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2006.05.18
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カテゴリ: カテゴリ未分類
新人研修などに毎年携わっていると、新入社員の質がちょっと変わってきていることに気付きます。

昨年、今年などの新入社員は、会社にある意味従順に見えますが何かしっくりこない部分があるように感じます。

社会性生産性本部などはBlog型新人と呼んでいるようですが、本音と建前を使い分けているのはよいのですが根本的な集団の中の個人のありかたという部分での考え方がずれているように感じます。

何か違和感を感じながら、先日、前早稲田大学ラグビー部監督の清宮さんのインタビュー記事を読みました。

今の学生は、ラグビー部の監督である清宮さんがちょっと間違った発言をするだけで、『その発言は間違っているので誤ってください』的なことを平気で言うらしいです。

最近の若者の資質を知っている清宮さんはコミュニケーションの手段として『あっ、ごめん』という言葉はかけるらしいですが、昔の感覚で言うと考えられません。

当然、その最初のコミュニケーションで意思疎通できなくなっても仕方ないので、最初は監督が一歩下がったのかもしれません。しかし、その後のプロセスの中で本当の厳しさを教えていくということは言うまでもありません。そこまで理解していないと最近の子供たちのやる気は引き出せないらしいです。

他の雑誌では、戸塚ヨットスクールの戸塚前校長の体罰容認論が書かれています。

この記事については、体罰という定義が曖昧ということもあり、懲罰なのか?教育なのか?ということをはっきりしないと視点がずれているような気がしました。



問題の先送りというわが国自体も抱えている問題がここにもあります。

体罰が行われた場合には教育委員会へ通報すると先生は困るということも生徒は普通に知っています。

教育なのか懲罰なのかを先生が使い分けることも必要ですが、自分が集団生活の中での規律を守らない中で権利ばかり主張しても、その道理は一般社会では通用しません。

だから将来困らないために、どうしようもない場合には体罰があったのではないかと思います。

体罰容認派ではないのですが、本人のためにならない甘やかしは結局は誰のためにもならないと思っています。だから厳しいことを言わないといけない場面が会社でも多々あります。

それが大学生になると、先ほどの清宮さんのような最初の歩み寄りが必要になりますし、会社に入ってくると一から躾(しつけ)を教えないといけません。

簡単に言えば、親のやるべき躾の部分がなされていないということが先送りされ、新入社員研修などにもしわ寄せが来ているということかもしれません。

子供と友達のような関係なんです。
欧米のように何でも話せる関係なんです。

と言われる親も多いですが、自分たちの都合がよいだけの関係性はいいのですが集団生活で生き残れる能力をつけさせないと社会からはドロップアウトしますし、その前にニート的な思考になるかもしれません。

会社に入って厳しい現実を知る。


そうなると、逆ギレして簡単に会社を辞める社員もいます。

新卒社員と中途社員、採用するならどちらが良いですか?

と聞かれる場合もありますが、その基準は最近はあまり意味がないと思っています。

新卒でも中途でも素直な社員であれば、きちんと教育をしてあげれば伸びます。

ただ、どちらの社員でも権利主張ばかり強いのであれば確実に伸びません。



ここで言う新人研修は、新卒社員だけではなく、キャリアがある社員でも同じような状況になっている場合もあるので大変です。団塊の世代の方でも大きな会社で安穏としたサラリーマン生活をしていると、権利主張ばかりで社会や会社に対しての価値提供ができない人も増えています。

これも始末におえません。

若い社員であれば、それこそ体罰で済むかもしれません。変なプライドまでついてしまっていると、何を言っても素直に聞いてもらえません。

たぶん、このような状況に困っている人事担当者、経営者は多いのではないでしょうか。





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Last updated  2006.05.18 06:27:50


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