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とんでもない大きな台風のようですが、早め早めの対応が必要な様ですね。 自分のところは大丈夫と思ってついつい安心して大きな被害を受けることもあるようです。 何事でもその様ですね。自分だけはとか思い込んでいることが多すぎないでしょうか。 自らの心の備えというか、自分の基盤をしっかりとしていくことが大切だと思います。 北朝鮮がまたとんでもないことをやってしまいましたね。報道では必要以上に日本が右往左往しているかに見えますが、国としての基盤がはっきりとされて居ないからではないでしょうか?有名人とか文化人とか言われる人たちが勝手なことばかり言っていますが、自分の国ぐらい自分で摩耗としなければならない時代ではないでしょうか?平和ボケの文化人のきれいごとでは済まないのじゃないかあ Windows 10 版のメール<https://go.microsoft.com/fwlink/?LinkId=550986>から送信
2017年09月16日
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『感謝こそ、最大の根源』 ◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇ 今日も素晴らしい一日でした。 心から「ありがとう」と感謝せずには居られません。 今朝起きた時、ちょっと血圧が高かった。 でも、すくっと立ちあがれてああ今日も元気で一日が過ごせるなと思った 時、感謝の気持ちでいっぱいになりました。 昨夜、床に就いた時、ドキドキッと胸が痛み、不安がよぎりました。 それを否定することなく、いまそうなのかと、それも私の中の一部なのだ、 とスッ~と受け入れました。 そうすると何のためらいもなく自然と受け入れることが出来ました。 これが自然と言うことなのだなあと感じました。 この今が続いて行って、日が来るのですね。その時、今はもう過去になって いるのです。 ですから過去などに振り回されることこそ無駄なことです。 今まで人生って一本の線に書いてきましたが、そうじゃないのですね。 皆その時々の点なのです。 だから、その一点一点が大切のだとつくづくと思わされました。 そう思うと、今何にもしないでいることは、その点を無為に過ごしている ことになってしまいます。 「人生に於いて恐れることは、行うことによって生じてくることではなく 為さないことによって生じていることである」 と英国の首相であったチャーチルが言っていたのは、このことだったのか と気づかされました。 私達は、ややすると目に見えるものだけをみていて、目に見えないものが私達が生きて行く上で、如何に大きな支えになっているかを感じ取り、感謝していかなければならないとということを忘れてはいないでしょうか。 生きて行く上で、目に見えるものだけを信じている様な今日的な風潮を、 今一度考えなおす必要があると思います。 目に見えない大きな力が、私達の生きると言うことに働き掛けていること、 この偉大なる力の存在に感謝することこそ、 生きる証であるように思います。そう思うとこの世に無駄なことは一切存在 しないのです。 人を愛する事も、人を憎むことも、全て私たち自身なのです。そのものを 率直に受け入れ、その様な自分の存在に感謝し、精いっぱい生きているのだ と思うと、いつしかその憎しみすら人そのものであると言う思いから、愛お しくなってくるものです。 そうなった時、愛も憎しみもなくなり、自然の存在として全ての事が受け 入れられるようになってくるのだと思われます。 どの様な小さなことでも今に全てを打ち込むことが出来るのです。 行うことに大きいとか小さいとか、良いとか悪いとかではなく、自からを 燃焼させる時に、それらが全て昇華され永遠のエネルギーと化していくの でしょう。 この世に生を受け、皆この人生を必死に生き抜いています。 苦しいことや、死にたと思うくらい辛いことがあっても当然です。 私も、50年の企業経営を通じて、社員への給料だけは払わなくてはと、 質屋に飛び込んだこともありました。 だがそんな時にも決して私は「ついていない」と思ったことは一度もありま せんでした。 これも企業を経営していく上での、試練なのだと感謝してきました。 自分に課せられたこの人生を、精いっぱい生きておれることを、私は感謝 していました。 私は自分の人生を精いっぱい生きることを、心のおき所にしてきました。 宇宙の流れの中で思えば、私達の人生は一瞬にしか過ぎないのかもしれま せん。 それだからこそ、大切なのだと思います。 常に自分を最高の気持ちに置くことが、自分を最高に生かして行くことだ と思っています。 常に自分の存在を問い、自分のあるべき姿を求めて、精いっぱい行動しま しょう。 どんな苦しい中にも、必ず為し得た喜びが生じてくるはずです。 そうして、そこに自分の生きる目的がはっきりと見えてくるのです。 自分自身を不幸だなどと思ってはいけません。 不幸になるために生まれてきたな人なんて居ないのです。 もし自分が不幸だと思うなら、それは自分の心が不幸にしているのです。 最近、益々いろいろな情報が溢れています。 2020年の東京パラリンピックを目指して頑張っている若いアスリートたち の姿から、目に見えない素晴らしい姿が見えてきます。 自らの目的をはっきりと意識し、そのための目標をしっかりととらえ、常に 精一いっぱい打ち込んでいる彼らの姿の裏に、目にこそ見えませんが大きな 未来を感じます。 もう一度目に見えるものだけではなく、目に見えない真実の姿に目を向けて、精いっぱい自分の人生を謳歌しましょう。 Windows 10 版のメール<https://go.microsoft.com/fwlink/?LinkId=550986>から送信
2017年09月14日
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『自分を信じて、常にポジティブに行動する』 ◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━◇ 「俺は出来る俺はついている」と言うことを、自信を持って行動出来るようになるま で、 毎日何回でも自分を信じて口にしろ。 と中学時代の先生から言われ、ずっとその言葉を忘れず、心の支えとして来ました。 そのことが今日までの私に、大きく影響しているのだと思います。 昭和23年6月28日福井地方を中心に起きた北陸大震災(当時その様に言っていた)の 時、 中学2年であった私は自分から言い出し、学校の行事として初めて街頭に立って募金 活動 を行う様になりました。 当時、吃音(どもり)が酷かった私は恥ずかしくて、中々思う様に見ず知らずの人に 呼び かけることが出来ませんでした。 その時、担任の先生から言われたのが先に挙げた言葉です。 それから先生から言われたことを信じ、何度も何度も自分に呼びかけながら頑張りま した。 3週間の募金活動が終わりに近づいた頃には、不思議と吃音を気にすることも無く、 堂々と大声 を張り上げることが出来ていました。 それ以来いつの間にか私は対人恐怖症も無くなり、自信を持って自己主張ができるよ うになって いたのです。 今にして思えば、「自分を信じて、常にポジティブに行動することの大切さ」を、先 生は教えて 下さったのだと思っています。 それ以来、私はその様な「自分を信じて、常にポジティブに行動する」自分になる、 ことを目標 として生きてきました。 そのセルフイメージが常に私を支えてきたのだと思っています。 本来の自分がどんな自分であるかはわかりませんが、それを自分だと信じています。 人は生きていく時、自由だ、自由だと言いながらも、いろんな制約の中に生きている ように思い ます。 制約の中での自由であるに過ぎないのだと思います 過去の経験から生じてきた一般的な評価からの行為を「常識」と言い、それが大手を 振っている ようにも思います。 自らこの人生を本当に自由に生き抜こうとしても、そのような制約の中での抑圧が あったりで、 完全な自由などあり得ないのかも知れません。 もし完全な自由があるとすれば、それは自分の心の中だけではないでしょうか。 心の中では何を思おうが、それを外に出さない限り誰にも知られることはありませ ん。それこそ 完全な自由なのだと思います。 思ったことを行動に出さない限り、何の評価も無く、賞罰も受けなくて済むのです。 例えそれが常識としてはしてはいけないことでも、思うことは自由なのです。 極端なことですが、人を殺すそうと思っても行動に移さない限り何の罰もございませ ん。 それだけに心を大切にしなければならないと思うのです。 吃音で苦しんでいたころは、何でこんなに苦しまなくてはならないのかとか、人の目 を気にして、 恥ずかしがったり、自分を卑下したり、ある時には人を憎んだりもしていました。 その様に心が貧しいと、貧しいことしか考えられませんでした。 その貧しさから逃れんとして、いろんなことを考えましたが、ポジティブな思考は出 来なかった のです。 中学時代に先生から頂いた「俺は出来る・俺はついている」というこの一言が、私の 中にポジティブ な思考を生み出し、育ててくれたのでした。 大切なことは、常に心を前向きに、しかも美しく、思いやりのある温かい心に育てて 行くことだと思 います。 心が豊かになってくると、経済的な貧しさなども、どこかに飛んで行ってしまい、豊 かな心で自分の 人生を謳歌できるようになるのだと思います。 本当の自分がどうであるかは分かりませんが、自からイメージする自分に向い、積極 的に生きていく ことによって心は更に成長して行くように思います。 またユングの言うシャドーの中に、無意識の内に抑圧していた中に、成長のチャンス が隠されている ようにも思います。 それらを顕在化して、積極的に自分の心の中の思いとして育てることによって、人は 自らの成長を得る のだと思います。 自分は「ついている」と思えば、決して他人を責める必要は無いのです。 他人を批判する必要も無いのです。他人を認め、他人を受容できる心さえ有れば、自 分自身も明るく、 今に感謝して生きていくことが出来ます。 『上求菩提(じょうぐぼだい)』と言う言葉があります。 これは、今やるべきことを今やり、今やるべきではないことはやらず、きちんと二つ の判別を行い、 欲に引き回されず、与えられている現在に感謝し、今に生きる自由を大切にすること です。 人間性回復運動は、あくまでも他人に求めるのではなく、自分自身が、より良く充実 した人生を、 生き抜くための心の成長を図ることだと思っています。
2017年09月11日
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