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(サティ・ピアノ・ワークス ピアノはパスカル・ロジェ)
クラシックが無性に聴きたくなるときがあるのです。
もう、そうなると数少ない名曲コレクションから「なんでもいいやえいっ」ってな感じでMP3プレイヤーに放り込んで御徒町を闊歩するのです
そんな僕はClassic Weekに突入
でも、だいたい聴く曲は決まっていてラベル・ドビッシー・ストラビンスキー・サティをメインディッシュにバッハ・モーツァルト・ショパンなどがサイドメニューという「お手軽クラシックコース」
ジャズやブルースは僕にとって血肉のようなもの。
クラシックは・・・薬です。
凝り固まった感情をほぐしてくれる薬のようなものなのです。
心の奥底を揺さぶって、絡み合った感情の糸を正常な状態に戻してくれる。
例えば、サティの「グノシェンヌ」や「ジムノペディ」を聴くとき、僕は想像もつかない場所にいる。
例えば、ドビッシーの「月の光」や「亜麻色の髪の乙女」を聴くとき、僕は忘れ物を思い出す。
例えば、バッハの「ゴルトベルグ変奏曲」や「無伴奏チェロ組曲」を聴くとき、僕は身体が軽くなっていくのを感じる。
言えなかった言葉や伝えたかった想い。あの日の情景が鮮やかに浮かび上がる。
泣いたこと、笑ったこと。
泣きたかったこと、笑いたかったこと。
春の夕暮れは甘い匂いに包まれて、秋の陽射しは慎ましく切なかった。
夏の焼け付く太陽はそれ自体の香りが強く、冬の重い雲の中に誰かの温もりを感じて。
あらゆる現在や過去の感情が波のように押し寄せて、感情の渦は僕の中の毒を消し去ってくれる。
僕は僕の右手を右手と感じることが出来る。
僕は僕の心を僕の心と感じることができる。
僕は自分の翼を感じることが出来る。
僕は、まだ飛べるのだ・・・・きっと。
ということで、Classic Weekはあんまり良い状態とはいえないのですが、毒も彼方に去った模様
そんな僕の叶わぬ望みの一つがショルティ指揮のストラビンスキー「春の祭典」を生で聴きたかったのです。
ショルティの「春の祭典」はジャズのお師匠さんに教えて貰ったのだ
ちなみに、紹介したアルバムは僕が初めて買ったクラシックのアルバムです。
これも、エイヤッって感じで買ったのを覚えてます
基本、クラシックはエイヤッで聴いたり、買ったりするのです
今夜もクラシックの夜は続いているので、エイヤッってな感じで眠るのです
おやすみなさい![]()
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