12. Weingut Wwe. Dr. H. Thanisch - Erben Müller Burggräf
トラーベン・トラーバッハ周辺の生産者を訪問した翌日、モーゼル川上流のトリーアに向かいながら 3 軒の醸造所に立ち寄ることにした。最初はベルンカステルの Dr. ターニッシュ・エルベン・ミュラー・ブルクグレーフだ。

Dr.
ターニッシュにはエルベン・ターニッシュとエルベン・ミュラー・ブルクグレーフとがある。前者は本家、後者は分家と言われている。
19
世紀に医者のヒューゴ・ターニッシュが創設し、その未亡人カタリーナが跡を継いでドクトールの畑を取得し、醸造所を繁栄に導いた。
しかし 1988 年に遺産相続で二つの醸造所に分割され、以来近年まで犬猿の仲にあったという。ミュラー・ブルクグレーフを継いだバーバラ・リンドクヴィスト・ミュラーさんのご主人はスウェーデン人で、大手醸造会社ジンマーマンの取締役副社長をしていた。それを揶揄して「分家は、質より量が大事なのよ」と、何年も前に本家のソフィア・ターニッシュ・スピアさんがちょっと皮肉っぽく言っていたのを思い出す。
でも、今は仲直りして、 2010
年には本家・分家・そしてやはり 19
世紀以来ドクトールの畑を所有するヴェゲラー醸造所と共同で、ドクトールの垂直試飲会を開いたりしている。
メルヘンチックなベルカステルの町を通り抜け、ドクトールの畑の下を通る道を少し歩くと、ドクトールの伝説を浮き彫りにした扉がある。中に入ったことはなかったのだが、予約した時に伝えられた通り奥に向かって声をかけると、中から赤いカーディガンを羽織った年配の女性が現れた。前夜に雨が降って確かに涼しかったが、カーディガンを着るほどではないと外にいる時は思ったが、
1
時間半ほど中で試飲していると確かに寒かった。年間を通じて
8℃
らしい。
女性は最初、オーナーの通訳だと自己紹介したが、名刺を見るとバーバラさん本人だった。 彼女が醸造所を継いだのは 2007
年のことだ。先代のオーナーだった叔母が 92
歳で亡くなり、それまでマーケティング担当だったが醸造所を率いることになった。そして 2008
年に醸造責任者兼経営マネージャーとして、マキシミリアン・フェルガーを抜擢した。 2008
年にガイゼンハイムを卒業してからオーストリアのシュロス・ハルプトゥルンで 3
年間働いていてから現職につき、その年ドイツ農業連盟 DLG
の若手醸造家コンテストで準優勝している。
ある日、フェルガーはバーバラさんを呼び「試飲してもらいたいワインがある」と言ったそうだ。どんなワインだか知らされずに飲んだのは、ドクトールの収穫を一部使ってバリックで熟成したリースリングのオレンジワインだった。その時彼女がどう思ったかは、録音を聞き直さないとわからないが、「何事も試してみなければわからないわね」と、フェルガーの好奇心を評価したようだ。

その日ドクトールの畑の地下にあるセラーで試飲した
ホワイト・ターニッシュの印象は、繊細で堅い感じのするボディ、やや酸化気味のベリー系の果実味が軽やかで味わい深く、凝縮感のある余韻にがっしりとしたタンニンが残った実験的なワインだった。バリックの新樽
100%
で
18
ヵ月熟成したというが、おそらくマセレーション発酵の期間はそれほど長くない。オレンジワインにしてはやや物足りないほどに澄んでいて軽やかで、そして堅かった。
2013 年のホワイト・ターニッシュ-一般に、白葡萄を果皮と一緒に発酵して、ノーマルな白ワインよりも濃い色合いになったワインをオレンジワインと称するが、ターニッシュ・ミュラー・ブルググレーフではあえて「ホワイト」と称している-は、 2011 よりもふくよかでヴォリューム感があり、白い花の香りに山桃のヒントが感じられ、しなやかで澄んでいた。マセレーション発酵の期間を長めにしたのだという。 2011 年産とはまるで別物だった。
ちなみに、モーゼルでオレンジワインを醸造しているのは、私の知る限りではここ一軒だけだが( 2015 年8月現在)、もしかすると他にもいるかもしれない。

「トラディションとヴィジョンが私の醸造所のモットー」とバーバラさんは言う。伝統的なリースリングは、これまでもあったのと同じ葡萄畑が描かれたお馴染みのデザインで、未来への展望とでも訳すのだろうか、ヴィジョンを意識したワインは、スタイリッシュでシンプルな、文字だけのデザインになっている。
伝統的なリースリングはモーゼルらしい、甘味と酸味とエキストラクトが一体となって造り出す上品な果実味で、ドクトールはそのバランスがよく充実感があり、ユッファー・ゾンネンウーアは繊細でほっそりとして愛らしい。
一方ヴィジョンのホワイト・ターニッシュと、エステートワインのリースリング・ Dr. ターニッシュの、後者はクリーンかつクリスピィで、若者をターゲットにしていることが見て取れる。

バーバラさんが醸造所を継いで、フェルガー氏が醸造責任者になってから、葡萄畑の個性の表現は正確さを増し、実験的な醸造にも取り組むようになったわけだ。新しいモーゼルの風が、この
350
年余りの伝統を持つ醸造所にも吹いていた。
(つづく)
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