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カテゴリ: いろいろ
人を見たら泥棒と思え。

旅は道連れ余は情け。
情けは人の為ならず。
地獄の沙汰も金次第。


まあ、なんというか。故事ことわざをいくつか並べてみても、太古の昔から世の中も人間もさほど変わっていないもんだな、と(笑)
よく書くんですけど、だいたい古い宗教の戒律の中の上位には必ず「他人を殺すな」が入ってますし、人のモノをとるな、男女関係の溺れるな、みたいなのが入ってます。
で、現代の刑法にも「殺人罪」って必ず入ってます。

男女関係におぼれるな、は日本の刑法は「合意」の場合は犯罪ではなくなっているので、人類の「成長」ってことですかね(笑)



で、今日の前フリはこのあたりで。




性善説に立つか、性悪説に立つか、という話です。



法律を作る、施行する。警察等の権力によって法律の遵守をコントロールする。



社会ってのは、これらを行う必要があるわけですね。
多種多様な人がいて、多種多様な事態が起こる。
血が通っていようがいまいが、厳密に法律を拠り所にして最終判断が下される。

現金をたくさん積んだ方が勝ち、とか、少年マンガみたいに戦って勝った方が正しい、ってことになったら、そりゃもう始まる前から血も涙もあったもんじゃありません。

でも、近代以前は人間社会でもそれに近い状態ですけどね。
今でこそ「話し合いで」なんて言ってますけど、100年前は国家レベルで強い武力を持たないならば、自分の国を守れなかったんですから。
平和に生きたければ、平和を脅かすモノがおびえて立ち去るようにセキュリティを持っていなくてはならない時代だったのですよ。

とはいうものの、今の時代が武力が必要ではないわけではありません。



ということで、権力・財力・暴力(うちの息子三人が言った手に入れたい三つの力・笑)、いずれかでも持っていなければ(持っていると思わせなければ)人間社会では基本的人権を守る事すらかなわないというのが、基本状態である、ということです。
基本的人権を言い出したのは、近代以降でしょ。アメリカは南北戦争終了まで奴隷制度があり、多民族国家は人種や民族間差別はなくならない。




ということはですね。


人間なんてそんなもの、って事をまず認めなければならない。




意外とここは、認められるんですよ。人間なんてそんなもの、って。



勧誘については、基本的に「拒否」の姿勢で臨んだり。

こどもに緊急警報ブザーを持たせたりするでしょ。それは結局、人間なんてそんなもの。危険な事があるのは当たり前なんだから、準備はしとかなくちゃいけない、っていう表れですよね。



つまり、社会が、人間が「危険なものかもしれないという前提で生活する」必要がある、って事は認識できるんです。

ところが、人によっては認識できない、あるいは認識する能力を有しない「危険」があるんですね。ほかの誰もがわかってるのに、自分だけがわからないっていう「危険」が。



自分自身が「危険だと思われている」かもしれないって事が認識できないんです(笑)

周囲に対しては性悪説で対応しても、自分自身に対しては性善説で対応してもらわないと気が済まない(爆)
ま、だいたいそうですよね。
「人をみたら泥棒と思え」に納得できても、他人が自分を「泥棒と思う」って言ったらえらいこっちゃです。


これを認識できる人は「李下に冠を正さず」「瓜田に履(くつ)をいれず」を意識することができる。「君子危うきに近寄らず」って言いますよね。何が「危ういこと」なのかがわかっていなければ近寄らない場所すらわからない。




個人のレベルでこれなんです。

てえことはですね。



国家なんて、個人の集まりなんです。
島が、大陸が、発言してるわけではない。

そこに生まれて、あるいはそこに暮らしている人たち、その個人が「国家」として発言をしているんです。


「話し合い」で解決?



あなたのまわりのトラブルは、話し合いでどれくらい解決できますか?

解決とはお互いが歩み寄って「落としどころをきめる」事ですよね?
一人対一人なら決まるかもしれませんが、複数対複数になったら、その「落としどころ」は当事者全員が納得できましたか?声の大きい人の意見が通っていませんか?声の大きさも「力」のうちですよ。


決まらなければ公的には警察や裁判、職場なら上司、法律などの「拘束力」。その他いろいろな力に頼ることになりますよね。その力を背景にし、あるいは相手のその力を怖れて解決に向けての交渉が行われる。



国家対国家、つまり「国家としての発言をする権力を持つ個人」対「国家としての発言をする権力を持つ個人」が話をする場合、話し合いで解決するためには「力が必要」って事を認識しなきゃいけないんです。世論も力だし、同盟や条約はもちろん。経済力や軍事力は言わずもがな。相手にとって「攻め込んだらまずい」って思わせられる力はすべて利用できるように理解しておかなければならない。

紳士的なのは態度だけで、やってることは横暴無謀傍若無人なんてのはなんぼでもあります。
紳士的な態度と笑顔をくずさずにいられる事は、その人の実力のうちです。


国家も民族も、結局は個人の集まりである。
欲望も希望も夢も悲しみも、多くの個人の思いが積み重なっていきます。

人は自分と、自分の身近な人、それ以外の人、で枠にはめて判断しようとしています。




その判断基準はさ。


実は「自分にとって(気分がいいかどうか、って事も含めて)都合がいいかどうか」なんだよ。








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最終更新日  2012.10.05 11:03:31
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