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ある方からウッシーさんは運の良い方ですね といわれました。 運とはどのようなことをいうのでしょう。私自身確かに運のよい人間だと思っていま す。 ところで運とは何なのでしょう。よく、天運、努力運などといわれます。 私は20代に起業してから、いろいろな方に出会ってまいりました。 ソニーの創業者盛田さん、この方もよく運の良い方だったといわれますが、決して天 運の方だとは思いません。 自ら運を開いていかれた方だと思います。 確かに盛田さんを取り巻く方々を思いますと、それらの方々に支えられてきた盛田さ んは天運の方だと言えるかもしれません。 しかし私の知っている盛田さんは、それらを決して運とは見ず、それらを活かそうと 努めておられたように思います。 本田宗一郎さんにしても然りです。あれだけのことをなされた本田さん、きっと運の 良かった人だと思う人も居るかもしれません。 私は本田さんこそ、そのような天運などに固執せず、自ら自分の道を切り開いて生き た人だと思います。 天運の人とは、そのことに満足し、現状に諦め、それ以上道を高めようとしないで生 きている人のことをいうようです。 それで生きていけるから運の良い人というのでしょう。 世間一般に言われている運の良い人とは、現状に満足せず、自らの努力によって、自 分の人生を切り開いていった人の結果を 見て言っているようです。 努力をするということは、その先に何かを求め、何かを描いている、夢のあることの だと思います。 即ちその人にロマンがあるのです。運とはロマンを求め、ロマンに生きる人の特権の ようにすら思えます。 盛田さんにしろ、本田さんにしろ、常に順風満帆ではなかったのです。 本田さんは社員の給料が払えず、家屋敷を担保に入れられたこともあるそうです。盛 田さんにおいても然りです。 ただお二人を見ますと、何かに失敗された時、それを失敗とせず、次へのステップと して活かされていたのです。 失敗すら運として活かす、即ちそのことを反省し幸運とされるのです。 多くの人に見るのは、失敗を反省することなく、次への工夫も充分せず運が悪かった のだと諦めてしまうことです。 失敗こそ幸運への先導者なのだと思います。 私もいろんな事にぶつかってきました。上手く行った時は本当に運がよかったなと思 いました。失敗した時は、それなりの 努力が足りなかったような気がします。 ある事業を起こそうとした時、その製品メーカーの会長がアメリカから来られ帝国ホ テルに逗留し、大手の商社と殆ど交渉が まとまりつつありました。私はどうしてもそれが欲しかった。 毎朝会長が起きて来られる前に部屋の前に行って待っておりました。やっと一週間後 に会っていただきました。 そうしてその製品の販売権を頂くことが出来ました。 その方が東京に来られた事は運でしょう。後は何とかしてそれを日本で売りたいとい う私のロマンと努力です。 そうしてそのことを受け容れて貰えた幸運です。本当に運がよかったのです。 ただ、私はそれでよかったと満足できませんでした。そこまでしたのだから、もし もっと大手のように情報を早く手にしていたら、 もっと効果的に話を進めることが出来たのではないかと反省しました。 そうして次への布石をいたしました。 自分が幸運であろうと願うならば、先ず人を好きになることです。人を信頼し、人に 頼られ、人を頼り、自分で精一杯努力すること だと思います。 私は今多くの友人たちに支えられております。一人一人の友人が皆素晴らしい人ばか りです。私は本当に幸せものだと思っています。 私が成功した仕事の多くは友人が持ってきてくれたものです。そうしてそれらを成功 させたのは私ではありません 。私が頼った人たちです。 人の運とは、生まれながらのものであるかもしれませんが、それを活かそうと努める かどうかであり、それらを一緒にやってくれる 人が居て、お互いが頼り合い、信頼しあって努めるかどうかで幸運となってくるのだ と思います。
2017年02月21日
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一昨日、昨年度の確定申告に役所まで出かけて行った時の感じです 担当の女子職員さんに、にっこりとして「お寒いところをご苦労様です」言われびっ くりしてしまいました。 私の頭が古くなったのか、役所の職員さんが・・・という思い込みがあったのでしょ うね。 確定申告の用紙に必要事項を記入して下さっていて、またその女子職員さんから、 「あら~うちのおじいさん と同じお歳なのですね。お若く、見えて驚きました」と褒められちゃいました。 そうかこの歳じゃ、これでも若く見えるのかなと、何となく自分の83年間を振り 返ってみました。 83年間いろいろありましたが、我ながら良くやってきたものだと、自分を褒めてや りました。 だが振り返ってみて、何と幸せな83年間であったかと思うだけで、少しの苦労も思 い出せませんでした。 よそ様からは、よくご苦労様とか大変でしたでしょうと言われますが、私にはその苦 労ということがなく、 みんな楽しい思い出ばかりなおです。 私は山が好きで若い時から随分いろいろの山を登ったり、散策したりしました。 富士山に初めて登った時、途中で息切れがして、ふうふう言いながらやっと頂上に登 り着きました。 眼下に広がる素晴らしい眺めにただただ感動したことを今でも忘れません。 あの時あの苦しさを体験して、もう2度と登らないと思ったかな~? いや次の年もまた昇り、あの眼下に広がる素晴らしさに再び感動したのだか ら・・・。 人間とは素晴らしい存在だと思うのです。 自分がどのように苦しく、辛い思いをしても、それが素晴らしい結果をもたらした時 には、苦しみとか辛さ等 を全て浄化してくれて、楽しい思い出にしてくれるのですね。 人生の振り返りは、その過程がどうであったにしろ、そこから新たな発見があり、苦 しみを浄化し楽しみに、 喜びにしてしまうのでしょうね。 人間の思考とは、その様に積極的に前向きに思考する限り、「苦」を「楽」にするも のなのでしょうね。 自ら主体的に行動したとき、新たな気づきがあり、「苦しみ」は「楽しみ」に変わっ ていくものなのですね。 私が勝手にメンターと思っている方々は、何事も楽しく積極的に生きている方々でし た。 私もこの83年間、本当に楽しい83年間でした。 83年間と言ってもまだそんな意識もないころは、親兄弟との想い出ばかりで、きっ と周りから可愛がられ、 すくすくと育って来たのだと思います。。 自分なりに自立してからこの方、いろんなことにぶっつかったが、無理だとか、出来 ないなと思ったことは、 一度も有りませんでした。 会社を経営しておりましたときも、「ムリ」と言う言葉は禁物だと思っていました。 「ムリ」と言ってしまうと、その出来ない理由のみを探し出そうとするからです。 部下を育てる時も同じです。あいつにはムリだとか、あいつには、そこまで任せられ ないと思うと、彼の足り ない面だけが見えてくるものです。結果せっかくやろうとする彼の気持ちまで、押さ え込んでしまうのです。 人生に於いて大切なのは、何事も出来ない理由を考えるより、可能性を見出す事です ね。 自分を信じ、他人を信じて、常にポジティブに前を向いて生きることだと思います。 今までのやり方や、考え方を時には否定してみて、新たな考え方で見直してみること も必要かもしれません。 必ずそこに、新たな道が見えてくるからです。 どんな時にも、ネガティブな思考や行動からは、新たな道は生まれて来ないようで す。 どんなに辛いと思っても、決して弱音を吐かずチャレンジすることだと思います。 そこに必ず大きな喜びと感動が待っているのです。 生きている限り、思いもしないような事が起きてくるものです。 その時に慌てず、じっくりとそのことを見つめ、一喜一憂することなく、今自分のな すべきことを誠心誠意に、 果たすようにすることだと思います。 後になって振り返ってみますとその時どきに、必要なことが起きていたのだと思われ るのです。 起きていたことに迷わされず、自分の信じることに誠心誠意立ち向かったことで、そ の問題を解決していたと 思うのです。 そうしてそれが後々大きな力になっていたのです。 お天気に良し悪しはありません。晴れた日には晴れた日なりの、雨の日には雨の日の 生き方があると思います。 人生にも「すべて良し」の気持ちで、勇気を持って進むことが大切なのではないで しょうか。 それが若さの秘訣です。人生って素晴らしいものですね。
2017年02月18日
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