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猫たちの話ではない。また、過日伝えた、ふくがどうのという話でもない。どうの、以前の問題である。昨日、私はふくをつれて病院へ行った。血液検査、レントゲン等等検査を受けるためだ。大きな溜息・・・元気の無さ・・・力むときの低い唸り声・・・「ああ、もうこの子にいつ何が起こってもおかしくはない・・・」と、固唾を呑んで検査結果を待った。待つこと20分。猫の日とあって、場は和やかな話をしているが、当人は半ば諦めの境地もあり上の空。検査結果を担当医が持ってきて言った。Dr.「ふくちゃんは・・・」mon「うん。」Dr.「どうしてか分からないんですけれど・・・」mon「はい。」Dr.「・・・便秘ですね。」mon「・・・・・は? はいぃっ?!」丑三つ時に線香焚いて「どうかこの子が安らかに逝けます様に・・・(号泣)」と祈ったアレは杞憂に終わった。猫馬鹿日誌の1ページがまた新たに加わったわけだ。Dr.「便は食事を変えてから良い感じの硬さなんだけど、結腸が太くなる癖がついちゃってるからでしょうねぇ・・・力むけど少しずつしか出てこないので本人も苦しいのでしょう。」確かにふくの結腸は巨大化して中型犬並みなのである。暫くモニラックを飲みながら、脱水もあるみたいなので点滴しましょうね。と云う事で、彼女は死の淵から甦った。←(馬鹿な飼い主の思い込み)肺の影と乳腺腫瘍の経緯は決して先行きが安泰とはいえない。しかし彼女の動向に一喜一憂するニンゲンが、少なくとも一人は居るということを彼女は分かっているのだろうか?昨日は排便処置で一緒に力み、二人してぐったりして帰ってきたが、当の本人(ふく)は出すものを出して、点滴をして楽になったらしくヘソ天で寝ていた。私は疲れすぎで、また未明まで眠れなかった。はぁ~・・・・寝不足が続くとお肌に悪い。このところ死人ならぬ死猫続きだったので、私はかなりナーバスになっていたようである。全くニンゲンってものは・・・猫様の僕である。
Feb 23, 2011
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死期が近くなると猫は今ある苦痛を和らげようと、さまようものらしい。 琴乃を始め、サリー、そして実家のシロの死を目の当たりにしてきたが、何れもその日が近付くにつれ、冷えた空間に身を置きたがる傾向にあった。 そして今、まさにふくが冷え込む玄関に陣取っている。 乳腺腫瘍を摘出して凡そ1年。 12月には再発が表面化し、過日には院長とも彼女の死期について話をした。 腫瘍が肺に転移し、呼吸が苦しくなった際には安楽死を選択した。 その選択を迫られる日が近い事をヒシヒシと感じる。 シロも食欲が無くなり、冷える廊下にうずくまった二日後に逝った。 ふくの死期が近いと悟った今、私が出来ることと言えば、先に逝った猫たちに祈る他は無い。 線香を幾度と無く足して祈る。 どうか、その瞬間が安らかでありますようにと。 琴乃とサリーの遺影を見つめて祈るだけだ。 冷えた体をそっと撫でて私は彼女に「ありがとう」、そして「許せよ」と語りかけた。 我が家に縁あって共に暮らしたこと。 数え切れぬ程の多くの思い出を与えてくれたこと。 彼女から私は多くを学んだこと。 死を目前に何もできず、ただ見守ることしか出来ぬこと全てを、その言葉に託した。 彼女の生あるうちに私は伝えたい。 彼女が捨てられる運命にあったのは何故か。 正しい知識を飼い主が持つことで、多くの命が救われるのに、現実から目を背けるのは何故か。 猫の殺処分数が毎年毎年20万匹にも及んでいるのに、片や命の尊さを平然と語るこの国の矛盾は何なのか。 我が家は知る人ぞ知る大家族だ。 数年がかりで不妊手術を全ての猫に施して室内飼いを選んだ理由は、人と共に暮らす上で互いが快適なQOLを送る事にある。 猫が嫌いな人に聞けば幾つか嫌いな理由が挙げられるが、不妊手術と室内飼いをする事で少なくともその近隣の糞尿の悪臭は無くなり、また、猫にとっても縄張りを荒らしに来る別の猫との喧嘩も無くなり、病気や交通事故から守ることもできるのである。 今日もまさに今、どんな形であれ多くの人たちが猫と共に居るだろう。 隣人に迷惑をかけるような無責任な飼い方をしていないか今一度考えてほしい。 一人一人が徹底した意志を持たねば、何時までも何年経っても、毎年毎年20万匹と言う殺処分を減らす事はできないだろう。 是非、自治体は可能な限りの努力を求める。 無論、努力するのは殺す手際の話では無い。 捨てさせない、野良猫を増やさない努力だ。 自治体と言えども、勤務しているのは人間である。 捨てる側にもなれば拾う側にもなる、何ら私たちと変わらぬ人間だ。 またボランティアにも限界がある。 手術する資金も、世話も時間も切り詰め、その瞬間を生きる者たちの為に、寝食も身をも削っている。 それを一笑するもよかろう。 だが、殺処分する為に費やしているカネは、良かろうが悪かろうが、例え納得してなくても万人から徴収している税金が使われている。 言わば殺す片棒をみんな背負っている事を気付いてほしい。 決して目の届かぬ所で殺しているのではない。 あなたが手にしている財布の中のカネの一部が殺しているのだ。 勿体ない事を今後何年も続ける気なら黙って払い続ければ良いだろう。 嫌なら改善しようと努力せよ。 今日のこの日記をふくに捧げる。
Feb 21, 2011
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ニューハーフみたくなっている。なかなか治らんね~。しぶとい。しかし猫達は呼ぶと私と分かっているのは不思議。ニンゲンだったら声が違うと警戒するのにね。猫にはオレオレ詐欺は通用しないのかも。その前に猫に小判ならぬ万札ってことか?
Feb 19, 2011
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は、お産のときの呼吸法。私は今、ぜー、ぜー、ハァーである。熱は大した事がないが息苦しい。元々持っている慢性気管支炎が悪化したような感じだ。持つものも選べば良いと思うが、ビョーキはしょうがない部分もある。人にうつしたら治りが早いと言うが・・・「いらんことしぃ」にうつしたら殺人罪になりそうだ。昨日も今日もゴロゴロとしている。猫の喉もゴロゴロ・・・雷もゴロゴロ・・・ん~・・・やっぱり熱、あるなぁ。寝よ。
Feb 17, 2011
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久々に風邪をひいた。胃癌治療中の家族を持つ者としては、インフルエンザなどのウイルスが心配だったため、一応検査したが・・・症状がまだ軽いせいかどうかは分からぬものの、とりあえず陰性のお墨付きを頂いて帰宅したところである。単に慢性気管支炎が昨日の雪掻きで悪化しただけだとは思いたいが、過日に3時間ほど話をしていた仕事先でインフルエンザが流行っていたと聴いては良い気はしないものだ。よって、家の中でマスクを着用。顔を半分が白くなった私を見て、タダならぬ形相をしていたのは若い猫達。クモの子を散らしたように逃げていった。どんだけビビリなんぢゃ。皆様も風邪にはお気をつけて。
Feb 16, 2011
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ではなく、耳ダニ治療中のちゃあも明日のケアが最終となる運びである。猫の耳鳴りが分かったら大したもんだ、と過日書いたが早いもので治療を始めて1ヶ月になるのだ。明日は7時前には朝食をおねだりしにやってくる「ちゃあ」を室内に招き入れ捕獲。祝日とあって午前中の2時間しか病院が開いていないので、その時間めがけて病院へまっしぐら・・・。外猫とは言え、「ものがらさんちの猫達はみんな穏やかな子達ですよね~」とお褒め頂くのだが・・・無論「ふくを除く」である。寒がまた戻ったらしい。皆々様、ご自愛くださいますように。
Feb 10, 2011
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昨日、帰宅した。帰省中、母がぽつりと言った。「シロは旦那の身代わりになったのかもねぇ。あれから1年経ったことだし。」1年経ったというのは、ここではお馴染み「いらんことしぃ」こと旦那の、突然の入院である。思い起こせば、そう。1年だ。昨年の今頃は緊急入院から数日が経ち、少し回復の兆しが見えたものの、スパゲティーシンドロームに陥り、ICUのベッドで暴れた為、止むを得ず麻酔で眠らせた頃だっただろうか。大動脈解離で死ぬか生きるか日々、悶々としていたように記憶する。「シロは身代わりになんかなってない。」と頭の何所かで否定する私が居た。心筋梗塞、大動脈解離、胃癌で胃を全摘出してもタバコが止められないニコチン中毒患者の為に、どうしてシロが身代わりにならねばならんのだ?葬儀場から帰途に着いた道すがら、轢かれたばかりの猫を見かけた。見過ごして通り過ぎることが出来ないので車を路肩に寄せて止め、その時は後続車に潰されないようにと道路脇の草地に移動させるのが、その時に私のできる精一杯のことだった。見渡しても近くに民家が無い。このところの陽気に誘われたか。真新しい淡いグリーンの革の首輪をした茶シロの雄猫だった。まだ若く3、4歳くらいだろうか?新年を迎えたので首輪も新調してもらったのだろう。温もりのまだ冷めやらぬ肢体を抱えて祈った。帰らぬこの子をどうか飼い主が見つけ出してくれますように。そう願いつつも、眼球の飛び出したあの子を飼い主が見たら言葉を失うであろう。釈然としない思いを胸に翌日、同じ道を通ったときには既に彼の姿は無かった。よくペットが身代わりになったという話は聞かれる。心の何所かで肯定して不安をかき消すこともできる。でも、何所かで納得のできていない自分も居る。帰宅後、ふくが私にベッタリとくっついて離れなかった。最近の彼女は抱っこされているとご機嫌だ。乳腺腫瘍の二度目の手術は行わない事になった。進行癌の再発は、非常に悩ましい選択をしなければならない。手術して患部を摘出し続け入退院を繰り返すか、自宅で最期の時まで自由に過ごさせるかである。ふくの年齢、体力、性格を含め、医師と相談した結果、私は後者を選んだ。終末期医療のあり方は人も動物も様々であるが、私自身がそうなった時も後者を選ぶだろう。一瞬、一瞬を全力で生きる彼等にとっての「今」がどれほど尊いものか考えさせられるこの頃である。
Feb 5, 2011
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31日午後8時30分。 シロは虹の橋へ向かいました。 享年18才でした。 昨日は予定なら間に合うはずでしたが、生憎の雪で新幹線のダイヤも乱れ…シロが旅立った1時間後の対面となりました。 今年は特に積雪量が増した実家では、この季節、飾ってやる花も無く、やむなく家の中にあった有り合わせの花で支度をしてやりました。 代々、実家のペット達は土葬にするところ、墓地へ行くにも掘るにも積雪で困難な為、本日午後2時よりペット斎場にて火葬の運びとなりました。 末筆となりましたが、御足労下さいました皆様に心より御礼申し上げます。 ありがとうございました。m(__)m ものがら
Feb 1, 2011
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