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イムジンガク公園を後にし、バスで検問所へ向かいます。バスの中でパスポートを用意し、大橋検問所にて身元チェックを受けます。バスの中に韓国兵の方が入ってきて、一人一人のパスポートを確認します。問題がなければそのままバスは検問所を通り、いよいよ北朝鮮と韓国の非武装地帯、DMZへ入ります。さらにそこからバスで15分ほど走ります。DMZの中では普通に生活している方もいるそうで、ところどころに民家も見えますが、何が怖いって・・・。道路の端には“地雷”のマーク。そして有刺鉄線・・・。もちろんバスの中からでも撮影は禁止です。念のため、カメラはバッグにしまい、おとなしく車窓の景色を眺めていると、いよいよDMZ展示館へ到着です!「ジェン!こんなにかわいいモニュメントがあるでちゅ!」ってなるははしゃいでますが、ここはすでに北朝鮮と韓国の国境2キロ範囲内。でも、至って平和な場所であります。こんな所で記念撮影も気軽にできます。「ジェン、これはなんでちゅかね?」『これは南北朝鮮を表しているんだってさ。二つに割れてしまった朝鮮半島を一つにしようという、統一に向けた意志をこうしたモニュメントにしているんだね』「なるほどでちゅね。みんなで力を合わせて朝鮮半島を一つにしようとしているでちゅね!」「で、ガイドさんがこれからここを見学するって言ってたでちゅけど、ここはなんでちゅか?」『ここはDMZとはなにかということをお勉強できるDMZ展示館だよ。この中では映像で南北朝鮮分断についての説明や、現在のDMZの様子を知ることができるんだってさ』「そうなんでちゅか。ちゃんとこういう展示もされてるんでちゅね~」DMZの展示館では、まずは映像でDMZとはなにかをお勉強します。自分の母国語のガイドイヤホンを装着して、大きなホールで映像を見ます。もちろんぼてぽてたちには日本語のガイドが流れています。「なんだか色々な武器が展示してあるでちゅね」『展示はハングルで書かれているから、ガイドさんの説明を聞かないと分からないね。なるちゃん、質問があったらなんでもガイドさんに質問するといいよ』「そうでちゅね!せっかくでちゅからたくさんお勉強をするでちゅよ!」ぼてぽてたちには専用の日本語ガイドさんが案内してくれるので、短い時間でしたが要点を絞ってDMZの説明をしてもらえました。「南北分断の歴史はそんなに古いものではないんでちゅね」『そうだね。近代といったらそうなのかもしれないね』「どうして南北が分断されてしまったのかまではなるはよくわからないでちゅけど、同じ地続きの土地で、同じ民族が傷つけあう意味ってあるんでちゅか?」『それが戦争なんだよ、なるちゃん』ジェンとそんな話をしながら先に進みます。『なるちゃん、これはなにかわかるかな?』大きなジオラマを前に、ジェンがなるに質問です。「う~ん、青いお屋根の建物でちゅね?なんでちゅか?」『ここは北朝鮮と韓国の国境の上に建つ板門店だよ』「あ!JSAでちゅね!?」『そうだよ。建物の真ん中を通るように点々があるでしょ?あそこが南北国境なの。だから建物の中には北朝鮮の兵士と韓国の兵士が見張っているんだよ』「スゴイでちゅね・・・。なんか怖いでちゅね・・・」『板門店には一般人も行くことができるんだけど、こうしたツアーを申し込まなければいけないの。しかも1か月前までに申請して、それが通らなければツアーに参加することもできないんだよ』「厳しいんでちゅね・・・」『そうなの。それに華美な服装や露出の多い服装は厳禁。板門店の中での撮影はできるけど、外での撮影はできないんだって。しかも持ち込める手荷物も最低限のものだけなんだってさ』「DMZよりも厳しいでちゅね?」『うん。でもぼてぽてちゃんは本当は板門店に行きたかったみたいだね?』「ぼてぽても物好きでちゅよね~。なるはちょっと遠慮するでちゅよ」「あれ?動物さんがいるでちゅね?」『このDMZは実は自然がいっぱいで、貴重な動植物の宝庫でもあるそうだよ』「そうなんでちゅか?」『あまり人も立ち入らないし、自然もそのまま残されているDMZには野生動物もたくさんいるの。だから実はこのDMZって専門家にとってはとても興味深い物がたくさんある場所でもあるんだってさ』「なるほど。じゃあ、みんなが知らない動物がいたりするでちゅか?」『そうかもしれないね。実際ここでしか見られない動物もたくさんいるんだって。研究ができないのが残念だけど、南北朝鮮が統一したあかつきには是非たくさん研究してもらいたいよね』「あ!兵隊さんがいるでちゅ!」『これは南北国境の境界線を警備する韓国軍の様子を表しているようだね』「こうやって警備しているでちゅか?」『そうだね。いつ相手が不信な動きをするか、いつも目を光らせているんだね』「大変でちゅね・・・。こうやって様子を見ているだけでも緊張感が走るでちゅよ!」「わ~、いい眺めでちゅね!」『これは韓国から北朝鮮を眺めた様子みたいだよ』「北朝鮮ってあんな感じなんでちゅか?」『そうみたい。ここを見学したあとに“トラ展望台”って場所へいくんだけど、そこからの景色がこれなんだってさ』「へ~!なるもこの景色をみることができるでちゅね?」『そうだね。楽しみだね!』「そしていよいよ第3トンネルでちゅね!」『そうそう!ここが本当の目的地だもんね!』「ここからは撮影禁止だそうでちゅよ。ぼてぽてもちゃんとカメラはしまっておくでちゅよ!」『じゃあ、行きましょうか!』このDMZ展示館のメイン展示は、北朝鮮が韓国を侵略するために、秘密に作った地下トンネルの見学、その名も“第3トンネルツアー”です。北朝鮮は国境付近から韓国の首都ソウルに向けて5つのトンネルを掘りました。しかしそのトンネルはやがて韓国軍により見つかり、全て封鎖されました。その中でもこの第3トンネルはこうして観光地化され、希望者はトンネル内を見学することができます。第3トンネルの長さは1635m、幅は2m、高さは2m。トンネル内に入るには荷物を入口ロッカーに預け、ヘルメットの着用が必須です。歩いて行ける距離は入口から245m、地下73メートルまで下ります。長い長い下りを終えると、今度は中腰にならないと歩けないような天井の低い足場の悪い道が続き、その先にはようやく北朝鮮との軍事境界線・・・。かと思いきや、その前にはいくつものコンクリートの壁があります。ただし、窓があるため、その先をみることができ、それはつまり・・・。眼と鼻の先には北朝鮮が!ということになります(^^)行きは下りですが、帰りは上りです。ひたすら急こう配の上りを上がり、ようやく地上へ・・・。(ちなみに、第3トンネルにはトロッコにのって地下へ降りることもできるそうですが、ツアーによってはトロッコに乗車できないので、参加する時には要注意です。)トンネル内は大変涼しいのですが、汗をかいて外に出ると、これがまた暑い!!しばらくトンネル入り口の売店で涼んで、そして余った時間で周辺を散策していると、なんとすごいものを発見!!!「ねえジェン~、これはなんでちゅか?」『なるちゃん・・・。このバラ線の先には絶対に入っちゃダメだよ』「え?なんででちゅか?」『だって入ったら・・・。BONG!!!』「わっ!!!え!?どういうことでちゅか!?」『これは地雷注意の標識だよ。つまりこの先には地雷が仕掛けられているから注意しろってこと。すごいよね・・・』「さすがDMZでちゅ・・・。まさかこんなに近くに地雷が埋まってるなんて・・・。怖いでちゅね・・・」平和な日本ではありえない光景ですが、ここDMZでは頻繁にこの標識を見かけます。こんな標識を出さなくても、誰も変な場所に入り込もうなんて思わないってば・・・。って突っ込みたくなりますが、ここは本当に冗談が通じない場所なんだと改めて実感しました。さあ、これから北朝鮮国内が見える展望台へ移動します!第3トンネルは体力勝負だよ!
2011.10.19
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さて、今日はしばらくご無沙汰していた沖縄旅行のネタです(^^)今日は旅の紹介、というよりも“沖縄ってこんななの!?”という沖縄裏情報をご紹介しようと思います。実は今回の旅は“クラブツーリズム”の沖縄ツアーだったのです!ツアーということで添乗員さんもバスガイドさんも同行でした。そういうわけで、ちびつこたちが添乗員さんやバスガイドさんに聞いた沖縄あれこれ情報をご紹介したいと思います。しらす(以下 し)「なんだべ?ず~~~っと長いフェンスがあるべ」美人バスガイドさん(以下 バ)「しらす君、ここは嘉手納基地なんですよ」し 「かでな基地!おお、ニュースで騒がれている?」バ 「そうです。大きな基地でしょ?この嘉手納基地は日本最大級の滑走路があるんです。ちなみにどのくらいの長さだと思いますか?」し 「う~~ん。500メートル!」バ 「ちょっと短いですね(^^; 正解は4キロです」し 「4キロ~~!?」バ 「沖縄には米軍基地がたくさんあるのはご存知ですか?」し 「島の半分以上は基地なんだべ?」バ 「そうですね。ちなみにこの嘉手納基地には何でもそろっているんですよ」し 「ほう。たとえば?」バ 「学校も幼稚園から大学まで、そしてスーパーマーケットや総合病院、映画館やボーリング場のような娯楽施設までなんでも揃ってるんですよ」し 「そりゃすごいべ!」バ 「アメリカから嘉手納基地へ派遣されてくる米兵たちがアメリカでの生活と同じように生活できるように、設備も整っているのですよ」し 「ほう。それはすごいべ」し 「ウマそうなアイスだべ!!」やたらノリの良い添乗員さん(以下 添) 「しらすくん、これブルーシールアイスっていうんだよ」し 「ブルーシールアイス?」添 「そう。その名の通り、パッケージはブルーのシールが目印なんだよ」し 「ほう。聞いたことない名前だべ」添 「そうでしょ(^^) このブルーシールアイスは沖縄限定だからね」し 「そうなんだべか!?それは貴重だべ!」添 「確かに数年前までは沖縄でしか食べられなかった貴重なアイスなんだけど、最近ではブルーシールアイスの店舗が全国展開しているから、わざわざお取り寄せをしたりしなくても食べることができるようになったんだよ」し 「そうだべか、そうだべか(^^)」添 「ブルーシールアイスは沖縄原産ということもあって、メニューも豊富なんだよ」し 「どんな味があるべか?」添 「紫芋やパイナップル、トロピカルフルーツなんかの味が多いかな。アイスというよりシャーベットに近いかな」し 「ウマそうだべ!」添 「もちろんオレンジやチョコレートのスタンダードな味もあるよ」し 「う~ん、気になるべ!」添 「ちなみに、しらすくんが住んでいる近くにもお店があるんだよ」し 「ん?どこにだべか?」添 「横田基地っていう米軍基地の隣を走る国道16号にあるそうだよ」し 「ホントだべか!?知らなかったべ」添 「東京に帰って沖縄の味が恋しくなったら行ってみてよ!」し 「そうするべ(^^)」し 「石のおうちがたくさんあるべ(^^)」バ 「しらすくん、あれはおうちはおうちでもただのおうちじゃないんですよ」し 「ん?じゃあどんなおうちだべか?」バ 「あれは仏様のおうちなんです」し 「ほとけさま・・・。おお!!お墓だべか!?」バ 「その通りです。沖縄のお墓はみなさんが知っているお墓と少し違いますね」し 「こんなお墓は見たことがないべ!まるでおうちのようだべ!」バ 「そうですね。沖縄のお墓はどこのお墓もこのようなおうちの形になっているんですよ。どうしてだと思いますか?」し 「う~~ん・・・。おうち、だからだべか?」バ 「おしいですね(^^) でもほとんど当たりです。沖縄の人たちが考えるお墓というのは“本当のおうち”っていう考え方なんです」し 「本当のおうち?」バ 「生きている時に住んでいる家はボロくても小さくてもいいけれども、死んでから入るお墓は本当のおうちなので、お金をかけて立派なものを作ろう、という考え方なんですよ」し 「ほう!なるほど!確かに生きているときに住んでいるおうちは数年しか住めないけど、お墓は何十年も住むところだからだべか?」バ 「そうですね。だから沖縄の人はお墓にとってもお金をかけるんですよ。ちなみにこのスタンダードサイズのお墓はいくらくらいすると思いますか?」し 「・・・・・・5ひゃくまん!」バ 「確かに石によってはそのくらいしますが・・・(^^;) え~、普通のお墓は大体120万円ほどで購入できますよ」し 「じゃあオイラんちの方のお墓のほうが高いべ」バ 「そうですね。でも石や大きさによって値段が全然違うんですよ。このおうち型のお墓の他に亀甲墓と呼ばれる、まるで亀の甲羅のような形のお墓があるんですが・・・」し 「ふむふむ」バ 「こちらは大きさにもよりますが、だいたい700万円から、高いものでは2,000万円以上のものまであるんですよ(^^)」し 「うひゃ~~~!!そんなに高いべか!?」バ 「そうです。もちろんそのような立派なお墓を作れるのはお金持ちの人や昔からの地主さんだったりするんですけどね。なんせ沖縄には墓地ってものがありませんから」し 「たしかに、道路沿いに、民家の隣にたくさんあったべ」バ 「沖縄の人はなくなった人ともいつも近くで一緒にいれるようにって家の近くにお墓を作ったんだそうです。しかし家の近くにお墓があることや、そこらじゅうにお墓だらけというのもおかしいと、最近では色々論議が上がっているそうです」し 「オイラはこのままでいいと思うべ(^^) 仏様がいつも一緒だったら楽しいべ」バ 「た、楽しい・・・?あ、いえ、そうですね(^^) しかしこれからお墓が増える一方なので、沖縄にも墓地を作ろうといった動きもあるそうです。確かにこのまま自由に好きなところにお墓を作っていたらそこらじゅうがお墓だらけになってしまいますからね」し 「なるほど。そういう事情もあるだべな」バ 「ちなみに沖縄の人はお盆やお彼岸になると、お墓の前で宴会をするんです」し 「それは楽しそうだべ!」バ 「ご先祖様と一緒にご馳走を食べて、歌を歌ってお酒を飲むんですよ。エイサーも、実はお祝い事の踊りではなく、なくなった人への供養の踊りなんですよ」し 「沖縄の人たちはご先祖様とも一緒に暮らしているっていうのがよくわかるべ!死んでもこんなによくしてもらえるならお墓に入ってもさみしくないべ!」バ 「そうですね!だからってしらすくん、東京に帰ってお墓の前でドンチャン騒ぎはしてはいけませんよ?」し 「わ、わかってるべ・・・」沖縄の人たちは本土とは違った独特な文化を持っているようですね。でもこういう話を聞くと、どうして沖縄の人がおおらかでいつも笑顔なのか、わかるような気がします。まだまだみんなの知らないDEEPな沖縄の話がありますが、今日はこのへんで。
2008.03.04
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佐世保を出発したバスは、これから長崎市に向かって走ります。 こちらの大きな橋は西海(さいかい)橋。佐世保市と西海市の間にある伊ノ浦瀬戸にかかるアーチ橋で、完成当時は世界で3番目の長さを誇り、東洋一といわれたそうです。 水面に渦潮があるのがわかりますか?ここは瀬戸なので渦潮が見れることでも有名だそうです。ぼてぽてもちびつこたちも、渦潮は初めて見ました。 左手に大村湾を眺めながらドライブです。とっても静かな湾。景色が絶景です。 赤い橋を渡り。 白い橋を渡り。 青い橋を渡る。もうお気づきだと思いますが、今渡ってきた橋はトリコロールカラーにペイントされているんです。それはなぜかといいますと、長崎市がフランスのヴォスロール村と姉妹都市だからだそうです。ではなぜそのヴォスロール村と長崎市が姉妹都市なのでしょうか?それはこれから行く場所がとても関係してくるからです。 本日最初の目的地に到着です。島と湾ばかりの長崎、こうして地図で見るとそれがよくわかります。今、ぼてぽてたちがいるのは赤の矢印があるところ、外海の集落と呼ばれている所です。 こちらの地区を案内してくれるのは潜伏キリシタンのご先祖様を持つご主人がいる松川さん。ご高齢ですが、丁寧でわかりやすいガイドで案内してくれました。 「ここは隠れキリシタンが移り住んで、ひっそりと暮らしていた外海の集落の一つ、出津集落ね」しつ集落?「そうね。市街地に住んでいたキリスト教徒は禁教令によりこうしたひっそりとした山間の集落へ移り住んでまで信仰を続けていたんだそうね」市街地に住んでてキリスト教徒だとばれてしまったら大変だから?「大変なだけじゃなくて、拷問も受けたそうね」え・・・。「そんなキリスト教迫害から逃れるためにこの地にやってきた人たちは、それはそれは貧しかったんだそうね」そうでしょうね。 「この出津集落のシンボルと言えば、この出津教会堂ね」ここにも立派な教会があるんだね。「こちらもユネスコの世界文化遺産の一つね」“長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産”だね?「そうね!実はこの教会はフランス人の宣教師が私財をなげうって造ってくれたんだそうね」え!? 「明治15年、1882年にこの出津地区で司祭を務めていたド・ロ神父が自ら設計して建てられ、その後信者さんが増加したので増築を繰り返し、明治42年、1909年にこの姿が完成したんだそうね」へ~!白くてキレイな教会だね。「漆喰造りで、潮風に当たっても劣化しないように屋根は低く作られてるそうね」なるほど。「この出津教会の司祭は代々とても信仰が厚いそうで、日本から6人しか出ていないキリスト教の枢機卿のうち5人がこの外海の集落の出身だそうね」へ~!それはすごい!それだけ熱心な信仰をしているということだね。 「中はとっても地味な感じだけど、地元の人が静かにお祈りができそうな、そんな雰囲気だったと思うね」うん、派手なステンドグラスがあるわけでもなく、木の温もりを感じる、そんな教会だったね。「そうね。塔の上にはマリア様もいて、とても立派な教会ね」ぼてぽてはこの教会がなんだかとても懐かしい感じがしたよ(^^) 「ここで少し隠れキリシタンについてお勉強ね」うん、教えて!「本当はキリスト教徒だったけれど、キリスト教が迫害されて拷問されるのを恐れ仏教に改宗した人はたくさんいたそうね」そうだったんだ・・・。「豊臣秀吉は仏教を推進していたから、キリスト教には特に厳しく当たったそうね」うん。「仏教に改宗しても、周りにわからないようにひっそりとキリスト教を信仰していた人たちのことを隠れキリシタンと呼んでいて、隠れキリシタンは人気のない所へひっそりと移り住み、その場所が五島列島や島原諸島、そしてこの出津などの外海の集落だったそうね」へ~。みんな地元を追われてしまったということかな?「そういうことね」 「秀吉はキリスト教を迫害しただけじゃなくたくさんのキリスト教徒を処刑したんだそうね。そしてそのあとに行われたのがみんなも教科書で習った“踏み絵”ね」残酷なことだよね。大切な人の絵を踏みつけるなんて・・・。「そして踏み絵を行ってキリスト教徒だとわかってしまったら拷問されてしまったんだと思うね」何も悪いことしてないのにね。ただキリスト教を信仰していただけなのに。「その拷問から逃れるためにやってきたこの出津で、ひっそりとキリスト教を信仰したんだと思うね」そうだね。「ちなみにこうやって隠れてキリスト教を信仰していた人たちのことを、明治6年までを潜伏キリシタンと呼んで、それ以降は隠れキリシタンと呼んだそうね」そういう違いがあったんだね! 「この出津は外海の集落の一角だけど、ここは遠藤周作さんの“沈黙”という小説の舞台になっているんだそうね」知らない(^^;「キリスト教徒が迫害され拷問を受けても信仰をやめなかった、そういった小説ね」すごい内容だね・・・。「映画化もされているんだけど、すごく考えさせられる内容だそうね。そして遠藤周作さんはこの外海の出身だそうで、この景色をすごく愛していたんだそうね」 「山の上にある建物は遠藤周作文学館で、遠藤周作さんが愛した外海の景色を見下ろすように建っているんだそうね」本当に静かで、なんていうか・・・。「天気が良ければもっとキレイな景色だそうね。曇っているとなんだかとても物悲しい雰囲気ね」そうだね。晴れている外海も見てみたかったな。 実はぼてぽて、長崎から帰ってきてすぐこの“沈黙”を買いました。でもまだ読んでいません。正直、読むのにすごく勇気がいるというか・・・。でもお友達からも強く勧められたこの小説、是非読んでみたいと思います。 なんだか暗くなってしまいましたが、隠れキリシタンの方たちはけっしてかわいそうなだけの人たちじゃないんです。次は迫害されても健気に生きた隠れキリシタンの方々の人たちがどんな生活をしていたかを見に行きましょう。沈黙 新潮文庫 改版 / 遠藤周作 【文庫】映画 沈黙‐サイレンス‐ プレミアム・エディション【初回生産限定】 ブルーレイ1枚+DVD3枚 全4枚セット
2019.05.04
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バスはホテルを出発し、これからは観光というよりも長崎が被爆地だということを改めて勉強するべく場所へと向かいます。 ここは路面電車の駅です。道路の真ん中にどーんと登場し、車道のすぐ横を路面電車が走ります。 こんな感じで隣を走ります。慣れてない人は本当にびっくりします。 あちらに見えるのは防空壕だそうです。長崎は隠れキリシタンの祈りの地だけではなく、戦争が遺したものがたくさんあります。坂の多い長崎ではこうした防空壕の跡がたくさんあるそうです。 写真の真ん中、階段の上に半分消えている石の鳥居が見えますか?あれは山王神社の“一本鳥居”と呼ばれている鳥居です。 原爆の爆心地から900メートル離れているこの場所にも爆風が届き、本殿は全滅してしまったのですが、この鳥居は半分は爆風で飛ばされ、半分はこうしてキレイに残ったんだそうです。石でできた鳥居をこんな風に真っ二つにしてしまう、原爆の恐ろしさを目の当たりにできました。 そしてバスは駐車場に停まり、地下駐車場から地上を出ると・・・。 「ここは長崎平和祈念公園でちゅよ」あ~!!平和の像が修復中!!「なるも楽しみにしてたんでちゅけどねぇ・・・。残念ながら大改修中でちゅ」すごく残念です・・・(:;) 「昭和20年8月9日、午前11時2分、長崎に原子爆弾が投下されたでちゅ」そうだね。「昭和30年8月8日に、被爆して亡くなった人たちの冥福と、そしてその惨禍が二度と繰り返されることがないよう、祈りを込めてこの平和の像ができたんだそうでちゅ」そうなんだね。「台座の高さが3.9メートル、像の高さは9.7メートル、重さは30トンの真っ白な像でちゅ」ぼてぽては井の頭公園にある平和の像を見たことがあるよ。「それはこの長崎の平和の像のレプリカでちゅね。写真だとわかりにくいんでちゅけど、この像にはさまざまな思いが込められているんでちゅよ」どんな思い?「天に向けてにのばされた右手は原爆がこの上で爆発したんだということを示して、真横に伸ばされた左手は平和を表して、横にした右足は原爆投下直後の長崎市の静けさを、立てた左足は救った命を表して、閉じた目は戦争犠牲者の冥福を祈っているんだそうでちゅ」この像のポーズにはそんな意味があったんだね。「お顔立ちはとても日本人と思えないくらい彫が深いんでちゅけど、それは日本人だけでなく世界中の人の顔の特徴を集めたんだそうでちゅ。日本人だけでなく、世界中の人が平和を祈っている、そういう思いが込められているんでちゅ」そうだったんだね・・・。ここではたくさんの人が原爆により命を奪われ、そしてその命たくさんの人が思いを寄せているんだね・・・。 「実は平和の像の正面はこの方向なんでちゅって」え?どういうこと?「平和の像は爆心地に向いて鎮座してるんでちゅよ」ってことは、斜めを向いているってことなの?「そうなんでちゅって。知らない人がたくさんいるそうでちゅけど、実は毎日ここへお祈りに来ている地元の人が教えてくれたんでちゅよ」 「平和祈念公園内には元刑務所だった場所もあって、そこも被爆してこうした遺構になっているんでちゅ」跡形もなくなってるね・・・。「いわれなければこの場所に建物が建っていたとは思えないでちゅよね」そうだね。なんだか津波被害にあった東北の街みたい・・・。「津波は水、ここは爆風でちゅ」そうだね。 「被爆者の冥福を祈る平和の鐘でちゅ」眺めのいい場所なんだね。「ここでお掃除をしていたおじさんがなるに声をかけてくれたんでちゅ」そうなの?「毎日ここにお参りしに来て、キレイにお掃除をしているんだそうでちゅ。おじいちゃんとお父さん、ご本人も被爆者なんだそうでちゅよ」よくぞご無事で・・・。「よかったら手を合わせてやってくださいっていわれたから、ぼてぽても合掌するでちゅ」うん。是非手を合わさせてもらいたい。 「公園の中にはいろいろな国から贈られたモニュメントがたくさんあるんでちゅ」そうなんだ。みんな平和を祈って贈ってくれたの?「そうなんでちゅけどね・・・」ん?どうしたの? 「わかるでちゅか。キレイな白い像に赤い塗料がついてるんでちゅ」え?なにあれ。「誰かが悪戯で色を付けたんでちゅって」え!?そんなことする人がいるの!?「実際にいるんでちゅって。しかもこれだけじゃないでちゅ」 「この像にも悪戯がされてるんでちゅ」ヒドイ・・・。「よくこんなことができるでちゅよね。ここは亡くなった人たちを慰める場所でちゅ!平和をお祈りする場所でちゅよ!」そうだよね。本当に許せないね!人の気持ちを踏みにじるようなこと、よくできるよね。 これを説明してくれたバスガイドさんも、本当にくやしいと言っていました。一緒に旅をしたぼてぽてのお友達も、心ないこのいたずらに、悔しくて涙を流していました。本当にやめてほしいです。 「原爆の爆風を浴びた人はほとんどが大やけどを負ったんだそうでちゅ。大やけどをすると喉が渇くんだそうでちゅ」爆風で熱いし、体も火傷を負ってるもんね。「被爆者たちは水を求めて歩いていたんだそうでちゅ。でも原爆で被ばくした人はお水を飲むと死んでしまったんだそうでちゅ」罪のない人たちが苦しみながら亡くなっていったんだね・・・。「そうでちゅよ。そんな人たちが欲しがっていたお水を、この平和の泉で捧げているんでちゅ」どんな泉なのかな? 「はい、こちらも改修中でちゅ」またぁ!?(笑)「実はでちゅね、今年ローマ法王が長崎と広島に来るっていわれてるんでちゅよ」そうなの!?「だから、法王様が来るまでにキレイにしとこうってことじゃないかっていってたでちゅよ」なるほど。 “のどが渇いてたまりませんでした。水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました。どうしても水が欲しくてとうとう油の浮いたまま飲みました“ 「生きるために必死だったんでちゅね・・・」本当に、なんて慰めの言葉をかけたらいいのかわからないね・・・。「なるたちにできることは、二度とこの悲劇を繰り返さないことでちゅ」そうだね。戦争は絶対にいけない。平和を守らなければいけないよね。 平和祈念公園の“祈念”は“記念”ではありません。ここは平和を祈る場所。だから平和“祈念”公園なんだそうです。改めて平和であることのありがたさを感じた場所でした。 バスに戻ると次なる目的地を目指して出発です。ここからはまた長いドライブになるとのこと。 道中、坂の上に教会が見えました。ここは”浦上天主堂“。実はここも原爆により全壊の被害を受けた教会です。今でも当時の遺構が敷地内にあるそうです。原爆で被害を受けた姿が今に残っていれば、広島の原爆ドーム同様、世界遺産になったのではないかと言われています。でもとある大人の事情で原爆で壊された建物の瓦礫は撤去されてしまったんだそうです。あのまま残されていれば・・・。長崎の人たちはいまだにそのことを悔やんでいるんだそうです。 バスは長崎から海に向かって出発しました。次はしらすが楽しみにしていた漁船ツアーです。さて、どんな漁船ツアーなのでしょうか(^^)にほんブログ村
2019.06.09
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いよいよ長崎旅行もクライマックスです。とはいえ、まだまだこれから見学するところがたくさんあるということ。実は今日は追加で申し込んだオプションがあるので、その場所に到着するまでは2時間弱のドライブとなります。 長崎県の橘湾はそれはそれはキレイで静かな湾です。青い海がとても美しく、思わず見とれるほどです。 のどかな海の見える風景。ぼてぽてがすむ東京の西の端っこは山はたくさんありますが海はありません。山が見えるのにこんなに開けている景色、とてもうらやましく思いました。 ここは小浜温泉観光案内所だそうです。玄関の横にどなたか立っているのがわかりますか?アメリカのオバマ前大統領だそうです。小浜とオバマをかけて、この建物はアメリカのホワイトハウスをまねたんだそう。なかなか立派な建物です。 こちらは日本一長い足湯“小浜温泉足湯 ほっとふっと105”です。https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/50084/平成22年2月2日にオープンしたこの足湯はなんと温泉100%の贅沢な足湯だそう。小浜温泉の源泉温度が105ドということにちなんで、全長105メートルの日本一長い足湯なんだそうです。ここから見える夕日も絶品だそうで、沈む夕日を見ながらの足湯は最高の贅沢だそうです。 写真ではわかりにくいかもしれませんが、海の色が本当にキレイなんです。天気が良かったこともあるのかもしれませんが、濃いブルーと濃いグリーンがとてもきれいで、いつまででも眺めていたくなるような、そんな海の景色でした。 あの岩、ちょっと変わった岩なのですが、名前は両子岩(ふたごいわ)というそう。過去の大地震や波の浸食によってこんなかたちになってしまったそうなのですが、地元の人からはとある人物の後姿に似ているということで“信介岩”とよばれているそうです。信介さん、とは、安部総理大臣のおじい様である岸信介さんのことだそうで、角度によっては後姿が似ているということでそう呼ばれているんだそうです。 ドライブ中もいろいろなものが登場してきて、ゆっくり寝ている暇もないくらい楽しませてくれた島原半島ドライブもまもなく終わりです。次はしらすがものすごく楽しみにしていたオプションツアーです。バスは南島原市の口之津港へ到着しました。 「イルカウォッチングだべ!」なんでイルカウォッチングなの?(笑)「ここから熊本の天草へ移動するんだけど、バスごとフェリーで移動するかオプションで野生のイルカに会えるイルカウォッチングを申し込むか選べるんだべ」でイルカウォッチング?「そうだべ。せっかくなら野生のイルカに会いたいべ!」 しらすがそういうのでオプションを申し込んだわけです。 「相手は野生のイルカだから絶対に会えるとは限らないそうだべ」そうなの?「でも遭遇率90%だから、きっと会えるはずだべ!」そうだよね(^^)「ぼてぽては船酔いは大丈夫だべか?」え?船酔い?全然しないけど。「このイルカウォッチングは漁師さんの漁船に乗せてもらうツアーだから普通に揺れるんだそうだべ」そうなの!?漁船!?「オイラは漁船に乗るのが初めてだべ!」めっちゃ嬉しそうだね(^^; 「そういうわけで出港だべ!」波が穏やかなようで、結構高いよね?「今日はすごく揺れるらしいべ」そうなの!?しかもぼてぽて後ろ向きなんだけど。「気持ち悪くなったら早めに言わなきゃダメだべ」うん、わかった。 揺れる~~!!楽しい~~~!!「ものすごいアトラクションだべ!」カナダでホエールウォッチングしたときより揺れるね!「カモメが船より早い速度で飛んでいくべ!」ほんとだ!こんなに近くで飛んでるのを見れるのってすごいね! なんて喜んでいたのですが・・・。 結局イルカちゃんはこの日、姿を見せてくれませんでした(:;)こんなに波が高い日はイルカちゃんも現れにくいんだそうです。ぼてぽてもひそかに楽しみにしていたのにとても残念です。でも漁船クルージングが思った以上にスリリングで楽しかったのでよしとします! 「イルカに会えなかった残念賞としてイルカちゃんのストラップをもらったべ!」よかったね(^^)っていうか、イルカちゃんが見れなかったの、本当に残念だったね。「イルカは群れで行動するから、もし群れに遭遇できてたら30頭くらいの野生のイルカが見れたそうだべ」見てみたかったね~!「またリベンジに来るべ!ところでぼてぽて、ここはもう熊本県だべ」そうなの!?「ここは熊本県の天草だべ」天草!聞いたことある! 迎えに来たバスに乗り込み、次の目的地を目指します。ここから次の目的地まではそんなに時間がかからないとのこと。 天草半島西北端に位置する苓北(れいほく)発電所です。この発電所では石炭による発電をしている火力発電所だそうです。平成7年に1号機、平成15年に2号機が運転開始となり、熊本県内の最大電力需要の約6割をまかなっているんだそうです。 島原湾の海もキレイです。日本の海はこんなにキレイだったのかと思うくらいキレイです。 バスは天草市を抜けて河浦町へとやってきました。写真中央の白い建物、大江教会と言います。こちら天草にもたくさんの潜伏キリシタンがいて、そしてあの教会でひっそりと信仰を続けていたそうです。街の中溶け込むような白い大江教会も教会建築の父である鉄川与助さんの設計だそうです。残念ながら今回は大江教会への立ち寄りはありませんでした。 いよいよ潜伏キリシタンの地を巡るこのツアーで最後の教会のある場所へ到着です。海の教会と言われるその教会はどんな教会でしょうか。にほんブログ村にほんブログ村
2019.06.16
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