ ダ』
「い! いいえ!」
『ジュウ、ヒンニュウ ガ スキ ダ』
「いいえ! いいえ!」
 さすがに、おかしいと思いはしても、立て続けに質問されるので、答えるのが精一杯で、深く考えることが出来ない。
『ジュウイチ、ヨウジョ ニ ハァハァ シチャ ウ』
「イ・イ・エ!」
『ジュウニ、ジュクジョ ノ イロケ ニ メロメロ ダ』
「い、いいえ?」
『ジュウサン、フトッタ ジョセイ ニ、オモワズ トキメイテ シマウ』
「いいえ」
『ジュウヨン、クラス ノ アイドル ヨリ、トシウエ ノ オウジョサマ ガ……』
『シレイ、アキラカ ニ シツモン ノ シュシ ガ……』
『ア、アァ、ソウネ。コレ デ イチオウ オワリ。ゴキョウリョク アリガトウ』
 第三者のツッコミによって質問が終わったのだが、一体何だったのだろうかと考えていると、再び耐え難いほどの眠気を覚えた。
「寝た?」
 睡魔に負けて身体が動かないものの、ぼんやりとしながらも、どうにか意識を保っていると、女性の声が聞こえた。
 だがすでに保持の思考力は皆無に等しい状態だったので、その内容を吟味することはできない。ただ耳の間を通り過ぎていくだけだった。
「――なら、なんでサリ――は……」
 波に襲われる砂城のように、ボロボロと崩れ落ちてゆく意識のなかで、どこかで聴いたことのある単語を耳にした事は分かっていたが、もはやその名詞を持つ女性の顔を頭に描くことすらできなくなっていた。

『……いに――命が――き出した――』

そして再び保持が意識を取り戻すと、どうやら電柱によしかかって寝ていたようだ。
厳密には倒れていたに近いのだが、本人が寝ていたと解釈したのなら、それは寝ているのである。
(……冷静にこの状況を考えると……きっと、立ちくらみか何かでここに倒れ込んでいたに違いない)
人気がないのが幸いしたようで、救急車を呼ばれるなどといった、みっともない事態だけは避けられたようだ。
(気のせいか最後にアイちゃんの声を聞いたような……)
 聞いたことは確かだと思うのだが、内容を明確に覚えないない。
(そういえばアイちゃんの記憶があやふやって、初めてだ……)
 厳密に言えば、全く覚えていない時があるのかもしれない。しかしいままで0か1かの明確な世界に、どちらでもない中途半端なものが出現したのだ。それはささやかな革命だった。
「よし!」
 とにかく、今は家に急ごう。家にさえ戻れば、とりあえずはゆっくり休むことができるはず――なのだ。





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最終更新日  2009年08月23日 20時56分02秒
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