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大学時代に一番仲がよかった7人のグループの中の一人が結婚することになり、その結婚式に参加させてもらった。とてもいい式だった。相手も同じ大学、同じ学部の人でよく知っている人だったからとても嬉しく、7年越しの大恋愛の末の結婚はすごいなあと思います。本当におめでとう!結婚式ということで、各地に散らばっている大学の友人が久しぶりにみんな集まることができ、かつ式が大学の近くで行われたということもあって懐かしい気持ちでいっぱいになりました。当時よくみんなで集まって飲んでいた友達の下宿、サークルで使っていた公民館、モノレールからみえる大学…そういうものを見ると当時のこと、更にはどういうきっかけで友達になったのかということを思い出す。みんなが仲のよい友達になったきっかけは、予備校のクラスが一緒だったこと(大学キャンパスで会うまでは話したことがなかったが)、入学説明の時に声をかけてたこと、その友達と下宿先のアパートが一緒だったなど様々だけど、どれも偶然のものだった。そうした偶然に導かれ友達になり、何かあれば集まることができる。ちょっとしたことが変わっていれば、決して今のようにはなれなかたった。不思議なことだなとしみじみ思う。そして大学時代を思い出すと、集まろうと誰かが言えば、バイトやサークルのことはあったけど、比較的簡単にみんなが集まることができた。でも今となっては、みんなが一同に会するということは容易なことではない。大学時代にみんなが下宿先に集まって飲んだり色々語ることができたということは、(もちろんその時も貴重なことだと思ったけど)今となってはとてもとても貴重な時間だったと思う。日常の生活、物理的な距離も含めた人間関係、今の環境を得てして永遠だと錯覚しがちだと思う。でも日常は、過去から綿々と、ある偶然から次の偶然へ、更に次の偶然へとつながってできたものだと思う。とても価値あるものだ。そして日常は、ゆっくりと一定のスピードだけど、確実に進み、そして確実に変化していっている。そんなことを思うと、今日という一瞬、明日という一瞬を大切に過ごしたいなあと思います。とりあえず、まずは大学時代を懐かしく思う気持ちを、仕事モードへと戻さないといけないかな。
2006.09.24
3連休の最後に友達と山梨のほうへ行ってきた。天気が悪く、気まぐれな雨には悩まされたけど温泉に入って、おいしいものを食べて、色々話をして大いに満喫した。色々話したり聞いたりする中で感じたことは、二十代後半からの五年、十年は二十年先、三十年先まで影響をあたえる大事な時期なのだろうということ。この大事な時期を過ごすために気をつけないといけないことは、ぶれないように方向性をしっかりと定めることだと思う。そして真剣に、本気で、力を尽くすこと。漠然と考えること、何となく進むことは、自分ではやっている気になってしまうから危険なのだと思う。そう、まさに自分には危機感が足りないと思う。もう一つ思ったことは、色々考え模索しながらも健やかに生きていこうとしている人はやっぱりいるものだなということ。とてもいい刺激になった。競争するものではないけども、自分も頑張らないとなと思った。確固たる軸をもって、一瞬一瞬を大切に進んでいこう
2006.09.20
急に忙しくなってきた。このところ、仕事も落ち着いてるし早く帰っていろいろやりたいことやろうかなと思っていたけど、会社のイベントの実行委員をやることになったり、秋刀魚パーティーの幹事をやることになったり。。。単に飲んで遊ぶだけのことかもしれないけど、普段会わない人たちと一緒に何かをするということが、次のきっかけになればいいなあなんてことを思う。だから遊びとは雖も、楽しみながらも真剣に準備して、楽しい時間を過ごせたらいいなと思う。なかなか毎日忙しいです。
2006.09.11
最近、高校や大学の友人・職場の同僚の結婚話をよく聞く。これまではほとんど聞かなかったけど、ちょうど適齢期になってきたのかもしれないなあということを思う。今日は高校時代に一緒に活動していたけど、卒業以来会っていなかった友達から久しぶりに連絡をもらって、結婚することになったという連絡をもらった。久しぶりに連絡をくれただけでも嬉しいけど、人生の節目となる場に、呼んでくれたことが心から嬉しいし、一度しかない大事な場だから何があっても参加させてもらいたいと思う。翻って、自分はまだ結婚について具体的に想像できないなあと思う。一人の女性と一生を共にするということ。新しい家庭を築いていくということ。それらに対する責任と、おそらく覚悟と。いつ、それを僕はリアルに感じるのだろう。そして、今は想像すらできないけど、それを感じた時、更に先に見える未来に対して、果たしてどんな「想い」をもつのだろう。
2006.09.10
ある人の旅立ちを見送ってから、ちょうど一年になります。一年は、80年の人の一生からみたら、たった一年なのかもしれません。ましてや地球ができてから、という視点で考えると、一瞬と表すのすら躊躇われるほどの時間に過ぎないのかもしれません。それでも人が変わるには、何かに気付くには十分な時間だと思います。いろいろなことがこの一年にあったし、一年前と決定的に違ってしまったこともあります。でも、本当にやりたいことを相手が再認識することができたのだから、結果的にこの一年はよかったのじゃないかなと思います。この一年に限ったことではないけども、自分にとってもこの一年間のことを受け止め、さらに、次の一年に向けていかなければなと思います。そういう意味で、ちょうど一年になる今日は、一つの区切りとなるのかもしれません。そんなことを思いながら、新しいスタートとして、明日からまた一歩一歩進んでいこうと思います。
2006.09.09
信念や目標を立てることは必要なことだけど、それは日々実践されなくては意味がない。特に苦しいとき・困難なときに、妥協したり例外を作ってしまいがちだと思う。「今日は~だから仕方ない」とか「うまくやっていくためには~にも目をつぶらなくては」といったことだ。一度例外を作ってしまうと、その後は、一つのひび割れから徐々に崩壊するダムの如く、信念・目標は崩れていく。例えば「沈黙」の宣教師は、人々を救うために最後に踏み絵を踏み、神はそれを許す。初めて読み終えたときは、宣教師の選択をすばらしいと思ったし、自分も同じような行動したいと思った。「沈黙」に関して言えば、他の人を救うということがあって信仰を捨て踏み絵を踏んだけど、現実においてはどうだろう…自分のために「踏み絵を踏む」ということがよくあるんじゃないかなと思う。最後の最後まで、たとえ何があったとしても守らなければならない信念や道徳といったものは必ずある、と思う。自分に当てはめて考えると、立てた目標や信念をお題目にしないこと。妥協せずにどんな時も守っていかなくてはならないと思う。諦めちゃいけない。
2006.09.08
ちょっと前まで、目標に向かって勉強したりしていたけどその目標を何とか達成することができてからやや腑抜けた生活を送っているなあと思う。遊ぶこと自体はいいことだけど、勉強する時間を侵食してまで遊ぶのは、自分の中では考えものだと思う。体を鍛える際に必要なことは継続して負荷をかけること。そうすることで、一昨日よりも昨日、昨日よりも今日の方が高いパフォーマンスを発揮することができるようになる。逆に負荷をかけることをやめると、瞬く間にパフォーマンスが落ちていく。きっと頭も同じなんだと思う。違うのは負荷をかけるのをやめたとき、パフォーマンスの低下が、目に見えにくく自覚しにくいこと。それでも確実に低下していく。謙虚に、おごらず、次の目標を見据えていこう。
2006.09.07
最近、前よりもイベントに行くようになったと思う。イベントといっても、どちらかというと飲み会に近いかな。そこではこれまで出会うこともなかった人ととの新しい出会いがあって楽しい。でもその先何かにつながるか、その後一緒に何かをやろうという話になるかというと、自分のキャラクターの要因もあるけどなかなか難しいなあと思ってます。例えば、大学や高校で出会った友達、数日間の船旅で出会った友達とかはその後もつながっていくことが多いなと思います。もしも飲み会のようなイベントではなくて、違う場所、違う時に出会っていたらずっと続く仲になったかもしれないなと思うこともあれば、違う出会い方をしていたらそのまますれ違っていたかもしれないなと思うこともあります。どこでどういう風に出会うのかは、偶然の要素が大きいのかもしれないけど重要なことです。とは言えども、たとえどんな時に、どんな出会い方をしたとしてもずっと続いていく。。。そんなつながりというのがあってほしいなとも思います。
2006.09.04
走ることが好きだ。小学生までは、遊ぶなかで楽しみながら走りまわっていた。中学校で陸上部に入ったけど、正直走るのがしんどくなってきた。練習したくないなとか思っていたし、何で苦しい思いをして走ってるんだろうと思うこともあった。社会人になって、24時間リレーマラソンに参加するのがきっかけでまた走り始めた。最近はマラソン後も週末に走ってる。どうしようもなく走りたくなる、というわけではないけど、軽い気持ちで、気ままに走っているような感じ。色々あったけどやっぱり走るのがすきで"戻って"きたんだなと思う。前ほど速くは走れないけど、ゆっくりと走るとその分、色々気付くこともある。お店の発見であったり、自然の移り変わりであったり。。。ちょっと前に比べて、最近はあぶら蝉の鳴き声が小さくなったなあなんてことを走りながら思う。鈴虫の声が聞こえたり、(前から鳴いていたのかも)しれないけどヒグラシの鳴き声が耳に届くこともある。もちろん散歩しながらでもいいのだけど、走りながらこんなことに気付くことが僕にとっては堪らなくうれしい。
2006.09.02
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