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偶然見つけた動画、加護ちゃん桜の木を贈るとか言ってました。きのう桜の木のことを書いたばっかりなのに。月刊 加護亜衣 【新品】アイドルDVD 加護亜衣/密着 加護亜衣【送料無料選択可!】加護ちゃんねる。 Vol.1 / バラエティ (加護亜衣)【送料無料選択可!】加護ちゃんねる。 Vol.2 / バラエティ (加護亜衣)
2010年10月30日
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きょうのニュースでアメリカのオバマ大統領が今度の来日で広島と長崎は訪問しないと言ってました。そしてまたアメリカ人の話題です。アメリカの首都ワシントンの桜は日本人が送ったという事はよく知っていましたが、それが明治43年の事で2000本送り、病害虫がいたためすべて焼却され、再度贈ったという事とそのきっかけを作ったのが女性だったという事は知りませんでした。しかもその女性シッドモアは信じがたいほどに日本の事を絶賛しているのです。彼女の日本の印象は、「夢のパラダイスだ。最初に見える沖合いの緑の小島から、視界の最後にうつる絵のような小山のいただきまで、そろって美しい。人家はおもちゃのように見え、そこに住もう男女はお人形みたいだ。そしてこの人たちの生活マナーは清潔で愛らしく、美的感覚に富み、際立った特徴を持つ。」(『日本・人力車旅情』恩地光夫訳、有隣堂新書)当時彼女の兄が横浜領事館に勤務していたことを差し引いたとしても、褒めすぎなような気がします。そして彼女を滅入らせることもありました。それはほとんどの外国人が日本の西欧風の街並みに陳腐さを感じたそうですが、銀座の煉瓦街だったらしいです。外国人は日本にある世界が驚くような日本独自の素晴らしいものが失われているのを残念に思ったのではないでしょうか。しかしそこまで友好的だったのにどうして日本はアメリカと戦争するようになったのでしょう。シッドモアの東京見物の案内は片言の英語を話せた「さんじろう」という人力車夫だったそうです。それはさておき、英語を駆使して世界中の若者を熱狂させ日本にも来たことがあるビートルズの1965年10月29日はシングル曲の録音です。その「恋を抱きしめよう」はアメリカでトップ40圏内に通算11週間ランクされていたようです。10月26日エリザベス女王から勲章を授かった彼らは、アメリカで人気が高いポールが大半を作ったこの曲のスタジオ録音には当時最長の11時間費やされたそうです。その頃彼らはピーターセラーズとも親交があったのでしょうか。【中古DVD】 THE PARTY (パーティ) / ピーターセラーズ名喜劇役者・ピーターセラーズのコメディーピーター・セラーズの地上最小のショウCORGI VA02532 1:43 モーリスミニ MK1ピーターセラーズ ブラック格子柄( )【あす楽対応_関東】
2010年10月29日
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ビートルズの青盤、赤盤がオリコン・デイリーランキングでそれぞれ5位、6位だった。伝統的創造を経てロック美学の頂点へ。青の聖典!★ザ・ビートルズ青盤1967~1970:歌詞付:輸入盤CD2枚組新品★鮮烈のデビューから衝撃のサウンド革命までの赤の聖典!★ザ・ビートルズ赤盤1962~1966:歌詞付:輸入盤CD2枚組新品★
2010年10月26日
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ジョン・レノンのターニングポイントはどうやら1965年のようです。この年ジョンはポールの才能をいやが応にも見せつけられることになったのです。10月20日彼らは「恋を抱きしめよう」の録音をしたようです。この曲の評価は非常に高く約一か月前にアメリカでシングル発売された「イエスタデイ」を作ったポールが大部分を作りました。ジョンもサビの部分を手伝ったそうです。この曲ほどジョンとポールの性格の違いがはっきりわかる曲もないのではないでしょうか。そしてこの曲はアメリカで人気が高かったようです。ビルボードで3週1位でした。そしてビートルズの曲でプロモーション・ビデオになったのはこの曲が初めてだったようです。時代は変わろうとしていたのです。ライブ中心だったころはジョンが作る一発録り向きの曲が合っていたのです。しかし「恋を抱きしめよう」という曲は転調があったりしてライブではやりにくい曲だったのでしょう。実際この曲の演奏をライブで見た記憶はありません。この曲のビデオをよくご覧ください。ポールが正面を向いているのに対しジョンは横向きで歌っています。シングルのもうひとつのA面となった「デイ・トリッパー」のビデオを見るともっとよくわかるでしょう。ポールは「イエスタデイ」の大ヒットにより自信満々に見えます。ビートルズのリーダーとしてのジョンはこの後ポールに対していろいろ複雑な思いだったと思います。笑顔のジョンはまだこの後ポールの存在が大きくなり、自分の身に降りかかってくる大きな苦しみを知り術はありません。低価格ビートルズ第2集!全13曲入歌詞付!AX-2★ザ・ビートルズ/恋を抱きしめよう:歌詞付:CD新品★【 レコード・EP盤 】(中古) ビートルズ/ 恋を抱きしめよう/デイ・トリッパー
2010年10月20日
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1961年10月19日、まだビートルズがデビューする約1年前リバプールのリザーランド・タウン・ホールで、ビートルズとジェリー&ザ・ペースメイカーズが「ザ・ビートメイカーズ」という名前で「HIT THE ROAD JACK」(旅立てジャック)というレイ・チャールズが1960年に発表したヒット曲など演奏した。ポールは1989~1990年のゲットバック・ツアーのサウンドチェックでよく演奏していたそうです。同じリバプール出身で仲の良かったジェリーとポールはバンドの勉強のためブライアン・エプスタインのレコード店に行ってアメリカのマイナーなレコードを注文していた。どうしてこんな珍しいレコードを聴くのかエプスタインは不思議に思ったので二人に話しかけた。そして彼らがキャバーンクラブで演奏している姿を見るのだ。キャバーンクラブは会員制だったのだろうか。エプスタインはビートルズと契約した後、ジェリーとペースメイカーズと契約した。そしてジェリーのバンドは1963年ビートルズが出すことを拒んだ曲で、1位になった。そのことをジェリーはジョンに誇らしげに電話したそうだ。音楽チャートで3週間1位だったが、ビートルズはその直後7週間、1位だったようだ。ちなみにその年プレスリーも1週だけ1位を獲得しています。【送料無料】 CD/吉田拓郎/ローリング30/FLCF-4106
2010年10月19日
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きょうのビートルズは1968年です。5月30日から行われた通称「ホワイト・アルバム」の収録曲「ジュリア」の録音が最後となった10月13日。ジョンは他のメンバーを誰一人スタジオに入れずに単独で仕上げました。楽器はギターのみでマール・トラビスに由来するトラビス・ピッキングという奏法をジョンは用いています。親指が低音を常に奏で続ける中で、他の4本の指が個別に旋律を爪弾くんだそうです。その年の2月から滞在したインドでミュージシャンのドノバンから教わったようです。そして8月にこのブログでお伝えしたジョンが若いミュージシャンに送った手紙を偶然見つけました。A Hebden Bridge musician has revealed the contents of a letter John Lennon sent him in 1971, but which he didn't actually receive for another 34 years.Ex-Beatle Lennon sent the letter to Steve Tilston, now a well-known singer and songwriter in his own right. Steve only got to read the letter - which includes Lennon's phone number - in 2005. Steve says: "When I finally got it my first reaction was to reach for the telephone and ring him." John Lennon had only recently become an ex-Beatle when he wrote to Steve Steve, who has been a big name on the folk circuit for four decades and who lives in Hebden Bridge, discovered the letter's existence after an American Beatles fan contacted him. Steve explains: "I got an e-mail from the man who now owns it. I don't know how he came upon it. "He bought it in America and he asked me to verify if I was the Steve Tilston who the letter was addressed to." The origins of the Lennon letter go back to an interview Steve, then just an aspiring folk musician, gave to rock magazine ZigZag in 1971 - an interview which clearly caught the former Beatle's attention. Steve says: "The journalist asked me whether, if I received untold wealth and fortune, it would have a detrimental effect on my songwriting. "I thought it was bound to, but obviously John Lennon disagreed and he wrote to me to point out the error of my ways. "He said he had been poor and was now rich, but was still engaged with songwriting and life was still throwing up interesting things." In the letter, Lennon writes: "Being rich doesn't change your experience in the way you think. "The only difference, basically, is that you don't have to worry about money - food, roof etc. "But all other experiences - emotions, relationships - are the same as anybody's. The letter to Steve even features one of Lennon's famous self-portraits "I know. I've been rich and poor. So has Yoko (rich - poor - rich) "So whadya think of that." The letter to Steve is signed, "Love John and Yoko", and it even features a small self-portrait by Lennon depicting the famous couple. Steve says that it makes sense for Lennon to have wanted to get in touch at that point in time. The Beatles had only recently broken up and Lennon was on the search for a new direction. Steve explains: "By then, he had a different sort of credibility. He'd ceased to be one of the 'loveable moptops', in fact he was quite the opposite really. "He was getting into the folkie kind of guitar style. He had learned from [1960s folk musician] Donovan in India so he was going that way. "I could have shown him a thing or two!" Sadly, Steve never even knew of the letter until it was too late to contact the former Beatle. John Lennon was, of course, murdered in New York in December 1980. Steve says if he had received the letter when it had originally been sent, he would have been very excited. He says: "I would have had no compunction about giving him a ring and if he invited me over I would have gone there like a shot." Steve Tilston is celebrating 40 years on the music scene in 2010 As a successful guitarist, singer and songwriter - and now a published novelist too - Steve admits he has not done too badly in the music business even without the advice from John Lennon. However, he says he would have liked to have received the letter from the legendary Lennon back in 1971. But, with it now in a collector's hands on the other side of the Atlantic, Steve says he has to make do with a copy. He admits he has no hope of ever owning the original: "I don't know how much he paid for it but he's a real Beatles freak. "I don't think anything would make him part with it. I've not even asked him."
2010年10月13日
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マーク2といえば僕はすぐ吉田拓郎の歌と車を想い出すのですが、それより前にメロトロンMark 2いう楽器があったのです。ジョンの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」に使われているのは有名ですが、マハリシのキャンプでインドにいたころ、虎を撃ちに行った男のことを書いた「ザ・コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロー・ビル」でも使われています。この楽器は鍵盤を叩くと約7秒間あらかじめ録音されたテープが再生されるようです。冒頭のスパニッシュ・ギターがそれです。1968年10月8日午後4時から翌日ジョンの誕生日の午前8時まで「アイム・ソー・タイアード」の後「ザ・コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロー・ビル」を16時間ぶっ通しのセッションで録音したそうです。ちなみにメロトロンはZONEの曲にも使われてるそうです。 【中古】CD Z/ZONE
2010年10月08日
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