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「いつでも会える」この本は以前から知ってたし、立ち読みだったけど読んだ事もあった。初めてこの本を読んだ時、立ち読みのせいかジーンときただけで、そこまで印象のある本ではなかった。桃子を喪って改めて読み返すと涙が出た。この本の意味がやっと分かった。瞼を閉じると、最後の海で楽しそうに泳いでる桃子の姿が蘇ってきます。母があまりにも元気がないので、母にこの本をプレゼントしました。今回、愛犬を亡くし特に私と母は喪失感を感じご飯も食べれない状況が何日か続きました。私は”身内の不幸で”と言う事で2日間お休みを貰った。休みやすいというのが派遣社員の一番の良いところです。18日の海の日に亡くなり、次の日には桃子を可愛がってくれた近所の人達を呼んで最後のお別れをしました。本当にうちの子はとってもいい子でどんな人でもなついていました。20日に母と丁度仕事が休みだった兄と三人で動物霊園に行きました。火葬でも色々料金があったのですが、桃子は特別火葬をしました。それは、お坊さんにお経を読んでもらい火葬後は私達で桃子の骨を拾いその日のうちにお家に持って帰ることが出来ました。お経が終わり、最後のお別れをした時はなんとも言えない淋しい気持ちになり。桃子の顔を何回も撫でました。もう、やわらかい毛の感触は味わえないんだなと思いながら。。私も母も兄も声を上げて泣きました。私は最後に自分の顔を桃子の顔にくっつけました。そして、「また会おうね。またね」と心の中で想いました。桃子が逝った時に(これを読んだ人はおかしい人だと思うかもしれませんが・・・)神様にこう訴えたのです。「いつか生まれる私の子供に桃子が生まれ変わってほしい。」と。桃子にも「私の子供として宿ってほしい。」と言いました。今度会う時は人間としてそして自分の子供として出会いたいと思いました。桃子はとても良い子だったから、必ず今度は人間として生まれ変わるでしょう。当たり前の様に側にいた桃子。あの子の居ない生活なんて考えもしなかった。ずーっと側にいれると思ってた。4月から実家に戻って、今まで一緒に居なかった分これから沢山の時間を過ごそうと思ってた。あの子と最初に出逢ったのは私。最後を看取ったのも私。巡り合わせなんだろうね。まだ悲しい気持ちは消えないと思うし。少しずつあの子と一緒に過ごした日々が優しい思い出に変わるときはきっと来ると思う。桃子、ありがとう。私の家族で居てくれてありがとう。楽しい思い出ありがとう。必ずまた出逢おうね。
July 24, 2005
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昨日、17時前頃愛犬が死にました。13歳の生涯でした。原因は食中毒によるものです。日曜日の夕方、彼と桃子を連れて海に散歩に行きました。私は服のまま、ズボンだけ上げて海に入りました。桃子も私について海を泳ぎました。その日は暑かったせいもあり、とっても気持ち良く泳いでる姿でした。海に上がって、浜辺に死んでいる魚を食べてしまったんです。若い時から拾って食べるクセがあったし、食べるのを止めさせようとしたらもう食べた後でした。私はその時、また食べてって呆れてるぐらいでまさかその魚で死んでしまうなんて思ってもいませんでした。その日の夕ご飯は普通に食べて、体調が悪化したのは夜中からでした。食べた物を全部吐き、次の日の朝まで計7回は吐いてました。お昼ぐらいに祝日でも診察してくれる病院に行きました。熱を測っても高熱でもなく。注射3本と飲み薬を貰いました。先生も明日には食欲が少し回復するから、少量に分けてご飯を与えてくださいと言っていました。先生も大丈夫って話だったし、桃子の様子も大分良くなってるので安心してました。帰りに桃子が好きな缶詰を3個買いました。明日、喜んで食べてくれるだろうって思いながら。家に着いて、それでも何度か吐いていてタオルを交換したり、態勢変えたりしてました。私も昨夜寝ていなかったので、桃子の側で仮眠したり、桃子の様子を見てたりしてました。17時前頃だったか、数分目を離したすきに桃子が呼吸してない事に気づきました。まさか!!って桃子の方に行って呼びかけてもなんにも応えてくれませんでした。心臓の音を聞いても聞こえませんでした。私は「モモ!!起きて!!ねぇ~起きてよ!!」と何度も話しかけ、身体を揺さぶりました。桃子の死を確認し、最初に思った事はごめんなさいでした。昨日海岸に連れて行かなければこんな事にもなってなかったし、魚を食べようとする前に桃子の行動を見ていれば良かった。病院に行った事で安心しきって甘く見てた事も。同じ部屋には居ましたが、死ぬときになんでもっと側に居なかったんだろう。という後悔ばかりでした。先生に連絡を入れたら、魚の毒が強かったのだろうと話してました。若い犬であれば(実際、若いときも魚を食べた事あるので)乗越えれたことだったのだが、年寄りで体力もないあの子はムリだった。いつまでも元気にいるって勘違いし過ぎてた、着実に桃子の体力は衰えていました。桃子はどんなに私が帰りが遅くても、(時には夜中3時でも)必ず起きて「おかえり!」って待ってくれました。いつも、私が食べてる側で食べ物を欲しがってました。いつも、どんな時でも私達家族は桃子の事を愛し、桃子も私達を愛してくれました。彼女が居ない生活をどう過ごしていけばいいのか分からない。自分のせいではなく、それがあの子の運命だって分かろうとしても、どうしても胸が苦しくて涙が出てきます。昨日、桃子の横で寝ました。ふぃに起きて、桃子が寝てるって何もなかった、ただ悪い夢だって思い込もうとしてる自分がいて。でも、現実は違う。桃子の死を受け入れられない自分がいました。自分の中でどう乗越えて行けばいいのか分からない状態です。
July 19, 2005
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