あとの細かい場所は住宅地図で確認です。最近は住宅地図も便利になりました。大きくて値段の高い地図を買わなくても、必要な部分だけインターネットを利用してデータを取り出すことが出来ます。
「どんな方なのでしょうね。えーと、このあたりかな。住所で言えばほぼ近くですけどね」
目印がなくなっていました。変な目印です。トイレ。周りに何もなかったから、分り易いように待ち合わせの目標にしていた木造の小さな小屋のトイレ。無くなっていたのです。節穴から中が見えるので、遊んでいるときに女の子が「トイレに行ってくる」と走っていったときには、みんなが後を追っかけて覗きに行ったりしたものです。撤去されたのでしょうね、跡形もありませんでした。
近所なのに何十年も訪れていない場所となっていました。子供の頃よく遊んだ場所です。大きくなって行動範囲が変わり、加えて車や電車で出かけるとなると、この場所は近くではあるけれども用事が無いところだから前すら通らなくなっていました。
立派な郊外の住宅地となっていました。コンクリートで固められた堤防に、無数に立ち並ぶ家々。
このあたりは木が生い茂り、土だけで盛られた堤に、川には小魚がいて、油断しているとヘビがひょっこり顔を出して仲間入りし、そして花が咲き、生い茂った草の上で寝転んだ、そんな場所でした。
「ここらへんで曲がってみますね」
車を左の方へと進めました。一軒目の家の表札の番地のプレートを見ると、ほぼ近くのようです。
整然と並ぶ住宅地。この一帯は歴史のある街です。古くからある街ですから、よく観察すると人が住み始めた年代で少しずつ微妙に街の姿がに違ってきます。何百年も前からある地域は自転車がすれ違うのがやっとの道幅です。自動車の通ることなどは考えられていません。昭和30年代に開発された地域も車の通ることなどは考えられておらず、軽自動車が通れる位の道幅。家は何年か前より立て直されて、平屋が多かったのが2階建てに変わってきています。昭和40年代は団地の開発でコンクリートの高い建物。昭和50年以降に開発されたところは、車の通行も考えられていて、また自宅敷地内にもガレージがある、ゆったりとした街並み。同じ地域でも色々な顔を持っています。
リボンリボンさんのところは比較的新しい地域です。
「住宅地図がありますから、番地を追っかけますね」
最新の住宅地図ですから、地図上の名前と表札がびったしと合っています。すぐに見つかりました。
「あっ、ここのようですね。車を寄せておきますから降りて先に入っていてください」
ボロの車を家の前に止めました。車から降りるとご本人の姿が見えました。 とうとうやってきました。
姿を見た瞬間、ほっとしました。大阪のおばちゃんみたいだったら負けてしまうな、嫌だな。でもご隠居がいるから大丈夫だな。モコモコのジャケットにひょう柄のスパッツをはいている大阪のおばちゃんファッションだったら、ずっとおとなしくしていよう。喫茶店からここに来るまでの間、そんなこと考えていました。
「良かったぁ」ごく普通の美人の奥さんです。コテコテしたところは全然ありません。
家の構え、人物。ぱっと見て、世間でいう普通の家庭です。何か問題を抱えているとか、ここはヤバイのじゃないかとか、そんなものは一切感じませんでした。
「こんにちは。遅くなりました」
挨拶しながら入ろうとすると黒い大きなものが……
獣猟犬です。黒い甲斐犬。あとで聞きましたが「銀」という名前です。
鋭い小さな目、引き締まった、がっしりとした骨格、ねこのように立った耳。
オバケのQ太郎ではありませんが、こいつだけは、ご主人さま無しで近付くわけには行きません。ワンとも鳴かずいきなりガブッだからです。犬が怖いとかはありません。ただこの種だけは犬好きでも警戒が必要なのです。
リボンリボンさんに犬を引っ張ってもらっている間に家へと入ります。
(つづく)
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